14、バカップルには程遠い
「あぁ、そうそう。言い忘れていましたが」
イヴェッタの熱烈な告白に酷薄な笑みを浮かべていたギュスタヴィアは、ふと今日の天気が崩れるというのを思い出したかのような気安さで、小首を傾げつつ口を開く。
「兄は私を封じる際、折角だからというつもりか、あるいは私の封印が万が一にでも解かれることがないようにか、この階層に魔物を配備しておりまして」
「魔物」
「えぇ。この部屋の異変を察知して、そろそろ、えぇ、扉を突き破って入ってくるのではないかと」
言い終わるとほぼ同時に、ドンドゴォンと、この部屋と他の空間を繋いでいるであろう重厚な扉が大きく揺れた。
「魔物……ッ?!」
イヴェッタがどういうわけか落下して辿り着いた下層部。その石棺の安置された場所は特に何の飾り気もない空虚な部屋だった。万が一この層までやってくる冒険者がいたとしても、宝もない場所に興味を示さなかっただろう。
「えぇ、魔物です」
大きな音にイヴェッタは驚き、身を竦ませる。慌てて何か構えようと探るが当然杖は持っていないし、部屋には武器になりそうなものもない。
ドンドン、と、扉の向こうで大きな音が続く。体当たりでもしているのだろうか。振動は足元まで伝わり、立っている事も難しくなる。
「ギュスタヴィア様……っ、こちらへ!」
隠れる場所などない、いや、とイヴェッタはギュスタヴィアの手を引いた。石棺の中なら隠れられるのではないだろうかという考え。封印石や、魔力封じのための魔法道具は強固なものであることが多い。魔物の攻撃に耐えられるのではないか、または、ギュスタヴィアの言葉を信じるとすれば魔物はギュスタヴィアが封印されていることを守る存在。それなら石棺には攻撃しないだろう。
「この中へ!」
「おや、私が、ですか」
「一人分しか入れないですしね!もう少し大きめに作って頂きたかったですけれど!ケチなんですか!?」
「兄に会うことがあれば言っておきましょう」
長身のギュスタヴィアが横たわってしまえば余裕はない。イヴェッタはぐいっと、ギュスタヴィアを押し込めて身を翻す。自分であれば小柄なので他にどこか隠れる場所があれば、そこでなんとかやり過ごせる。
イヴェッタは扉が破られる前にと、走り回るが学園の運動場と同じくらいの広さがある部屋だというのに、隠れられそうな場所がこれっぽっちも見当たらなかった!
ドンッ、と、そうこうしているうちに扉が破られ、鉄の扉が粘土のようにぐしゃりと簡単に変形し、吹き飛ぶ。
「……ッ!ド、ドラゴン!?」
「違いますよ。あれは合成獣です」
扉から現れたのは、黒く光る鱗に、鋭い爪、大きな口と牙を持った、竜によく似たその姿。大陸に六体しか存在しない筈の一体かと驚愕していると、とん、と、石棺の上に優雅に立ったギュスタヴィアがその言葉を否定する。
「ギュスタヴィア様!出ないでくださいまし!」
「これは私を攻撃しませんので、とくに私がこそこそと逃げ隠れする必要はありませんよ」
それはよかった、と一先ずイヴェッタは安堵する。しかし、それなら自分が棺に隠れようとギュスタヴィアの方へ近づいたら、魔物の攻撃に巻き込まれてしまうかもしれない。
竜によく似た巨大な魔物は、イヴェッタがこの場に「不要」な存在だと即座に認めた。咆哮を上げてイヴェッタに襲いかかる。
「か、」
神よ、と、イヴェッタはこれまでの人生でそうしてきたように、反射的に神に祈りそうになった。
が、先のギュスタヴィアの話を思い出す。自分はいずれ竜になるという。竜になって世界を滅ぼすとそれは全くもって、なにがどうしてそうなるのかわからないが、そうだとしたら、それは、自分自身が神の供物だったということだ。祈る、願う代償。鱗の生える条件がありそうだが、これまでのように神の御名を唱えることが、自分には出来るだろうか。
神への不信感、ではない。
イヴェッタは、たとえば家族からの愛を疑わないし、何があっても自身の家族への愛は失わないという自信があった。だが今、自分が神の御名を唱える時に「自分が言えば、神様が願いを叶えてくれる」という慢心、傲慢さを持たずにいられるのだろうか。
自分が神々に愛された存在、願いを叶えて頂ける身という事実を知ってしまって、これまでのように祈りの言葉や神への感謝の言葉を口にできるのか。
「……っ!」
襲い掛かる魔物の爪を、イヴェッタは寸前の所で回避した。喉から声を出さないよう、自分の首に爪を突き立てる。
「私に乞えば助けて差し上げますよ?」
信仰が揺らぐイヴェッタに、頭上から優しい声がかかる。確認するまでもなくギュスタヴィアである。優美優雅な佇まいで虚空に浮かび、白銀の髪を靡かせてイヴェッタを見下ろしている。
「私の求婚を受け入れて、どうか助けてください旦那様、とでも言っていただければですが」
と、例の金色の紙をちらつかせて言ってくる。
イヴェッタに判断を迫らせるためか、ギュスタヴィアは片手を上げて魔法陣を宙に浮かび上がらせた。魔物は身動きを封じられ、威嚇するのみとなる。轟音、そして僅かに動く尾や前脚が少しでもイヴェッタに触れれば骨が砕かれ肉が裂けるのだということをイヴェッタはよくわかっていた。
「寝ぼけていらっしゃいますのね、ギュスタヴィア様。わたくしが乞うのではなく、貴方様がわたくしに求婚を受け入れてくれと懇願するのですよ」
「神々の加護で死なない、と慢心しているのか」
スッ、と、ギュスタヴィアが黄金の瞳を細めた。この状況で挑発する相手を間違える愚か者、という目を向けられている。イヴェッタはそっぽを向いた。
これが、茶番なのだとしたら、その言葉に従うべきなのだろう。涙を流して赦しを請い、跪いて助けてくれと懇願する。それで、心優しきエルフの方はイヴェッタを受け入れてくださって、と、そのような茶番を演じるべきなのだろう。
が、イヴェッタは人の目もないこの場所でこの状況で、仮面を被って演じる必要性を一切感じずまた強制力もない。
呆れ、失望の溜息をつくギュスタヴィアが魔物の拘束を解いた瞬間、イヴェッタは自分の髪をまとめていた髪留め、というより、棒を引き抜いた。
「“治療”!」
イヴェッタは貴族であるので魔力を持っている。が、攻撃魔法は全く使えず、神官の素質繋がりで治療魔法の心得があった。
魔力を誘導し制御するための杖や詠唱がない場合、どのくらいの威力になるか不明だが、イヴェッタは相手が合成獣というギュスタヴィアの言葉を信じた。
合成獣、簡単に言ってしまえば、異なる生物を繋ぎ合わせて一つの生物とする。ミックスジュースを作る、ということだ。
ということは、治療魔法を使い続ければ生物をバラバラに再生できるのではないか。
「無駄ですよ。合成獣ですよ、魔力の干渉を受けないよう第四世界と隔離されています」
「っ、魔法が効かない……!」
第四世界が何なのかわからないが、魔法が効かないのはわかった。イヴェッタは唇を噛み、必死に走りながら、何かできないかと必死に思考を巡らせる。
「強情ですね。私が嫌なら、神に祈ればいいのでは?あの連中は喜んで貴方の願いを叶えますよ。そんなに竜になるのが怖いのですか」
「神の御名を唱えた時に、自分からこれまでの信仰が失われているかもしれないのが怖いのです」
それは死活問題だ。
祈りの言葉が世界を滅ぼす呪詛となる。
イヴェッタはこれまで、神への感謝、祈りを当然のものとして生きて来た。嬉しい事があれば感謝し、日々祈り、過ごしてきた。それが打算や欲で濁ってしまったかもしれない。それが恐ろしい。
不安、焦燥、これまで明確に見えていた神へ抱く当然の敬愛が自分の中でそうなっていくのか。
ガッ、とイヴェッタは躓き転倒した。勢いよく滑り、体をあちこち擦る。咄嗟に何か掴んだ。
「……神様」
「おや、祈りますか」
イヴェッタは掴んだ草を見て、じんわりと涙が出て来た。反射的に口をついたのは祈りの言葉ではない。
魔物が襲い掛かる。
イヴェッタは掴んだ草を勢いよく引き抜いた。
上がる、絶叫。
ズドン、と、倒れる音。
「……ハァハァ……」
イヴェッタは息を整えながら立ち上がる。手には引っこ抜いたマンドラゴラが握られていた。
*
つまらない、と言ってギュスタヴィアは倒れた魔物の首を切り落とした。心臓は四つあるので、それらもきちんと潰しておく。
神々に愛された存在、切り花は願わずとも神々がこぞって力を貸すというのはわかっていたが、それにしても、マンドラゴラで救うというのはどうなのだろうか。
当代の切り花はどうにも稀有なことに人の身で自我もまだ保てている。なんぞ理由や仕込みがあるのだろうと疑えるものの、ギュスタヴィアにはどうでもいいことだった。
「ギュスタヴィア様、地上へ戻る道順はご存知ですか」
「上が地上です」
「そうですね」
地下迷宮の最下層部にあたる部屋をスタート地点として、イヴェッタとギュスタヴィアは移動することとなった。が、迷宮は入ってくる途中でルートを確保し扉を開けて行くもので、内側から外に出るための構造ではない。
当然、移動の途中で扉があっても外側から鍵や封印がされており、イヴェッタは開ける事が出来ず困っていた。
神々に祈ればすぐに解決するだろうに、イヴェッタは願わない。竜になる条件に触れなければ鱗は生えないとギュスタヴィアは承知しているが、条件が何かを告げる気はなかった。
「……ギュスタヴィア様、暇で退屈などされていませんか」
「なんです」
「どうでしょう、わたくしと一つ、賭けをしていただけませんか」
「賭け」
「はい。これから三分間で、わたくしが全力でギュスタヴィア様を口説きます。こう、ドキッとしたら、わたくしを地上まで連れて行ってくださいませんか」
真剣な顔で提案してくるイヴェッタに、ギュスタヴィアは僅かに目を細めた。愚かな娘が吐いた世迷い事、よりにもよって、この自分に愛されるようにしてみせるという言葉は言葉の売り買いの末だったわけではないのか。
「ドキッ、とは」
「わたくしもよくわかりませんが、確か……知人に面白い、と薦められた本の中で、恋が芽生えるきっかけになる音が聞こえるそうです」
「2000年程生きていますが、そのような音を聞いた覚えはありません」
「では初めて聞けるかもしれませんね。貴重な体験ですね」
イヴェッタはギュスタヴィアが承諾したわけでもないのに、話を進めるつもりのようだった。懐から取り出した金の懐中時計を見ながら「では、行きます」と声をあげる。
さて、何をする気かとギュスタヴィアは待った。
ドン、と、なぜだかイヴェッタに壁際に押し付けられる。
「どうでしょう、ときめきました?恋に落ちる音とか聞こえました?」
「いいえ全く。あぁ、でも、あなたの事は愛していますよ」
あえて白々しく愛を囁くと、予想通りイヴェッタは嫌そうな顔をした。
「えぇっと、次は……いえ、しかし、そんな……はしたないことは……」
頭の中にあれこれと読んだ本の内容でも思い出しているのだろうか。イヴェッタは顔を真っ赤にさせたり、困惑しながら考えている。どうやら先ほどの壁に押し付ける動作で勝てると踏んでいたようだ。
「……これは、とても、恥ずかしいのですが……」
背に腹は代えられぬと、イヴェッタが意を決する。口付けでもされるのかとギュスタヴィアは予想した。貴族の娘のようであるので、異性にそのようなことをするのは躊躇われるだろう。さてできるのだろうかと眺めていると、イヴェッタがぎゅっと、ギュスタヴィアの手を握った。
「……」
「……なんです?」
「手、手を……!握ってしまいました!家族でもない方の手を……!」
握ったのは一瞬で直ぐに手を放される。
……いや、石棺の間で手を掴んできたり、胸倉を掴んで顔を寄せてきたりと接触はしてきたはずだが、と思う。
「どうです…!ドキッとしましたか!」
「えぇ、愛していますよ」
「駄目か……!」
がっくりとイヴェッタが肩を落とした。
「まわりくどいことなどなさらずに、ただ愛を囁いてくださっても構いませんよ」
それで自分の心が僅かでも揺れることがないとギュスタヴィアはわかっているが、奇行をする時間ももうないだろうと提案してやる。
「わたくし、心にもない言葉は吐けません」
「……おや」
しかしイヴェッタは、折角の提案を否定する。
「私に愛するようにしむけるのに、ご自分は私に欠片も愛を向ける気はないと」
神々に惜しみなく愛を伝える尊き切り花は、私のような呪われた者にかける情けはないということですか。と、やや皮肉を込めてギュスタヴィアが言えば、イヴェッタは眉を顰める。
「……つまり、言って欲しいのですか?ギュスタヴィア様」
「そうは言っていません。貴方が賭けをしたい、と言ったのでしょう」
三分が経った。時間切れだ。イヴェッタは懐中時計を懐に仕舞い、再び歩き出した。
前回の感想で指摘された内容により、十数年前高校の先輩に「殴る時は親指を中に入れるといいよ」と教えて貰ったことが実は「人を殴るような女は骨を折ってしまえ」という意味だったのかもしれないと気付いてしまいました。





