4、一方その頃、王都の王子様は③
「アハッ、あははははっ!ばっかみたい!どいつもこいつも!イヴェッタイヴェッタイヴェッタ!!あんな女!なんだっていうのよ!」
突然、男爵令嬢が笑い出した。全裸で公式な場まで引きずられた年若い彼女は、ついに心を病んでしまったのかとウィリアムは悲痛な表情を浮かべる。自分などと関わった為に、マリエラは酷い侮辱を受けている。すまない、と謝罪する様に目を伏せようとして、ウィリアムはマリエラが裸の体を隠そうともせず立ち上がり、玉座に近付くのを見た。
「無礼者め!」
当然すかさず周囲の者たちが止めようとするが、どういうわけか国王テオは軽く手を上げてそれを制し、首を傾げた。
「なんだ小娘」
「この顏に覚えはあるか!マリエラという名は記憶にないか!」
国王相手に挑むような口を利く。なんという不敬であろうと周囲が動揺する。が、そもそもこの娘はかの伯爵令嬢と第三王子の婚約解消の原因となった娘。不敬も無礼も通り越し、既に国家反逆罪に及ぶほどの罪を犯している者であった。
「ないな」
テオは淡々と答える。ハッ、とまたマリエラが笑った。
「あたしは公爵令嬢だったのよ」
マリエラは今は無い公爵家の名を告げる。ぴくり、とそこで僅かにテオの小指が揺れた。
「ある日突然、兄が死んだと父に聞かされ、そして父や母が病に倒れた。全身が徐々に腐り、腐臭を放つ中で使用人たちも逃げ出した。公爵家だというのに!誰も助けてはくれず、ただ私たちは神に見放され呪われたのだと言われた!」
「あぁ、思い出した。キファナ公爵家。あの馬鹿息子の悪戯で、そうそう。あぁ、そうだ。思い出した」
鬼気迫る剣幕で語るマリエラを一瞥し、テオは頷く。自らの記憶。あの時の忌まわしい記憶。テオは当時、その場にいなかった。国王としてやらねばならぬ仕事は多く、ただの貴族の子どもを集めたティパーティになど顔を出す必要はない。
しかし自分と違い、父、先代国王は違った。子どもが好きなお方だった。その日のパーティは先代王妃と共に喜々として準備をし、未来のルイーダ国を担う子供たちを力いっぱいもてなし楽しませようと張り切っておられた。
そしてその日、父は自ら命を絶った。
「………」
テオは首を振る。憎悪が湧き出る。それはよくない。王として相応しからぬ感情だと押しとどめ、なぜあの家の子どもが生き残ったのかとそちらを考える事にした。
イヴェッタから絵本を奪った公子は雷に撃たれて死んだ。そしてその両親は、当然イヴェッタを憎んだ。イヴェッタを処罰しない王家を憎んだ。
結果、病に倒れ腐って溶けた。
その呪いは公爵家全ての人間に及んだはずだが、それではマリエラが今生きている事がまずおかしい。
……見逃された?
マリエラは自分が乳母に隠され屋敷を逃げ出せたこと、しかしそこから乳母も病に倒れ孤児院に入ったこと。平民として生きていたが、魔力を持っているためメイ男爵家に拾われたことを語った。そして王家に復讐してやろうと、ウィリアムに近付き誘惑した。などと、そんなことはどうでもいい。
テオは唖然としているウィリアムと、イヴェッタへの憎しみを吐いているマリエラを見た。
今の今まで、マリエラは兄の死の真相を知らなかった。が、この謁見の間でイヴェッタがどういう立場だったのかと知らされ、自分の不幸の原因を推測したらしい。
「あの能面女!引きこもり!女子生徒からも男子生徒からも好かれない芋虫女!あははは!ねえ!おかしいでしょう!こんなにあいつを罵っているのに、あんたたちが怯える天罰っていうのは、ねぇ!全然落ちてこないじゃない!!」
「……」
「勘違いよ!あんたたちは、ただの偶然。ただ偶然に、兄さんが雷に撃たれて死んだ。お父さまとお母さまは国外へも行かれる。そこで何か病気を持ってきた可能性の方があるわよ!それを何!?イヴェッタが神に愛されてるだのなんだの、勝手に勘違いしただけ!学園であの女が他の令嬢から虐められていたのを知らないの?昨日のパーティでだって、そこのバカはあたしの嘘を信じてイヴェッタを罵倒したけど無事じゃない!聞くけど、これまであの子を傷付けて誰か天罰を受けた!?今も言ってやるわよ!イヴェッタクソ女!なんにも考えていないアホ女よ!殴られたって気付きやしないわ!」
大声で叫び、両手を上に大きく伸ばしたマリエラは暫くぴたりと動きを止めた。さながら、神の天罰が下るというのなら喜んでこの身に受けよう、とでもいうように。
が、何も起きない。
城の空に雷が鳴り響くことも、突然天井が崩れてマリエラを潰すこともなく、何も、起きない。
「ほらね。勘違いよ」
腕を下す男爵令嬢の顏には、美しい勝利の笑みが浮かぶ。
「そこのバカがあたしの手品を奇跡だなんて信じたように。あんたたちは、ただの偶然を畏れて勝手にあいつを聖女だなんて思いこんだのよ」
「聖女ではなく神の切り花だ。いや、天罰はさておき、実際この十八年。イヴェッタが祈ると奇跡が起きて我が国が潤っているのでそこは別に、勘違いではない」
イヴェッタが生まれてから、大地の神が浮かれたように祝福を授けてくださるルイーダ国の土は食物の成長が早く、また実る作物は出来が良い。山では希少な金属や鉱物が十八年間途切れることなく採掘され、また雨が少ない地域の話をそれとなくイヴェッタに伝えると悲しみ、その場で雨が降るようにと祈り、問題が解決する。伝染病などこの十八年間、他国でどれほど流行ろうがルイーダ国に足を踏み入れた瞬間治る。病原菌すら持ち込まれない。
「それも全部偶然よ!」
「そうか」
茶番は終わったか?とテオは欠伸をする。
どういう理由でこの娘が、神々から見逃されているのか知らないが、勘違いも甚だしい。
そもそもただ周囲に神の天罰を乱発させるだけの厄介な娘なら、適当な理由を付けて隣国に嫁がせるなりなんなりしている。
それはもはや聖女ではなくただの厄災の魔女だ。国に有益。有り余る幸運をもたらす存在であるので、大切に扱って国内に留めるのだ。
テオはじっくりゆっくり丁寧滾々と説明してやる気はなかった。
成程、馬鹿息子の婚約破棄騒動は王家に報復しようという小娘の浅知恵か。それはそれとして、さて、今現在、目の前の馬鹿娘の言葉をある程度信じるとしたら、それでは学園内の生徒と小娘、バカ息子が神に見過ごされている事になる。
学園内でのイヴェッタの生活は、天罰やら騒動が起きないので当人が十分穏やかに暮らしているのだと、下手に干渉して、藪をつついて蛇を出すような真似はしないようにとしていたが……。
何か解釈を間違えているのではないだろうか。
テオは玉座から降り周囲を見渡す。
家臣らの中に、僅かに疑惑の種が蒔かれていた。
マリエラがどれほど、神を畏れぬ発言をしても天罰が下らない。それに第三王子も、婚約者であるイヴェッタを蔑ろにし、他に女を作って婚約解消したというのに、無事である。
全ては偶然で、あの伯爵令嬢に、実は大それた力などないのではないか。
(あぁ、なるほど)
そんな事を一瞬でも考える者がいれば、マリエラはそれでいいのだろう。
この場で新たに知った情報を使い、次々と自分が目的のためにどう振る舞うべきか頭の中で組み立てている。
テオは心の中でウィリアムを褒めた。
お前が選んだ娘は中々強かで、確かに、王子妃に相応しい毒蛇のような女かもしれないぞ、と。





