序章5 『神様と契約』
話す度に疑問が湧いていたから後回しになっていたが(決してうっかりではない)、使徒の詳細について先に聞くことにする。
「シオン。話が変わって悪いが、使徒っていったいどんな存在なんだ? 詳しく教えてくれ」
「ああ、そっか。簡単にしか言ってなかったね。まずさっきも言ったけど、使徒は契約神からのオドをエネルギー源とする存在で、今までのように有機物を経口摂取してのエネルギー補給は必要なくなるんだ」
「契約書にもあるが、オドってのはなんなんだ?」
「簡単に言えば、神を構成するエネルギーを自分の使徒に与える為に変換した物、かな。それによって色々な恩恵を使徒は受けることが出来るんだ。恩恵の内容は様々だけど、この話は今はやめよう。かなり細かいから話が長くなっちゃうし、トウマに悪影響を与えるものでは、決してないから安心して!」
ふむ……まあ、いいか。言葉の感じからして悪いものではないようだし、ここにきてシオンを疑っていては、そもそもこれ以上話をする必要すらない。
「まあ、食べずに済むというのは分かった。じゃあ、そのオドが無くなったらどうなる? やっぱり死ぬのか?」
「死ぬというより消滅する。使徒は契約神のオド無しでは存在維持出来ないんだ。でも、神は不滅の存在だし、契約がある以上は必ず使徒に最低限活動可能なオドを提供しなければならないから、決して途切れてしまうことはないよ」
「なるほど……もし契約が切れてオドを得られなくなった場合、使徒はすぐさま消えてしまうのか?」
「ううん、そんなことはないよ。人間だって食べ物を取らなくなっても、すぐ死んだりしないでしょ? それとそんなに変わらない。だから単純に、今までの食べ物と入れ替えて考えた方が分かりやすいと思うよ」
なるほど……口で食べるものじゃなくなったってだけで、使徒にとってオドは食べ物と変わらない訳だ。だから、賃金なんて物のやり取りはそれほど必要がないのも頷ける……ん? そういやお金なんて概念自体、神様の世界にあるのか? 無いなら、そもそも賃金なんて求めるだけナンセンスなのでは? と今更ながら気付いた。
「もしかして、そもそも神様の世界にお金なんて概念ないのか?」
「うん、無いよ。大抵の物は創造出来るし、欲しい物はボクが提供するよ。まあ、あまり複雑な物はまだ無理だけどね」
そう言えば目の前にいるのは神様だった。創造なんてお茶の子さいさいなのか。確かにそれならお金とかいらなさそうだ。
「じゃあ、使徒に関して最後の質問だ。使徒って年を取らないのか? 聞いていた限りじゃ、神が不滅ってことは、使徒も契約神がいる限り不滅って認識だが……」
使徒にとってオドを提供する神さえいれば存在維持が可能なわけだから、必然的に神が不滅なら使徒も不滅なのは道理だ。しかし、年に関してはどうなるのだろうか? よくファンタジーで不老不死の存在が出て来たりするが、年を取っていたりいなかったりと結構まちまちだ。神様だって老人のイメージが多いし……使徒はどうなるんだろうか?
「うん。その認識は正しいよ。ただ、老化しないって訳じゃない。いや……老化って言うのも違うかな。神の現身、今のボクの身体のように使徒にも現身が与えられる。それはちょっと特殊でね。魂や精神に沿うように年齢を変えるんだ」
「年齢を変える?」
「ちょっと難しい話になるんだけど、現身っていうのは、人間の肉体のように遺伝子という形の設計図はないんだ。だからある程度、容姿は自由に作れるんだけど、魂と精神に密接な関係があるから、その影響を色濃く受けやすいんだ。ボクのこの現身は、容姿に関しては友だちと相談して作ったんだけど、宿るボクがまだ幼い神だから、見た目は子どもの姿になってる」
「意図的に子どもの姿にした訳じゃないのか?」
「もちろん! だから、ボクの魂が年を重ねて精神的に成長すれば、それに合わせて姿も成長していくと思う」
なるほど、永遠にその姿って訳じゃないのか……いやいや、良いに決まっている! 成長! 結構なことじゃないか!!
「使徒の現身も神の現身とほぼ変わらない。だから同じように魂や精神の影響を受けるんだけど、ここで問題になってくるのは、トウマが人間だってこと」
「人間であることが問題? どういうことだ?」
「トウマは、今までその姿でずっと生きてきたでしょ。だから、魂や精神がその姿であることに深く影響を受けちゃってる。魂や精神はデリケートだから、いきなり見たこともない容姿になると拒絶反応を起こす可能性がある。現身なら尚更ね。だから、トウマの現身も今の姿に合わせることになると思う。ここまではいい?」
「ああ」
つまり、使徒に生まれ変わる際にイケメンになる、なんて都合のいいことは出来ない訳だ。ちょっと残念かな。生まれ変わるなら一度でいいから、俳優のようなイケメンになってみたかった……まあ、今の容姿にそこまで不満がある訳じゃないが……。
「じゃあ、年齢の話になるけど、これは正直やってみないと正確には分からない。さっきも言った通り、魂や精神に影響されるからね。でも、見た感じトウマの精神年齢って実際の年齢より若く感じるから、少し若くなるかもね」
なるほどな……ということは。
「精神的に若々しさを保てれば、年は取らない?」
「ご名答! だから、全てトウマ次第かな。まあ、精神的に若々しくあるって結構大変だから、姿に影響を出さずに若さを保つのは、神様でもかなりの精神力の持ち主ってことになるかな。使徒に関して理解は出来た?」
「ああ、ある程度は理解出来た。長々と説明させて悪いな」
「ううん、なんでも聞いて。トウマとお話しするのは、とても楽しいから♪」
そう言い、ニッコリ笑うシオン。グッ!? 破壊力抜群……嫌々、これは年相応の笑顔ってやつだ! そう、可愛くて当然だ、当然なのだ! ドキッとしても、決して不純な想いなどありはしない!! 内心にそう言い聞かせながら、努めて冷静に話を戻す。
「それじゃあ、契約書の話に戻るが~……」
ちょっと声が上擦る。それを隠すようにテーブルに左肘をつき、手の甲に顎をのせて、シオンからテーブルの契約書に目をやりながら思案する。そして、労働時間と休日に関する記述について質問することにした。
「労働時間に関してだが、八時間労働ってことになっているが、労働時間なんて設定しても大丈夫か?」
「え? なんで?」
質問の意図が分からないのか、首を少し傾げるシオン。
「なんでって……労働時間なんて設定したら、それ以外の時間はシオンの守護をしなくてもいいってことになるぞ? ただでさえ、異世界なんて行くことになるんだ。それなりに危険もあるだろう? おまけに正当な理由があれば拒否出来るって、大丈夫か?」
「……」
俺の質問を聞いて、シオンはポカンとした表情をする。ん? なんかおかしなこと言っただろうか? シオンは、呆けた顔から一転、真面目な顔をして答える。
「トウマって、結構真面目?」
「結構ってなんだ結構って……悪いか?」
「ん~ん、全然♪」
シオンは、何故か嬉しそうに笑顔で答える。なんなんだ、一体? 首を軽く捻り、少し疑問に思いながら返答を聞く。
「で? 質問の答えは?」
「う~ん、そうだね~……ボクは別に労働時間外まで守って貰わなくても大丈夫だから、八時間でも問題ないけど? もし、それ以上の時間、任務に従事しなければならない場合は、ちゃんと契約に基づいてお願いするだけだし」
「重度の身体的損傷及び、精神疲労が確認出来る状態だった場合は、断れるんだろ?」
「うん、むしろ断ってよ、そんな状態なら。そもそも、そんな状態のトウマに助けを求めたりはしないよ」
それはそうなんだが……。なにかしっくりこなくて、聞き返す。
「……使徒ってそんな労働者みたいな形でいいのか? こう、なんて言うか、主の為にこの身命を捧げます! 的なことを求められる存在だと思ったんだが……」
そういう感じのほうが使徒っぽい気がする……。どうもイメージと合わなくて違和感が拭えない。それを聞いて、シオンは軽く笑いながら答える。
「フフッ、トウマにとって使徒ってそんなイメージがあるんだね。契約神が生みの親なら、そういう関係でもおかしくないけど、トウマはあくまでも人間側の代表だからね。トウマの権利は保証されないとダメだよ」
権利か……まあ、一労働者としての契約なら、自身の権利を主張するのは当たり前か。シオンは、ちゃんと俺の権利を保障する為に、こういう契約方法を取っているのかも知れない。
「……分かった。そう言うなら労働時間はこれで構わないよ。因みにどうやって時間を計るつもりだ?」
「その日の労働開始時間はこちらが宣言するから、そこからトウマのほうでカウントして、時間が来たら申告してくれればいいよ」
「随分とアバウトだな……まあ、賃金が発生する訳じゃないから、そこまで細かくなくてもいいか……」
お金が必要ないから、いまいち労働時間に対する執着心も湧かない。なんとも不思議な気分だな。
「じゃあ次は休日の契約内容だが、これはこっちが休日を任意に設定しても良いってことになるが、いいのか?」
「うん! ただし、契約書にあるようにちゃんと申告して、相談して欲しい。休めない日っていうのも、場合によっては発生する可能性があるからね。世界が明日にも滅ぶかもしれない瀬戸際に、休みを取られると困るし。ちょっとトウマにとっては不利な契約内容になるけど……」
「分かった。まあ、代休の申請も出来るみたいだし、これで問題はないよ。……流石にそんな瀬戸際に、休みが欲しいと駄々をこねるほど、馬鹿じゃない」
そう言って、肩を竦める。
「アハハッ、そうだよね!」
シオンの笑い声を聞きながら契約書に視線を戻し、気になっていた『解雇の事由・手続き』に目をやり、内容を聞くことにする。
「シオン。契約書の『解雇の事由・手続き』にある三十日分の予告オドってのは、解雇を通知されてから三十日分のオドを提供するってことでいいのか?」
契約書の文面を読みながら質問し、顔をシオンに向ける。
「うん。オドは余分に与えることも出来るからね。でも、よっぽど酷い関係にならない限り、ボクからトウマに解雇を通知するなんて事態はあり得ないと思っていいよ」
随分な信頼だな、少し照れる……嫌々、いちいち反応するな! 照れを隠して、肘を付いていた左手を下ろし、右手に書類を持って、座っている椅子に軽く背を預けて契約書を眺める。
「他に気になることはない?」
そう言われ、契約書の全体を再度見直す。
「そうだな……契約期間の所に『契約神の異世界監督任務終了まで』ってあるが、監督任務が終わったら契約は終了なのか?」
「終了というよりは、新しく更新することになるんだ。元々任務は、ボクが中級神に昇進する為の試練みたいな物だから、もう必要ないと判断されるまで任務は継続される。だから、任務が終了すると自動的に中級神に昇格することになるんだよ。その場合、契約の一部内容も変わるから、契約書を更新する必要があるだけだよ」
なるほど、本当にちゃんとした契約書だな。さて、契約書に関しては概ね、疑問点は解消出来たが……と考えていると、シオンが好奇心に目を輝かせながら、なにやら聞いてくる。
「ねえ、トウマ。ボクからも一つ、聞いていい?」
「ん? なんだ?」
少し喉が乾いていたので書類を左手に持ち直し、もう冷めてしまっているだろうが、右手でカップを手に取って一口お茶を啜る。
「トウマってさ、恋人とかいるの?」
「ブゥーーーー!!?」
「ウワッ!? もう、トウマ! 汚いよ~……」
思いっきり吹いて、お茶をシオンに吹き掛けてしまう。
「ゲホッ! ゲホゲホッ! お、お前が変なことを聞くからだ!!」
「え~……だって、気になったんだもん」
そう言いながら、手にナプキンを出現させて、吹きかけられたお茶を拭き、飛び散ったであろうお茶のしぶきを、一振りで綺麗に消してしまった。便利だな、おい。
しかし、こいつは、いきなりなんてことを聞くんだ。だいいち、そんな存在がいたら魂が劣化したりしないっつの! と心の中で突っ込むが、ふとあまりにも俺に関して情報が少ないのに違和感を覚えて、契約書をテーブルに置いて、聞いてみる。
「気になったんだが、本当に俺のことはなにも知らないのか? 地球の神様から、なにか聞いていないのか?」
そう聞くと、シオンは少し沈んだ表情で答える。
「個人に関することはなにも教えて貰えないよ。トウマの世界の一般常識とかは、ある程度調べられるし、嗜好品とかも申請が通れば手に入れることは可能だけど、トウマに関して唯一見せて貰えたのは、トウマの姿と魂だけ。だから、トウマのことをもっと知りたいんだよ!」
突如、必死な表情で言われたので驚き、そんな俺の表情を見て気まずくなったのか、シオンは俯く。
本当にそんな状態で俺を選んだのか。じゃあ、なんなんだ? ここまでの信頼というか、好意というか……いや、好意というにはちょっと必死過ぎる気がする。魂の親和性の高さっていうのは、ここまで強い想いを抱かせるものなんだろうか?
そう疑問に思いながら、今まで質問ばかりで不安にさせてしまっていたシオンの気持ちを考え、意を決して結論を口にする。
「そんなに知りたければ、後で色々教えてやるよ。だいいち、そんなのがいたら契約を受けようなんて思わない」
「え?」
俺の言葉に驚いたように、俯いていた顔を上げるシオン。
俺の気持ちは、もうとっくに契約を受ける気持ちでいた。契約内容を詳しく聞いていたのは、あくまで念の為だ。
今まで話をしてきて、シオンの誠実さや一生懸命なところは十分に伝わって来ていた。これで違っていたら笑いものだが、俺は妙に確信じみた予感を抱いていた。きっとシオンと行く道は、ワクワクするものになるだろうと。
そんなことを思いながら笑いかけると、シオンは目に涙を溜めて、飛びついてきた。
「トウマーーーーー!!!」
「ウワッ!?」
ガタンッという大きな音を立てて、シオンの飛び込みの勢いに押されて、後ろに椅子ごとひっくり返る。
「痛てーな! いきなり飛びつくなよ!!」
「だって、嬉しかったんだもん! 嘘じゃないよね! 本当にボクの使徒になってくれるんだよね!!」
俺の上に馬乗りになり、目に涙を浮かべて訴える。そうして首筋に再度、抱き着いてきた。
「分かった、分かったから抱き着くな! 恥ずかしい!!」
強引にシオンを引き剥がす。シオンは涙を拭って『エヘヘ』と笑い、俺の上からどいた。
俺は立ち上がって倒れた椅子を元に戻し、照れ臭さを隠しながら、こけた拍子にズボンに付いた草を払いながら、シオンに言う。
「契約は受けるし、内容に不満がある訳じゃないが、一つ契約に追加して欲しい項目がある。構わないか?」
「うん、いいよ! 契約書はあくまで、上に提出する為の形式的なものでしかないから、トウマがボクに望むことがあったら、遠慮なく言って!」
遠慮なく、か……それとはちょっと違うが、欲しい物も要求すれば提供してくれるというのに引っ掛かっていた。なにかそれには抵抗がある。神様とはいえ、見た目子どものシオンにタダで物を強請るのは避けたい。
「じゃあ、一つ。見返りなしで欲しい物を貰うっていうのは良くないし、俺も気持ち良く働けない。賃金じゃなくてもいいから、なにか労働に対する対価を契約書に加えられないか?」
「え? ……う~ん、そう言われても難しいな……ボクに渡せる対価なんて創造物とオドぐらいしかないし……逆にトウマから対価に望む物は無いの?」
「俺からか……そう言われてもな……」
そんなに物欲がある訳じゃない……そもそもの問題はタダで手に入るのに抵抗があるんだ。どんな物を作って貰うにしろ、シオンに労力が発生する訳だから、それに対する対価を返さないとフェアじゃない。
「単純に一日の労働条件達成報酬として、一回分の創造物をお願いする権利が手に入るっていうのは、駄目か?」
「う~ん……別にいいけど、遠慮はいらないんだよ? まだ下級神だからなんでも作り出せるって訳じゃないけど、トウマのお願いだったら、作ってあげるんだけど?」
「駄目だ。これはけじめの問題だ」
「……分かったよ。じゃあ、契約書に追記してあげる。他にはある?」
「いや、それでいい。じゃあ、これで決まりだな」
そう言ってシオンに、右手を差し出す。
「それじゃあ、よろしくな! シオン!」
差し出した俺の手を見て、目を輝かせるシオン。
「うん! よろしく、トウマ!」
そう言って俺の手を笑顔で握り返すシオン。こうして、金髪碧眼の小さな神様シオンと、三十過ぎのおっさんとの使徒の契約は結ばれた。