序章4 『神様と求めた魂』
シオンの話を聞いて、目的は色々分かって来たが、不安要素はまだある。
「まだ聞きたいことがあるから、はいとは言えない。とりあえず、まず手を放してくれ」
ギュッと握ってくるシオンの手をやんわり外す。シオンは残念そうに、渋々と手を放して席に戻った。
「分かった。なんでも聞いて!」
「じゃあまず、俺がその使徒とやらになって、異世界に行くことになったとする。その場合、俺は元居た世界に戻れるのか?」
大事なことだ。今の世界に強い執着や未練がある訳じゃないが、戻れるか戻れないかで、覚悟の重さは変わってくる。
「……ううん、残念だけどそれは無理になる。ボクの使徒になるということは、人間を辞めて使徒に生まれ変わり、神の半身……言わばボクの半身になることを意味するから」
「シオンの半身?」
「使徒は契約によって、その神の半身も同然になるんだよ。ボクがトウマの世界に入れないのは、直接その目で見たよね。さっきも言ったけど、それは神が勝手に異世界に干渉することを出来なくしたからなんだ。そして使徒になれば、トウマにもそれが適用されてしまう」
そう言われてシオンが俺の世界とこちらの境目に、ペタペタと壁があるみたいに触っていたことを思い出した。つまりシオンの使徒になれば、地球側にとっては異世界の存在と認識されて干渉出来なくなる。そうなれば、もう戻ることは出来なくなるということか。
「それはもう二度と、干渉は許されないってことなのか?」
「トウマの世界の神様に許可を取れば可能だけど、ボクなんかとは比べ物にならないほど高位の神なんだ。新米の、しかも使徒という立場では、許可を取ることはかなり難しいと思うよ」
なるほど。確かに難しそうだな……これは、もう二度と元の世界には帰れないと覚悟したほうが良さそうだ。
「じゃあ次に、生まれ変わったら地球では俺の存在はどうなるんだ?」
「トウマの世界の神様が、トウマの存在がいなくても都合がつくように、書き換えることになると思う。どう書き換えるかは神様次第だろうけど……おそらく、トウマがいたという記憶や記録を全て消去することになるんじゃないかな?」
「……つまり、完全に地球上から俺がいたという事実は消えるってことか?」
「そうなるね……嫌?」
目を伏せ考える。正直に言うと、今の世界にはもはや執着はなかった。
両親はもういないし、姉とは親の遺産で揉めて以来、連絡も取っていないから、今どうしているかなんて分からない有様。元同僚だった友人がいないことはないが、仕事場がお互い変わってからは、たまに飲む程度の関係でしかない。会えなくなっても、まあ、しょうがないかで済む関係だろう。
伏せていた目を上げ、シオンを真っ直ぐ見つめる。
「シオン、正直に答えてくれ。お前は俺が、今の世界になんの執着も持っていないことを知っていて、こんな提案をしているのか?」
「……ううん。トウマが今の世界でどんな想いを抱き、どう生きて来たのかボクは知らない。ボクはトウマの世界の神様じゃないからね。そちらの存在に関しては、詳しく把握することは出来ないんだ」
「じゃあ、どうして俺を選んだんだ?」
シオンは少し思案する仕草をするが、説明してくれる。
「……トウマの世界の神様が、魂のリストを見せてくれたんだよ。この中から、使徒を選びなさいって」
「魂のリスト……つまり使徒の候補を地球の神はリストアップしていたってことか。自分でいうのもなんだが、俺を使徒候補にリストアップするなんて、おかしくないか? どういう選考基準でリストアップしていたんだ?」
そう聞くと、ちょっと困った表情をするシオン。ん? ……なんか嫌な予感がする。
「その……言いづらいんだけど、見せてもらったその魂リストって……言わば、その……魂の劣化リスト、だったんだよね」
「ハァ!? 魂の劣化リスト!?」
劣化ってなんだ劣化って! 俺の魂ってどうにかなっているのか!? そんなリストに載っている俺の魂っていったい……。そんな様子を見て、慌ててシオンが言う。
「ああ!? 勘違いしないでね、トウマ! トウマの魂がダメダメって訳じゃなくて、魂って生まれた境遇とか周りの環境とか……とにかく色んな要因で劣化するんだよ! 特にトウマの世界は最近、魂が劣化しやすい要因が増えてるらしくって、神様も困っていたんだ! 魂って劣化すると生きる気力が失われてしまうから、この魂たちをなんとか出来ないかって! だから決してトウマの魂を見限ったとか、見捨てたとか、そういうんじゃないから!!」
必死に言葉を並べて慰めようとする姿が、余計に心を抉る。なるほど、そんなリストに載っているなら、少なくとも今の環境に満足していないっていうのは、分かるか。
「でも、劣化している魂からわざわざ選ぶなんて、なにを考えているんだ、シオン?」
気を取り直して質問する。使徒は神様の使いだとシオンは言った。言わば天使みたいなものなんだろう? それならこう……よく分からないが、良い魂から選ぶはずだ。それをなんで、わざわざ劣化している魂から選ぶんだ? 当然の疑問が頭に浮かぶ。
「確かにトウマの魂は劣化が始まっていたけど、一目見た時、こう、なんていうのかな……これだ! っていうのを感じたんだよ。それに、魂の劣化は治すことも可能だし」
結局フィーリングかよ! と突っ込もうとしたが、最後の台詞が気になって聞き返す。
「治るのか? 魂の劣化って?」
「魂に合う環境にいれば自然とね。この世界も、少しでもトウマの魂が癒せるように考えて作ったんだよ」
そう言って両手を広げ、周りの雄大な草原をアピールするシオン。ああ、だから俺の魂の色や心象風景を意識したって言っていたのか。俺の魂への配慮が凄いな。
「トウマの世界ってさ。自分の周りの環境を大きく変えるのって難しいんでしょ? トウマの世界の神様が頭を悩ませてたよ、しがらみが多い世界になってしまったって……」
「ああ……まあな」
確かにシオンの言う通りだ。一度、固まってしまった環境を変化させるのは難しい。将来に不安要素が多い現代において、今の環境を壊してまで現状を打開する勇気は抱き難いだろう。
どんなに嫌で面白くない仕事でも、続けなければ生きてはいけない。自分に合う別の仕事を探せばいいと簡単に言うが、就職難のご時世、一度手にした職をそう簡単に手放せるもんじゃない。未来に希望を抱けないなら尚更だ。
そしてドツボに嵌って動けなくなる。まあ、魂が劣化しているらしい俺が、偉そうに言うのはなんだけど……。
「俺の魂の劣化を治せる環境を、シオンは提供出来るって言うのか?」
「出来るよ! 現に今だってトウマの魂は少しずつ色を取り戻し始めてる。本当はワクワクしてるんでしょ? ボクには分かるんだよ! だって、ボクがこんなにも魅かれてる魂だもん!!」
テーブルに乗り出し、ズズイッと迫ってくる。
「ち、近い近い! 急に迫ってくるな!!」
シオンの頭を掴んで、押しとどまらせる。
「ねぇ~! なってよ、ボクの使徒に~~♪ 絶対後悔させないから~~~♪」
そう言って、笑顔でグイグイと迫ってくるシオンに少し引き気味になりながらも、その誘いに魅力は感じていた。
全てのしがらみを捨てて、自分の全く知らない未知の世界に生きる。そんなありえない話が現実として目の前にぶら下がっている。それに魅力を感じない訳がない。今の世界に魅力を感じていないなら尚更だ。だが――
「ねえ、トウマ~♪」
本当にコイツを信じていいものか、自信ない……というか、いい加減にその甘えたような声はやめて欲しい。
「まだ質問は終わっちゃいない! 再就職しようと思ったら、次の仕事先の雇用内容や福利厚生を調べるのは常識だ! まだお前はそこの説明をしていない!」
グイグイ迫って来るシオンがピタッと止まり、バッと離れたと思ったら、なにやら空中に手を伸ばす。すると、手を伸ばした先に波紋のようなものが浮かび、手がその中へと入っていった。どうやら、なにかを取り出そうとしているらしい。どんな原理なんだろう? と眺めていたら、一枚の紙きれを取り出して、フフーンと胸を張って得意げに見せてきた。
「その言葉を待ってたよ! 準備は万端! はい、使徒雇用契約書!」
そう言って、一枚の紙きれを目の前に突き出してくる。
「……神様も雇用契約書なんて使うんだな」
「神の世界でもコンプライアンスは大事だから」
使徒雇用契約書なるものを受け取とるが、ふと思い立ってシオンに一つお願いをする。
「シオン。悪いが、一度席を外して俺の部屋に戻ってもいいか?」
「えっ!? なんで!? 帰っちゃうの!!?」
シオンは悲壮な表情をして、ガタッと椅子から身を乗り出す。
「お、落ち着け! 眼鏡を取ってくるだけだ。仕事柄、目が悪くなりやすくてな。この手の書類を見る時は眼鏡をしているんだよ」
「な、なぁ~んだ……もう、脅かさないでよ!」
シオンはホッとしながら、ちょっと怒った顔で席に座る。
「悪かったよ。すぐ戻るから、ちょっと待っていてくれ」
そう言って席を立って、俺の部屋に繋がるドアに歩いていく。
「すぐだよ! 絶対戻ってきてよ!!」
テーブルに両手をついて乗り出し、不安そうな表情で訴えてくる。
「分かった、分かった!」
そう返事して、小走りでドアに向かって走り、開いて中に入る。その時ドアが閉じる隙間から、身を乗り出した態勢のまま、泣きそうな表情でこっちを見ているシオンが見えた。
出合い頭に何度も目の前でドアを閉じられたことを、まだ引き摺っているのだろうか。ここまで寂しがり屋で不安症とか、本当に神様なのか?
苦笑しつつ、靴を脱いで部屋に戻り、眼鏡ケースを探す。確か仕事のカバンに入れていたはずと思い出し、カバンを探ると眼鏡が入っているケースはすぐに見つかった。ケースを持って急ぎ足でシオンの元に戻る。
ドアを開いた時に見えたシオンの顔は、かなりホッとしていた。そして席に戻って、持ってきた眼鏡を掛け、内容を確認する。
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使徒雇用契約書
・氏名:
・生年月日:
※次の労働条件によって契約いたします。
・契約期間:契約神の異世界監督任務終了まで
・就業の場所:契約神の創造領域および、指定された
中級神の異世界
・仕事の内容:契約神の守護及び補佐業務
・労働時間に関する事項
└1日において基本8時間を労働時間として定める。
また、契約神による要請がない限りは超過労働の義務は
無いものとし、超過労働の要請があった場合でも、正当
な理由が使徒側にある場合は拒否できるものとする。
※正当な理由(重度の身体的損傷及び、精神疲労が確認
出来る状態)
・休日
└契約が履行した日から7日毎に、7日の内2日間を休日
に指定できるものとする。但し、7日毎に発生する2日
間の休日指定権利は、次回権利発生時までに指定せぬ場
合は無効となり、繰り越せぬものとする。
また、緊急対応が必要な場合は、契約神の判断で休日を
無効とすることを可能とする。その場合は、代休の申請
を可能なものとする。
・契約破棄及び解雇に関する事項
1.自己都合契約破棄の手続き:契約を破棄する30日
以上前に、契約神に申し出ること。
2.解雇の事由・手続き:少なくとも30日前に使徒本人
に予告し、又は30日分に相当する予告オドを提供
する。正し、契約監督官の認定を受けた時は、予告
オドは与えなくてよいものとする。
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なるほど、結構まっとうな内容ではある。色々気になる点や、よく分からない点も無くはないが、まず確かめなければならない部分が一点ある。
「シオン、賃金に関する記述がないんだが?」
「……」
だが、シオンは俺の顔をジッと見たまま、ボーとして答えない。
「おい、シオン。聞いているのか?」
シオンは、なにやらボソッと呟いた後、視線に気づきハッとして応える。
「あ、ああ、ごめんね。聞いてなかった……なに?」
「いや、賃金に関することが、記載されてないって言っているんだ」
「ああ、お金ね。いるの?」
「当たり前だろう。金無しでどうやって食っていけと?」
「それなんだけど。使徒に生まれ変わったら、基本食べなくても死なないよ?」
「なに? そうなのか?」
「うん。使徒は契約神からの『オド(小源)』がエネルギー源なんだ。食べるという行為が出来ない訳じゃないけど、エネルギー摂取の為じゃなく、嗜好として食べるという行為をするだけになると思うよ」
なんとそれは便利……ってオドってなんだ? 契約書にもあったが重要そうだな。それに、そもそも使徒になるってどういう状態になるか詳しく聞いていなかった。契約云々の前に、もっと詳細を聞いておかないと不味いな。




