第一章25 『神様と暴走』
目の前で起こった現象に、頭がついて行かなかった。
ヴリトラを倒して二人で喜び合っていたら、突然トウマがボクを突き飛ばして、その間をなにか黒い物体が通り過ぎて行った。
そして、それはまるで連れ去るかのようにトウマを後ろへと引っ張って行き、そのまま岸壁に突き刺さった。
それでもその物体の勢いは止まらず、岸壁に大穴を開けて突き進み、その脇で壁に叩きつけられたトウマの身体は力なく離れ、ドサリと地面に身体が投げ出される。
トウマの右半身からは、なくてはならない物が無くなっており、その根元から赤い液体が噴水のように吹き出している。
そしてトウマは、まるで壊れた人形のように動かないまま、広がる真っ赤な池に身を沈めていた。
「トウマ……?」
ボクは、未だに目の前に広がる状況が飲み込めず、身体に力が入らない状態でトウマに一歩近づく。
その時、岸壁からガラリと石が落ちる音がしたのでそちらに視線を向けると、一回り小さくなった赤黒い蛇がモゾモゾと岸壁の大穴から身を乗り出していた。
蛇の口元は赤く塗れており、口の隙間からなにか見覚えのある服の切れ端と、血が滴り落ちる肉片が挟まっていた。
蛇はそれをゴクンと飲み込み、まるで笑っているかのように口元が上がり、舌をチロチロと出しながらこちらを睨み据えてきた。
「あ……ああ……」
身体が震え、目の前が真っ赤に染まって行く。なにか得体の知れない煮え滾る衝動が心の内から湧き上がり、破裂しそうな程にボクの心を苛んだ。そして――
「うあああぁぁぁーーーーー!!!」
と、限界を迎えた心が決壊し、湧き上がる激情が喉を押し潰す勢いの叫び声となって溢れだした。
核からマナが溢れだし、自身でもコントロール不能な程に荒れ狂う嵐となって身体全体から迸る。
その瞬間、ボクの意識は暴走する感情の波に飲み込まれ、プツリと途切れてしまった……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ククククッ……ヒヒヒヒッ……ヒャハハハハハハッ!!」
異界天球儀の前で、目の前に移る映像を前にした男が、抑えきれない喜びを迸らせるように哄笑を響かせる。
黒いスーツに長い白衣を纏った黒と白のメッシュ髪の男――ガーディウスは、身体を激しく仰け反らせながら、喜びを露わにして叫ぶ。
「やはり! やはりそうだったのか、アースディア! まさか、このような形で隠していたとは思いもしなかったですよ! よくもまあ、我らを欺いてくれたものですねぇ~!!」
目の前の映像にはシオンが映し出され、凄まじい勢いで黄金色のマナを迸らせる。
それを嬉々として眺めていたガーディウスは、ふとシオンの意識が失われ、ガクンと俯く仕草を見て呟く。
「おやおや……どうやら幼い自我が耐えられなかったみたいですねぇ~……」
映像のシオンは、だらりと全身から力が抜けた状態となり、突如左の背中から一枚の光の翼が生え始める。
「これは興味深い……どうやら自己防衛モードに移行したようですねぇ~……まさか、ここであの力の一端が見れるとは……貴重な『混沌核』を使って正解でしたねぇ~」
翼が身体を支えるようにシオンの身体を持ち上げ、やがて空中に浮かぶ。俯いていた顔が上げられるが、その目には光は宿っておらず、虚ろだ。
しかし、まるでなにかに操られるように動くシオンは、左目の周りに円形のゲージを表示させ、ターゲットを定めるように視線を巡らせ、ヴリトラを捉える。
<敵ヲ補足、使用者意識不明ニヨリ、自動防衛モードニ移行シテ対象ヲ殲滅シマス>
シオンの口から、感情の宿らない無機質な声が発せられる。その言葉の後、右手に愛用の斧槍が出現した。
<使用武器ヲ選択……対象ノ体皮ニハ通ジナイト判断。滅刃ノ使用ヲ選択……マナノ総量ガ足リナイト判断。光翼ヲ展開シテ周囲ノマナヲ吸収シテ補填シマス>
その宣言の後、左の背中から生えていた羽がバサッと大きく広げられ、光り輝く。
すると、周囲のマナが光の翼に吸収され、それと同時に斧槍の先を覆うように巨大な光の刃が形成される。
「おお~……アレが万物を滅する、滅びの光。そして、周囲のマナを無尽蔵に吸収する光翼……クククッ、旧神の遺産のオンパレードですねぇ~! さあ、見せて下さい……旧き神の落胤の力を!!」
その言葉を合図にするように、シオンは宙を疾走してヴリトラへと高速で向かって行った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
暗く虚ろな空間に浮かぶ意識……身体を動かそうにも一切動かすことが出来ず、まるで泥沼のように沈んでいく。
頭上には一点の光があり、とても温かくこちらを照らしているが、その光からどんどん遠ざかって行っていた。
その距離が広がるごとに、温かさが失われ身体の芯から凍るような冷たさが全身に広がり、益々身体から力が失われる。
やがて意識さえ失いそうになり、どうやっても光の下へと戻ることが出来なくなる現状に、寂しさと辛さが込み上げる。
しかし、それでも身体はピクリとも動かなかった。
<行かないのか?>
突如、すぐそばで声が聞こえる。
「(行く? 何処へ?)」
<あの光の下だ。行かないのか?>
視線を巡らせると、右のすぐそばに人影が立っていた。人相は分からず、黒い影としか認識は出来ない。
「(行きたいけど、身体が動かないんだ……)」
<それは恐れているからだ>
「(恐れる?)」
<そうだ。目覚めれば、お前は今まで経験したことの無いような痛みに襲われる。それが分かっているから、お前は恐れ、慄き、動けないのだ>
そう言われて思い出す。そうだ……俺はヴリトラに右腕を喰いちぎられた……その痛みが恐ろしいから、目覚めることを拒否しているということか……。
<そうだ。だが、このまま目覚めねば、お前は一番大事なのものを失う>
「(大事なもの?)」
<シオンだ。お前を救い、お前を慰め、暗闇から引っ張り上げてくれた、幼きお前の神だ>
そう言って、影は頭上に輝く一点の光を指差す。
「(あれが神……シオン、なのか……)」
光はまるでこちらを励ますように瞬く……その光を見た瞬間、シオンがこっちに手を伸ばす幻を見た。
<さあ、手を取れ。お前なら出来る筈だ。かつて、私がそうしたように……>
影の言葉に導かれるように、渾身の力を振り絞って右手を動かし、頭上の光に手を伸ばす。
そして、幻のシオンの手に触れた瞬間、俺の意識は光の下へと引っ張り上げられるように浮上した。
視界に光が差し込み、俺の意識は覚醒する――が、その瞬間、右の肩口付近から焼けつくような痛みが襲ってきた。
「ぎぃ、ぐあああぁぁぁっっっ!!?」
そのあまりの筆舌に尽くしがたい感覚に、喉が引きつりそうな悲鳴を上げ、痛む患部を反射的に抑えて蹲る。
左手にヌルリと生温かい液体が纏わりついて、気持ち悪い感触が手のひらに伝わる。
目の前がチカチカして、意識が一瞬遠のくが激しい波のように襲い来る痛みが、気絶することさえ許さず、絶え間なく続いた。
「ぐううぅぅっっ!!?」
歯を食いしばり、蹲りながら耐える。痛みに耐えながら、フェルビナさんの講義を思い出す。
『使徒にとって、血液はオドと同義です。血液を失えば大量のオドを失います。だから、傷を負ったらまずオドで傷口を塞ぐことを優先して下さい』
その言葉通り、痛みが襲う患部を覆うようにオドを収束させ、物質化する。
『傷口を塞いだら、次は防御結界の強化です。防御結界は強化することで、様々な身体的異常を防ぐことが出来るのは知っていると思いますが、その中には痛覚遮断の効果も存在します』
核に意識を集中してオドの出力を上げ、防御結界を強化する。すると、襲い来る痛みが段々と緩和してきて、次第に収まって行く。
「ブハァッ!? ハア、ハア、ハア……」
涙を流しながら荒い呼吸に喘ぎ、身体を震わせながらも呼吸を整えて行く。フェルビナさんには感謝してもしきれない……必要なことを漏らさず教えてくれている。
やがて、痛みも完全に引いて呼吸も落ち着くと、俺は身体に力を入れて立ち上がる。そして、自身の姿を見た……酷い有様だ。
服は血みどろで所々破けており、擦り傷もあちらこちらに負っている。そして、直視したくはないが右腕の肩口を見ると、そこに右手は存在していなかった。
「はは……キッツイな……」
あるべきものが存在しないというのは、思った以上に精神的に堪える。だが、いつまでも沈んではいられない。
急いで状況を確認しなければと思って周囲を確認すると、そこに広がっていたのは、凄まじい破壊が行われた跡だった。
「な、なんだよ……これ……」
目の前に広がっていた光景は、常軌を逸していた……。
あの巨大な木が無数に生えた森林の所々が、薙ぎ払われたように抉り取られて消えていた。
そして、地面を切り裂いたような亀裂があちらこちらに無数に刻まれている。あれは、シオンの空間断裂だろうか……いや、それにしては切り裂かれた部分の範囲が広すぎる……。
「いったい、なにがあったんだ……シオン……」
そう呟いた後、俺はシオンを探す為に近くにまだ健在だった木の上に登り、遠くを確認する。
すると、破壊は森林エリアの奥へと向かっており、戦いはそちらの方向に進んで行ったのがすぐに分かった。
俺は急いでシオンを探す為、その破壊が続いている先へと駆け出した。




