第一章23 『神様とレベルS』
突然の爆発により、動きを止めて警戒心をあらわにするヴリトラ……忙しなく舌を出し入れして周囲の状況を確認している。
「バレないかな、ボクたちの位置……図鑑の蛇の項目で読んだことあるけど、アレって匂いを確認してるんだよね?」
「ああ、蛇の臭覚器官は口の中にあって、ああやって空気中の匂いや味を舌で感じ取っているって俺もテレビで見たことがある……だが、恐らく大丈夫だろう。さっきの爆発で森が一部燃えてるから、焦げ臭さもあるし、風上はあっちだしな」
とは言え、安心は出来ない……相手はただの蛇ではなく魔物、おまけにレベルSという規格外の存在だ。俺達は、注意深くヴリトラを監視する。
ヴリトラは、一通り状況を確認したのか行動を開始し、周囲のキラーアントの捕食を止めて、アーマーインセクトに向けて一直線に突進していった。
「アーマーインセクトにターゲットを変えた? 急になんで?」
「……おそらく位置は補足されていないが周囲に別の存在がいることに感づいたんだろう。大物を一気に仕留めて自分に有利な状況を作ろうとしているのかも知れない……」
早まったかも知れない……不用意に警戒心を高めてしまったか? だが、後悔しても今更だ。今はとにかく情報収集だ。出来る限り相手の動向を観察して今後に生かす。そう思いヴリトラに注視する。
ヴリトラは高速で移動し、一気にアーマーインセクトへと肉薄する。
流石にアーマーインセクトも直近に姿を現したヴリトラに気付き、臨戦態勢を取ろうとするが、あっという間に下半身に噛みつかれる。
バキバキバキッ! とこっちにまで聞こえてきそうなほど、凄まじい顎の力で噛みつかれ、あの頑丈そうな外骨格が砕けるのが見えた。
アーマーインセクトは噛みつかれながらも抵抗し、手の鎌をヴリトラの頭に振り下ろすが、強固な鱗に阻まれて、傷付けることすら出来ていなかった。
「レベルが違い過ぎるね……まるで相手になってない」
「ああ……噛みつかれたらひとたまりもなさそうだな。それにあの鱗の強度……半端な攻撃じゃ通じなさそうだ」
ヴリトラは、抵抗するアーマーインセクトを睨み据えながら、グイッと頭を上に振り上げると、アーマーインセクトを口から離し、上空高くへと投げる。
そして、高く舞い上がったアーマーインセクトを追いかけるように上空へと身体を伸ばし、ガパッと顎が外れそうなほど大口を開けて、アーマーインセクトを一思いに丸のみにする。
「ウワッ!?」
そのあまりの光景にシオンが気持ち悪そうな声を上げる。確かに凄まじい絵面だった。
そうして、あの巨大なアーマーインセクトを飲み下していく。アーマーインセクトの形が薄っすら分かるほど胴体が盛り上がっていて、なんとも生々しい光景だった。
「あの巨体を丸のみとはな……流石蛇って感じだ。ああやって、他の特異個体も喰い荒らして行った訳だ」
ヴリトラは、アーマーインセクトを飲み下した後、眼下の森を眺める。
なにをする気だ? とシオンと二人で見ていた瞬間、凄まじい爆風が起こり、ヴリトラを中心に森林の木々が吹き飛ぶ。
「ワワッ!?」
こちらまで届いた爆風によろけたシオンを抱きかかえ、巨木から落ちないように幹に寄りかかる。
爆風が収まり、ヴリトラがいたところを見ると、そこには驚愕の光景が広がっていた。
「なっ!?」
「うそ……」
ヴリトラを中心に円形に木々がなぎ倒され、森林が丸々無くなっていた。それもかなりの範囲だ。半径一〇〇メートルはあろうかという範囲が、まるでミステリーサークルのように出現していた。
「まさか、胴体で薙ぎ払ったのか……あの一瞬で……」
「……トウマ、キラーアントの反応が全部消えてる……あの一瞬で全滅したみたい」
これがレベルSの力……今までの特異個体とは桁違いの強さだ。アレに巻き込まれたら、俺達ですら無事では済まないかも知れない。
ヴリトラは群れの全滅を確認した後、何故か立ち上がるように身体を更に伸ばす。そして、周囲を見回すように首を巡らせる……まさか――
「シオン、逃げるぞ!」
そう言って、シオンの手を引っ張って木から飛び降りる。
「ト、トウマ!? どうしたの!!?」
「ピット器官だ! アイツ自分の周りの熱源を全て処分して、俺たちの位置を特定しようとしているんだ!」
だが、少し判断が遅かった。後ろを見ると、奴は俺達の姿を捉えてこちらを睨み据えており、奴の眼と視線が合った。
「クソ!」
ヴリトラは、こちらに向かって木々をなぎ倒しながら向かってくる。アーマーインセクトの時とは違い、なりふり構わない接近だ。
こちらが向こうの存在に既に気付いているせいか、隠すつもりもないらしい。
俺達は地面に着地した後、すぐさま森を駈ける。だが、すぐ背後から木々をなぎ倒す音が聞こえ、既にかなり接近されていることに気付く。
「トウマ、このままじゃすぐに追いつかれる!」
「分かってるが、こんな森の中じゃスピードも簡単に上げられない!」
本気を出せばもっと速く走れるが、障害物が多い森林ではそんなにスピードは出せない。
そうこうしている内にも、ドンドン背後から響く音が強くなってくる。
「トウマ! 木々の上に出るくらい高く跳んで!」
「なに!?」
「いいから、行くよ! せーのっ!」
よく分からないが、シオンの掛け声に合わせて慌てて飛ぶ。前方に向けて高く跳び、木々の上へと飛び出る。
高く跳び上がった俺とシオンのすぐ背後から、凄まじい大口を開けてヴリトラが迫って来る。
「いっ!?」
それに驚愕するが、シオンは構わず俺に掴まる。
「飛ぶよ! トウマ!!」
そう言った瞬間、周りの空間が歪み一瞬身体が引っ張られる感覚が襲ったと思ったら、次の瞬間、俺とシオンは、さっきいた場所からかなり離れた前方の空間へと飛んでいた。
「え?」
突然のことで、なにが起こったのかよく分からない。だが、シオンは一回だけじゃなく数回同じ行為を行ったのか、目まぐるしく周りの景色が変わり、気付いたら俺達は、エリアの境を作っている山脈の上に出現し、そこに着地する。
「ここは……森林エリアの境界か?」
山脈の眼下には森林エリアの緑が広がっている。
「うん……空間転移で移動した。ボクの力じゃ、見えている範囲にしか飛べないけどね」
そう言って、額の汗を拭う。
「大丈夫か? お前が疲労するなんて、かなりマナを使ったんじゃないか?」
「大丈夫。連続使用で、ちょっと一気に使っちゃっただけだから……ただ、回復させるにはちょっと時間が掛かるかも……」
シオンのマナのストック容量はそれほど多くないが、それでもそう簡単に存在維持量を削る程少ない訳でもない。それを削ったということは、空間転移はかなりの消費量ということだ。
「(逃げ切れたのはいいが、シオンのストックを一気に失ったのは痛い消費だな……)」
ヴリトラからは距離を取ることは出来たが、問題はこれからだ。敵の正体が分かった以上、次の方針を決めないとならない。
「トウマ、どうする? 敵の正体は分かったけど、アレは……」
「ああ、まともにやりあって勝てる相手かは微妙だな……だが、逃げ切れると思うか?」
「……ここまで距離を取ったから、撒くことは出来たと思うけど……」
そう思って森林エリアを見るシオン。俺も見るが、先ほどの騒動が嘘のように静まり返っている。
ヴリトラがいた所からは、かなり離れている為、姿は見えない……が安心は出来ない。アイツは、山岳エリアの特異個体を根こそぎ喰い殺したのだから。
「嗅覚と熱源探知のピット器官か……あれで他の特異個体を探し当てて、喰い荒らした訳か……」
「……それだけじゃないかも知れない」
「どういう事だ?」
「フェルビナから依然聞いた話だと、ヴリトラは感知も使えるみたい……ということは……」
「俺らのマナやオドも追えるってことか……」
「うん……ボクたちのマナやオドを奴は確実に覚えたと思う。アイツの感知範囲がどれぐらいかは分からないけど、範囲に入ったら確実に捉えられると思う」
マナやオドには、その者を特徴付ける色が現れる。感知を使う者は、それを捉えて感知することも可能だ。だが――
「こっちはアイツを捉えられない、か……受け身に回るのは危険過ぎるな……」
シオンの空間転移で更に距離を取る方法もあるが、これ以上シオンのマナを消費するリスクは避けたい。
足で距離を取って隠れても、見つかればこっちは気付かれないまま襲われる可能性がある。あんなのに、いきなり襲われたら確実に負ける。
「うん……そうなると……」
「迎え撃つしかない……」
折角稼いだこのアドバンテージを失わない間に、奴を迎え撃つ準備を整えること……これしかない。
こうして俺とシオンとの、格上のレベルSの魔物との死闘が始まろうとしていた。




