第一章16 『神様と二重術式』
二体目の特異個体を討伐した後、俺たちは反省会を行う為に拠点へと戻って来ていた。
「トウマ、まず一息入たいから、お茶を入れるね」
「ああ、頼む」
そう言って、シオンはお茶セットを取り出して用意してくれる。手持ち無沙汰でボーッと見ているのもなんなので、俺は荷物からビスケットと板チョコ、マシュマロを取り出す。キャンプをして焚火をするとなると、外せないと思って持って来ていたのだ。
俺は皿にビスケットを並べ、その上に同じ大きさくらいに割った板チョコをのせて置く。
そして火をおこした後、長めの棒をオドで作り、その先にマシュマロを指して炙る。
「トウマ、なにやってるの?」
紅茶を入れて持ってきたシオンが、不思議そうな顔で俺の手元を覗き込んでくる。
「うん? ちょっとしたお茶菓子を作ろうと思ってな」
そう言って手元のマシュマロをジワジワと炙り、少し焦げ目が付いたところで、先ほどの板チョコを上に置いたビスケットの上にのせ、もう一枚のビスケットでマシュマロを挟んだ。
「ほれ、出来た。食べてみ」
そう言ってシオンに渡す。
「うん」
受け取ったシオンは、それをパクッと食べた後、驚いたように目を見開き、その後すぐに笑顔になって感想を言う。
「美味しい!」
「スモアって言うんだ。マシュマロがトロッとして良いだろ?」
そう言って、再びマシュマロを棒に刺す。
「あっ、ボクもやる!」
「はいはい」
シオンはお茶を俺の側に置き、同じように火を囲むように座る。そのシオンにマシュマロを刺した棒を渡すと、シオンは嬉しそうな顔をしてマシュマロを炙りだす。しかし――
「ワワッ!?」
火に近づけ過ぎたのか、マシュマロが一気に燃え、溶けて地面に落ちてしまう。
「あんまり火に近づけ過ぎるとそうなる。ジワジワと炙るのがコツだ」
「ウゥ~……もう一回!」
そう言って、寄こせとばかりに手を差し出してくるシオン
「はいはい」
俺はマシュマロの入った袋ごとをシオンの側においてやると、シオンは再度挑戦を始めた。俺も同じようにマシュマロを炙り、ビスケットチョコに挟んで食べる……美味い。
そして、シオンが淹れてくれたお茶を手に取る。ティーカップから甘く渋い香りが立ち昇り、鼻腔をくすぐる。この匂いは確か……。
「ダージリンか、これ?」
「うん、トウマもだいぶ分かるようになってきたね」
こちらの質問に答えながら、今度は上手く炙れたマシュマロをビスケットに挟んで食べ、美味しそうにモキュモキュ食べるシオン。
「まあ、これは特徴のある香りだからな」
所謂、マスカテルフレーバーってやつだろう。俺は少し香りを楽しんだ後、紅茶を一口飲むと、独特の香りがより広がる。
「フゥ~……落ち着くな」
「でしょ? ダージリンはリラックス効果や疲労解消効果もあるんだよ」
そう言いながら、自分も紅茶を一口飲み、再びマシュマロを炙りだす。どうやら、かなり気に入ったらしい。
そうして暫く二人で紅茶を飲みつつ、黙々とスモアを作って食べた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ハァ~、満足♪」
そう言って幸せそうな顔をするシオン。
「って言うか、食べ過ぎだ。せっかく持ってきたマシュマロが空じゃないか……」
そう言って、空になった袋を逆さにして振る。まさか食べきってしまう程、気に入るとは思わなかった。
「だって、美味しかったんだもん」
「……まあいい。それより反省会だ、反省会」
「は~い」
そう言って椅子を向かい合わせにする。
「じゃあ、まずなにから振り返る?」
「そうだな……お互い自分の行動を客観的に振り返ってみよう。まずはシオンから」
「ボク? う~ん、そうだね……ボクの場合は、やっぱり不用意な接近かな~。トウマに言われた通り、後三匹ってなった時に突っ込み過ぎたと思う。もうちょっと慎重になったほうが良かったかも」
「ふむ……まあ、確かにそれはあったかもな。しかし、気になったのはその時のランドタートルの動きだな。やたら連携が取れてなかったか?」
戦闘中にも気になった部分だ。シオンの躱す地点への絶妙な遠距離攻撃……明らかにシオンの行動を三匹とも予測出来ていなければ、出来ない攻撃だ。
そこへ、すかさずアスピドケロンの踏み付け……どうみても連携した攻撃にしか見えない。
「魔物も多少は頭が切れると思っていたが、あれは出来過ぎじゃないか?」
「……言われてみれば確かにそうだね。シーサーペントの時も、サハギン達がなにか強制力のような力で動かされているように感じた。他の魔物の群れと相対したことがないから、なんとも言えないけど……もしかしたら、それが特異個体のもう一つの強さなのかもね」
「群れを統制し操るモノ、か……まだまだ俺たちの知らない特性が、特異個体にはあるのかもな。今度、特異個体がいない魔物の群れで検証してみるか」
「そうだね、その方が良いかも……。とりあえずボクはこんなところかな。それじゃあ、次はトウマだね。やっぱり射撃時の風の読み?」
「まあ、そうだな。事前に下見した時点で、もう少し吟味するべきだったかも知れない。そうすれば、あの急な突風も避けられた可能性はある」
「う~ん……とは言え、風を読むってそう一朝一夕に出来ることじゃないでしょ?」
言われればそうである。人間である時に風の影響による矢の軌道に関しては、中学のアーチェリー、高校の弓道の部活時に色々学ぶ機会はあったが、風を読むなんて本格的なことを学んだ訳じゃない。
使徒の訓練時も、色々な条件下での射撃訓練はフェルビナさんから指摘されてやってはいたが、期間的にも基礎練を徹底的に磨くにとどまった。
「とは言え、このままという訳にもいかない……弓は俺の攻撃の要だしな」
「そうだね……あっ、そうだ! じゃあ、共感覚の訓練をしてみる?」
突然閃いた! という感じで、提案してくるシオン。
「共感覚って、あの通常の感覚を別の――例えば音を聞くと、色や光が視覚情報で見える、とかいう特殊な感覚のことか?」
「そう、それ!」
内容を知ったのは漫画の知識だが、実際にある感覚だというのも聞いたことがある。一つの刺激に対して、本来の感覚だけではなく他の種類の感覚も引き起こし、感じることが出来る知覚現象……だったか。
この感覚を利用すれば、風を感じた時に視覚情報の色で風の動きを判断する、なんてことも出来るらしい。そういう使い方をしていたゲームの主人公もいたな。
とは言え、これはかなり特殊な才で、生まれ持った一部の天才にしかない感覚だったかと思うが……。
「簡単に言うが、そう覚えられる物でもないんじゃないのか?」
「……トウマ、忘れたの? ボクたちは『能力強化』が使えるんだよ?」
「ああ、そうか。もしかして感覚強化を行えば、共感覚も得られるのか?」
「うん! ただし、一朝一夕にはいかないよ。二つの感覚を同時に強化しなきゃならないからね」
「同時に強化?」
意図がいまいち掴めず、聞き返す。
「うん、例えば右腕と左腕を同時に強化しようと思ったら、トウマはどうする?」
「それは、両腕を強化するって念じる……」
と考えて、ふと疑問にぶち当たる。感覚を同時強化する場合は、どう念じればいいんだ? 腕は両腕と一言で纏めればいいが、感覚はどう念じればいいのかパッと思い付かない。もしかして――
「筋力と違って、感覚は一度で複数は強化出来ないのか?」
と、シオンの言わんとしていることを察して聞き返す。
「うん、感覚能力はそれぞれ独立しているからね。だから、やろうと思うと二重発動が必要になってくるんだ。これを『二重術式』って言うんだよ」
「『二重術式』……特殊能力とは違うのか?」
「うん、これは特殊能力を用いる際の応用技。特殊能力使用における上級技能だね」
なるほど……そう言えば、今まで特殊能力を二つ同時に平行して発動させたことは無かった。まだ技術体系に関して知らないことがあるようだな。
「個別に二回発動させるのと、違いはあるのか?」
「うん。そもそも個別強化では、共感覚は得られないよ?」
「へ!? そうなのか?」
「うん。それをやっても、ただ単に二つの感覚が鋭敏になるだけに終わる。それに関しては、最後に説明するよ。まずはこの技能の利点から説明するね」
「ああ……」
「『二重術式』の利点、一つ目は発動の短縮。一個ずつの発動よりは、明らかに早く『能力強化』が出来る」
まあ、当然だな。今では、術式無しでも発動が可能になっている『能力強化』だが、それでも一度の発動に多少時間を要する。ほんの数秒でも短縮出来るなら、戦闘時においてかなりのアドバンテージとなる。
「二つ目は、マナ及びオド消費量の軽減。術式を編む際に使用する消費を抑えられるんだ。術式を編む時に二つを一括で済ませるから、おのずと消費量も減る。もちろん効果を落とすことなくね」
なるほど……コストパフォーマンスも上げられる訳か。これも利便性においては、必要な要素だ。特にまだストック量の低い、俺には有り難い。
「そして、最後の三つ目。これが一番大きい利点なんだけど、複合発動による副次的効果の発現だね」
「複合発動による副次的効果?」
「そう。『二重術式』はね、二つの術式を組み合わせて発動させるものなんだよ。合わせる術式の相性にもよるけど、それによって相乗効果を発揮して効果が倍増し、副次的効果も表れるんだ。感覚強化においては、それが共感覚って訳」
なるほど……これが個別発動では得られない理由か……共感覚は、二つの感覚を同時強化する術式によって得られる+αって訳だ。
「ふむ、理屈は分かった。じゃあ、肝心のやり方になるが、どうすればいいんだ?」
「まずは、術式の編み方が少し変わる。今までは『能力強化』を発動させる為に術式を編んでいただろうけど、その編む際に何を強化するかを先に組み込む必要があるね」
「要は設計図に最初から組み込む訳か……」
「そう! ただ、これが結構難しいんだ。ただ組み込めばいいって訳じゃなくて、組み込んだ上でお互いが連結して、尚且つ力が循環するようにしないとならないからね。イメージとしては、回路図みたいな感じかな」
回路図……イメージはなんとなく分かる。要は全体がしっかりと繋がっていないと機能しない訳だ。シオンが難しいというからには、中々難儀しそうだ。まあ、上級技能って言う程だからな。
「それに組み合わせも大事になってくる。トウマは、どんな共感覚を望んでるの?」
「う~ん……要は、風の動きを色で視覚化出来れば良いんだ。後は、風の強弱の差が分かれば言うことは無い。具体的なイメージとしては、色の違いで流れ、濃さで強さって感じか」
「なるほど、そのイメージは大事だから念頭に置いておいて。そうなると、相性的には視覚をベースに聴覚か触覚の複合強化かな……使用するのが遠距離なら聴覚、近距離なら触覚が良いかもね」
「なんでだ?」
「感覚の強化は諸刃の剣だからね。感覚が鋭敏になればなるほど、反動は大きい。聴力を強化した状態で、大きな音を近くで感じると鼓膜がやられちゃうよ」
「……確かに言われればそうだな」
ある漫画の敵役を思い出す。確か鋭敏過ぎる感覚を逆に利用されたことがあったな。それと似たような状況に陥る可能性もある訳だ。
「これが難易度の高い理由の一つだよ。使いどころもちゃんと考えないと、自滅しちゃうから気を付けてね」
シオンは、真剣な顔で説明してくれる。確かに、一朝一夕では物に出来なさそうだ。
「分かった」
俺は、同様に真剣な表情で頷き、シオンに言われたことを肝に銘じた。そんな俺の表情を見て安心したのか、シオンは具体的な習得方法を教えてくれた。
と言っても、学び方は例の如く感覚共有だ。シオンと感覚を同調させて、具体的なやり方を感覚で教えて貰う。
よくよく考えれば便利な学び方だ。実践して見せてくれるだけではなく、使っている感覚を感じながら学べるのだから。
だが、それでも難しいといった意味が分かるように、自分でやってみると中々上手くいかなかった。
とにかく複雑なのだ。術式の編み方が、数段難易度が上がっている。編み物で例えれば、今まで真っ直ぐのマフラーを編んでいた奴が、袖などがあるセーターを編むようなものといったところだろうか(自分はやったことないが、編み物好きな母が言っていた)。要は、複雑なのだ。
シオンが言うには、とにかく術式を編むのを何度も繰り返すしかないとのこと……これは、日課にして日々訓練をする必要がありそうだと、地道な鍛錬を積む決意をして、その日の反省会は終了となった。




