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神様と使徒の異世界白書  作者: 麿独活
序章 【転生への誘い】
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序章2  『神様とお茶会』

 今、目の前には、シオンと名乗った金髪碧眼の少年が白い椅子に座り、テーブルに置かれたティーカップを手に取って、行儀よく紅茶を飲んでいる。かくいう俺は、少年の対面の椅子に座り、目の前に置かれた紅茶を飲むか飲まないかを思案していた。紅茶が注がれたカップからは、白い湯気がユラユラと立ち昇っている。

 風に乗り、僅かだが爽やかな柑橘系の良い香りが鼻腔をくすぐる。この香りは嗅いだことがある。確かベルガモットだっただろうか? ということはこの紅茶はアールグレイ? 匂いに触発されて、古い記憶が呼び起される。

 そんなことを考えながら、しかし、なかなか紅茶には手が伸びない。正直、この状況に至るまで驚きや緊張の連続だったので、さっきから喉がカラカラだ。だから、喉を潤したい気持ちはあるのだが……。

 いつまでも紅茶に手を伸ばさず、ジッと見つめているだけの俺に、少年は、飲んでいた紅茶のカップを置き、首を少し傾けて、語り掛けてくる。


「飲まないの? 美味しいよ」


 人懐っこい笑顔を浮かべ、紅茶を飲むよう勧めてくる。その笑顔を見て、警戒心が少し緩み、覚悟を決めてカップを手に取り、顔を近づける。近くで匂いを感じると、先ほどよりいっそう豊かな柑橘系の爽やかな香りがした。落ち着く匂いだ。緊張した神経がリラックスしていく。

 気持ちを落ち着かせたかったので、その匂いを深く吸い込んでいると、目の前の金髪の少年はクスクスと笑う。


「そんなに警戒しなくても、毒なんか入ってないよ?」


 そんなつもりで、匂いを深く嗅いでいた訳ではなかったのだが、紅茶一杯飲むのに、ここまで時間を掛けていては、そう指摘されても仕方ない。


「……ああ、いや、すまない。落ち着く匂いだから嗅いでいたんだ。遠慮なく、いただくよ」


 警戒していたことは事実だし、罪悪感を感じたので、謝罪の意味を込めて躊躇わずに紅茶を一口飲んだ。紅茶特有の渋みとほのかな甘みが口に広がり、香りが鼻に抜け、ホッと気持ちが和らぐ。

 その様子をジッと見ていたのか、視線を向けると、少年は満足げな表情をして、再び自分の紅茶を手に取り、一口飲んだ。なんとも絵になるティータイムだ。そんな少年の様子から、周りの景色に目を向ける。

 そこには見渡す限りの美しい青空と草原が広がっていた。時折、優しく吹く風が、ユラユラと草原の緑の葉を揺らしている。視線を左に移動させると、少し離れた所に、マンションの部屋のドアが扉を閉めた状態で佇んでいる。そこだけが、緑の草原には似つかわしくない、なんとも言い難い違和感を醸し出している。

 なんでこんな所で、正体不明のシオンと名乗る少年と、のんびり紅茶を飲んでいるのかというと、時間は十五分ほど前に遡る。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 見た目人畜無害そうな金髪碧眼の少年は、シオンと名乗り、穏やかな風に揺れる草原の中に立っていた。チープな言い方だが、それは一枚の美しい絵画を彷彿とさせる光景だった。俺は、自分がどのような状況に立っているのかも忘れ、その光景に見惚れるように立ち竦んでいた。

 そんな様子に焦れたのか、少年が少し前かがみで、語り掛けてくる。


「え~と……聞こえてる?」


 その問いかけに驚き――


「へッ!? ああ、す、すまない。ちょっと見惚れてて……」


 と、情けなくも頭の中に浮かんでいた想いを、ポロッと口が滑って言ってしまう。


「え?」


 その言葉を受けて驚いたのか、少年はキョトンとした表情を浮かべた。ハッとして、自分がなにを口走ったのかに気付いて、慌てて取り繕う。


「い、いや! 見惚れてたってのは、決してそういう目で見ていた訳ではなく! こう、なんて言うのかな……そう! 一種の美術品を鑑賞するような気持でだな!」


 あたふたと慌てて、言い訳を述べる。手で大仰な仕草をしながら言い訳をする姿は、少年の目にはさぞかし滑稽に見えただろう。

 その姿をポカンと見ていた少年は、プッと吹き出し、弾けるように笑い出した。


「アハハハハハハハッ!!」


 それは純粋な子どものような笑い声だった。その様子は本当に楽しげで、自分の顔に赤みが差すのを感じる。三十過ぎのおっさんが、こっぱずかしい台詞を口走り、挙句の果てに、その少年の目の前であたふたと慌てふためいた姿で言い訳をして、思いっきり笑われたのだ。今まで生きてきた人生の中で、五本の指に入るほどの恥ずかしさだった。

 少年は、左手を口に当て、右手はお腹を抱えるようにしながら、こみ上げる笑いを必死に抑えようとしているが、プクククッと笑いは未だに漏れ聞こえていた。


「あ~……そろそろ笑うのを止めて貰えるか? これ以上は俺のメンタルがヤバい……」


 おっさんのハートは、既に深いダメージを負っている状態だ。気持ち的には土下座して、笑うのを止めてとお願いしたい気分だった。美少年に目の前でこんなに大笑いされると、ここまでダメージがあるとは思わなかった。

 少年はその言葉を聞いて、ようやく笑いを納めることが出来たのか、少し目元を拭って(泣くほど面白かったんかい!)笑うのを止めてくれた。


「フゥ~……ご、ごめんなさい。……まったく、本当におかしな人だな~。物凄いビビりなのかと思ったら、突然大胆なことを口走るし……そんなにボクって綺麗だった?」


 少年は、ちょっと悪戯っぽく上目遣いでこちらを見上げてくる。


「ウッ!?」


 その仕草に、そっちの趣味はないはずなのに、可愛いと思ってしまい、思わず顔が赤くなり、声が漏れ出てしまう。


「あっ、赤くなった! ……もしかしてそっちの趣味?」


 ちょっと驚いたように左手を口元に当て、訝しそうにこちらを窺う。


「違う! 断じて違う!!」


 全力で否定する。そんな訳あるか! 俺が好きなのは女性だ! 例え美少年であろうが、男に興味を抱く趣味は持ち合わせてなどいないと、心の中で断言する。


「怪しいな~……」


 小悪魔的な笑みを浮かべ、自分の身を守るように左右の手で自分を抱きしめ、トトトッ、と後ろに逃げるように下がる。


「こ、このクソガキ……」


 明らかにからかってやがる……さすがにちょっとイラッと来た。決して、男に興味はない。ましてや、ちっちゃい男の子にもだ。コイツが悪いのだ、コイツが! 男の娘みたいな中性的な成りをしているから、ちょっとドキッとしただけだ……そのはずだ!! と心の中で言い訳を並べ立てる。


「……用がないなら、お暇させて貰う……じゃあな」


 コイツがなんだか知らんが、これ以上おもちゃにされるのは癪に障るので、声のトーンを落としてサヨナラを宣言し、ドアを閉じようとする。


「ああ! ごめんなさい、ちょっと調子に乗りました! お願いだから、もう閉めないで!」


 慌ててシオンと名乗った少年はドアに近づき、ガシッと扉を掴む。さっきの小悪魔めいた態度は何処に行ったのか、随分と必死な態度だ。目の前で二度、無視されてドアを閉じられたのが、よほど堪えていたらしい。

 ちょっとスッとしたが、顔はムスッとした不機嫌な表情のまま、扉を閉める力を抜き、少年に問いかける。


「一体、お前はなんなんだ? この状況はお前の仕業なんだろう? どんな目的があって、こんな真似をしたんだ?」


 少年は、こちらがドアを閉める気がもう無いことに気付いたのか、ドアから手を放し、居住まいを正すと、少し顔を真面目に引き締めて丁寧な口調で返答した。


「ええ、全てお話しします。でも、立ち話ではなんですから、一席設けさせていただけませんか? 少し、長い話になりますので」


 コロコロと態度が変わるやつだな、と内心思いながら、見た目の年齢に似合わない、丁寧な対応に少し驚く。しかし、それを表情には出さず、少年に問い返す。


「一席ってどこに……まさか、そっち側じゃないだろうな? 流石に嫌だぞ、そっち側にいきなり行くのは」


 草原を指差して伝える。それを聞いた少年は、丁寧な態度は崩さず、少し困った表情で返答をした。


「お気持ちは分かりますが、そうしていただけないと、立ち話になってしまいます。ボクはそちら側には行けないので……」


 そういってドアの入り口まで進んで手を伸ばし、俺と少年のいる空間の境目に、まるで壁があるようにペタペタと触った。驚きに目を瞠っていると、少年は踵を返して少し進んだ後、再度こちらに向き直って、真剣な表情で頭を下げる。


「お願いいたします」


 それはとても真摯な響きを含んでいた。先ほどの子どものような無邪気な気配は微塵も感じなかった。その態度に少し逡巡するも、ここまで丁寧にお願いをされては断れるはずもなく、少年の言葉を受け入れることにする。


「……分かった」


 そう言うと、パッと頭を上げ、華が咲いたような笑顔を向けた。


「ありがとう! じゃあ、ちょっと待ってて。すぐに用意するから! あっ! お茶は紅茶でいい?」


「あ、ああ……」


 余りにも子どもらしい無邪気な笑顔を見せられ、わざとやっているんじゃないだろうな、と動揺する自分を隠す為、少年の顔から少し目を逸らして答えた。

 少年は笑顔のまま、その場から少し離れた所に駈けて行き、どこから出しているのか分からないが、テーブルやら椅子やらを空中から取り出して並べ始めた。その様子は、さっきの真面目な雰囲気など一切なく、ウキウキしている様子が丸分かりな程、楽しげだった。


 なんか感覚が鈍ってきたな……朝から常識外れなことばかりや、不思議なことが目の前で起こっているのに、今は内心あまり驚いていない自分がいた。そんな自分の心理状況を不思議に思いながら、準備が整うまで、その様子を眺めていた。その時には、異常な状況に対する恐怖心や、少年に対する警戒心は薄らいでいた。

 そして、数分間、少年を見続けていると、準備が整ったのかこちらを呼ぶ声が聞こえる。


「トウマ~! 準備出来たよ~!」


 そう言って手を振るシオンと名乗った少年。なんかいつの間にやら呼び捨てにされているが、嫌な気持ちは不思議と湧いてこなかった。それに、先ほど外に出るのを躊躇っていたのに、今は好奇心が芽生え始め、外に出たいという気持ちが湧いて来ているから不思議だ。

 少しドキドキする気持ちを落ち着けるように、一度深呼吸を行い、俺は広大な草原へと、一歩を踏み出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 そんな訳で、今こうして草原にポツンと置かれたテーブルに付き、謎の少年シオンと顔を突き合わせて、紅茶を飲んでいるという訳だ。再び、紅茶を一口飲み、フゥ~……と一息つく。その様子を眺めていたのか、少年が穏やかな表情で、語り掛けてきた。


「少しは落ち着いた? トウマ」


「ん? ああ、おかげ様でな」


「それは良かった。紅茶も口に合ったようでなによりだよ」


「これってアールグレイ、だよな?」


「分かる? 紅茶、詳しいの?」


 そう言い笑顔を輝かせて、身を乗り出してくる。


「そんなに詳しいって訳じゃない。昔、姉が好きで、それをきっかけに少し齧ったことがある程度だ」


「そっか。じゃあ、好きな茶葉とか、フレーバーはある? ボクちょっと凝ってて、色々集めているから用意するよ!」


 そういうと空中に手を伸ばす。おそらく先ほどのお茶の席を用意したみたいに、紅茶を取り出そうとしているようだが、やんわりとそれを止める。


「それはいいが、俺は紅茶談義をする為に、お前さんとお茶をしている訳じゃないぞ?」


「あっ……そ、そうだったね。ごめん、つい……」


 そう言い、ちょっとはしゃいでいたことに気付いたのか、少し恥ずかしそうに、手を下ろして椅子に座りなおした。


「いや、こっちも急かして悪い。俺が落ち着くのを待ってくれていたんだろ? ちゃんと聞くから話して貰えるか?」


 少年はちょっと嬉しそうな顔をして、少し咳払いをし、真面目な口調で本題を切り出した。


「分かりました。では、ボクのことを含め、貴方が置かれている状況について、お話をしましょう」



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