第一章6 『神様と初任務』
穏やかな静寂が支配する書斎……その空間に、手元の資料をパラリとめくる音が時折響く。
今、ワシはフェルビナから受け取った報告書に目を通している。内容は、トウマ殿の戦闘訓練に関する報告書。一通り目を通し、そばに控えているフェルビナに声を掛ける。
「フェルビナ。この報告書にある通り、トウマ殿の戦闘訓練は滞りなく済んだのじゃな?」
「はい。三ヶ月間、しっかりと基礎を叩き込みました。基本的な戦闘においては、問題のないレベルに達していると思われます」
ふむ、叩き込んだ、の……。随分とフェルビナもトウマ殿に対して遠慮が無くなったものよ。しかし、厳しい言葉だが、そこには親愛の情が含まれているのが感じられる。
シオンと同様に、トウマ殿にも親愛を持って接しているようだの。フェルビナは厳しいところもあるが、慈愛に溢れる使徒じゃからな……。
「で、そなたの目から見て、トウマ殿の素質のほうはどうかの?」
報告書にも書かれておったことだが、直接本人の口から聞いてみる。
「想定以上の素質をお持ちだと感じました。戦闘においては素人であったこともあり、まだ多少の躊躇いがありますが、これは今後、戦闘の数をこなせば慣れるレベルです。オドのコントロールに関しましては目を見張るものがあり、とても器用な印象を受けました。もともと料理の腕前を見る限り手先の器用な方でしたから、その辺りが影響しているのかも知れません。あと、ここぞという時の集中力にも優れた点があります。元々、弓道を人間の時に習っていらしたようなので、精神を集中させる術を心得ていらっしゃいました。私が差し上げた弓を使いこなして見せた時は、本当に驚いたものです! それから……」
最初は、いつも通りの丁寧な報告だったが、段々と声のトーンが上がり始め、最後のほうは、まるで我がことのように嬉しそうに喋り続ける。その様子を見て、シオンに同じように訓練を行っていた時の報告の様子を思い出す。あの時も、このように嬉しそうに報告をしておった。
延々と喋り続けていたフェルビナだったが、ふとワシの視線に気付き、ハッとした顔をして取り繕うようにコホンッと咳払いをして謝罪する。
「し、失礼致しました」
「よいよい……しかし、随分とトウマ殿のことが気に入ったようじゃの?」
「い、いえ! そのようなことは!?」
慌てて否定するフェルビナ……こういう反応は随分と久しい。
「隠さんでもよい。公私ともに随分と仲良くしておるのだろう? 休みの日は、いつもトウマ殿に料理の手解きをして貰っておるようじゃしの~……」
少しからかって指摘すると、フェルビナの頬に少し朱が差す。
「そ、それは! ……その……もう! からかわないで下さい! アースディア様!!」
「ホッホッホッ……照れるな照れるな!」
久しぶりに見るフェルビナの慌てふためく姿が面白くて笑っておると、反撃とばかりにフェルビナが指摘してくる。
「ア、アースディア様こそ、コソコソと周りの目を盗んで、トウマ様のところに遊びに行っているご様子ではありませんか!」
「ウヌッ!? ……いや、なに……トウマ殿は元ゲーム会社の人間だった故、中々ゲームにも精通しておっての。おまけに使徒になって反射神経も上がっておるから、腕前もかなりのものなのじゃ。ワシと対等に遊べる者はこちらにはおらんから、楽しくてつい、の……」
最初はシオンの様子を見る為のきっかけにゲームをしに行っておったが、最近は、トウマ殿と遊んで気晴らしをするのがメインになりつつあった。ワシも、フェルビナのことを言えんかったの。藪蛇となってしまったわい。
「ご自分のお立場をもう少しお考え下さい! 上級神ともあろう者が、下級神の使徒と遊び惚けるなど、周りに示しがつきません!」
「すまんすまん……して、シオンとトウマ殿はワシの指示通りに、異界で魔物の調整討伐の任についておるんじゃな?」
フェルビナの説教は長いので、別の話題を振って話を逸らす。
「……はい。戦闘訓練の総仕上げとして、ご指示通りレベルEの異界に転移し、魔物の調整討伐の任についています。現在は繁殖暴走を未然に防ぐ為、増え過ぎたゴブリンの群れの討伐を行っている模様です」
フェルビナは気持ちを切り替えたのか、居住まいを正し、現状のシオンたちの報告をしてくれる。
「ただ……」
だが、なにやら不安そうに付け足す。
「なんじゃ?」
「……出発前、シオンがとてもはしゃいでいました。よっぽどトウマ様と二人で出掛けるのが嬉しいようで……遊びではないのですよ、と注意はしたのですが……」
溜息を付きながら報告してくる。シオンのこととなると、相も変わらず心配性になるの。
「レベルEならそれほど危険な魔物はおらんし、今の討伐対象はゴブリンなのであろう? シオンはおろか、今のトウマ殿が相手では万が一もあるまい」
「それはそうなのですが……今、管理している神のことを考えると……嫌な予感がするのです。……よりにもよって、何故あの神の管理下の異界になさったのです?」
少し非難交じりに言われてしまう。
「……ガーディウスのことか……気持ちは分からんでもないがの……」
レベルEの異界の管理は、神界の中でもかなり日の目を見ない役割となる。そんな管理を任された神は、地球のサラリーマンで言えば地方に左遷されたも同然。つまり、ガーディウスはそれだけの問題を起こした神なのだ。
「……アースディア様……様子を見に行っては駄目でしょうか?」
「ならん。気持ちは分かるが自重するのじゃ。それでは余りにも過保護に過ぎる……」
「そうですが、あの神が過去になにをしでかしたのか、お忘れではないでしょう? 私があの神にどれだけの煮え湯を飲まされたとお思いですか!」
その時のことを思い出したのか、フェルビナの目に怒りが宿る。確かにあの騒ぎで、一番被害を受けたのはフェルビナだったの……慈愛に溢れる使徒が怒りを抱くのも無理はない。それほど、ガーディウスが起こした問題は酷かった。
それ故に、神々達の採決で制裁として力を制限し、レベルEの最下級に位置する異界の管理という役割に強制的に就かせた。最近は大人しくしているようだが、またなにかを企んでいてもおかしくはない……。
「そなたのことだから、ちゃんと問題がないか確認はしたのだろう?」
「はい……確かに問題は見当たりませんでした。概念構成のパスにも手を加えた形跡はありませんし、魔物に関しても、レベルE~Cの魔物しか確認は出来ず、問題はありませんでした。しかし、こと魔物に関して、あの神の右に出る者は今の神界にはおりません! 最近は大人しくしているようですが、今度はいったいなにを企んでいるのか、分かったものではありません!」
「だとしても、それを解決するのもシオンやトウマ殿の役割じゃ。この先の任せる任務を考えると、この程度の問題はクリア出来ねば話にならん……」
「仰ることはもっともかとは思いますが……」
それでも納得いかないのか、不満げな表情をする。
「シオンを心配する気持ちは分かるが、あの子にはトウマ殿がおる……トウマ殿には期待しておるのじゃろう? ならば、信じて待つのじゃ」
「……はい、承知致しました」
そう言って恭しく頭を下げるフェルビナ。さて、トウマ殿……これはそなたにシオンを託せるかどうかを試す、最初の試練になるかも知れん……心して挑むことを願っておるぞ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺は今、周りを草原で満たされた小高い丘の上に片膝を付いて丘の下を眺めていた。
丘の下には集落があり、その集落に蠢いている存在は、人間ではなくゴブリンだ。その容姿は物語に出てくるものと同じで醜悪だった。
浅黒い肌に尖った耳と無骨な鼻、濁った目をしていて、身形は毛皮を纏っているが、かなり雑な作りで、薄汚れて不潔な様相だ。醜く邪悪な小鬼とはよく言ったものだ。
集落から左腰に下げている鞘に目をやり、納まっている剣を抜く。全体的に少し反り返った曲刀で、刃渡りが六十センチ程はある。全体は翡翠色の綺麗に研磨された結晶のような素材で出来ており、反り返った部分を覆う刃や柄、握りの部分は銀色の素材で作られていて、銀特有のギラリとした鈍い光を放っている。
その曲刀を地面に刺し、柄にある小さな突起を押しながら握りの部分を折り曲げると、ガチャッという音を立てて刀身の根元部分から握りの一部が外れて内側に折れ曲がり、外れた部分が突出した形になる。右腰からも同じ形状の曲刀を抜き、同じように握りを折り曲げて刀身の根元部分を外し、二つの曲刀の突出した先同士を合わせる。
その先はジョイントになっており、二つを結合することが可能で、結合させると反り返った刃の部分が外側になって上下に付いた、縦長の半円のような形になる。この後、上下の刃の先端の間に弦を張れば弓になるのだ。
これは双剣から弓になる変わり種の武器で、訓練課程の修了を記念してフェルビナさんからいただいた代物だ。
弦はオドを物質化した物を張る為、消すことも自在で矢もオドで生成するからオドがある限り矢切れの心配もない。
因みに、訓練の成果で『能力強化』は術式を省略して発動が可能になっており、『性質付与』も複雑な性質を除けば可能となっている。
頭の中で術式を編み、弓の弦をオドで生成する際に、『性質付与』を使うことによって弦の性質を再現し、弓の末弭部分から本弭にかけて弦を張る。
弓を組み立て終わり、狙うは集落の奥と手前に建っている、物見櫓の上にいるゴブリンだ。
丘から櫓までは大体二百メートルは離れており、向こうはこちらには気付いていない。二百メートルも離れていたら、その姿は米粒程だから当然だが、『能力強化』を用いている俺の目にはその姿がハッキリと見えており、退屈なのか欠伸をしている姿も捉えていた。
気配を殺して左足の片膝を付いたまま、右足を立てて開き、身体を平行にした際に両肩を結ぶ線が、射撃対象の方向に向くよう態勢を整える。
態勢が整った後、オドで生成した矢を番え、『打起し』をし、『引分け』の動作に入る。弓道において、『打起し』をする前に、『足踏み』『胴造り』『弓構え』の三節があり、少し簡略化したが、先ほどの態勢を整えたのがそれにあたる。そして『打起し』『引分け』後の『会』『離れ』『残心』の全部で八節が、射法八節と言って弓道における基本中の基本とされている。
頭の中で弓道の心構えを思い出しながら息を大きく吸いこみ、フゥッと息を吐き出すと無駄な力が抜けて肩がスッと下がる。その状態で息を止め、集落の奥にある櫓のゴブリンに意識を集中し、標的の頭部に狙いを定める。
そして、イメージの中で矢の軌道が明確に像を成した瞬間、矢を放った。弓から放たれた矢は高速で風を切って飛び、まるで吸い込まれるかのように櫓の上にいたゴブリンのこめかみに突き刺さった。
ゴブリンは頭を撃ち抜かれた反動で頭を後ろに弾かれたように仰け反り、そのまま無造作に倒れた。頭から血が流れて櫓の床に広がり、頭に刺さっていた矢は音もなく消失した。
すぐに第二射の矢を番え、次の櫓のゴブリンに狙いを定める。先程と同じ手順で矢を放ち、二つ目の櫓のゴブリンも一撃で仕留めた。
櫓のゴブリンを仕留めることが出来たので、シオンに連絡を入れようとした際、最初に仕留めた奴の櫓の下にいたゴブリンが、上を向いて騒いでいる。気付かれたか? と思い、下で騒いでいるゴブリンを注視すると、ゴブリンの頭や手のひらに血が付いていた。なるほど、滴り落ちた血が偶然頭に付いて、異変に気付いたのか……その様子を見ながら、再び矢を番える。
ゴブリンは一向に反応のない櫓に痺れをきらし、櫓に付いている梯子を上って行く。やがて頂上に着き、頭をなにかに貫通された死体を発見したゴブリンは驚いた様子を見せ、敵が来たのかと立ち上がってこちらの方向を向いた瞬間、放った矢がそのゴブリンの眉間を貫いた。ゴブリンは正面から射抜かれた勢いで背後に倒れ、最初に射抜いたゴブリンの上に折り重なって絶命した。
『(シオン、櫓にいるゴブリンは全て仕留めた。今どこら辺だ?)』
心の中で問いかけるようにシオンを呼ぶと、頭の中にシオンの返答が返ってくる。
『(予定通り、集落で一番大きい家の裏側五十メートルにある林の中にいるよ)」
確かに集落の裏にはいくつかの木が生えている林がある。その付近に意識を集中させると、その木の一本から姿は見えないが、シオンの気配が感じられた。
『(早いな……)』
『(ボクがいる方向の櫓にいるゴブリンを、トウマが仕留めてからすぐに動いたからね。集落の様子はどう? こっちだと家が邪魔で広場は見えないんだ)』
『(異変に気付いた奴も仕留めたが、そいつが騒いだせいで少し騒がしくなり始めている。そっちが問題ないなら、予定通り敵襲を教えて家にいるゴブリンたちを外にあぶり出すが良いか?)』
『(良いよ)』
シオンの了承を得て、再び矢を番える。狙うのは、集落の広場にいる一際大きいホブゴブリンの集団の一匹だ。
そいつの頭に狙いを定めて矢を放ち、見事にその頭を貫く。目の前で仲間の頭が突然射抜かれ、周りにいたホブゴブリンたちは大騒ぎして、その中の一人が腰に下げていた角笛を吹き鳴らす。
その音を聞き、集落の家々(と言うよりは掘立小屋みたいな感じだが……)から、ワラワラとゴブリンたちが慌てた様子で出て来る。外にいた奴らと合わせると五十匹ぐらいになる……想定通りの数だ。
そして、シオンの言っていた集落の中でも一際大きい家から、貫禄のある大きいゴブリンが出てくる。ゴブリンリーダーだ……あの集落のボスだろう。
『(数は予想通り五十匹前後だ。ゴブリンリーダーも出て来た。今はホブゴブリンの指示で武装を始めている。準備が出来次第、恐らく斥候を出すだろう)』
『(じゃあ、手はず通りにトウマはそっちから矢で攻撃して、ゴブリンたちの意識をそっちに引き付けておいて。その隙に侵入して、トウマの合図でボスのゴブリンリーダーを仕留めるよ)』
『(了解、気を付けろよ)』
『(大丈夫だよ、任せて!)』
シオンとの会話を終えると、片膝を付くのを止めて立ち上がり、丘を駆け下りて距離を詰める。一〇〇メートル前後まで近づいた後に立ち止まり、矢を複数本右手に生成し、出来るだけ早い間隔で集落にいるゴブリン達に射かける。
主に狙うのは、弓などを装備しているゴブリンだ。集団戦において、遠距離の攻撃方法を持っている奴が混じっていると、リスクが高くなる。シオンが乱入した後に戦いやすい場にする為、優先して仕留めておく。
仲間のゴブリンたちが次々と目の前で射抜かれて倒れ、ゴブリンたちは盾を構えたり、家の物陰に隠れるなど、かなりパニックに陥っている。
ただ、ホブゴブリン達は冷静なようで、大きめの盾を素早く構えゴブリンリーダーを守り防御を固めている。また、こちらの姿も捉えたのか、こっちを指さしながら、他のゴブリンたちに指示を出している。指示を受けたゴブリンたちは、盾を構えながらこちらに向かって走ってくる。
そう簡単に近寄らせる訳にもいかないので、こちらに向かうゴブリンたちを、盾ごと撃ち抜いていく。あいにくとゴブリンが持つ木製の盾如きでは、こちらの矢を防ぐことは出来ない。二百メートルの距離から相手を射抜ける、本来ならあり得ない強弓なのだ。貫通力も半端ない。しかもさっきより近づいているので、必然威力も上がる。
近寄る前に尽く射抜かれて、流石にホブゴブリンも狼狽し始める。するとゴブリンリーダーが突如、叫び声を上げた。かなりの音量でこちらまで聞こえてくる。一瞬、時が止まったように固まったゴブリンたちは、クルリとゴブリンリーダーのほうを向く。こちらもつい、その様子を見て射撃の手を止めてしまった。
すると、ゴブリンリーダーは叫びながら指示を出し、その怒号とも言える指示を聞いたゴブリンたちは、そこらに射抜かれて死んだゴブリンたちの死体を身体の前に担ぎ、こちらに向けながら進んで来た。なるほど、木製の盾で駄目なら、死体を盾にするか……確かに何倍も頑丈な盾になるし、こちらが大分仕留めていたので数も十分だ。流石、ボスとして頂点に君臨しているだけのことはある。冷静でかなり頭が回るようだ。
死体でも貫けるほど威力を上げることは可能だが、本来の目的は、意識をこちらに向けること。だから長距離射撃が出来るのに、ゴブリンリーダーは狙っていない。ヘタに狙って逃げられても面倒だからだ。奴を仕留めるのはシオンの役目、こっちはあくまでも囮としての役割に徹する。
死体を盾代わりに使うゴブリンを射って、死体に防がれる様子をワザと見せるように何度も射かける……まるで焦るかのように。その様子を見て、ゴブリンリーダーの顔がニヤリと嫌らしく歪むのが、ホブゴブリンの間から見えた。
ゴブリンリーダーは、ここが攻め時と判断したのか、死体を盾にしているゴブリンたちに再び叫び掛ける。それを聞いたゴブリンたちが、一斉にこちらに突撃を掛けてきた。完全に奴らの意識はこっちに向いた状態となる。
『(シオン、視覚共有をする。ゴブリンリーダーの位置は見えるか?)』
そう心の中で呼びかけながら、シオンに視覚共有のパスを送る。
『(……オッケー♪ バッチリ、捉えたよ!)』
『(仕留めろ!)』
『(了解!!)』
威勢の良い返事が返ってきた瞬間、林から猛スピードで飛び出すシオン。そのまま集落に向けて真っ直ぐ走り、集落手前でジャンプして話していた集落の大きい家の上から飛び出す。
ゴブリンたちは完全にこちらへ意識を向けていて、背後を気にする様子はない。またゴブリンリーダーたちからも完全に死角なので、全く気付いていない。
上空に高く飛び出したシオンの両手には斧槍が握られており、振りかぶった状態でゴブリンリーダーの頭上目掛けて落ちてくる。
ゴブリンリーダーが、ふと自分の足物に映る影に気が付き、なんだ? と振り返りながら上空を見上げるが、完全に手遅れだ。ゴブリンリーダーの視界には、シオンの斧槍が凄まじい勢いで振り下ろされる光景が今映っているだろう。
そして次の瞬間、斧槍の刃がゴブリンリーダーの脳天から入り、身体を真っ二つに両断した。
それだけにとどまらず、シオンは着地後、身体を回転させるように振り下ろした斧槍を振り、周りを守っていたホブゴブリンたちを、反撃の間すら与えずに撫で斬りにした。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
シオンが奇襲を仕掛けて、ゴブリンリーダー達を仕留めてから、およそ十分後……今、俺たちの目の前にはゴブリンたちの死体が山のように集められている。辺りには夥しい量の血で池が出来ており、匂いも充満していて、まさに陰惨な光景となっていた。
シオンがゴブリンリーダー達を仕留めた後、残ったゴブリン達は状況が飲み込めずにポカンとしてしまい、その後、シオンが背後から襲い掛かってきたので、謎の敵にゴブリンたちは恐慌状態に陥って逃げ惑う状況となった。
そんなゴブリンたちを俺たちは容赦なく仕留めていき、数分後、集落にいるゴブリンたちは全滅した。そんなゴブリンたちの死体を、一箇所に集めた光景がその様子である。
多少は慣れたつもりだが、やはり気分の良い物ではない。少し顔をしかめていると、その様子を見たのかシオンが声を掛けてくる。
「トウマ、きつかったら『防御結界』で臭気を遮断したほうが良いよ」
「……いや、大丈夫だ。これから先もこういうことをする以上、避けてばかりはいられないだろう」
「それはそうだけど……やっぱり命を奪う行為にはまだ抵抗はある?」
「……まあ、な。魔物とはいえ、こう血を流して目の前に死体が横たわっているのを見ると、命を奪ったんだな、と否が応でも実感させられる……得物が弓じゃなかったら、こうも簡単には出来なかったかも知れない……」
人間だった頃、虫一匹殺したこともないなんてことは無かったが、蚊やGを除けば、むやみやたらに殺したりはしなかった。また動物は好きだったし、野生動物のテレビ番組で仕方のないこととは言え、肉食動物に捕食される草食動物を見ると、少し可哀そうと思ったりもしていた。
そんな俺が大量に命を奪い、その奪った命の数を見せつけるように死体が目の前に横たわっている。おまけにこれは一方的な虐殺だ。食べる訳でもなく、こちらの都合によってただ間引いただけ……ゴブリンの集落を襲ったのはこれで三回目だが、やはりまだスッキリしない物が心の中にあることは否めない。
「トウマは優しいね……」
そんな俺の様子にそう言ってくるシオン。
「別にそういう訳じゃないさ……ただ単にこれが必要な行為だっていう実感がまだ湧いていないだけだ……優しければ、こうも簡単に命を奪う行為に慣れたりしないさ」
最初の集落を襲った際、一射目を撃つのには結構抵抗があった……しかし、その一射以降、自分でも驚くほど次の射撃には躊躇いが無かった。相手が醜悪なゴブリンだったというのもあるかも知れないが、命を奪うという行為に少しハイになっていたのかも知れない。
そして全てが終わった後、待っているのはこの死体の山だ……そこで急に冷静にさせられる。そして、考えさせられるのだ……本当にこれは必要な行為だったのか? と。
「まあ、トウマの中では魔物は人間を襲う存在、っていう印象が強いもんね。なのに、この人間がいない魔物の世界で、こんな風に命を奪う行為に正当性を感じられないのも無理はないかも知れない……」
そう、この世界に人間はいない。いるのはゴブリンやスライムといった、魔物と位置付けられた生物と通常の動植物のみ。ここは魔物を調査、研究のために作られた魔物達の世界なのだ。
故に人間の命を奪うからという免罪符も存在しない。まあ、こっちを見て襲い掛かってくる分には、こちらも戦うことに抵抗はないが、一方的な虐殺はあまり気分が宜しくない……まあ、殺す理由を求めること自体、完全に自己満足なんだろうが……。
「まあ、俺はもうシオン側の存在なんだ。いちいち人間だった頃の倫理観を持ち出しても仕方ない。まあ、完全な自己満足だ……忘れてくれ」
「……分かった。でも、辛いなら言ってね。トウマの嫌がることをするのは、ボクの本位じゃないんだからね?」
「そう言ってくれるのは有り難いが、シオンはそれでいいのか? お前は俺の主……神様だろうに……」
「良いの! ボクの望みはトウマと一緒に楽しく冒険をすることなんだから! トウマが楽しくなければ、ボクも楽しくないの!」
笑顔でそう言うシオンを見ながら、内心思う……俺が楽しくなければ、自分も楽しくない……気持ちとしては嬉しいが、使徒に気持ちを左右されてしまう神様……それは神としてどうなんだろう、と。
アースディア様と二人で話した時に言っていた、シオンに欠けている部分というのはこういうところなのかも知れない。
神としての主体性の欠如……神としての具体的なあり方がシオンの中には欠けている。それ故に俺と過ごす心地よさを優先して、俺を主体にして物事を決めている節がある。
今はそれでもいいが、いざ神としての役割に目覚めてそれを果たそうとした時、使徒である俺が重荷になることがこの先あるかも知れない……。
人間だった時の気持ちに振り回されている自分を顧み……こんな気持ちの有りようでは、シオンにマイナスの影響しか与えない。これでは使徒失格だなと考え、気持ちを改めようと心に決める。
ゴブリンの死体を集める作業も終わり、その山積みとなった死体の前に俺とシオンは立つ。何故、そんなことをしているかというと、これからある術を行う為だ。
「じゃあ、トウマ。お願い出来る?」
「ああ」
そう言って死体の山の前に一歩進み、両手を前に突き出して手のひらを向ける。そして、目を閉じて集中し、オドを核に収束させながら言葉を唱える。
「万物に連なる者たちよ、神の御名において、在るべき理の内に還らん……『源魂回帰』」
その言葉と共に術式が編まれ、ゴブリンの死体の山を中心に展開される。そして、発動を念じるとゴブリンの死体が全て光りだし、やがて光の粒子が舞い散るように消滅していく。
全ての死体が光の粒子となって消えた後、そこには血の一滴すら残っておらず、ボロボロの毛皮の衣服と少し歪な形の赤黒い結晶だけが残されていた。
「フゥ……」
「ご苦労様、だいぶ様になってきたね~」
ニコニコと笑顔で言葉を掛けてくるシオン。
「からかうな。正直、今でも少し恥ずかしいんだ……」
まさかこの歳になって、中二病全開の台詞を言う羽目になるとは思わなかった。まあ、多少は期待していなかった訳じゃない。魔法を唱えるなんて言うファンタジー的な展開も考えてはいた。
だが、これがやってみると思った以上に恥ずかしい……まあ、実際に目の前で不思議な現象が起こる訳だから、初めてやった時はテンションも上がったが、慣れると今度は恥ずかしさが先に立ってくる。
「早く詠唱無しで、術式を編めるようになりたい……」
「『源魂回帰』は、そんなに難度の高い特殊能力じゃないから、覚えるのも時間の問題だと思うよ」
「だと有難い……毎回、詠唱を用いるのは精神的にキツイ」
『源魂回帰』とは、魔物の肉体を原初の姿に戻す特殊能力で、本来なら転生した時点で覚えてもおかしくないのだが、俺の場合、別の能力に開花した為に覚えられなかった。よって『源魂回帰』を使おうと思うと、毎度毎度詠唱が必要な状態になっている。
詠唱とは、言わば術式の設計イメージを導く為の方法で、唱えることによって核に設計図を覚えさせることが出来る。
特殊能力は使用すればするほど核の練度は上がっていく為、新たな特殊能力を覚える余地も増えていくそうだ。そして、上手く行けば新しい特殊能力を覚え、後に詠唱無しでも術式を編むことが出来るようになる。
因みに、核を持たない人間が特殊能力を用いる際は、よっぽどの才がない限り必ず詠唱が必要らしい。
「しかし、まさか魔物が使徒の原形だったとはな……少し複雑な気分だ……」
そう言ってゴブリンの死体が消えた所に大量に転がっている赤黒い結晶を手に取る。これは魔核……魔物の心臓に形成される結晶であり、使徒や神の心臓である核と原理的には同じ物らしい……といっても純度や質は天と地ほどの違いがあるそうだが……。
「原型と言っても、彼らの祖は神の使い魔として作られた言わば人形みたいな存在だったから、使徒とは比べ物にならないほど弱いけどね」
シオンの言葉を聞き、三ヶ月の訓練の中でフェルビナさんに講義して貰った魔物の成り立ちに関することを思い出した。




