第一章3 『神様と戦闘訓練』
第六感を習得して以降、訓練の効率は劇的に上がった。目だけではなく、感覚でもどれだけの量を使用しているのかが分かるので、調整においてはかなり楽になった。
おかげでシオンと一緒に走る訓練は早々にクリア出来たので、次の段階であるオドによる身体強化を、部位毎に瞬時に変更する訓練に移っていた。この訓練をするために行うのは、障害物競争だ。
これは手足などの特定の部位にオドを集中させ、その力で障害物を効率よく乗り越え、時間内にゴールまで走破する訓練だ。
例えば、目の前に十メートルの壁があったとする。ジャンプで乗り越える為には、両足にオドを集中させて飛び上がり、壁の淵に手を掛け、次はその手にオドを集中させて身体を持ち上げ乗り越えるという感じで、その場その場に合わせて必要な部位にオドを瞬時に集中させて強化し、障害物を乗り越えていくのだ。
もちろん走る時と同じで、自身の存在維持量を消費しないようにしなければならないし、シオンからの供給量も制限されている。
また用意されている障害物は一つではなく、崖があったり、急激な坂道だったり多種多様の障害物が用意されていた。壁一つとっても高低差が一定ではなく、どれだけのオドを使って強化するかも、その場で逐一判断しなければならない。大雑把に行くと無駄に高く跳び上がったり、逆に届かず無駄に時間をロスしてしまう。
その他にも、障害物は連なっている部分が数多くあり、力の配分を間違えると次の障害を効率良く乗り越えられなかったりする。かなり意地の悪い作りだ。
訓練の進み具合は、オドのコントロールはそれほど苦では無くなったので、その点は上手くいっているのだが、問題は身体の使い方で中々スマートに障害物を乗り越えられない。手本としてシオンに動きを見せて貰い、真似てはいるのだが身体をどう動かせばいいのか、まだ感覚が掴めていないのだ。
人間の時と比べ、身体のスペックは劇的に上がっているのだが、人間の頃はそれほど運動神経が良かった訳ではないので、身体を動かす感覚が身に付いておらず、ぎこちなさが出てしまう。
シオンやフェルビナさんからのアドバイスとしては、動きをイメージすることが大事なのと、反復して慣れるしかないとのこと。なので、日々障害物競走に勤しんでいる。
他にも訓練の内容が増え、障害物競争と合わせて、オドの物質化訓練も行っている。オドはマナと違って物を創造することは出来ないが、集束させて凝縮すると硬質化して物質として扱うことが出来る。形も色々整形することが出来るので、中々面白い。
こっちのほうは好調で、オドを球形に物質化してボールを作ってシオンとキャッチボールをしたり、色んな物を作ってはそれで遊んだりしながら練習している。
そんな訓練を続け、訓練開始から早くも一ヶ月の時が過ぎようとしていた。
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(トウマ! あと二十秒! 十九・十八・十七……)
頭の中にシオンのカウントダウンの声が響く。シオンと感覚を共有してから念話も可能になったので、シオンはその念話でカウントダウンを教えてくれている。内心焦りながらもオドのコントロールは乱さず、障害物を乗り越えながら走る。
そして、ゴール手前にある両脇に高くそびえ立つ壁に辿り着いた。壁の高さは優に五十メートルはある。飛び上がることは流石に難しく、よしんば出来たとしても制限以上のオドを使用することになる。なので、ここの壁を踏破するにはあの方法しかない。
気合を入れて両足にオドを込め、左側の壁に向かって斜めに飛ぶ。ボゴンッという音と共に左足が壁を破壊して軽く埋まり、左側の壁に取り付く。次の瞬間、左足にオドを込めて壁を蹴り、右側の壁の上方に飛びつく。所謂、三角跳びというやつだ。本当なら壁を壊さない程度の力で行うのだが、勢いを弱めては速度が落ちて制限時間に間に合わない。
壁にめり込み過ぎない程度の勢いで三角跳びを繰り返し、左右にそびえる垂直の壁を上っていく。
「トウマ、もう少しだよ! あと十秒、九・八・七……」
念話ではなく、直接シオンの励ます声とカウントダウンが頭上から聞こえる。壁の頂上が近い。ゴールは壁を上ってすぐでシオンもそこにいる。秒数はかなり微妙だ。
残り五秒の声が聞こえた瞬間、壁のてっぺんに手が届き、手に力を込めて強引に身体を引っ張り上げる。そして壁の頂上に辿り着いた瞬間、両足にオドを込めてラストスパートをかけた。
もうゴールは見えており、カウントするシオンの姿も見えている。がむしゃらに、でも存在維持量を削らないギリギリの強化でゴール目掛けて走る。
「四・三・ニ・い」
一とシオンが言おうとした瞬間、身体がゴールラインを突き抜けていた。ズサァーーーーーッと激しい土煙を立てながら急ブレーキを掛けて止まり、背後にいるシオンに向き直る。
「シオン! タイムは?」
「……五十九秒二六! クリア、おめでとう! トウマ!!」
シオンが笑顔で手に持っていたストップウォッチのタイムを読み上げ、嬉しそうにクリアを教えてくれる。それを聞き、大きく息を吸って吐き出す。存在維持量のオドを使用してはいないので肉体疲労は起こっていないが、やっとクリア出来たのでホッとした。
「やっとクリア出来たな……ギリギリだけど」
「そんなことないよ。この特性コースを、一ヶ月で一分切れたのは大したものだよ。自信持って、トウマ!」
「そうか? まあ、確かにエグイよな、この特別コース……あのフェルビナさんが作ったとは未だに思えん……」
そう言って遥か下に広がるコースを眺める。ウネウネと大蛇がのたうつような複雑なコースが広がっているのがうっすら見える。
最初はシオンが作ったもっとシンプルなコースで訓練していたのだが、フェルビナさんから『ちょっとトウマ様に甘過ぎますよ』と物言いが付き、急遽作られたのが、このフェルビナさん監修の特別コースである。一分を切ることが出来たら合格、というのもフェルビナさんが決めた合格ラインだ。
「まさかフェルビナさんが、訓練にここまで厳しいとは思わなかった……」
そのあまりの理不尽ぶりを体現しているコースを眺めながら呟く。最初にこれを見た時は、途方にくれたものだ。
「フェルビナってアースディア様の守護者筆頭だからね。ああ見えても神界の使徒の中で一、二位を争う武闘派だよ。ボクも訓練を受けた時は、かなり厳しかった……」
シオンは、その時のことを思い出しているのかしみじみと語る。
走る訓練をクリアした時に、フェルビナさんがクリアのきっかけをくれたんで、これからもアドバイスをお願いしますと言ったんだが、迂闊にそんなことを言うんじゃなかったと少し後悔した。
「しかし、これでやっと次の訓練に行けるんだよな? オドの物質化は、もうクリア出来ている訳だし」
オドの物質化に関しては、概ね問題ないレベルまで達しており、運動能力よりはそちらに才能があるようで、フェルビナさんにも少し驚かれた。
「……え~と、そうだね……」
しかし、なにか妙に歯切れの悪い返事が返ってきた。
「なんだ? どうかしたのか、シオン」
シオンの様子が気になり確認する。すると、少し言い難そうに話し始める。
「……トウマ、次の訓練なんだけど……今回の上達ぶりを考えて、次もフェルビナに頼もうと思ってるんだけど……嫌?」
「イッ!? マジか……」
シオンの言葉を聞いて、ちょっと及び腰になる。単なる障害物競走が、あんな大蛇がのたうったような理不尽コースに変貌したんだ。正直、次はどんな無茶な訓練が行われるのか、気が気じゃない。
正直、勘弁して貰いたかったのだが、それを見越していたかのように上空からフェルビナさんの声が響く。
<シオン、トウマ様。訓練中、失礼いたします。特別コースをトウマ様がクリアしたのを拝見いたしました。お話がありますので、領域に招いていただけますか?>
フェルビナさん、なんてタイミングのいい……ん? っていうか、今なんて言った?
「……シオン……フェルビナさん、さっき拝見いたしましたって言っていたけど、どういうことだ?」
確かに特別コースをクリアしたのを拝見したって言っていた。神の領域は不可侵じゃなかったのか?
「ゴメン、トウマ……使徒の訓練進捗は定期的に報告するようにって、アースディア様からこの指輪をボクも貰ってたから、指輪のパスを使ってさっきの様子を送ってたんだ……」
そう言いながら申し訳なさそうな顔で、自分の指にハマっている指輪を見せてくれる。
「……そうか……」
どうやらフェルビナさんの訓練は不可避のようだ……覚悟を決めるしかなさそうである。
「因みに、どんな訓練なんだ?」
「え~と……戦闘訓練……」
せ、戦闘訓練? ……よりにもよってそんなハードな訓練をフェルビナさん監督の下でやるのか? なんだろう……さっきから嫌な予感しかしないんだが……。
「じゃあ、繋ぐね」
「シオン、ちょっと待」
戦闘訓練と聞いて覚悟が揺らいでしまい、シオンを止めようと声を掛けたが間に合わず、転移魔法陣が形成される。魔法陣が光り輝き、暫くして光の中にフェルビナさんが現れる。
フェルビナさんは、白のドレスに甲冑姿(仕事着らしく、この前の差し入れ時はドレスのみの格好だった)という、いつもの出で立ちなのだが、その手にとんでもない物を持っていた。
「シオン……なんだ、アレ?」
その異様さに唖然としつつ、シオンに確認する。
「え~と……フェルビナ愛用の戦斧……」
戦斧って……いくらなんでも巨大過ぎないか? フェルビナさんが手に持っている戦斧は、柄の長さは身長より少し長いぐらいだが、異常に刃の部分が巨大だった。
刃渡りが柄の四割近くを占めている……しかも、かなり柄からせり出しており、刃も分厚い。あれでは重すぎて振るのは無理なのでは? と思うが、そんな巨大戦斧をフェルビナさんは軽々と片手で持っていた。
「失礼いたします、シオン、トウマ様。早速ですが、見ていましたよ、トウマ様。とても素晴らしい走りでした!」
いつも通り丁寧に挨拶をするが、少し興奮気味なのか、すぐに嬉しそうに笑顔を浮かべ、俺の走りを称賛してくれるフェルビナさん。しかし、手に持っている戦斧があまりに凶悪過ぎるので、その笑顔が逆に怖い。
「え、ええ……ありがとうございます……」
顔が少し引きつっているのが、自分でも分かった。
「最初は苦労したようですが、コツを掴んでからの上達は目を見張るものがありました。これなら次の戦闘訓練もすぐについて行けるようになるでしょう!」
なにやら自信満々な様子で、凄くウズウズしている感じが伝わってくる。嫌な予感が更に増し、頭の中で俺の生存本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。
そんな青くなった俺の様子を見かねてか、シオンがフェルビナに質問する。
「ずいぶん早かったね。仕事のほうはいいの?」
「問題ありません! アースディア様からもトウマ様の訓練には出来る限り協力してあげて欲しいと言われていますし、トウマ様にはお料理で色々お世話になっていますから、私も出来る限りお力になりたいんです!」
「そ、そうなんだ……じゃあ、やっぱり……アレをやるの?」
シオンが恐る恐るという感じで聞く。おい、なんだアレって……不吉な予感しかしないんだが……。それを聞いたフェルビナさんが、元気よく答える。
「はい! もちろんです! 大丈夫ですよ、危険が無いことは、あなたも経験して分かっているでしょう?」
「それはそうだけど……トウマの精神的に良くないと思うんだけど……」
精神的? なに? ……なにをするつもりなの、フェルビナさんは!?
「大丈夫ですよ、トウマ様なら。それに早くトウマ様と異世界に行きたいのでしょう? だったら、この訓練を行うことは理に適っているはずです」
「う~ん……でも~……」
なにやら二人で不穏な問答を繰り返している。流石に困惑してきたので、聞きたくないが訓練の内容を確認する。
「あ、あの……フェルビナさん……一体、どんな訓練をするんでしょうか?」
すると、キョトンとした顔でフェルビナさんが答える。
「え? シオンからまだ聞いていらっしゃらないんですか? 安心して下さい。訓練の内容は、単純な回避訓練ですよ」
回避訓練? ……なんだ、それだけかと一瞬思うが、ふと巨大戦斧に目が行き、まさかと思い当たる。
「え~と……因みに確認しますが、なにを回避するんですか?」
「なにって決まっているじゃありませんか。この戦斧です」
さも当たり前のように、フェルビナさんはブンッと戦斧を片手で振って見せる。ブオンッと巨大な刃が空を切り、その勢いで発生した風が顔に吹き付けてくる。一瞬呆けた後、自身のオドを両足に込め、二人に背を向けて一目散に走る。
「絶対無理ーーーーーー!!!」
と、情けない声を上げながら……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
障害物コースの頂上の崖から飛び降り、崖下へと逃げていったトウマを見送って、しみじみと呟く。
「そうだよね……それが当たり前の反応だよ、トウマ……」
気持ちはとっても分かるよ、トウマ……と心の中で深く賛同した。
「……フフフッ……」
すると突然、フェルビナが笑い出す。あの巨大戦斧を持ったままだと、とても不吉に見える。
「怖いよ、フェルビナ……なに、笑ってるの……」
「いえ、シオンとこの訓練をやった時を思い出しました。シオンもトウマ様と同じように逃げ出しましたから……」
フェルビナが懐かしむように言う。そう、ボクもこの訓練を受けたことがある。その時もトウマと同じように逃げ出した。
「当たり前だよ、そんな凶悪な武器を使って回避訓練だなんて、逃げるに決まってるじゃない」
「でも、決して当てたりはしなかったでしょう?」
「それはそうだけど……そんな華奢な身体で、その巨大戦斧を目の前で寸止めさせるなんて、誰が想像出来るのさ」
そう……恐ろしいことに、フェルビナはあの戦斧を自在に振り回しながら、決して対象に当てたりせずに寸止めさせることが出来る。
あんな巨大戦斧を振れば、その重さでかなりの遠心力が加わるはずなんだけど、その勢いを殺して、目の前でピタリと止めてみせる。それには振り回す際の倍以上の力が必要なのにも係わらず、だ。
しかし、フェルビナはそれをいとも簡単にやってのける。神界で一、二位を争う武闘派と言われるのは、あの巨大戦斧を振れるからじゃない。あの巨大戦斧から生まれる力を完璧に御せるからだ。あの華奢で可憐な姿からは想像も出来ないけど……。
「なにを言っているのですか。それぐらいシオンにだって出来るでしょう?」
「出来ないよ! ……(そんなんだから、神界一の剛力天使だなんて言われるんだよ……)」
小声で、神界で言われているフェルビナの異名を口にする。
「シオン……なにか言いましたか?」
「べ、別に……で、どうするのさ……トウマ逃げちゃったけど、続けるの?」
聞こえたのか慌ててごまかし、これからどうするのかを聞く。正直、トウマにあまり怖い思いをして欲しくはないんだけど……。
「当然です。そもそもトウマ様に戦闘訓練の指南をして欲しいと、シオンが私に願い出たのでしょう?」
「それはそうだけど……」
トウマと一緒に訓練をするのは楽しいし、本当は一から全部ボクがレクチャーしたいと思っていたんだけど、フェルビナといい、アースディア様といい、しょっちゅう理由をつけて、ボクの領域に顔を出してくる。
休みの日に、フェルビナはトウマに料理の手解きをして欲しいと尋ねてくるし、アースディア様も地球のテレビゲームを持って来て、トウマと遊んだりしている(ボクも両方とも参加してるけど……)。
二人共、心配して出来るだけ顔を出してくれているんだろうから、その好意を無碍にしたくないし、トウマも悔しいけど楽しそうにしているから、あまり拒絶したくない。
でも、やっぱりボクとしてはトウマと二人きりで過ごしたい。だから、早く異世界の任務に就きたかった。
異世界の任務に就けば、フェルビナもアースディア様の力も借りることなく、トウマと二人っきりで力を合わせて、任務をこなさないとならない。トウマと早く冒険に出て、一緒に色んな異世界に行きたい……トウマと魂で繋がってから、より一層その気持ちが強くなった。
その為には、早くトウマが任務遂行に足る力を手にしないとならない。トウマは思ったより優秀で覚えも早いけど……でも、現状のすぐ邪魔が入る環境から早く抜け出したくて、ボクの気持ちは少し焦れていた。
だから、泣く泣くフェルビナに戦闘訓練の指南をお願いした。フェルビナが指南すれば、ボクが教えるよりもっと早く成長出来る。かなり荒療治になるけど、早くトウマと二人で冒険をする為に、背に腹はかえられない。
地球の言葉でもあったはずだ……ライオンは我が子を千尋の谷に突き落とす……だったっけ? トウマはボクの使徒で子どもみたいなものだから、間違ってないよね?
「……シオン?」
しばらく黙って考え込んでいたから、フェルビナが声を掛けてくる。
「……分かったよ、フェルビナ。トウマのこと、よろしくお願いします」
フェルビナに全てを任せることに決め、改めて頭を下げてお願いする。
「分かりました、シオン……安心して下さい。私の全力を持って、トウマ様を立派な戦士に仕立て上げてみせます!」
そう力強く宣言し、ブオンッと巨大戦斧を一振りして、トウマを追いかける為に崖下に躍り出て行った。
それから十秒ほどして、崖下のフェルビナ監修特別コースの付近で、凄まじい衝撃音と地響きが轟き、土煙が舞い上がる。視力と聴力を強化して、その付近に注目すると……――
『お、落ち着いて下さい! フェルビナさん! いくらなんでも無茶苦茶過ぎます!!』
『大丈夫ですよ、トウマ様。当たりそうになったら寸止めしますから、決して当たることはありません。ですが、ちゃんと躱さないと駄目ですよ。これは回避訓練なんですからね。……では、行きます!』
『ギャァァァーーーーーーー!!!』
トウマの悲鳴以降、眼下にある特別コースのあちらこちらから、断続的に衝撃と土煙が発生する。その度にその付近にある地面や障害物の壁などが、根こそぎ吹っ飛んでいる様子がうかがえた。
心の中で強く想う。『(トウマ、頑張って! ボクと二人で行く異世界の冒険はもうすぐだよ!)』と。
トウマから『(助けてくれ、シオンーーー!!)』と念話が届くが、ボクはトウマとの輝かしい未来の冒険を夢見ながら、心を鬼してその悲鳴を聞き流した。




