第6症 優良物件は従者付き。 (3/3)
「根本さーん! ごめん! 俺次の国語の教科書忘れちゃったんだけど、見せてくれない?」
物語は、突然やって来る。
さぁここで、教科書を見せてあげたなら。
恋愛のひとつでもーー少なくとも友情のひとつくらいは、生まれそうなものだが。
そこは残念、ぼっちクオリティである。
「……大変申し訳ないんだけど、私も今日教科書忘れちゃって……」
「あ、そうなの?」
クソやろぉ! 心象台無しだぁ‼︎
視線は明後日の方向にスライドしていき、見えないだろう冷や汗を無駄にかきながら。
リア充に話しかけられる怖さと。
見せてあげられない申し訳なさに打ち震えた。
やばい、穴があったら埋まって墓立てたい。
別にぼっちでもいいと思ってるのと、心象を悪くするのは別の話である。
ぼっちだって、嫌われたいわけでは決してない。
そこは間違ってはいけない。
私は平穏に過ごしたいから、むしろそれは嫌だ。
なのに私ときたらなぁ‼︎
教科書忘れるのは、別にいいのだがーー今日この時というタイミングで、忘れた事を呪った。消えたい。教科書だけでなく今この時のことも忘れたい。
多分勝貫くんは、そんなとこまで考えてない。
知ってる。しかも別に人気者だし。
私じゃなくても見せてもらえるだろう。
そう、分かってはいるんだけど。
ぼっちだからこそ、教科書忘れても迷惑かけないと思ってたのに……!
ぼっち謳歌中の私は、教科書忘れても貸してもらう勇気はない。迷惑かかるし。
そして日頃から鍛え上げられた、隠遁スキルカンスト(空気のような存在感)によりーー忘れても先生に当てられないから、たかを括っていたのだ。
それが仇になろうとは。
もういいのだ。
私はバレないように寝るのだ。
はぁ〜……生きてんのハードモードかよ。
それらしくノートを開けて、資料集を積んで筆箱で要塞を築いて。
人の対応に慣れてないお豆腐ハートを抱えて、頬杖の要領で下を向いた。もう授業が始まる。
チラッと。
一応心配で、申し訳なさからチラッと見た勝貫君はーー右隣の男子に声をかけていた。
あ、良かった、借りたみたいね。
はぁ、これでぼっち心置きなく寝れるわ。
やはりリア充とぼっちは、相容れぬ存在よ……。
それを見届けて、安らかな夢の世界に旅立とうとしたら。
ギギーッガタガタッッ!
不快音の目覚ましですぐ起こされた。
は? 何? 机移動?
明らかなその異音は、中学時代給食時に嫌と言うほど聞いて、トラウマになっている音だ。間違えるはずがなかった。机を引きずる、あの音。
右から聞こえたその音に、顔を向ければーー。
カタン
机の間にーー教科書があった。
机の、間に。
間にだ。
「……えっ⁉︎ 勝貫君⁉︎」
「……。」
小さくも、驚きすぎてでた声に応えはない。
彼はただ涼しげに、前を向いていた。
…………は⁉︎ イケメンすぎではっっっ⁉︎
何も言わずに、机をつけて教科書を置く。
借り物といえど、こんなこと出来ます?
いやむしろ許可取ったってことですよね?
コミュ力お化けの疑う余地もないイケメン行動に……ときめかないはずもなく……。
いやー!
まてよまてってば私っっっ‼︎
これは! 慣れてる人の手口だからっっ‼︎
葛藤する私に、「どうした?」と先生の声が届く。
「あ、いや教科書わすれちゃったんで」
「おーそうか」
先生はそれきりだったし、勝貫君も特にそれ以上言わなかった。
イケメンかよっ!!!!!!!!!!!
心の叫びは、臨界点を突破した。
え、あの態度でサラッと言います⁉︎
普通、「見せてあげるんで」とか言いません⁉︎
いやまぁ、勝貫くんも忘れてるけどさ⁉︎
まぁこのクラスでも、忘れ物をする人は当然いる。そんな時隣から見せてもらうために、机を近づけたりは、多少するのだが……。
こんな!!!
ピッタリ!!!!!
くっつかないんだよなぁ!!!!????
思春期真っ只中の、難しいお年頃。特に男女で見せる場合、こういう風にくっつける人は見たことなかった。高校来てからは、みんなスカしてっから!
もうなんか、授業どころじゃなかった。
何かに耐え忍ぶ、修行の時間だった。
キーンコーンカーンコーン
修行の終わりの鐘が鳴り響き、解き放たれた気分になる。
や……やったぞ!
私はこの苦行を、耐え忍んだぞ……!
ぼっちの金字を守り抜いたぞ……!
そうは言っても、私も人の子。感謝をせねばなるまいて。
そう、一言言うだけ。
さぁ、言うのだ!
それで終わりだ!!!!
腹筋に無駄に力を入れて彼の方を向き、声をかける。
「あの……勝貫くん」
「ん?」
さぁ言うのだ! これで終わりなのだ‼︎
意を決してーー入学式よりも肩に力を入れて、緊張しながら強ばる口を無理矢理動かした。
「えっと……ありがと!」
さて、どんな返しが来るのか⁉︎
もう予測したぞ!
「気にしないで」とか爽やかに言うんだろ⁉︎
爽やか攻撃に、身を固めて構えていたら。
彼はそう、少しだけ微笑んでーー。
「うん」
そう言った。
……
………………
…………………………。
「うん」ってなんだよ!!!!
好きだわ!!!!!!!!!!!!!!!
暴れまくった挙句、不意打ちの気を遣わせない一言の前に玉砕した。




