番外編 「魔女の子供達」
がいん、とぶつかり合う音が響いている。
その重さに押されながらも、ヨルは必死にタイミングをはかっていた。
対峙する男が剣を掲げる。
上から降り下ろされた一撃を軽く押し上げながら、横に流す。
素早く地を蹴って距離を取り、さりげなく刃先に描かれた紋様に触れた。
淡く光る紋様。起動された魔法式は青い輝きを放つ。
男はそれに眉根を寄せるが、もう遅い。
ヨルは裂帛の気合いと共に必殺の一撃を繰り出した。
「蒼龍、双破斬ッ!!」
剣先から如雨露みたいにたぱたぱ零れた水を男は半身だけ身体をずらし避けた。
「あっ」と言うヨルの頭を木剣で叩き「あ痛」、男は腰に手をやり見下ろしている。
その眼は怒りこそないものの、盛大に呆れを含んでいる。
「…参りましたあ。」
ヨルは悔しそうに、しょんぼりと肩を落とした。
気をつけをして目の前の男に深々とお辞儀する。
「ありがとーございました、師匠。」
「お疲れ。」
挨拶を終えると、師匠は姿勢を崩した。
こうすると、もうこの人は「師匠」ではなく「ジャンおじさん」になる。
ヨルはとてとてと近付いて「おじさんおじさん」と期待を込めて呼んだ。
「わたしの蒼龍双破斬はどうでしたか?」
「あー、あのささやかな水しぶきに意味があったのかは分からんが、あんまりユカをこき使わないように。」
「大丈夫です!あの程度の魔力付与、ユカには簡単に出来ちゃうんです!本当はもっと威力を上げられるはずなのに、けちってやってくれないんですよー。」
「うん、まあ俺が死んじゃうからほどほどにな?」
ジャンは笑いながらヨルの頭を撫でた。
ジャンはよく頭を撫でてくれて、ヨルはその感触が三番目に好きだ。本当は父親と同率二位くらいなのだが、そう言うと彼女の父は落ち込んでしまうので三番目ということにしている。
ヨルの母親はジャンがやたら頭を撫でるのを直した方が言いと思っているらしい。
でもジャンは実は他の人にはあんまり触ったりしない。
もっと笑ったり撫でたりしたら、「もてもて」になって結婚とかも出来るんじゃないかとヨルは思っている。
「名前もおかーさんと一緒に考えたんですよ。青い龍っていうのが水っぽくて格好良いんじゃないかなって。知ってますか?龍って、大きい蛇に手と足が生えたみたいなので、しゃげー、って鳴くんですって。」
「へえ。凄いな。」
「でもでも、もうおじさんに破られちゃったので、また新しいのを考えなくちゃ。おじさん、火あぶりと土埋めどっちが良いですか?」
「それ、選ばなきゃならんのか?」
◇◆◇◆◇
ユカは座り込み、咲き誇る花の中でも特に綺麗な数枚の花弁を選んでそっと引き抜いた。
なるべく傷付けないように、柔らかい布に乗せていく。
ついでに側に生えていた雑草が目につき、むしる。
手に触れた大きな葉の色付きに気を取られ、立ち上がった際に視界に入った果実を見やる。
そろそろ食べ頃かな、ヨルに教えてあげよう。そう思う。
元気な妹はあちこち駆け回るのに夢中で、あまりここに来ることはないのだ。
魔女の温室は沢山の緑で溢れている。
その名の通り、魔女の所有物であるここは今は専らユカの遊び場になっている。
世話をするのもユカの楽しみの一つだ。
「こんにちは、ユカ。」
「殿下、いらしてたんですか。気付かずすみません。」
いつの間にか横に立っていた青年に、ユカは立ち上がると頭を垂れた。
殿下と呼ばれた青年は穏やかに笑うと「気にしないで」と言った。
この城でただ単に「殿下」と言えばこの人、王弟殿下であるクルトを差す。
王族の金髪を軽く後ろに流した、優しさが全身から滲み出るような相貌をしている。
「今年も綺麗に咲いたね。」
温室の中央にある藤棚に垂れ下がる花を見て、クルトはそう言った。
元々この温室は彼の母君が持ち主であり、そこから彼を経てユカの母に下賜されたと聞いている。
積もる思い出でもあるのだろう、こうして時々ふらりと足を運んでくる。
「よろしかったら、少しお持ちしましょうか。」
「そうだね、お願いしようかな。」
剪定鋏を取りだし、良さそうな枝を幾つか切り落とす。
弦を絡ませて束にすると、クルトに差し出した。
彼は物思いにふけるように目を細めて、大事そうにそれを抱えた。
「ありがとう。」
「いえ。」
「ああ、そう言えば、メリアが探していたよ。」
「そうですか。後で行ってみます。」
本来なら急いで駆け付けるべきなのだが、彼女に捕まると後が長い。
その先の束縛時間を考えると、用事を先に片付けた方が良いだろう。
ユカは頭を下げると包みを持って歩き出した。
◆◇◆◇◆
演習場を突っ切って走るヨルは、珍しい人物を見つけた。
進路を変え、その人に向かって突進する。
足音を聞き付けたのか、彼は真っ青な髪を揺らしてヨルの方に大きな身体を向けた。
「ルドルフおじさん!」
「ヨル殿。ご無沙汰ですな。」
元気良く飛び付いたヨルを抱き上げ、ルドルフは人懐こい笑みを見せた。
「お久しぶりです。元気にしておられましたかな?」
「はい!元気です!」
「それは重畳ですな。」
ルドルフはほんのたまに会うことが出来る両親の知り合いだ。
珍しい青い髪と、これまた珍しい「魔力付与士」という職業に就いている。
その周りの人々も、彼ほどでは無いにしろ、うっすら髪色の変わった人達が多い。
「お、ヨルちゃん。どしたの?」
「いま、稽古が終わったところなんです。」
「ヨルちゃん、お菓子食べる?」
「いただきます!」
「どこから出てきたんだそんなもん。」
「昨日よく話す侍女さんから貰ったんだよねー。」
彼の周囲はいつも賑やかだ。
今日もルドルフの部下たちがわらわらと集まって来て、貰ったお菓子を頬張るヨルを取り囲む。
「美味しい?」
「おいしいです!」
「稽古ってジャンさんだっけ?」
「はい。でも今日も負けちゃいました。わたしも皆さんみたいに、高く飛んだり出来たらなあ。」
「んー、こればっかりは素質の問題だからね。ま、ヨルちゃんなら魔力付与出来なくてもその内勝てるようになるよ。ですよね、隊長。」
「ああ。ヨル殿は筋が良い。父君に似られたのだろう。」
「そうですかー。」
ヨルの剣の腕は父親に似たのだと良く言われるが、剣を振るう姿を見たのは実際そんなに多くはない。
父は子供たちには不用意に力をつけて欲しくないと考えているのだそうだ。
その昔、父親と母親と、この国の偉い人たちの間で何かあったらしいが、詳しいことは教えてもらっていない。
もう少し大きくなったらね、と言われている。
「そうだ、ヨルちゃん、今日も飛んで見る?」
「はい!お願いします!」
「よーし、やるかー。」
ヨルを可愛がってくれる中でも特に構いたがるヘンリクが、ヨルを抱いて高く飛んで宙を舞う。
青空の下ぴょんぴょんと跳ねたりくるりと回ったり、声を上げて喜びながらヨルはそうだ、今度の必殺技は宙返りしてみたりしたらどうだろうと閃いた。
◇◆◇◆◇
「司祭長、お届け物です。」
「おや、ありがとう。何でまた、君が持って来たんだい。」
「もののついでです。さっき、通りすがりに助手さんに会ったので。」
「なるほど。使い走りにされたわけだ。」
口角を上げて赤い髪の司祭長はユカが持って来た物と、小包を受け取った。
宛先を見て、「あぁ、殿下か」と事もなげに言った。
彼がただ「殿下」と言えば、それは王弟殿下ではなく、とある人物のことを差す。
国の端、国境付近に奥方と暮らしているその人はたまにこうしてチャーチル宛てに色々送ってくる。
王都では手に入りにくい薬草などを手配して貰っているらしい。
机に乱雑に包みを投げやると、チャーチルはユカの持参した花の花弁を摘まんで見定めている。
「僕が言うのも何だけど、君はたまには断ると言うことをしたが良いと思うよ。」
「嫌なことはちゃんと断ってますよ。」
「そうかい?それなら良いんだけど。」
ユカはその様子をぼんやりと見つめている。ささやかながら土と草の匂いが鼻腔をくすぐった。
森の匂いだ、とユカは思う。
両親は…とりわけ父親は故あってチャーチルをあまり良く思っていないようだが、ユカはこの人のことをそれなりに気に入っていた。
派手な外見だが、これで意外と学者肌な所が根底にある気がする。
「どうですか。使えそうですか。」
「うん、大丈夫。流石に魔女の温室のものは質が良い。」
「もう母は手を加えてはいませんけれどね。」
「そうだね。ただ、長く魔法を浴びていたから、幾らか変質が見られるかも知れない。」
「なるほど。一度確認してみます。」
「その時は是非、結果を教えて欲しいな。興味がある。」
「ええ。」
これでひとまず用は済んだ。席を辞そうとするユカを、チャーチルは手で制して引き止めた。
「良かったら一杯やっていかないかい。」
「ぼくは未成年ですよ。」
「今度は酒じゃなくてね。良い茶葉を貰ったんだ。僕と助手だけで消費するのも勿体ない。」
「そういうことなら。」
そうだ、と思い出して包みを取り出す。
「ヨルが焼き菓子を焼いたんです。お茶請けにどうぞ。」
「物凄く黒いね。母君の郷土料理か何かかい?」
「いえ、ただのクッキーです。」
ユカは一枚取って、頬張って見せる。
それは見た目に漏れずやたらと固く苦味ばしっていたが、黙って飲み下した。
◆◇◆◇◆
ヨルはどたばたと廊下を走る。
たまに侍従長とかに怒られることはあるが、大概の大人は慣れたもので、笑ってその様子を見守っていた。
奥へと進む内にあまり人とすれ違うことも無くなり、足音だけが響く。
ここから先はヨルの家族の領域だ。
外から差し込む日の光と外廊を支える柱が作る影が白と黒い縞模様を作っている。その黒い部分だけを跳ね踏みながらヨルは兄の姿を探した。
「ユーカーぁ。ユカー。」
大体何処にいるかは分かっているが、何となく声を上げたくなって名前を連呼する。
ややあって、少し離れた柱の影からひょっこりとヨルに似た顔が覗いた。
「ヨル。」
ユカはヨルの兄妹とは思えないくらいのか細い声で妹の名を呼んだ。
実際元気一杯どころか溢れ出してだだ漏れのヨルに対し、双子の兄であるユカは熱を出したりして寝込むことが多い。
ヨルが父から受け継いだ剣の腕はユカにはまったく無く、ついでに木登りひとつ満足に出来ない。
しかしユカは隙あらばあちこち駆け回っている妹を大して羨みもせず、のんびり花や魔法の勉強を楽しんでいる。
その辺りはお母さんに似たんだね、と父親は笑っていた。
そんなユカが外に出るのは花を見に来ている時くらいなもので、案の定彼は庭園で土いじりをしていた。
服についた土をはたきながら、ユカは首を傾けた。
「何か用?」
「魔力付与、切れちゃったから、かけて!」
「いいけど。あんまりジャンさんに迷惑かけないようにね。」
「迷惑かけてないよ。稽古だもの。」
「剣の稽古でずぶ濡れにされるのは想定してないんじゃないかな。」
「大丈夫、避けられたから。」
「ああ、そう。」
誇らしげに胸を張るヨルに苦笑しつつ、ユカは掲げられた木剣に手をかざす。
「今度は風にして!ルドルフおじさんたちみたいに、ぴょーんて飛びたい!」
「ヨルは魔力付与士じゃないから、ああいうのは無理だよ。」
「何とかするから、大丈夫!」
何が大丈夫なのだかさっぱりだが、それを本当に「何とか」してしまうのがヨルである。
仕方なく、言われた通りに風の精霊に助力を乞い願う。
「Pmauta;xepf qmot dtaaba qmot rov ip vjuplt.」
色付いたのは一瞬のことで、すぐに見た目平凡な木剣に戻る。
ヨルは慣れた感じで「ありがとー」と言うと木剣を腰のベルトに挟んだ。
再び屈みこんで土いじりを始めた兄の背に覆い被さるようにして、ヨルは手元を覗きこんだ。
「何してるの?」
「ここに、見たことない草が生えてるんだ。」
ユカが指差した先にはちょこんと小さな葉が生えていた。
ヨルには隣やその隣も全部同じに見えるのだが、ユカが言うのなら違うのだろう。
ぱっと飛び上がると、元気良く手を上げた。
「分かんないことは、聞けば良いんだよ!」
「あ、ヨル」
言うが早いか、ヨルはまた廊下を走っていく。
あっと言う間に見えなくなった妹の軌跡を、ユカは眉尻を下げて見送った。
◆◆◆◆◆
ヨルはノックもそこそこに重厚な扉を押し開けた。
散らばった本をひょいと避けて、長椅子に鎮座している男に飛び付く。
「ティズおじさんっ。」
テイワズは読んでいた本を閉じて机に放ると、抱き付いてきたヨルを見た。
ヨルはにこにことその様子を眺めている。
目が合うと、テイワズはその黒髪に手を伸ばし、優しく撫でた。
えへへ、と笑うヨル。
ヨルの一等好きなこの人は、言葉に迷うととりあえず頭を撫でる。そうすればヨルの機嫌が良くなるので、それから掛ける台詞を考える。
一生懸命考えていることを知っているから、ヨルは黙って彼が話すのを待つ。
「どうした?」
「あのですね、ユカが見たことない草があるって言ってるんですけど、おじさんなら分かるかなって。今いそがしいですか?」
「問題ない。」
「ありがとーございますっ。」
立ち上がったテイワズの手を取って、図書室の外に出る。
テイワズは眩しそうに空を見上げた。
初めて彼を外に連れ出した日も、同じように空を見ていたことをヨルは思い出す。
その時はかなり問題になった、というか話題になった。何しろテイワズが図書室の主となってから、ただの一度も外出したことが無かったのだ。
ついでにそれは単に彼が外に出たがらなかった為だと判明した。
彼をここに招いた人物はとうに逝去しており、周りは揃って誰かが命令したのだと思い込んでいた。
だからと言ってじゃあ自由にして良い、というのも如何なものかと一部から声が上がった。
テイワズは機密を知りすぎている。今まで通り引きこもっていてくれた方が良いのではないかと。しかしそれは主にヨルの母親が主体となって封殺した。
母はヨルに言った。
貴方がしたことは、他の誰もしなかった、しようとも思わなかったことだ。それは誇っていいことなんだよ、と。
なのでヨルは大手をふってテイワズを連れ出している。
物知りなティズおじさんは、ヨルにいつでも色々なことを教えてくれる。
代わりにヨルはこの先ずっと、彼を悪いものから守ってあげるのだ。
「ティズおじさん、わたし成人したらおじさんと結婚したいです!」
「…そうか。」
ヨルがそう高らかに宣言すると、テイワズは僅かに笑みを返した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。




