13.5 「特務司祭長」
夜が明け、空が白み始めた頃にようやくチャーチル・ソードレスは自室兼執務室に戻った。
どさりと椅子に腰掛け、目頭を揉む。
法衣の首元を緩めてぼんやりと天井を見た。
空色の瞳に灯りが映る。
長かった。
彼の業務の中でも間違いなく最低の部類に入る、夜を徹しての大仕事である。
初めこそ厳かに行われる説法も、終わり間近にはだらけてくる。
若い女性陣の目は自棄気味にぎらぎらと輝き、お年寄りに至ってはいびきすらかくこともある。
もちろんチャーチルも例外ではない。
この日の為に調合した煎じ薬をこっそり水差しに忍ばせ、無理やり目を覚ましている。
祝祭の日の司祭長はいつになく情熱的であり、私に熱っぽい視線を送って来たとか、さすが若くして高位に就いただけはあると誉めそやされたりとか、それ全部薬の効果ですから。
とはまぁ、もちろん言わない。
そうして、更に名声が上がり信者の獲得に繋がる。言わば負の連鎖であった。
誰だこんな行事考えたのは。
僕だ。
「助手君。…助手くーん、じょ」
「うるさい聞こえていますくそ上司。」
常なら呼ばなくてもやって来る助手が来ないので声を上げたら返事と共に顔面に何かぶつかった。
膝にぽたりと落ちたそれを掴み、目の前に掲げる。
それは見たことない複雑な折り方で丁寧に包装されていた。細身のリボンが可愛らしい、いかにも女性らしさが滲み出た一品だ。
それだけで助手が用意したわけではないと分かる。
しかし基本信者からの贈り物は彼に届くことはない。まして手作りならばなおさらだ。
思考するのも面倒なのでチャーチルは素直に聞いた。
「…何これ。」
「魔女様からの祝福の焼き菓子です。」
「へぇ。」
気のない返事が口から漏れるが、かすかに残る正気な部分は楽しそうに笑って見せた。
わざわざ作ったのか。既製品でも良かったろうに。
彼女が望めばそれこそ王室御用達の職人が喜んで用意したであろう。
まぁそれをしないのが、彼女の魅力でもあるが。
「勘違いしないでくださいね。私も頂きましたから。」
そう言って助手はティーカップを差し出した。
チャーチルは受け取るなり一気に飲み干す。
縁から垂れた濁った液体が顎を伝う。
それをぞんざいに拭いながら彼は呟いた。
「…不味い。」
「当然のことを言わないでください。ただでさえ悪そうな頭が更に悪く見えます。」
「不味いものは不味いんだよ。」
「その不味い薬を飲まなくてはならないのも元を正せば自業自得です。」
そうなんだよなぁ。と昔を思い出す。
その頃はまだ司祭長の補佐役で、説教ばかりしてくる司祭長に嫌がらせするつもりで提案したのだ。
当時は直接魔女の奇跡に触れた人間も多く、軍人やら傭兵上がりの何とかがそれなりに集まった。
そこまでは良かったのだが、老体に響くと言われて常にチャーチルは側に立たされ、隙あらば代役を任され、ついでに彼が司祭長となった暁には女性信者が爆発的に増えた。
言い出した手前文句も言えず、今に至るというわけである。
まぁ、若気の至りというやつだ。正直あの頃の自分をぶん殴ってやりたい。
口直しに早速焼き菓子を頂く。
苦労して封を解けば、なかなかに整った形の六つ星が現れた。
蜜がけされた表面がちかちかと煌めいている
助手が投げつけたせいで割れていたが、味に変わりはないはずだ。
一片を口に放り入れると作り主の気性を表すような、じんわりとした優しい甘みが広がった。
甘い物は得意ではないのだが、美味しく感じるのは疲れている証拠だろう。
「甘さが染みるなぁ…。」
「年寄りくさいですね。その年から耄碌されても面倒なのですが。」
我ながらじじむさいなぁと思えばそのまま助手から指摘を受ける。
だんだん調子が戻ってきた。残りを食べながら言い返す。
「君は本当に甘さとか、優しさとは無縁だよなぁ。」
「優しくされたいとでも?」
即座に切り返され、チャーチルは苦笑した。
「まさか。」
甘いのは、嫌いだ。