13
祭の中を二人、歩いていく。
人の流れに逆らわないようにしてゆっくりと沿うように歩みを進めながら、露天を見て回る。
内容は分かりやすい物から何に使うのか分からない物まで様々だ。
サンドイッチみたいな食べ物屋さん、上から暖簾みたいに糸が吊り下がった、これは多分くじ引き。バレーボールくらいの透き通った球に煌めく七色の光が詰まった…ランプかな。
隅に置かれた値札らしきものに書かれた文字がやたら長いのを見て美佳のセンサーはこれは高額商品だと訴えた。そっと距離を置こうとして、手が引っ張られる。
その先には彼女のワンコが繋がっていた。そういえば先ほどから握ったままだった。
元来冷え性なのだが、その手はアルフォートの温もりを奪うようにぽかぽかとしていた。
「どうしました?」
「えーと、手、繋いだままだなって。」
アルフォートが見下ろしてくる。
常緑樹の瞳を見上げ、呟いた。
いつもなら反らされそうな視線はそのままだった。
「…そうですね。はぐれると困るのでこのままでも良いですか?」
「う、うん。」
「ううん?」
「い、いいです。」
「はい。」
逆に美佳が首をねじ切りそうな勢いで顔を背けた。上からくすりと聞こえた気がする。
何だか今日のアルはおかしい。
こう、あれだ。いつになく積極的というか、いや積極的ってなんぎゃー。
美佳の脳内が悲鳴を上げて思考を途中放棄した。
恥ずかしさを誤魔化すようにあさっての方を見る。
すると見知らぬ女性が目をそらした。
うん?
首を傾げ、すぐに理解した。彼女、もとい彼女たちは美佳の上を見ていた。
すなわち彼女の騎士である。
普段ワンコ扱いしていたり美少女やら天使やら、中身はともあれ美形な某さんなどに囲まれているため気にしていなかったが、やはり彼は世間様でも結構なイケメンに入るようだ。
普段のかっちりした服とは違って、こうして市井でも浮かない格好をしているが、中身はそのまんまである。むしろ逆に浮いている。
ちらちらお互い…正確には少しずれているものの…を気にしているとアルフォートが声を掛けてくる。
「どうしました?」
「うん、ちょっと視線がね?」
さっきもやったようなやり取り。
アルフォートは得心したように頷いた。
「ああ。ルドルフ先輩の所の方々だと思います。」
「え?」
予想外の返答に美佳は驚く。なぜそこにその名前が出てくるのか。
アルフォートは遠くに目をやりながら声を潜めた。
「ミカさ…ミカさんの身の安全のためです。さすがにこの人出で俺一人では心許ないと、彼の方の御意向です。」
彼の方とはまあ、ユで始まる名前のあの人のことだろう。それは良い。
それよりも何よりも、ということは今までのやり取り全部見られていたわけで、
「うあー…。」
「?」
思わず頭を抱え、ようとしてまたしても繋いだ手が邪魔をした。
この、この手が!
すぐさま外そうと思って、何でだって見られてるし嫌ですか?いえそういう訳じゃー、まで一気に想像して美佳はすごすごと腕を降ろした。
せめてもの抵抗に見えない位置まで持っていこう。諦めの境地であった。
「何でもない。」
「…そうですか。」
ついでに何か言われる前に封殺する。手慣れたものだ、と胸中でえへんと胸張った美佳だが、先ほどより力を込められた掌にうぐ、と詰まる。どうやら手慣れているのは相手も同じようだ。
ああ、恥ずかしい。
今日何度考えたか分からない思いが沸き上がる。
大体お祭りで二人手を繋いで歩くとか、これではまるで、まるで…。
いや昔弟とやったことあった。良し問題ない。
おかしな方向に行きかけた思考を変えようと、適当に露天を賑やかすことにした。
「アル、ここちょっと見たいな。」
「はい。」
何気なく指した先はアクセサリーを扱う店だった。
本格的なものではなく、時々路上で見かけるような感じの、敷居の低そうで意外と高かったりするあれである。
店主が顔を上げて愛想良く声を上げた。
「お、いらっしゃい。恋人にプレゼントかい?うちは他所とは違って結構手の込んだ一品を用意してるよ!」
「間違えました。」
何だってこんなベタなチョイスをしたのわたし。
逃げようとしたが肩を掴まれ向きを固定される。あれ、アルの手は繋がってるのに何故肩を掴まれるのか。
そういえば手は二本あったのだった。
そんな簡単なことを忘れる程度には動揺しているようだ。
「ミカさん、どれか気に入ったものはありますか?」
「ええええっと、え?」
「ミカさんの自室にある品々には及びもしませんが。贈り物をさせてください。…そうですね、理由は、俺がしたいと思ったからではいけませんか?」
何で?と言おうとして先回りされる。ぐうの音も出ない。
普段の通過儀礼は本当に儀式めいたものだったのだとここに至って思い知らされる。
何だか飼い犬に手を噛まれた気分。美佳は半眼でアルフォートを睨んだ。
たじろぐように揺れた瞳に、そこでようやく少しだけ口角をあげた。
…まあ良し。仕返しはこれで勘弁してあげよう。
美佳はしゃがみこんで一つずつ見ていく。
指輪は論外。耳飾りはピアスタイプが多めだ。穴開けてないので却下。
腕輪か無難に首飾りかな、と手近にあった腕輪を指差す。
「これいくらですか。」
「それはエルディム銀貨8枚だね。」
言われて、以前教わった知識を引っ張り出す。
えーと、ということは、八千円くらい?高くない?
しかしまあ、他のに比べて石が沢山付いていなくもない。あと素材が何だか分からないのでなかなか判別がつきにくい。
あまり高価なものはねだりたくないのだが。
そもそもアルフォートの懐事情が分からない。
せめてこれよりは安そうなものを、と見ると鮮やかな緑が目に留まった。
小指の爪くらいの石の回りに小さな花の細工が施された、可愛らしい意匠の首飾りだった。
石は常緑樹の葉色をしていてアルフォートの瞳を思い起こさせる。
「これ、綺麗だね。アルと同じ色だ。」
そう顔を上げると、彼女の騎士はなぜか照れた。
店主がそれを見てがははと笑う。
「ほー、緑眼の首飾りとはお嬢ちゃんもなかなか通だね。こりゃ旦那も大変だ。」
「え、ええと、ミ…ミカさん。それが良いんですか?」
「う、うん。これ…駄目かな?高い?」
「いえ、そういう訳では。」
反応を見るからにこれも何か謂れがあるようだ。
買って貰う身であるから、アルが嫌なら止めとこう、と他の品を探す。
「えーと、じゃあ…あ、これも可愛いな。」
その隣の隣に、鳥籠のモチーフの中に鳥の形に彫られた空色の石が入っている首飾りがあった。なかなかに凝っていてこれも可愛い。
どうかなと再び見上げれば、何かすごい顔をしていた。
例えるならそう、親の仇でも見付けたような、と言った感じだ。
「こちらにしましょう。」
アルフォートは即座にお金を出して緑石の首飾りを手に取った。
「良いの?嫌だったんじゃ。」
「いえ。これでいいです。」
「毎度!」
さくさくと買い物が終了する。
何だか良く分からないが、まあ良いなら良いか。
「今付けますか。」
「あ、うん。」
受け取ろうとするが、その手はするりと首に伸びた。
顔が近い、と思う。その緑の目に吸い寄せられそうになった瞬間、距離が元に戻った。
「出来ました。」
胸元を見れば常緑樹の石がこちらを見上げていた。
慌てて顔を上げるとやはり緑の瞳がこちらを見下ろしていて。
なるほど、先ほどの店主との会話の意味が何となく分かった気がした。
辺りが大分暗くなり、いよいよ祭も終わりを迎えそうであった。
はずなのだが、むしろ人は増える一方である。
街灯はほとんどついておらず、代わりに露天が闇をかき消すようにまだまだ賑わいとともにある。
水の出ていない噴水のある広場で、美佳はアルフォートと並んで座っている。周りにも思い思いに寛ぐ人々がいて、彼らは話しながら何かを待っているようだ。
何だろう。たき火でもするとか?
キャンプファイヤーとか、火を囲んで皆で踊ったりしたなあ。
憧れの男の子のところまで曲が続きますように、なんて友達と願っていたのを思い出す。
まあ、今踊るとなれば必然的にアルフォートになるだろうか。
隣をちらりと見れば彼は柔らかい笑みを浮かべて首を傾けた。
う、と呻いてうつむく美佳。
繋いだままの手が気になる。汗かいてないだろうかとか乙女心的には心配なのだが、言ってみたところで離してもらえるとは思えない。
本当に今日は色々おかしい。
ちょっと魔女のお祭りを見てみたい、という軽い気持ちのはずだったのだが、そんなことを軽く思ったから罰が当たったのだろうか。
首飾りを空いた手でもて遊びながら、そんなことを考えていると、アルフォートが繋いだ手を軽く引いた。
「そろそろ始まりますよ。」
何が?と問おうとする前に答えが先に出た。
突如腹に響く大音量とともに、空に光が弾ける。
色とりどりの光たちはすぐに闇に四散するが、次々に光の玉が競うように立ち上ぼりまた輝く花を咲かせていく。
ぱっと開くごとに、周囲から歓声が上がる。
「これ、花火…?」
「はい。正確には魔法で擬似的に再現しているだけですが。」
アルフォートはそう言うが、素直に感心する。
ほぼ、というか、完璧に美佳のよく知る花火だ。
魔法なだけあって散り際まで曲芸めいた動きをしていて、本物よりすごいかも知れない。
「わー!すごいすごい!」
まさか異世界で花火が見られるとは。
美佳はすっかりはしゃいで半ば跳び跳ねるように隣の彼の服を引っ張る。
顔を向けると、ふと目が合った。
彼女の騎士は穏やかな顔で美佳を見下ろしていた。
その緑の瞳の端に、夜空に煌めく魔法の光が映っている。
「…綺麗。」
思わず見とれてしまう。
アルフォートが少し面映ゆそうに身じろいだことで、ふと今がどういった状態かを把握した。
「ご、ごめ…。」
見つめあっていた事に気付き、慌ててそっぽを向こうとする。
それを静止するかのように手が伸びた。
頬をかすめて髪に、花飾りにと指が触れる。
ずれちゃったのかな、と思いながらも顔が赤くなるのを自覚する。
今は寒いはずなのに、何故だかやたらと暑い。
目をそらすタイミングを見失ったまま固まる美佳にアルフォートが囁いた。
「はい。…綺麗ですね。」
心臓が大きく跳ねた。
今のは、花火に向けた言葉だ。
そう思うのに、動悸は激しくなる一方で、視線は離せないままで。
美佳の沸騰した頭は、それを見守る彼女の騎士の、甘く優しい笑みを見て正常な働きを止めた。
あれ?
え、えーと………あれ?




