12.5 「魔力付与士」
魔力付与士達。
ごった返す大通りの途中、狭い路地に男が人に押されるように入り込んだ。
戻ろうにもなかなか隙間が見当たらないようで、仕方なさそうに壁に背を預ける。
その男の逆の方向から、ひっそりと人影が現れる。
建物と建物の間の暗闇に溶けるように低めに姿勢を保ち、無造作に積まれた木箱の影になるようにしゃがみこんだ。
立ったままの男と影に潜む男は、お互いに気付きもしていないというように視線を動かさない。
しばしの間の後に、立っている男が通りから見えないように指先を素早く動かした。
影男はそれを横目で確認すると、同じく指を動かしてから奥の闇に消えた。
残された男はため息一つ付くと、諦めたように人混みに体を突っ込んだ。
ぶつかる人に謝りながらも何とか流れに乗り、大きな広場までやってくる。
中央には大きな噴水がある。この時期は水は出ておらず、本来なら水の張っているところにまで人が入り座り込んだり、子供がよじ登ったりしていた。
男はその縁に腰掛けてパンを頬張る男からその逆の手に持っていた飲み物をひったくると一気に飲み干す。
「ちょ、おま、それ俺の!」
「また買って来いよ。」
「最後の一杯だったってーの!」
悲嘆にくれるパン男。
男はちらりとヤケ気味にパンをかじる彼を見た。
「ていうかお前、彼女はどうしたよ。」
「…他の男と宜しくやってるよ。」
「は、ざまあ。」
「そういうお前はどうなんだよ。」
「一緒にするなよ。俺はこれから待ち合わせだ。」
「振られろ振られろ振られろ」
「ははっ。ぶっとばすぞ。」
ひとしきり軽口を叩き合うと、パン男が立ち上がる。
「はー、つまんね。帰ろ。」
「おー、さっさと行け。邪魔だ。」
「言われなくても行くわ!」
パン男は後ろを振り返ることもなく早足で広場から離れる。露天を冷やかしながら細い道へ。
人の通りが減ってきた辺りからさりげなく視線だけを後ろに向ける。足は止まらない。
幾つかの曲がり角を曲がった後に鬘を取り去り、もう幾つかの角を折れた直後に壁を蹴った。
瞳が青く輝き出す。
と、と、と軽い足取りでぎりぎり屋根からはみ出さない高さまで昇ると音も無く開かれた窓に滑り込み、後ろ手にぱたんと閉めた。
それなりの広さの部屋の中央にテーブルが置かれている。
パン男はその周囲に置かれた中でも一番大きな、最奥の椅子に腰かける巨躯に適当に敬礼をすると開いている所にどかりと座り込んだ。
「ただ今戻りましたっすー。」
「うむ。」
巨躯の男はやる気なさげなパン男に頷いて見せた。
「アンナから、「花」は手配通り「森」の中に。エリカはこのまま定刻まで逢瀬です。」
「了解した。ご苦労。」
「ういーす。」
パン男は椅子に座ったままがたごとと動くと、棚にあった瓶を手に取った。
ぽつりと呟く。
「空っす。」
「先ほどマルタが飲んでいたな。」
「マジすか。うわ全部入ってねえ。干からびるー。」
「次の給仕まで待て。」
「うえーい。」
テーブルの前に戻り、顎を乗せてだらけた格好をするパン男。
遠くから流れる喧騒に耳を傾けて彼は首をこてんと傾けた。
「祭、楽しそうっすねー。」
それを受けて、巨躯の男は申し訳なさそうに口を開く。
「すまんな。こんな日まで仕事で。」
「ユスティーネのせいじゃないっすよー。どうせ何にもしなくてもやらされてたと思いますし。」
ひらひらと手を振るパン男は唇を尖らせた。
「「森」の人だって呼び出しくらったんでしょ?どーせまた何か企んでんでしょあの人。空気読めないさんとかと一緒に。」
「まあ、企んではおられるだろうな。」
否定出来ないので正直に頷く巨躯、ユスティーネ。
こういう時嘘をつかないと言うかつけないのは彼の美徳だとパン男は思っている。
なので笑った。
「大方お「花」ちゃんをどうこうしたいんでしょうけど。花は花のままで咲いてりゃいいと俺は思うんですけどね。あの人、まるごと握り潰して汁まで絞り取りそうな勢いすよね。」
「聞かれたら首が飛ぶぞ、リズベット。」
黙して苦笑するユスティーネ。
合いの手を入れたのはいつの間にか扉を開けて入って来ていた影男だった。
大分黒っぽくなった茶髪がフードの端から覗いている。手には紙袋を持っていた。
ユスティーネに敬礼して、椅子に座った。
パン男ことリズベットは顔を輝かせて諸手をあげた。
「給仕きたー。」
「人の話を聞け。」
伸ばされた手をはたく影男。
リズベットはえー、という顔をする。
「聞こえても大丈夫なように話してんじゃんよー。水くれよ水ー。」
「誰かが告げ口でもしたらどうする。」
紙袋から瓶を取り出しながら、影男は言った。
それを受け取り、リズベットは笑い返した。
「誰が?」
沈黙する影男。
まあ、居るわけがないのだ。少なくともこの部隊には。
しかしもっと緊張感をもって貰いたいと思うのも本音である。
「祭が終わってからになるが、休暇でも入れるか。」
のんびりとユスティーネが口を開いた。
「まじすかやったー。」
「必要ありません。」
部下たちがそれぞれ感想を述べた。睨み合う。
「何でだよ!いるだろ休暇!」
「どうせ寝るか賭け事するかだろうが。そんなものいらん。」
「お前だって似たようなもんだろ!そんなんだからアンナに振られるんだよ!」
「お前に言われたくないそりゃあリズベットもこんな男お断りするわ!」
互いに言い合って二人仲良く撃沈した。
どうでもいいがこの暗号名が初恋の人の名前と言うのは替えた方が良いかも知らん、とユスティーネは頬をかいた。
ともあれ今日も我が部隊は平常通りである。
【暗号名】[コードネーム]
呼ばれると甘酸っぱい思い出と共に身が引き締まります。