第三十三話:覚醒
「いいところで…君は僕の邪魔をしようというのか?」
辺りを包み込んでいた強烈な閃光が、次第に収まっていった。ロムの右手と化しているレセは、光の収束を見計らっていたのだろう。不気味なうねりをあげ、マリヤに敵意をむき出しにしている。
マリヤは視線を聖へと向けた。未だにレセに捕えられたままだ…身動きしない所を見ると、意識を失っているのだろう。
あの失敗作を与えるなんて…もう、あの人の意思とは無関係にあの腕は人を襲う…
マリヤが見ている間にも、レセと呼ばれた腕は成長していた…当初はロムの腕程しかなかったが、今では餌に餓えた蛇のように、根元からロムの右半身を侵食し始めていた。
「聖さんを放しなさい。私はアヴィズムの諜報兼戦闘員です。私が聖さんを保護します。」
マリヤは毅然と言い放った。
「ふん。僕に命令できるのはあの方…いや、こいつがいれば、僕は誰にも負けない!ははは、もう僕には誰も逆らえないんだ。これほど愉快なことはない。こいつが欲しいんなら、土下座でもしてお願いするんだな。ははっ」
酷い…マリヤは思った。今の言動…前は自信に充ち溢れ、上品な青年であったこの男は…もう手遅れだ。その表情は笑顔で彩られているが、顔は異様なほどに青白かった。目もどんよりと暗く確実に生気をレセに奪い取られているのだろう。
「これは命令です。」
「馬鹿め。これからは僕が命令する立場になるんだ。何でお前のような下賤の輩のいうことなんて…お前は消えろ!!」
レセが主の意に応えようと、聖を捕らえている部分からさらに先端の尖った枝を伸ばし、マリヤに襲いかかった。
「はッ!」
突如、メルシーが渾身の力を込め、ロムの死角…背後から聖を捕らえていたレセに、烈風…俗に言うカマイタチを発した。レセは聖を捕らえていた部分を真っ二つに切られ、鮮血をその傷口から吹き出した。
「うぉぉぉ…くッ、痛い…痛い。よくも…僕のレセを傷つけたな!!」
険しい顔でメルシーを睨めつける。
しかし、メルシーはロムなど眼中になく、地に落ちた聖を風で包み込み自分の元へ引き寄せた。そして、ロムをにらみ返し、勢いよく両手を前に掲げた。
「聖は私が守るんだ。もう指一本聖には触れさせない。」
血を失わない為か、吹き出ている血の後を追うようにメルシーに切られた根本から腕が生えていった。自己修復…しかも、二度と切られない…いや、血という自分の大好物を失わない為により強固になっていっている。その太さはさらに倍に膨れ上がっていた。
ロムは標的をマリヤからメルシーに変え、レセ、それに姿の見えないバロリーに攻撃命令を
だそうとしたが、マリヤがまたもや眩い光と共にレセもろともロムを抑えつける。
「これ以上、あなたを野放しにはできない…元凶はあの男…私も同罪ですが、人であるうちに死んでください…お願いします。レイ・ラルレルグ(光を統べる者)。闇を払い、この方を光のもとへ…」
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…眩しい……
聖の中で朦朧とさまよっていた意識が、眩い光を道しるべに再び自分の世界に舞い戻ってくるのを感じていた。何が起きたのか考える余裕も時間も聖にはなかった。ただあるのは落ち着きのない焦燥のみである。
…早く……早く!!こんなところで気を失っているにはいかない。
しかし、まだ手足の感覚が感じられない…意識は着実に戻りつつあるのに、全身が金縛りにあっているようだ。それは、ロムに絞めつけられた体が悲鳴をあげ、体の主が戻るのを拒絶しているのだった。
…くそ…くそ。所詮僕なんてこの程度なのかな…いや、そんなことは昔から分かってるんだけど、そんなこと言ってる場合じゃないし…メルシー…こんなんじゃまた怒鳴られるだろうな。
目も開けられず、体も言うことを聞かないが、ようやく思考が出来るほど脳内は落ち着きを取り戻していた。しかし、現状は気を失いかけていた頃とさして変わらない。深く明かりの射さない暗闇の奥底でただ一人、そこから抜け出すことも自分を包む暗闇を掴むこともできず、せいぜい目の前の闇を眺めることしかできないのだ。
「情けない、あんな雑魚に手こずるなんて…ふふ、あやつが知ったらどうなるかの。」
誰だろう…でも、僕はこの声を知ってる……昔………どこかで……
「今なら少し会話もできるかの。聖…単刀直入に言おう。もうギルドに関わるのは止めよ。メルシーとも別れ、勉学に専念して穏やかに暮らせ。アミリヤの考えは知らんが、お主に戦闘はむかん。」
…全てが終わったらそんな生活も検討してみようかな。メルシーも付き合ってくれるだろうし…。
「アミリヤでは不満なのか?」
ってこれ夢?それとも死の一歩手前?…真面目に答えちゃったけど…訳が分からないや。
「このままいけば、必ず後悔することになる…お主が選んだ道は、それほど楽な道ではない。いつか理不尽で残酷な死にも直面するだろう。」
………誰………なんだ?僕の……過去を知ってる?…
「それでもこの道を進む覚悟があるというのなら唱えよ。殺さなければ殺される修羅の世界を身をもって…知るといい……妾の……力で……」
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聖は目をゆっくりと開けた。眩い光は依然として輝いていた。その光を浴びて、悲鳴をあげる声が耳に響いてくる。
「聖!!無事か?」
傍らにはメルシーの姿があった。目が赤い…本当にメルシーは精霊なのか疑いたくなるほど人間らしい。
「どうしたんだ聖?どこか痛むのか?」
痛む?…この悲鳴は……ロムだ。地面に両膝をつき、まるで悪霊のように悲痛な叫び声をあげ、異様に顔を歪ませている。この光がロムを苦しめているのかな。
いや、あの腕…あれが苦しめてるんだ。逃げ場を求めようと、ロムの体にまで這いずりまわっている。
自業自得……力を求め、力に溺れた報い……
でも………助けたい。例えエゴでも偽善でも嫌いな人でも、目の前で人が苦しんでいるんだから…
後悔……しないためにも。
「妖光の…深く鈍いその煌めき……地を穿ち…天を切り裂くその刃……汝、主が我が覚悟。我が魂しかと受け止め、解放せしむ。」
結構スランプで、今までで一番時間かかってしまいました。もう書くの辞めようかな〜っと本気で思ったんですが、読んでくれた人に申し訳ないと思い、ぱぱっと書き上げました。今でも少し迷ってますけど…
読んでくれてありがとうございました。ぜひ感想あったらお願いします。