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第三十二話:死神の誘い

 

 「いつまでも睨みあっててもしゃあない。そろそろいくぜ?」


 目の前男はそう言ってほほ笑んでいた。ターシャ達に緊張が走る。遥か格上の存在…ターシャはこの男を一目見たときからそう感じていた。


 このままじゃ…確実に全滅ね…ターシャは左にいるレートニイの方をちらりと目だけで追ってみた。どうやら自分と考えていることは同じのようだ。左足をわずかに後ろに下げつつ、重心も後ろに置いているのが見て分かる。あの男が動き始めたらすぐに逃げられるように…けど……レートニイがターシャの方へと顔を向けた。視線が一瞬交差する。


 目で逃げろと合図を送ってくる……馬鹿ね、足が震えてなければかっこいいのに…………


 エルナは無音の動作で、懐に備えてあった短い双剣を取り出した。そして、双剣を逆手にシザールとの戦闘に備える。それを見た男の顔が、まるで獲物が足掻くさまを楽しんでいるかのような…そんな冷酷な表情へと変貌していった。この状況は、この男にとっては狩りでしかないのだ。しかも、自分が絶対的立場…肉食の獣が、目の前にいる兎を狩る…獣にとっては、ただ目の前にいる兎を殺して食らうだけなのだ…例え兎が刃向っても…逆に獣は喜んで牙を突き刺すだけ。


 無茶よ…エルナのその構えは、目の前にいる男を挑発することにしかならないわ…恐らく相手はアミリヤさん以上の使い手……私でも敵わない…けど…エルナやレートニイを逃がすだけの時間稼ぎなら。


 ターシャはエルナを止めようとするレートニイに口早に言い放った。


 「エルナを連れて逃げなさい。私がこの男を足止めする。」


 レートニイは悔しそうに顔をしかめた。多分分かってる…自分じゃ時間稼ぎにもならないってことを…しかし、エルナは逃げようとはしなかった。双剣をその男の方へ向け、決死の覚悟で叫んだ。


 「いや…私は闘う。こんな奴になんか絶対負けな……」


 ドサッ……レートニイが後ろから、エルナの首筋に手刀をいれ昏倒させた。気を失い倒れたエルナを、レートニイは急いで肩に担いだ。その様を、何故かシザールは黙って見つめている。


 「早く行って!」


 ターシャはシザールを制しながら、行きあぐねているレートニイを大きな声で促した。


 「悪い……」


 そう言ってレートニイはターシャを背に、全速力で駆けだした。ターシャはシザールが追いかけると思い、精霊を出そうとするが、シザールは一歩も動かなかった。


 何故この男はレートニイを追わないの?…未だに動き出す気配すら見せないシザールにターシャは疑惑の眼差しを向けた。


 「何で追わないのか分からないって顔してんなぁ。ひひひ。」


 ようやくシザールが声を発した。微風がターシャを横切っていく。…髪をなびかせながら、ターシャはじっとシザールを見つめていた。どうする…この男は本当に私達を殺す気があるのか…いえ、それよりも問題なのは、この男と聖はどういった繋がりがあるのかってことよ……


 「あんたは聖をどうする気?」


 「おいおい、質問できる立場かよ?あと俺の名はシザール、あんたなんて呼ぶんじゃ…」


 「いいから答えなさい!いでよ、スメターナ。あいつを焼き消せ。」


 ターシャは右手をシザールの方へ伸ばし、唱えた。熱く…そして激しい炎がその右手から発せられた。炎が猛り、上空に立ち上りながら鳥の形を成していく。そして、スメターナはシザールを焼きつくそうと、目では追えないほどの勢いでシザールに襲いかかった。


 「煉獄の火炎に生れし者、ラシヤ・ルーロ。」


 その男は右手を上に掲げ唱えた。その瞬間、巨大な空をも飲み込むような火炎が、スメターナの攻撃を簡単に防ぎ、遥か後方へと弾き飛ばした。そして、スメターナは悲鳴をあげながらその姿を消した。


 ゴォォォォ…地響きを鳴らしながら、ラシヤ・ルーロはその姿を現し始めた。ターシャは今にもここを逃げ出したい衝動を抑えながら、冷静にあたりを見渡した。


 そう、ターシャには見えていたのだ。ラシヤ・ルーロが現れた瞬間、周囲の木々は焼け落ち、足もとの草花は燃え尽きてしまったことを。これは、他の精霊と照らし合わせて考えてみると、何かおかしい。

 

 …精霊が召喚された際、故意に自然を破壊する…そんなこと、この悠久の大地や澄み渡る青空から生まれた精霊が犯すはずがない。それはつまり、彼らは自分の親を…故郷を攻撃することになるのだから。

 

 しかも、あの男の出した…煉獄の火炎と呼んでいたけど、精霊にしてはどこか違和感がある…まるで………悪霊のような……


 「……まさか…悪霊?」


 ターシャは無意識に言葉を紡いでいた。しかし、自分で自分の言ったことが信じられなかった。悪霊とは人間の魂を乗っ取った忌むべき存在。禁忌を犯した精霊のことを言う。その禁忌を犯した精霊は、皆例外なく自我を失い本能のままに行動するのだ。それを従えるなんてこと…出来るはずが…ターシャはシザールの傍らに立つ精霊に目を向けた。


 ラシヤ・ルーロと呼ばれた精霊は、シザールの指示を待ち身動き一つしなかった。その精霊の姿も、炎に隠れてよく分からなかったが、真っ黒な皮膚をもち、成人男子に近い体格。いや、それ以上に先ほど退治した精霊の目…見る者を凍りつかせる悲しい目に…あまりに似通っていた。


 「何だ?よく分かったな。ひひ、確かにこいつは一般的に言えば悪霊。能力の優れた人間をベースにした、火炎を司る精霊だ。その炎は全てを焼き尽くし、全てを無に帰す。あのアミリヤの精霊をも凌ぐ力だ。最高の戦闘道具じゃねぇか。」


 シザールは得意げにそう言った。まさか…ターシャは驚愕のあまり声が出なかった。体が凍りついたように動かない。ただその心臓の鼓動だけが耳に響いていた。アミリヤの名が出たことも驚いたが、それ以上に人間を悪霊を作る材料の如く言い放ったことが信じられなかった。しかし、現に今目の前にいる男は悪霊を操り、戦闘の道具と称した……戦闘の道具…


 「ひひ、驚いて声も出ないか?そうだ…俺の精霊を当てた褒美だ。何故あいつらを逃がしたか…教えといてやるよ。」


 一歩一歩近づきながら、シザールは言った。ターシャは動けなかった。シザールとの圧倒的な力の差、決して逃げられない。倒すにしても自分の力では不可能なのだ。せめて聖がいてくれれば…だが、無慈悲にも死神の死へと誘う黒い鎌は、確実にターシャの喉元に当てられていた。


 「アヴィズムの五級戦闘員がこの森を包囲してんだよ。総勢三十名。この森からお前らが出たら殺せと命じてある。あんな弱そうな奴らを相手にすんのも退屈だしな。ついでにお前が心配してた聖には、刺客を送っといたぜ。くそ弱いが、あの腕輪を使ってれば負けはしねぇ…いや、殺しちまってるかもな……ひひひ、最悪死体でもかまわねぇだろう。そうなれば、お前らは聖を悪霊に仕立てる道具ってことになる。せいぜい役に立つんだな。」


 そう言ってターシャの目の前に立ち、喉を右手で締め付けあげた。


 ターシャは自分の意識がだんだんと体から離れていくのを静かに感じていた。……苦しい…こんな最低な奴に負けるなんて………違う…私は……悔しい…スメターナを精霊にした時誓ったんだ……どんな悪霊だろうと私が倒す………そう…聖は私が守るって……


 「東の煙霞…西の焔よ…この大地に溢れる炎を食らえ…我がスメターナの声を聞け。」

 

 ターシャは虚ろな目でそう呟き始めた。意識があるかどうかも定かではない。目に見える何かをただ読んでいるだけのような…シザールは訝しみながらもそう感じていた。少なくとも、ターシャの声に力強さなど全く感じないのだ。しかし、幾つもの死地を乗り越えてきたものが感じる直感…シザールの窮地をいつも助けてきた相棒が、この場を急いで離れろと脳に信号を送ってくるのだった。


 「我は炎に選ばれし者…我が声に従え。今こそ応えよ。遥かな時に君臨せし鳳凰として、目の前の敵を打ち消さん。」


 シザールは咄嗟に逆の手でターシャの喉元を、袖に忍ばせていた短剣で切りつけようとした。


 今ここで殺す気はなかったんだがな…しゃあない。これは恐らく…こいつの言霊だ。


 シザールはそう考え、すぐに息の根を止めようとした。ターシャの方は、未だに虚ろな目で一人呟いていた。シザールはターシャの体が、内の精霊の異常な熱気で体温をどんどん上昇させていくのを感じていた。掴んでいる手が熱さで限界に近い…この異常な現象に、シザールは久しぶりに焦りを覚えていた。


 「死ね!!!!」



そろそろクライマックス突入!!!!しそうです。

読んでくれてありがとうございました。ためになるので、何か一言あったらお願いします。

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