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ヤンデレ聖騎士くん、元勇者にヤンキーと呼ばれる。



世界は白く、自分の手も一緒に白に消えそうだった。


両親は死んだ。食べる物を探してただただ歩いて、お腹が空いて動けない。餓死が先か凍死が先か―――せめて、苦しくない方で、消えてしまいたい……。


体に圧し掛かる雪が苦しい。視力がどんどん弱く途切れてきたけれど、あの時、気まぐれに顔を見せた月と、自分を見つけてくれた彼女の金の髪だけは覚えている―――。










「クーの字は丸っこくて可愛いですね」

「うっせー!」



抱きついてからかってくるのは、この屋敷の一人娘であるリーン。俺を見つけ屋敷に招いてくれるだけでなく、兄妹として迎え入れてくれた。


リーンの両親もとても良い人で、俺は領主の息子として十分すぎることを学んだ。剣の稽古だって、高名な人を師匠として引っ張って来てくれた。

リーンの母親は最初は少し戸惑っていたけれど、熱を出した俺を一晩寝ずに看病してくれたりと、愛してくれた。


リーンは俺にべったりで、きゃいきゃいとからかう。色んなお気に入りの可愛いリボンを宝石箱から引っ張り出して、俺の伸びた髪と自分の髪を結ってお揃いにしていた。


木登りだってしたし、小川を越えて花畑でどっちが早く花輪を作れるか競争した。

こっそり夜に置きだして、一緒のベッドでこそこそと喋ったり遊んでいるうちに眠ってしまって怒られたこともある。



けれど、やがて俺とリーンが二人っきりでいると、皆困った顔をするようになった。

……分かってる。もう子供じゃない。――俺とリーンは本来、立場が違う。



「キスして、くださいな」



木漏れ日の下で見る紅茶色の瞳は、どこまでも穏やかで好きだった。

対して俺の色の違う二つの目はどうなんだろう。リーンが「美味しそう」と八重歯を見せて笑った俺の、目は。


「…頬じゃないんですね?」

「…ばぁーか」


頬にしたら、怒ったくせに。





「――――聖女?私が?」


リーンが、教会の使いに怯えて俺の背に隠れる。


リーンの両親も一生懸命俺たちを隠そうとしながら、「どういうことです!?」と問いただす。


「司祭様がお決めになられたのだ。…魔女と断じられないだけ運が良いと思え」


その言葉は、どちらかというと「頼むから従ってくれ」と願う気持ちが滲んでいた。


―――俺たちが住んでいる地方の司祭様は、すごい御力を持っているらしいが変人だった。


まず気分次第で判決が変わる。

…例えばただの花売り娘が魔女と引っ張り出され、処刑されたことがある。理由は「あの花が嫌いだから」。

もしくは娘を捕えたのに途中で判決を変え、しかし釈放したくせに、娘は帰ることもなかった。

売られたのか囲われたのか。……とても優しい娘だったから、その街の人間は皆怒りを覚えたらしいけれど―――大雨の際に川を沈め山を宥め、日照りの土地に雨を降らすことの出来る司祭に何て抗議が出来よう?


(リーンの特技の何を、聖女と崇めるんだ?)


リーンは気配に敏感だった。重い物を軽い物に変ずることができた。―――それだけだ。


それが何の役に立つ?白魔法使いの才能があるのかもしれないけれど、それだけだろうに。



「クー!やだやだッ、離して!」

「リーン!―――ッ、離せよ!!」



俺はあの日の無力を忘れない。


あの日、馬車の窓から、精一杯「たすけて」と伸ばした腕を、掴むことすらできなかった自分を許さない。絶対にッ。


(もう一度、あの手を掴んでみせる)



―――俺は、家から飛び出した。


剣一本。これが俺の始まり。底辺からじわじわと、自分の命を魔物の前に曝してでも、媚びてでも…!絶対上に這い上がる。下から上がったからこそ、確かな支持が手に入る。


そうして聖騎士に成り上がれたとき。――ああやっと会えた。ずっとずっと会いたかった!



「クー!」



本当は駄目だけれど、こっそりと庭園に入った。


リーンは擦れずに、あの木漏れ日の下で見つめたときと同じ瞳のまま、心底嬉しそうに涙を滲ませて駆け寄ってきた。白い法衣が忌々しいほどに似合っていた。


「クー、本当にクーだったんですね…!どうして我が家の家名を名乗ってないんですか?お父様とお母様は?」

「そこは色々と…義父さんも義母さんも元気だ。葡萄祭りに義父さんが滑ってぎっくり腰になったらしいけどな」

「あっはは!お父様ったら相変わらず!ドジっ子可愛いですねぇ!」

「ああ、そうだな―――」


満足に外にも出れないリーン。


血反吐を吐きながら、嘘の奇跡でやり過ごさなければ、実の親も自分も守れないリーン。



いつか絶対逃がしてやる。絶対に。―――その誓いが、無様にも揺らぎそうになるほどの瞳を、リーンの背後に見た。



「ああクー、この子はね、司祭様の娘さん」


「私の親友なの。ひとりぼっちの私を、ずっと励ましてくれたのよ」



ちがう。


リーン、そいつは。そいつは、お前を真っ暗闇に引きずり込もうとする、化け物だ―――。











リーンから、魔女の呪いを貰った。


まったく何て愚かなことを!今この不安定な最中、あの屑どもに付け入る隙を与えるつもりか!?


リーンが抜け出したのはもうバレている…!抜け出した先が露見したらどうなるか!!



(この魔女の首を手土産に、リーンの命を繋げなければ)



もしくは、ひっ捕らえて教会に付きだし、時間を稼ぐか…?―――でも、それはあの司祭どもと同じじゃないのか?


「――――そうだとしても、俺は引けないッ」


魔女の店、噂通りの場所に行けども見つからないが――俺はリーンの聖騎士、リーンの力は俺の力だ。


(あの木……他のと違うな。"隠し"の一柱か!)


ナイフで「歪み」を刺す。


じわりと紫の液体が零れて、うっすらと屋敷が見えた。



(明かりが点いてる―――)



そっと馬から降りる。

静かに進むと、空気に異常が――不法侵入者へと、まっすぐ矢が飛んできた。剣で叩き斬った後の一呼吸を、木陰に潜む男に突かれたが、何とか避ける。



「む、やっぱ若いのは反射が良いな」



月光に剣の先を照らして、男は呑気なご感想をくださった。


どうせ魔女の手先だろう。まあこんな貫禄の無い30ぐらいのおっさんなんて敵じゃない。


「息子と同い年っぽいのを間違って殺したなんて嫌だからな、名前と目的を教えてもらおうか?」

「クースウェル……魔女を殺しに来た―――から、とっとと失せろおっさんが!!」

「おっさん!?」


やたら馴れ馴れしいのが苛々する。

俺は下から斬り上げると、次は首を狙った。…避けるか。突いて、袈裟懸けに。……。


「ははあ、なかなかだな。若いのに、優秀だ、ぞ!」

「くっ」


んだよこのおっさん、力の調節といい避け方といい、教官よりも上手い。


俺の自滅を待つ気か?消極的だ―――がな!


「せぇい!」

「ちょ…っ!」


俺は舐められるのが一番嫌いだッ。


ハッ、蹴りは邪道みたいな顔しやがって甘ちゃんが!俺は物語の騎士様とは違う、どんなに汚かろうが敵はぶっ殺す、手を抜いたら終いだ!


「っ、げほっ!―――っと、」


体勢が乱れたところを襲ったのに、数回斬りかかって交差するにまで至ったのは評価するが、足癖悪い奴に愚かな選択だな。


俺は力を抜き火花を散らしながら刃を滑らせ、持ち手を変えると柄頭で顔を殴りつけた。


これもリーンの重量操作の恩恵だ。一瞬で剣をペン並みに軽くし、一瞬で元に戻してやった。


目をやっただろう男の横腹を蹴る―――が、無効か。おっさんは、片腕で足を食い止めた。



「元勇者を…ナメんなよ―――この…ヤンキーがあああああああ!!」



おっさんは剣を捨てると、踏み込んで俺の横っ面に拳を入れた。


その後ゴロゴロ転がりながらも殴り合い押し付け合いをしていると、おっさんはハッとした顔で、


「アリスとの結婚指輪がっ(´;ω; `)」


血の滲んだ結婚指輪。…チッ、無駄に痛いと思ったらこれか屑がッ!


反撃したいが頭がグラグラする。渾身の力で無防備なおっさんの首に手刀を入れたが、よろめいただけで上から退かない―――くそ、くっそ…!!



「男の人って、どうして転がりながら殴り合うのを好むのかしらねえ」



鼻血か口が切れたゆえの血か、頬を伝わって落ちるものが気持ち悪い――のを越えるほどに、この魔女の声は気持ち悪い。


「アリス!駄目だ、こんなヤンキーの前に来ちゃ……」

「まあ、アーサー、あなたもその子もどっこいどっこいに酷いわよ?」

「(´;ω; `)!?」

「でも勇ましくて格好良い。流石私の旦那様だわ」

「だよなー!」


魔女に尻尾を振る男に思わず唾を吐き捨てると、ガッと予期せぬ方に顔を掴まれ抑え込まれた。……この腐臭、元は死体か。



「初めまして聖騎士さん。ご主人様と正反対の狂犬ねえ」

「黙れ魔女がッ例えこの身、呪い殺されようとお前を捕まえ教会に突き出してくれるわ!」

「ふふ、だあいすきなご主人様の疑いを晴らすために?偉い子ねえ。でも、もう無駄よ」

「!」

「時は動いた。あの金髪女は次期大司祭を選ぶ争いに巻き込まれ、魔女と密通した咎により散々に甚振られ凌辱され死んじゃうの。これはね、あの女が私の所に向かう前からすでに決定されていたことなのよ。…でも今なら間に合うわねぇ」



無駄だった。


お前の今までの努力も、俺の殴り込みも、何もかも意味がないのか。お前ほどに清らかな人間が、上で豚みたいに美食と酒を食らう泥水以下の価値も無い奴らのせいで、無残な死を与えられるのか。


―――どいつもこいつも屑ばっかりだ。その中でも珠のようなお前が、何故……。



(今なら、まだ―――)



時間が、ない。


心底冷えた俺は頭を押さえる死体の腕に触れると、リーンの恩恵(これが使えるということは、あいつはまだ無事だ)で軽々と地面に叩きこむ。…おっさんごと巻き込んでな。


血を拭うのも惜しい。急いで馬に乗り、あの忌まわしい教会に戻らねばならない。恐らく歪み月の夜にリーンを攻撃することはあるまい。だが朝日が昇れば、あいつは―――。



「じゃあね、聖騎士様。あなたの運命に、今夜の無礼は許してあげる」

「………。くたばれ、魔女め」



俺は異端を憎む。


憎んで、自分は違うと心に刻む。


オッドアイの色合いが忌むべき色だった。病で親も友人も死ぬなか、俺だけは病に倒れなかった。誰を傷つけても平気だったし、越えられぬ壁は無かった。


―――人はそれを英雄と讃えるが、僅かの差でそれは化け物なのだ。


俺は英雄でいたい。聖女に釣り合う存在に。


そして人間になりたい。リーンの隣を占領できる人間に。……恋人リーンの傍に化け物なんて、いちゃいけないんだから。



俺こそが、リーンに相応しいのだから。








―――数日後、新聞には大きくこう見出しがあるだろう。「詐欺女が逃げ出した」と。


司祭は惨殺、教会付き騎士も殺され、詐欺女(元聖女)と聖騎士はいなくなっていたと。

二人らしき姿が馬で逃げた目撃情報もあり、共犯だったと。


弾き語りはさっそくこれで遊び始め、色んな思惑が交差している中、奴らはまさか思わないであろう。



俺が深い森の中、小屋の隅でひっそりと。リーンに殺され死んでいるなどと。



この俺の死こそが、綺麗なリーンの魂を汚したなどと―――…。






実は続きがある話。






補足:


クーちゃんヤンキー聖騎士くんはどこまでも高みのリーンちゃんも好きだけど、自分みたいに黒く染まっちゃえばいいのになって実は思ってたよ!


でもそんなこと考えてるなんて気付かれたら嫌われちゃう><って思って自分も高みに上がりたかったんだよ!


ちなみにこの二人の恋愛は死んでも続くよ!




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