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誰がために神は在る?  作者: tatibana nozomu
2章 幸せとは何か?

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『足る』を知る者と『足る』を知らぬもの

 人の欲望に際限は無い。そして、金も物も人を幸せにはしない。愛も同じ人を幸せにはしない。どれも足りないと思えばいくら集めようが『これで安心、幸せ』とはならない。


 足るを知る事が無ければ、金も物も愛も無限に求める事が可能だからだ。


 まずは、金だがハイパーインフレーションが存在する。一度発生すれば金は紙切れと化す。よって無限に集めても安心はできない。その価値を維持するために大金持ちがやっている事は金の収集だ。

 そして、それをやったのち市場がインフレしすぎない程度の贅沢をして金を市場に戻すという綱渡りだ。

 この仕組みを理解しているのは、金融経済を牛耳っている支配者たちだ。彼らは確かに金持ちで贅沢な生活を送っている。だが、いつも恐怖と隣り合わせで生きている。金融経済は些細な事から破綻する事を知っているからだ。

 一番幸せなのは、そんな仕組みも分からず、そこそこの資産を得て毎日贅沢をするのではなく、得た金の範囲で贅沢をして、それで満足し生きている人々だ。一般的には中間層と言われている。


 満足して生きている者は多くを求めない。


 与えられたお金の範囲で幸せに生きている。大金持ちとの違いは、ただ一つ。『足る』を知っているのだ。

 この『足る』の最小単位の幸せは『毎日飢えずにご飯が食べられ住む家が在り着る服があること』だ。これで足りていると思えるのなら年収100万でも幸せに生きる事が出来る。


 逆に知らなければ無限に金を持っていようとも幸せには成れない。


 物も同じだ『足りた』と思えなければ地球を支配しようが銀河を支配しようが宇宙を支配しても不幸なままだ。

 では、どうやったら『足る』を知れるのか?実に簡単だ。明日の事、未来の事、他人の事、親の事、兄弟の事、親戚の事、子供の事、全て自分と切り離して考え、明日の事は明日考えればいいし、未来の事も未来の自分が考えればいい、他人の事は他人が、親の事は親が、兄弟の事は兄弟が、親戚の事は親戚が、子供の事は子供が考えれば良いのだ。

 今を生きている自分以外は全て他人なのだから、他人に危害を加える事無く今日の自分を生きて楽しいと思えて眠れたら、それで『足る』を知れる。


 だが、人は無責任に他人に自分の問題を押し付けてくる。それを見捨てたら無責任とか薄情者だとか言ってきて『無責任』に自分の問題解決を押し付けようとしてくる。

「助けてくれたら後で恩返しする」

 『無責任』に自分の問題解決を人に押し付ける人間が恩返しなどする訳がない。


 宗教は言う。良い事をしたのだから後で運が巡ってくる。良い人になれば天国に行ける。だが、創造神は因果応報を行う。「君は、無責任な人間を助けた。では、君も無責任に成れるかね?」と聞いて来る。何らかの問題が発生する。そこで責任を持って自分の問題を自分で解決したとしよう。

 創造神は問う。

「君は責任ある人間関係を望むのか?無責任な人間関係を望むのか?決めてくれ」

 無責任な人間があなたに問題解決を持ちかける。また助けたらあなたは既に矛盾しているのだ。自分の問題を自己解決できる人間は、無責任な人間の要求を飲んではいけないのだ。

「それは、あなたが責任を持って解決するべき問題なので、私は引き受けません」

 これが言えて、自分の問題は自分で解決できる人間に成れば『足る』状態になれる。出来なければ、自分の時間を奪われて『足る』事が出来なくなる。

 薄情と無責任と罵られようとも、自分の人生で自分しか解決できない問題にだけ向き合い、他人に依存して生きようとする無責任な人間を切り捨てる。


 そんな生き方で良いと自分を許せたのなら『足る』を知れるのだ。


 そもそも論なのだが、人は死ぬ事だけは決められている。これを覆す術はない。どれほど金を集めようと物を集めようと死ねば失うものだ。それを安心の為に集める意味が分からない。贅沢な食事、高級な車、一流の服、生きている間には意味があるかもしれない。

 だが、得られる幸福は、失った対価に見合わない。贅沢な食事は、空腹時に食べる新鮮な一杯の卵かけご飯に遠く及ばない。なんなら、高級料理店で100万円出して食べた都会の料理は、田舎の農園で採れる熟れたてのプチトマト一個の美味さに負ける。

 高級な車は自慢できるだろうが、それだけだ。時速制限がある道路では役に立たないし、レースに出場してもスーパーカーには及ばない。自慢できる以外の用途は無い。

 一流の服も褒められるだろうが服を作った職人が凄いだけだ。男性なら腹が出れば無様になり、女性なら年老いれば似合わなくなる。

 金を稼ぐ能力も親から受け継いだだけだったり株や投資で儲けた金では無職に毛が生えた程度の能力しか持てない。


 なので、手に職を持たない人間は根本的に自分自身を褒める事が出来ない。手に職が在れば、それが自分を認める絶対の根拠となる。


 だが無能な金持は、金持ちであるという自尊心だけは大きい。自分で埋めることが出来ない優越感を他人から得ようとする。その為に、自分よりも『足りてない』と思える人間を作り出そうとする。比較し劣っている者を探し『私の方が優れている』と自分を満たそうとする。

 だが、その優越感は諸刃の剣だ。自分より劣っている者を見て喜ぶという事は自分よりも優れた者を見て嫉妬する事になる。そんな世界では頂点の者だけが幸福で、それ以外は下を見て喜び上を見て不幸だと感じる。


 『足りない』者たちのピラミッドの完成だ。


 たった一人だけが優越感に浸るために、互いに下に落とそうとする苛烈な生存競争が始まるのだ。そこでは信頼は無くなるし安全な立場など存在しなくなる。この時点で幸福度は野生動物と同等となる。


 だが、ここで戦う事に疲れて比較を止め、最小単位の幸せで良いと思えたら、人生は逆転する。衣食住以外の全ての金と資産に価値が無くなると、他人に分け与える事が出来るようになる。

 今まで、奪われたらいけないと思っていた金と物が無くなっても問題ない『不要なゴミ』に成り下がる。盗まれてもゴミが減ったと喜べるし、欲しいという人が来たら、処分費用が浮いたと喜べる。今まで積み上げてきた全てが手放す喜びとなる。


 だが、これは自身で衣食住を維持できる者だけが至れる境地だ。


 自分で家事が出来ない者は、金で誰かにやってもらう必要がある。料理、掃除、洗濯これらが自分で出来ないというのはデメリットなのだ。それは「女の仕事」と言っているのなら、男性であるあなたは『生殺与奪の権を全て女性に預けている』事になる。

 その証拠に妻に先立たれた男性は、後を追う事が多く、夫に先立たれた女性は長生きしている。

 女性が居ないと料理も掃除も洗濯も出来ないから、まともな生活が出来ないのに、自分は一人前だと言える神経が分からない。

 生活面で無能な人間が何を誇るのだろうか?金融システムを構築した偉大な知者のおこぼれに預かり、女性を奴隷に出来るだけの金を得て、オムツを変えてもらえる赤子の様に生活していて何を誇るのか?


 自活できない赤子が、偉そうに何を言っているのか?


 多くの女性は自活できる。金は確かに必要だろう。だが、食料が有って電気ガス水道が使えれば生活が出来る。

 家事が出来ない男性は人として生活が出来ない。食事は外食で何とかなるだろう。だが、掃除と洗濯は自身がしなければ出来ないのだ。掃除が出来なければ、部屋は汚れていき、病気になるリスクが増す。自己体調の管理が出来ない人間だと思われる。

 洗濯が出来なければ、不潔な人間だと思われるし、洗濯が不十分なら『スメハラ』と言われる。私は、自己で生活できない者を赤子だと思っている。


 私にとっては、昭和以前の男性は金を稼ぐこと以外は無能な赤子と同じで何も出来ないオムツを履いた裸の王様だ。やりたくない事をしてまで成りたいものではない。それよりも自分で家事も仕事も出来る一人で『足りる』人間に成った方が幸せだと思う。


 そして、子孫と一族の繁栄を求める事にも意味がない。なぜなら、地球には寿命があり、宇宙に人間が移住できる星は存在しないのだから……。人間は地球で生きる事に特化しているからだ。そして、少しでも条件が違えば簡単に死ぬ。

 人間の体は脆弱だし、機械化したとしても脳がネックになるし、脳も機械化したら、それは人間ではない。

 よって子孫繁栄にも意味はない。いずれ消えるのだ。そんなものの延命の為に血道を上げて努力している人たちは自分の人生を楽しむ時間を無駄にしている。なにがどうあっても人類は滅亡する。というか、宇宙に終わりが在る以上、全てが無駄である。


 創造神が創ったドラマの演者として生きる事を否定はしないが、自分の幸せをもっと考えた方が良いと思う。


 さて、愛情だけは『足る』事が難しい。これは、金や物と違って他人に求めている間は、永遠に『足る』事が出来ないからだ。褒められたい。愛されたい。甘やかされたい。これらは全て他人が在って成り立つ、ゆえに他人に奉仕し続けなければ手に入る事が無く、しかも奉仕しても必ず報われるものではない。

 金や物は契約で成り立つので、殆どの場合やった分は回収できる。だが、愛情に関しては契約をしたとしても簡単に反故にされる。金や物は目に見える形があるので回収が容易だが、愛情に関しては形が無い。よって回収が難しいのだ。


 結論を言えば、愛情で『足る』を知る事は出来ない。


 では、どうするのか?自分で自分を愛して、それで満足できるようになればいい。美貌を例に出そう。素敵な異性に美貌を認めてもらいたいと思ったとしよう。化粧や美容やファッションを最大限努力したとしよう。それでも、相手が『足りない』と思えば無駄なのだ。

 そして、例えば相手が『足りた』と思ってくれて、毎日「素敵だね。綺麗だね」と言ってくれたとしよう。だが、年齢を重ねるといつしか『足りない』と思うようになる。もうムリゲーなのだが続けて考察する。

 もし、相手が『足りない』と思う前に結婚できたとしよう。でも『足りない』と思ったら、浮気をされるし「素敵だね。綺麗だね」が嘘になる。ここまでくると、今度はあなたが自分は『足りない』と思うようになる。


 なので、愛情で『足りる』には自分で自分を認めるしかない。


 自分で自分を愛する為には克服しなければならない事がある。それは、他人への執着、他人への支配欲、自分の性欲、承認欲求、他人との比較、これらを克服しなければならない。私は、これを克服するために、ある事を行った。


 私は神様と対話し世界は創造神が創ったドラマだと理解した後で、それぞれの欲求と向き合い、自分が飽きるまで、それを体験させて貰った。執着、支配欲、性欲、承認欲求、比較は自分を幸せにしない事を身を持って体験させて貰った。

 本当に心の底から、もう『たくさんだ。これ以上要らない』と思えるまで向き合った。幸い、私はどれも大金持ちに成らなくても要らないと思えたので、それほど苦労しなかった。


 さて、世界のトップエリートたちは毎日、どんな気持ちで居るのか?


 ああ、私はもう『何もかも足りて幸せだ』と思って生きているのだろうか?答え合わせは簡単だ。金でも物でもいい。足りている人間は、それらをどうするか私は知っている。食べ物がたくさんあるのなら「私には足りていて幸せだから分けてあげる」と言うし、お金なら「余っていて使い道が無いからあげる」と言える。


 足りて無い者は、これが言えない者の事だ。


 足りてないから他人に分け与えられない。さて、世界のトップエリートたちは『足る』を知っているだろうか?富をみんなに配って歩いているという『足る』ものは何人いるだろうか?

 『足りてない』ものは、他人に何も分け与えられない。『足りてない』ものは、その時点で『足る』ものよりも不幸だ。『足りてない』ものは常に不安と恐怖と共に生きている。


 『足る』ものは、安心と満足感と共に生きている。


 よって、『足りてない』ものを羨む必要は無い。あなたも『足る』ものになれば良い。


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