魂と幽霊と怨念と生霊と魑魅魍魎と死神の違い
これは、私が天照大御神様との会話で知った事である。真実は人の数だけ存在するので、これは私が気に入った真実であり、否定しても良い。あなたはあなたが好きな真実を定義して良いのだ。
なので、私の定義で気に入ったものだけをあなたの世界に取り入れればよい。
魂は不滅であり、輪廻転生を繰り返すものであり、その本質は創造神の意思の一部である事、世界を定義し変革する権限を有している。
幽霊は、人間が死んだ時に未練が残っている場合、未練という情報だけが残っている状態。魂は未練を次の人生に持ち越せない為、現世に残していく。なので、未練が解消されれば消える。
その為、よっぽど強い未練でもない限り十年以内には消えている。なので、古代人の幽霊は居ない。
怨念は強い負の感情が魂から分離されたもの、基本的に呪いの対象が生きている限り有効に働く、相手を呪い殺すのではなく、呪って苦しめる。殺したりはしないが、呪われると病気や怪我が絶えなくなる。あと、呪われているせいで無駄に長生きする。
なぜなら、死んだら魂に戻ってしまう為、あらゆる苦痛と苦悩から解放されるからだ。苦しめたい相手を呪う側は簡単に死なせるわけがない。
憎まれっ子世にはばかるというのは、呪われて長生きして苦しんでいるだけなのだ。羨ましがる必要は無い。そもそも長生きすればするほど病気や老衰で不自由になり苦痛も増していくので、健康なうちに死んだ方が幸せである。
生霊は、魂から分離した呪い。そこそこ強い。だが、怨念ほどの強さは無いし、生霊を付けた人間が他に興味を持てば消える。また、神社などで祓う事も出来る。参拝するだけで祓う事が可能だが、それをしたい場合「呪いが解けますようにとか、祓われますように」とお願いするのではなく「神様、在って下さり、ありがとうございます」と伝えるだけで良い。
神様の部分は御祭神が分かっているのなら名指しにした方が良い。神様が居ると認めると神様が存在する事に成るので、神様の仕事である「祓う清める」が自動的に働くことになる。
お願いするのはダメでは無いが、お願いの仕方によっては神様に「こうしろ」と命令したことになるからだ。命令されて嬉しい神様など存在しない。だから、謙虚な心に自信が無い場合は、神様が居る事を認めるだけ良いのだ。自分の態度に自信が無い場合は余計ない事は言わない方が良い。
また願いとはどうしても欲望や執着が入り込んでしまう。例えば呪いの原因が自分にあった時に『自分は悪くない』という思いが入り込むと神様からのアドバイスが聞けなくなる。そのせいで呪いが解けないのに願いを叶えてくれないと神様を恨む事にも繋がるので、願うよりは神様が在る事を認めて直感や言葉や啓示を素直な心で受け止めれる状態を保った方が良いと思う。
お願いする時は「もしよろしければ手助けやアドバイスを頂けると嬉しいです」ぐらいの謙虚さでお願いしなければならない。または、簡易祝詞を唱えるのも良い。「諸々《もろもろ》の禍ごと罪穢れ、祓い給え、清め給え、幸わい給え」ぐらいの短いフレーズで良い。
魑魅魍魎、この世界の負の霊的部分を司り、呪いを運んだりつけたりする。悪ではなく、そういう役目と言うだけ、仲良く成れば呪いを持ち帰ったり、他の人に付け替えたりしてくれる。
こちらも、お願いしたり命令したりすると機嫌を損ねるので、何も願わない方が良い。気に入られれば勝手に色々してくれる。
死は死神の領分であり、魑魅魍魎を含め人間を殺そうとする存在は死神によって阻止される。死神には人間が死ぬ時期を厳格に管理しており、特別な事情が無い限り寿命を迎えれば何があろうと魂を狩る。
ちなみに、認知症と言う病気は、肉体が死んでいないのに魂が狩られた状態を認知症と呼んでいる。本来の寿命を超えて人の手によって生かされた結果、死神により魂だけが狩り取られ、結果として記憶障害が発生している状態だ。
脳は魂とのデータ送受信の機械であり、記憶だと思われているニューロンは、魂というデータベースからデータを取得する為のインデックスでしかない。なので、魂が抜けると新しいデータが更新できなくなるし、過去の記憶が抜け落ちていくのだ。
魂が狩り取られた後、すぐに魂とのリンクが切れる訳では無いので、徐々に記憶を失っていく。
それは、もう人間とは呼べない状態なのだが、それでも他人からは生きているように見える為、それを人と認識して大切に生かし続けている。
自分が誰かも相手が誰かも認識できない状態で生し続ける。
それは、果たして慈悲深い行いなのだろうか?人間としての尊厳を守っていると言えるのだろうか?




