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誰がために神は在る?  作者: tatibana nozomu
2章 幸せとは何か?

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宗教は人を幸せにするのか?

 結論から言えば、宗教とは殆どの場合、人を幸せにはしない。幸せだと勘違いさせ、考える力を奪い、依存させ、それが無ければ生きられないようにする麻薬のようなものだ。


 私は神様の存在を確認した。


 だから、宗教は信じない。理由は簡単だ。直接神と対話できるのに他者が書いた神の言葉を騙った文章なり教えを学ぶ必要が無いのだ。だからといって私は宗教を立ち上げない。理由はみんなに自立して欲しいからだ。


 誰かに依存した時、人は誰かの奴隷になる。


 そこに幸せなどない。誰かに依存するという事は幸せの定義を他者に預けることになる。幸せを自分で定義できなければ他者に振り回されて幸福や不幸を感じて生きることになる。そこに自由は無い。

 かといって私は神様の言いなりになって生きている訳でもないし、神様もそれを望んではいない。だから、神様は私が神様に依存してきたなと思えば沈黙する。私が自立している時はあれこれとアドバイスを言ってくれる。

 神様は明確に声を出す事も出来るが、それをしない。なぜなら神様の声は言霊だからだ。未熟な人間は聞いただけで指示に従ってしまう強制力があるのだ。だから、神様は直感や気分、気持ちを通じてアドバイスしている。


 それを信じるか信じないかは人間に委ねられている。


 私は神様の言いなりにはならない。だから、失敗もする。だが、その失敗で得た経験によって私は世界の理を学んでいくのだ。責任は神様ではなく自分にある。そうでなければ反省が出来ない。反省しなければ成長も出来ない。いつまでも赤子のままで生きて居たいのなら反省しなければいいが、大人にならなければ天国には行けないのだ。


 この地球が好きで生きているのが楽しいのなら無理に成長する必要は無い。


 私は競争が嫌いで、奪うのも奪われるのも嫌いで、誰かに勝利した時も負けた人間の悲しむ顔を見るのが辛いから、この競争が推奨される地球に居たくないと思った。だから、神様にアドバイスを求めたのだ。

 宗教や他人にアドバイスを求めれば、それらの奴隷となる。神様は人間に何も要求しない。神なんて必要ないと言えば沈黙し見守る。助けてと言えばアドバイスをくれる。アドバイスを無視しても見捨てる事は無いし腹を立てる事もない。依存しようとすれば沈黙する。そうして自立を促すのだ。


 何のためか?


 私たち人間が幸せに生きられる性格になるように導いている。見返りは無い。それでも人が幸せに成る姿を見るのが好きだから無償で手助けしてくれるのだ。

 私は予知能力を得た。だが、救世主にも教祖にもならない。神様との対話方法は教える。しかし、私が誰かに神様の名を語り、言葉を騙る事は神様に対する裏切り行為だからしない。


 神様の言葉が必要なら自分で聞きけば良い。


 私は出来た。巫女の血筋でもない。霊能力も無い。権力も金も無い。善良だった訳でない。起訴されていないが暴力も振るった事は有るし、盗んだ事もある。それでも、神様は見捨てる事無く私と会話し奇跡を見せてくれたのだ。


 あなたにも出来るはずだ。一般人で少し悪人の私にも出来たのだから。


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