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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
少女の祈り ーPrayー

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手記72

※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。

苦手な方はご注意ください

「……樋口さん?」


 青白い月明かりの中で、急速に弛緩していく彼女の身体を揺すりながら呼びかけるものの、彼女からの返事はなく、それどころか溢れ出ていた血液の勢いすらも今や殆どなくなっていた。


「目を……開けてよ……」


 まだ、何でこんな事をしたのか聞いてないじゃないか……


 自分で言っていた事だろ?


 これからは、誤解がないように話そうって……ちゃんと言わなきゃ、伝わらないよ……


 ねぇ……お願いだから、目を開けて……この間みたいにいつまでも泣くなって、また叱ってくれ……




 既に大量の血液が失われてしまったからだろう。


 急速に冷たくなっていく彼女の手を無意識に取りながら、オレは温かさの残る赤い水たまりの中、一人涙をこぼす。


 だが、頭の中では何故樋口さんがアルマを刺す演技をしたのか、何故ただひたすらにオレを追い詰めるような事をしたのかを考え続けていたのだが、答えが出そうにはない。


 もう、その答えを聞く事すら永久に叶わないのだ。



 ……ただ、暫くするとどれだけ考えようとも、逃げられない事実が段々とオレの中で重くのしかかり始め、やがて───


「あ、あぁ……お、オレ……自分が……自分が助かりたくて、樋口さんを……あ、あああぁ……あああああああああ!!」


 ───オレは罪の重さに耐えきれなくなり、彼女の手を取ったまま、自分でも訳の分からない事を喚き散らし始めたのだった。


 オレが殺した!!


 自分可愛さに殺したんだ!!友達だったのに!!


 守らなきゃって思っていたのに!!


 何がオレ自身はどうなろうと構わない、だよ!?


 オレも柴田と何も変わらないじゃないか!!


 なぁ……オレが馬鹿だったからこうなったのか?


 オレが弱かったから悪いのか?


 オレが森田の異常さに気づいていなかったから悪いのか?


 オレが樋口さんをもっと信じていたら違ったのか?


 オレに…………オレに、力が無かったからなのか?


 近藤くんのように!柴田のように!清水さんや、森田や、樋口さんのように!


 オレにも力さえあれば、何かを変えられたんじゃないのか!?


 誰でもいい!


 馬鹿なオレに教えてくれよ!


 なぁ!?誰でもいいからさぁ!!!!



 

 最早、奇声に近い叫び声をあげ続けながら、ただひたすらに自問自答を繰り返しているうちに、ふと自分の中で何かが急速に膨らんでいくような……そう、例えるなら長年の疑問が突然解けた時のような感覚が広がると共に、オレは唐突に理解する。


 魂から溢れた波がどうこう……とかの理屈じゃない。


 今自分の中に広がっていくこの妙な感覚が、因果の力そのものなのだと。


 無力を嘆き、力を求め、自らすら代償に行使する異能……それが、オレの中に生まれた力。


 名付けるのであれば〝意思の流れを把握する力〟と呼べるシロモノ……人が放つカルマから感情や行動を読み取る事が出来る、オレの望んだ力だ。



 ただ漫然と望むだけでは届かず、渇望の果てに漸く形を成す為、呪いにも似ているが……樋口さんが使える人は感覚で分かるって言っていたのは、こういう事だったのか……


 オレが彼女を理解したかったと、心の底から後悔した事で………もっと早く、この力があれば……何でオレはいつも……


 ……うん?


 何だ……?


 何か、森の方から変な感触……が……


 何故今更になってこんな力を得たのかと、後悔や色々な感情の混ざった思いが湧き困惑する中、ふいに得体の知れない何かを感じ取ったからか、先程まで樋口さんが視線を向けていた方向へと、オレも視線を向けてみる。


 すると、何かが見えていた訳ではないにも関わらず、目線のその先からとてつもなく悍ましい気配が漂ってくるように思え、オレは咄嗟に身構えた。


 な、何だよアレ……!?


 暗闇で何も見えないはずなのに、オレの本能が全力で逃げろって言っているぞ!?


 全身が総毛立つって、こういう事か……!?


 もしかして、あの火の手って……この正体不明の気配のせい!?


 しかも、段々気配も強く……ク、クソがっ!!


 とにかく、どうにかしてアルマだけでも守らないと!!


 道の先からとんでもない化け物が迫ってきている……気配に当てられたオレはそう考え、意識を失ったままのアルマを急いで再び担ぐと、人の気配の薄い方向へと歩き出そうとした……


 ……だが、歩き出して早々に、視界の端で地面に横たわる樋口さんの姿を見て、オレは思わず足を止めてしまう。

 

 樋口さんも連れて行きたいけれど……流石に二人は無理だよな……


 それに、アズサさんだって……館の中で寝かせたままだから、どうにかして連れ出さなければ……


 ごめん樋口さん……後で必ずまた来るから、今はそのままで我慢していて……



 そんな後ろ髪を引かれるような思いを覚えつつも、今はとにかく意識はないまでも生きている二人が優先だと思い直し、オレは再び館の中へと足を踏み入れた。


 しかし───


「な、何だコレ……?一体何が……!?」


 ───館の中に足を踏み入れた途端、そのあまりの異様さから、あの気配とは違う意味で背中を冷たい汗が流れ落ちる。


「こんなモノ、さっきまでは無かった筈だよな……?」


 パッと見は、先程まで命懸けの鬼ごっこをしていた場所で間違いはない。


 だがしかし、これまでは間違いなく無かったモノが……よく心霊写真で目にする赤いモヤのようなモノが、あたり一面に漂っているのだ。


 幽霊……ではないよな、多分……人の形はしてないし……


 見た目はあくまで霧のようなモノだった為、オレは確認の意味を込めて赤いモヤへと手を伸ばしてみた。


─── マッテ!ヤメテ!ヤメテヨ!


 すると触れた瞬間、聞き覚えのある叫び声が頭の中に響いたが為に、オレは驚きの余り思わずモヤから手を引き抜いてしまう。


 ……い、今の声……間違いなく〝あの時〟の柴田の声だ。


 そんなのが、そこら中にある……って事は、じゃあコレ全部……もしかして、今まで此処で殺された人達の……残留思念みたいなもの?


 散々聞いたあの幻聴の正体は、コレだったのか……?


 それだけ沢山の犠牲者が居るだなんて、ヤツら一体何度オニを作る実験をしたんだよ……?


 い、いや、そんな事今はいい……それよりも、急いでアズサさんの所へ行こう!




 考えていたよりずっと血生臭い事実に戦慄しながらも、オレはアルマを抱えたまま、赤いモヤには触れないようにしつつ、一直線にアズサさんを寝かせた部屋へと戻り、彼女の様子を確認する。


「アズサさん!大変なんです!起きてください!……って言っても、起きてはくれないよなぁ……」


 だがやはり、クレイにやられた影響は大きいのだろう。


 アズサさんは少し苦しそうな表情で気を失ったまま、声を掛けても目覚める気配はない。


 参ったな……流石に二人を抱えて歩く余裕なんてないぞ?


 こうなったら、あの化け物みたいな存在が何処かへ行くまで、此処に隠れて……やりすご………


「……嘘だろ?」


 どうにかこの場でやり過ごせないものかと考えた直後、あの正体不明の気配が近付いてきている事をオレの本能が知らせてくる。


 もしかして、館へ入ってきたのか!?


 ど、どうしよう……!?


 ……だなんて、こうなったらやる事は決まってるじゃないか!


 今度こそ、オレが二人を守るんだ!


 とはいえ、伝わってくる緊張感が樋口さんの比じゃない相手だ。無事では済まないだろう。


 しかも、明らかにこちらを追っても来てるから、逃げ場も無い。


 なんせ、冷気を放ってるんじゃないかってぐらい、冷たい意思の流れがこちらにまで届いているからな……これは多分、殺気ってヤツだ。


 本音を言えば、こんなヤバそうな相手なら今すぐにでも逃げ出したいけれど……もう何も出来ないのはイヤなんだよ!!


 それに、オレだってなりかけとはいえ、化け物さ。


 抵抗ぐらいはしてみせる!


 オレは身体が恐怖で震えるのを感じながらも、こちらへ近付きつつある樋口さん以上の殺気を放つ相手にどうにか立ち向かおうと、アルマをアズサさんの隣に寝かせてから、部屋を後にして、暗闇と静寂が支配する中央通路で敵を迎え討つ事にした。

 


 ……ヤバいな。


 まだ姿が見えないけれど、心臓がやかましい……


 冷や汗も止まらない……


 だけど、確実に何か得体の知れない化け物がこちらへ向かってきているのだけは分かる。


 あぁ……逃げ出したい……いや、ダメだ……例えどんな末路が待っていようとも、卑怯者にだけは絶対になるものか……!


「血の匂いが、濃くなりましたね……」


「ああ、気をつけろよ。」


「ええ。」


 ……来た!!


 話し声が微かに聞こえた後、大小二つの人影が館の入り口方面から現れると、先程よりも明確な敵意をオレへと向けてくる。


 凍えそうな程に冷たい意思の流れの所為で、足が竦む……息が出来ない……な、何だよ、これ……


 生き物が放っていい気配じゃないだろ、こんなの!?


 そうしてオレが恐怖で身を縮こまらせる中、小さな方の影が少し前にでた後、口を開く。


「その目は、獣堕ちですか………しかも、かなり濃い血の匂いがしますね……先程の叫び声や、この館に漂う血の匂いは貴方の仕業とお見受けします。可哀想ですが、もうそうなってしまっては……手の施しようがありません……なら、せめて……」


 アレ……?この声は……


「安らかに……」


 オレがその声が誰のものかを認識した直後、耳元で再び〝その人〟の声が響き、オレは瞬く間に地面へと組み伏せられるのだが……


「ツルギさん待って!オレです!!」


「マ……マサトくん……?」


 ……オレが倒されながらも咄嗟に声を掛けたからか、ツルギさんは酷く驚いた様子でオレを呼んだのだった。

よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。

批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。


ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。


次回更新予定は、通常通り 9月27日(日)18時となります。

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