手記54
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください
その余りにもな惨状に、オレは思わず遺体から目を背けてしまうのだが、目線を逸らした先で開かれた窓と共にある痕跡を見つけてしまい、先にそちらへと近づいて観察をしてみる。
……やっぱり、コレは足跡だ。
正確に言えば、多分靴底に付着した血の跡なのだけど……
この場所にまで飛び散ったか、床についた血痕を踏んだ所為かは定かではないにしろ、腰辺りの高さの窓枠にソレがついているという事は……此処を足場にして、犯人は外へと逃げた?
しかも、薄らと付いているのに乾いた様子が無いとなると……森田くん殺害は、本当についさっきの出来事か?
だとしたら……まさか、オレ達が近付いてくるまで犯人は此処に!?
なら、今追いかければまだ追いつけ───
「マ、マサトくん……ダメ……」
もしかしたら、今から捜索すればまだ犯人を見つけられるかもしれないとオレが考えた直後、いつの間にか隣に並んでいた樋口さんが、真っ青な顔でオレの服の裾を掴みながらこちらを見上げ、首を横に振ってみせる。
その瞬間オレの思考に冷静さが戻り、すぐにでも飛び出したいという気持ちを抑えて、踏みとどまった。
……そうだよな。
こんな事が出来る犯人をオレ一人が追いかけたところで、返り討ちに遭う可能性が高い。
そうなると、元も子もないもんな……
それよりかは、今はまずこの状態の森田くんを布団へ寝かすなり、シーツを掛けるなりしてあげないと。
ただ、流石に入り口で青い顔をしている武田くん達や山岸さんには手伝いを頼めないし、樋口さんも樋口さんでこんな状態だから……
森田くん、ごめん……今はコレだけで我慢してほしい。
そう内心で謝罪をしつつ、追跡を諦めたオレは彼のモノと思われる血痕が飛び散ったままのシーツをベッドから剥ぎ取ると、森田くんの上にそっと掛けた。
「樋口さん、もう行こう……?」
シーツのまだ白かった箇所に真っ赤なシミが少しずつ広がっていくのを眺めながら、隣で同様に佇む樋口さんに一言掛け、オレ達は部屋を後にする。
「な、なぁ……森田は……?」
入り口から確認は出来ずとも、オレ達が何を見ていたのか薄々は分かっているのだろう。
オレが扉を閉めた直後、青い顔の武田くんがそう問いかけたので、オレは言葉ではなく首を横に振る事で返事をすると、彼は沈痛な面持ちで俯いた。
「……これ以上こうして此処に居ても仕方ないから、とりあえず食堂にでも行こうよ。」
「えぇ……そうしましょう……」
「じゃあさ、先に行っててくれよ。その前に、俺……カナデを休ませてくるから。」
重苦しい沈黙が暫く続く中、青木くんからの提案に樋口さんが頷くも、武田くんは先程からずっと何かをブツブツ言っている佐藤くんの様子が気になるらしい。
彼がそう申し出ると、青木くんも佐藤くんの異変を理解しているからか、武田くんへ頷いてみせた。
「あ、うん……分かったよ。リク、お願い。」
「おう……行こう、カナデ。」
だが、そんな二人のやり取りを見ていたオレは、どうにも殺人事件の直後の為か不安な気持ちが抑えきれず、同行を申し出る。
「武田くん達二人だけじゃまずいよ。オレも行こうか?」
なんせ、殺人犯が彷徨いているかもしれないからな。
幾ら何でも危険すぎる!
「いや、俺一人で大丈夫だ。桜井も休んでな。」
「そうだよ。桜井くんも青い顔をしてるから、今はリクに任せた方がいいって。」
「でも……」
「すぐ戻るからさ?心配すんな!」
そうやって少人数での行動に異を唱えたオレを押し切り、武田くんが佐藤くんを連れてこの場を離れると、青木くんが彼の背を見送りながら口を開く。
「じゃあ、僕達は先に食堂へ行こうか。」
その後は、疲労感や不安感の所為で誰一人として口を聞かないまま、昨日の惨劇以降恐らくは誰も使っていないであろう食堂へと、オレ達は足を踏み入れた。
「これから、どうしよう……」
部屋の中心には未だ生々しく痕跡が残る食堂だからか、全員が椅子に腰掛け益々不安そうなまま武田くんを待っていると、不意に呟いた青木くんへ、山岸さんが卓に突っ伏した状態で言葉を返すのだが……
「私に聞かないで……樋口から話を聞いた時は、正直現実感が無かったけどさ……ああやって見ちゃうと……ね……ちょっと、今は何も考えられないってか……考えたくない……」
「僕もだよ……」
……どうやら、二人も相当参っているようだ。
確かに、山岸さんは殺害現場を見るのは初めてだろうしな……青木くんだって、二度目だろうから仕方ないよ。
にしても、直近で……兵士長、清水さん、柴田、近藤くん、中村さんに加え、森田くんの遺体まで見てしまったからか、オレは思ったよりかは耐えられてはいるが……嫌な慣れだ……
……そうそう、それよりも佐藤くんは大丈夫なのだろうか?
ずっと様子がおかしかった事に加え、森田くんの殺害が引き金になったようで、山岸さんや青木くん達よりも酷い恐慌状態に陥っているようにも見えたけれど……いや……にしても、武田くん大丈夫かな?遅くない?
……って、ちょっと待てよ?
今ふと思ったけど、もしかして森田くんが襲われたタイミングってさ……出所不明の叫び声を、オレと佐藤くんだけが聞いた時なのでは……?
時間的に、あの声を聞いてから森田くんの遺体発見までで、恐らくは三十分強から一時間弱といったところだし、充分あり得るぞ。
……だとしたら、ひょっとして佐藤くんはアレが森田くんの声だと考えたのか?
その上で、確かめてもしまったからああなった……?
「流石にさ……今の樋口さんの様子を見て、樋口さんが殺人を犯しているとは、僕も思えないな……というか、あんなの人の仕業には見えないよ……」
「当たり前でしょ……アレ、ゴリラかなんかの仕業じゃないの?部屋中血の海じゃん……」
更に少しの沈黙の後、樋口さんが青い顔のまま俯いている事に青木くんも気付いたらしく不意にそう呟くと、山岸さんが少し呆れた様子で後に続けた。
まぁ、人間の仕業に見えないのは確かだけど……多分、犯人は人間だよな。
まず、動物やオニがやったにしては、犯人の殺意が高すぎるんだよ……
明らかに対象が抵抗出来なくなってからも痛めつけているし、遺体の痕跡からも殺す事自体が目的に思える。
まだ部外者が犯人説も捨てきれないけれど、ナギさんの主義者達についての証言や、外の獣人達がオレ達を逃がさないよう命令されている話などを考えると、やはりオレ達の中に犯人が居るのではないだろうか?
何より、窓の外へ出ようとしている靴の痕跡だってあった訳だしね。
「それか……モンスター、だね。」
「冗談言わないで……なんて、流石に言えないわ……」
まぁ、こんな事が出来るなら最早人間ではなく化け物なわけで……そういう意味でなら、青木くんの言うように犯人は紛れもなくモンスターだ。
……とはいえ、アルマが確かめていないのは、会話が不可能な久我くん達を除けば君嶋さん達と小川くんだけなんだよなぁ。
そして、この中にストーカーと殺人犯が居るとなれば、恐らくは同一人物なのだろう。
元々どちらにも共通して、拘束魔術の影響下でも館の外へ出られるという特性がある以上、残った人数の少なさから見ても、それは明らかなわけで……
清水さんとそれ以外で殺害の手口が全く違っていたから、それぞれ別人だと考えていたけど、森田くん殺害と現在の状況を考えたらね……別々に対処しなくていい分だけはマシかな?
しかしそうなると、樋口さんへDMを出していた等、諸々の事情を含めれば小川くんが最もクロに見えるワケだが、会った際の彼の態度を考えたら違和感というか……腑に落ちないのも確かなのよねぇ……
何か見落としてるのかなぁ……
そうして犯人についてオレが頭を悩ませていると、いつの間にか身体を起こしていた山岸さんが間を置いてから言葉を続ける。
「私さぁ……樋口には悪いけど、こんな状況だからこそ君嶋達を脅してでも、連れて行かないとって思うんだよね……」
「脅してでもって、物騒な……」
……今は犯人が誰かを考えるよりも、これからどうするかを考える方が先か……ならば、残っている面子のうち、まずは君嶋さん達と白石さん達を何とかしないと……
とはいえ、山岸さんの言う通り、君嶋さん達にはそれぐらいしないとダメだとは、オレも思う……それでも、素直に聞くかは怪しいが。
「しょうがないじゃない、友達なんだからほっとくワケにも……それでなくとも、宮坂まであんなんなのよ?」
「宮坂くん……は、確かに女子からすれば、身の危険を感じるだろうね。」
「でしょ?……きっと、君嶋は素直に聞いてくれないだろうけど、白石達も見捨てたくはないし……あーもう!どいつもこいつも、めんどくさいんだよ!!何なの、コレ!?」
「まぁまぁ……」
面倒見の良い性格だからか、山岸さんは険しい表情で声を荒らげると、青木くんが困った様子で彼女を宥める。
すると、それまで黙っていた樋口さんも山岸さんに同調するような調子で口を開いた。
「そうね……もう好き嫌いなんて、言っている場合ではないわ……彼女達の説得については私に考えがあるから、武田くんが戻ったら皆で君嶋さんの部屋へ向かいましょうか。」
「樋口……ありがと……」
「うん。僕に異論はないよ……けど、樋口さん?君嶋さん達を説得する手段って、どうするつもり?」
「……私にしか、出来ない事よ。」
……これは脅すつもりだな。間違いなく。
森田くんの協力が得られなくなったのだから、仕方なくはあるのだけども……
「お待たせー……って、何で樋口が怖い顔してんだよ……桜井、お前また何かやったん?」
「なんでオレ……?」
樋口さんの言外の意味を二人も理解したのか、仕方ないと言いたげに無言で頷いた直後、佐藤くんを送り届けてきた武田くんが無事に帰ってきたのだが、戻ってくるなり酷く人聞きの悪い事をオレへ問い掛けた。
……ん?ちょっと待って?その、〝また〟って何なの……?
オレ、何もしてないよ……?
「そうだな……じゃあ、今から君嶋達の部屋へ行こうぜ?」
「武田くんは休まなくて大丈夫?」
「大丈夫だ。それに、こういうのは早い方がいいだろ?」
「えぇ、そうね。急ぎましょう。」
妙な誤解を解く為にそれまでの会話を武田くんに説明すると、彼もやはり君嶋さん達が気に掛かるのか納得した様子で頷いたので、オレ達はすぐさま君嶋さん達の部屋へと向かう為に食堂を後にする。
「……最悪さ?森田の部屋に連れて行ってあの惨状を見せたら、多分黙って言う事を聞くと思う。」
「余計に勘違いしそうではあるけど……」
「いいんだって……ショック療法、みたいな?」
そんなの下手したら、発狂モノの衝撃なのでは……?
道中、そんな穏やかではない会話を挟みながらも、オレ達は君嶋さん達の部屋へと向かった。
だが……
「部屋の前に誰か居る……?」
……君嶋さん達の部屋がある通路へと入った直後、先頭を歩いていた山岸さんが不意に立ち止まり、そう呟く。
「……あれは、兵士?何で兵士が、君嶋の部屋に?」
「え……?」
続けて発した彼女の言葉に、オレは嫌な予感を覚え、慌てて通路の先に居る人物の姿を確認する。
すると、君嶋さん達の部屋の前には……なんと、クレイが立っていたのだった。
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次回更新予定は 5月31日(日)18時となります




