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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
反転する世界 ーInversionー

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手記19

 先程までの穏やかな雰囲気とは打って変わって、何故か誰もが口を開かないまま歩みを進めている内に、オレ達は館へとたどり着く。


「到着です。詰所からの伝令は既に着いている筈ですから、すぐにお部屋へ戻れると思いますよ。」


 うーん……伝令を出したのなら、やはりツルギさんを待つ必要は無かったのでは?


 これにも何か、目的があるのかな?


「分かりました。今日は色々とありがとうございます。」


 ……ダメだ。


 一度怪しく感じてしまったら、何もかも裏があるのではないかとつい勘繰ってしまう。


「いえいえ、これも役目ですので……そうそう、ひとつ言い忘れておりました。私と話していた事は他の兵士には内緒にしておいてください。これは、貴方達の為です。」


「え?……えぇ、わかりました。」


 彼が声をひそめて呟いた言葉に同意を示すと、ツルギさんは柔らかな笑みを浮かべながら頷いた後、玄関口に居た兵士へ近づき何かを告げた。





 その後、ツルギさんに何かを言われた兵士が戻ってくるまでの間、何故か玄関で待たされていたのだが、間もなくして兵士がクレイの野郎を連れて現れる。


「お二人ともご無事で何よりです。報告を受けた際は驚きましたが、こうして怪我もなくお戻りになられて安心致しました……それにしても、滅多に遭遇する事のないオニに遭遇するとは、本当に災難でしたね。」


 妙に芝居がかったような口調でクレイがそんな言葉を吐いた瞬間、オレはツルギさんから妙な気配を感じた。


 何だろう……?


 さっきまでの穏やかで暖かな感触てはなく、あの一瞬だけ氷のような冷ややかさを、背中越しに彼から感じたような?


 こちらに顔を向けてはいない筈なのに……


「……私はこれで失礼致します。」


「あぁ、貴方もご苦労様でした……それでは、お部屋にご案内致しましょう。」


 オレがそんな事を考えていると、クレイに声をかけられたツルギさんは敬礼らしき所作の後で、詰所へと引き返すかのように見えたのだがーーー


「クレイには、気をつけて。」


「え?」


 オレとすれ違う一瞬、ギリギリ聞こえる程度の声量で再度の警告だけを残して、彼は立ち去ってしまう。


 クレイは扉を開ける為にこちらへ背を向けていたからか気付いてはいないようだが、オレは驚きのあまり思わず振り返ってしまったもののその真意は確かめられないまま、少しの間彼が戻っていった方向に視線を向け続けていた。


「マサトくん?」

「マサト?」


「あ、うん……今、行くよ。」


 入り口の扉が開けられたにも関わらず、オレが明後日の方向を向いていたからか不思議そうな顔の二人に呼ばれたので、気を取り直してオレは二人と連れ立ってクレイに案内されるがまま部屋へと戻る。


 さっきのは、一体何だったのだろう?




「ところで……先程の兵士とは、何か話されたのですか?」


「オニについて、少しだけ……それが何か?」


 部屋に着くなり投げかけられたクレイからの質問に、ツルギさんの警告に従ったオレは最低限の会話をしたとだけ伝えると、クレイは少し考える素振りを見せた後で、笑みを見せながら再び口を開く。


「いえ、あの者も少し無愛想でしてね。少々気になっただけですよ……では、私はこれで失礼致しますね。」


「はい、わざわざありがとうございます。」


 クレイが立ち去ると、樋口さんが廊下の外の様子を伺ってから口を開いた。


「行ったかしら?……それにしても、疲れたわね。」


「そうだね……」


 キミが当たり前のようにオレの部屋に居る事については、最早何も言うまいて……


「……ねぇ、アルマちゃん?まだ夕方だけれど、今から私とお風呂へ行かない?」


 あれ?部屋に戻ったら続きを話すって言ってなかった?


 いや、まぁ……今はアルマもいるし、話自体がしにくいから別に構わないけどさ?


「おふろ?」


「えぇ、この世界の髪のお手入れ道具が分からなくて、私まだこっちに来てから水で洗う以外は出来ていないの……だから、教えて頂戴?」


 こんな時にまで髪がどうこうを気にする辺り、樋口さんも女の子なのだなぁ……まぁ、ツルギさんの警告についても相談したいし、相談はゆっくり話せる時でいいか。


「おて……?」


「……アルマちゃん、普段どうやって髪をキレイにしているの?ツヤツヤだから、ちゃんとキレイにしているのでしょう?」


 手入れという言葉が伝わらない事がわかるや否や、彼女はすぐさま言い方を変えてアルマに問いかける。


 樋口さんのこういう所は、本当に凄いと思うよ。


「はい、と、あぶら、です!はは、きいた!」


 今度は伝わったようだが……油?


 この一週間で一度だけ、夜に部屋を出ると戻ってくるのが遅い時があったんだけど、その際彼女に近付くと良い香りがしていたのは、香油等を使ってきてたからって事なのかな?


 はい、ってのも返事とは発音が違い灰とか肺に近いから、多分昔髪の手入れに使われていたという火山灰とか、草木灰辺りだろう。


 どう使うのかは知らんがね。


「それを、私にも教えてくれる?」


「はい!」


 ……というか、シャンプーは無いにしても衛生の概念が近代に近いのだし、オレ達の世界でも古代からある石鹸なら、この世界であれば当たり前に利用されていそうなものだけどな?


 樋口さんの問いかけに、アルマが楽しげな笑顔を浮かべながら返事を返した後で、オレは湧いてきたそんな疑問を尋ねてみる事にした。


「石鹸は無いの?」


「あるわよ?此処のはあまり泡立ちが良くないし、匂いもイマイチだけれど……それがどうかしたのかしら?」


 オレの問いに何故か酷く嫌そうな顔をしたアルマの隣で、こちらもどうしてだか渋い顔をしながら樋口さんはオレに問い返す。


「じゃあ、髪を洗うのも石鹸でいいんじゃない?」


「……リンスやコンディショナーが無いのに石鹸なんかで髪を洗ったら、必要な油分まで失われて擦れて切れたり、痛んだりしてしまう事を知らないの?」


「そうなんだ?」


 やった事無いから知らないって……


「マサトくんも、もうちょっと髪のお手入れに関心を持ちなさい。じゃないと将来……苦労する事になるわよ?」


 オレの心境をどうしてだか察したらしい樋口さんは、口元にいやらしい笑みを浮かべつつ仰々しく溜めを作りながらそう嘯く。


「大袈裟だよ……あー……そいや、オレもここに来てからまだお風呂使った事無いな。」


「えっ……」


 お風呂の話題だったので何気なく呟いただけなのだが、樋口さんは得体の知れないモノを見た時のような表情でこちらを見つつ、オレの近くに居たアルマを抱き寄せながら距離をとった。


「な、何?」


 何でオニの死体を見た時より、眉が寄っているのですかね?


「ちょっとマサトくん!貴方お風呂に入るまでは、私達に近寄らないでくれる!?あと私、一応あの蒸し風呂を使ってはいるから、一緒になんかしないで!!」


 オレから離れた時点で、何となくそんな事を言われるような気はしていましたよ、えぇ。


「ちゃんと毎日、身体とか頭は拭いておりますが?」


「そういう問題じゃあないわ!第一、そんなのは最低限しかしていないと言うの!!それより、どうして一週間以上も身体を洗わないで平気でいられるのよ!?」


 平気しゃないからこそ、拭いているのだけどね?


 というより……


「いや……だってオレ、昨日まで検査の所為で軟禁状態に置かれてたもんだから、この部屋とトイレ以外に入れなかったんだよ?その間お風呂もダメって言われてたしさぁ?」


 そんな訳なので、しょうがないやん?


「それには同情するけれど、だったら昨日のうちに入りなさい!!私と会う約束だってあったのに!!ありえない!!」


 チッ……会う約束はした覚えが無いけど、耳聡くそこに気付きおったか!


「いやー……何ででしょうね??色々ありすぎて忘れておりました。」


 ……だって、他のクラスメイトと鉢合わせたら気まずくて仕方ないから、しょうがないじゃん!


 浴衣はあっても、殆ど裸なんだぞ!?


 そんな状態で出くわすなんてしてみろ!?


 挙動不審になって、余計遠巻きに見られるようになるに決まってんだろ!?陰キャなめんな!


「ほんっと、信じられないくらいだらしないわね!!………あなたがそんなだと、私の……」


 凄く不満そうな顔で最後に何かを呟いたけど、何て言ったんだ?


「マサト、お風呂、いく?」


「オレも?それは、流石に……」


 両手に花の状態で風呂に入れと?


 それは、幾ら何でもヤバい……


「イヤよ!!私達だけで行きましょ!アルマちゃん!」


 アルマの言葉に不機嫌さを隠さずにそう言うと、樋口さんはアルマの腕を掴んで部屋を後にする。


 やれやれ、本当に騒がしい人だなぁ……


 とはいえ、二人がお風呂から戻ってくるまでは流石にオレも行くわけにはいかないから、暫くは休むとしようか。




「マサトくん、マサトくん…………ねぇ、多分私達……何か、とても大きな思い違いをしているのだと思うわ。」


 それから、たっぷりと三時間程経過した頃だろうか?


 何故かひとりで部屋に帰ってきていたらしい樋口さんが、ソファでうとうとしていたオレをゆすって起こすと、開口一番にそんな事を言い出す。


 尤もアルマが居ない事に関しては、恐らく夕飯の用意の為だろう。


 気付けば窓越しに見える外の風景が、大分暗くなっているしね。


 っと、それよりも……


「……随分といきなりだね?お風呂で何かあったの?それに、勘違いって?」


「実は、部屋を出た後の話なのだけれど……私があの浴場に行こうとしたら、アルマちゃんが髪を洗うならそっちじゃないと言って、私を全く別の場所に案内したのね?」


「別の場所に?」


 浴場じゃなくて?え?キミらお風呂へ行った筈では?


「そう。そこは食堂のすぐ傍で、明らかに後から増設したような造りだったのだけど……その部屋には、何があったと思う?」


「何だろ?うーん…ちょっと想像がつかないな……」


 クイズにしても、それだけじゃあ手懸かりが無さすぎてわかる訳がないでしょうよ?


「ヒントをあげる……私達が見慣れていて、且つお風呂場にある物だわ。」


 一応はくれるんだ?


 とはいえ、それだけでもなぁ……まぁ、さっきの話もある訳だから……


「……じゃあ、シャンプーとか?」


 石鹸と違って、シャンプーの歴史は浅いって聞いた事あるしな。


 意外な物と考えるなら、その辺りだろ。


「残念……私としてもシャンプーがあったらよかったのだけど、そこで見たのはシャワーよ。といっても簡易の物らしくて、プールみたいに壁に固定されているタイプだけれどね。」


「はぁ?シャワーが?」


「そう。ちなみに、使う為にはお湯を予めタンクみたいな所に溜めて、温度も自分で調整しなくちゃいけないみたい。」


 樋口さんの言い方から小物かと思ったら、設備そのものの話だったのね。


 いや、それにしてもシャワーか……アルマはそんなモノがあるだなんて、今まで一言も言わなかったぞ?


「一応、近くにいた兵士に使ってもいいのか確認もしているし、そのついでに使い方も教えてもらってきたから、説明がてらに後で一緒に行きましょうか。」


 兵士に……って事は、アルマはシャワーの使い方を知らなかったって事か。


 なら、そちらにオレを案内しなかったのも納得だが、だとしたらどうやってアルマはシャワー室を知ったのだろう?


 それに、他にも気になる……というか、心配なのが樋口さんだよ。


「それは助かるけれど、大丈夫だった?」


「何が?」


「何がって……樋口さん、大人と話すのが苦手だって言ってたでしょ?」


「……頼ってばかりで、これ以上は貴方に迷惑を掛けたくなかったのよ。だから、それぐらいは私が自分で聞かなきゃね。」


 頼られたような記憶は無いのだけど、彼女としては充分オレを頼っていたって事か?


 それはそれで、ちょっと嬉しいかな。


「迷惑なんて掛けられた憶えは無いよ?」


 ……今朝の出来事は除いて。


「昼間だって、街だけでなくあの兵士と話す事すら、全て貴方に任せてしまったじゃない。だから私としては、充分すぎるぐらいに甘えているわ。」


「そ、そっか………んで、話を戻すけど、シャワーがあるのだとしたら何でアルマは、サウナになってる方をお風呂って言ってたんだろう?」


 余りにも真っ直ぐに臆面も無く言われた為、オレは恥ずかしさのあまり素っ気なく返してしまうのだが、すぐに気を取り直して元の話題で気になった部分を尋ねてみた。


「アルマちゃんに関しては、隠れて暮らしていたみたいだから此処に来るまでの暮らしの所為だとしても、私は根本的に獣人達自体の習慣が原因ではないかと考えているわ。」


「獣人達の習慣?」


「えぇ。まだ推論の段階ではあるけれど獣人達は入浴の習慣が私達とは違って、あちらが彼らにとってのお風呂で間違いないのではないかしら?」


 北欧だったかのように……って事?


 だとしたら、獣人達は別に暑さに弱くないって事になるのでは……なんて、外の警備にも居るのだしその程度なら今更か。


「その証拠に、シャワー室を浴室だとは認識していないからか、見た限りクラスの皆は大浴場の方を使っているの。恐らくマサトくん同様に案内された際、あちらがお風呂だと説明されたのね。私が清水さんと会ったのも、実は大浴場なのよ。」


 そいや、近藤の奴もあの浴場を使っていたな。


「なるほど……いや?お風呂と認識していないのだったら、なおさら何で今回アルマは樋口さんをシャワー室に?」


「お湯が自由に使えるからでしょうね。」


「お湯が?」


「お風呂へ行く前に話したでしょう?水でなら髪を洗った、って。」


「うん。」


「それは、大浴場の水道では冷たい水しか出ないからなのね。でも、シャワー室には大浴場とは違い、確か……蓄熱石だったかしら?そんな名前の原理のよくわからない水を温める道具が置かれていて、時間は多少掛かりはするものの誰でも使っていいらしいの。」


「うーん……それって蓄光石みたいに考えるなら、水と反応して熱を生む石って事だろうね……ちなみに、大浴場とは違うってどういう意味?」


 口に出してからふと思ったが、蓄熱石とやらの特徴だけを聞くと生石灰みたいな石だな?


 とはいっても石灰とは違い、蓄熱石は特に手を加えずとも繰り返し使えるような性質があるのだろう。


 でなければ、好きに使っていいとはならない訳で……


「さっき兵士に聞いただけだから詳しくは知らないけれど、大浴場はかなり大掛かりな魔術で石を熱し続けているらしいわ……話を戻すけれど、だからアルマちゃんも蓄熱石だけを利用していたみたい。」


 口頭での説明だけじゃ大差ないようにも聞こえるが、多分シャワー室の物とは設備の規模が違うって事でいいのかな?


 ……いや、蒸し風呂の方には入る気が無いから、そこはどうでもいいか。


「そっか……でも、温水のシャワーが使えるのはありがたいね。」


「そうね。暖かい季節とはいえ、水浴びは辛いもの。それに、私も久しぶりにちゃんと身体が洗えたおかげで、スッキリしたわ。だから、マサトくんも……って、ついつい話が逸れてしまったけれど、私が本当に話したいのはそういう話ではないのよ。」


「うん?というと?」


 まぁ、シャワーが使えるくらいの話で終わる訳が無いとは思ってはいたけれど、どうやら続きが本題らしい。


「さっきから話が外れてばかりだから、今度はきちんと結論を言うわね?……これらの事から恐らく、この建物は元々獣人達の物だったのではないかって、私は考えているの。」


よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。

批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。


ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。


次回更新予定は 9月28日(日)18時となります。

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