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変わったこと

 六章:選択肢



 ――光が貫いた。


 絶え間なく伸びていく輝きが、機械仕掛けの天蓋を超えて、今再び空へと向かう。舞い上がり、解き放たれる。


 あのときと同じように、数多の蝶が飛び立った。しかしそれは全てを破壊する力ではない。誰も殺めることがないように。誰も犠牲にならないように。暖かな光が全てを包み込んでいく。


 不死の呪いを取り外すのに、どうしてそんな光が何もかもを照らすのかはわからない。ただ科学によってもたらされた非科学な力が、感情に呼応し続けている。異界道具の力を引き出すかのように、共鳴し続けていた。


 神聖な儀式のように目が眩むほど白く満たす。


 メリアは無機質な棺のなかで、暗闇をじっと見上げていた。……頬が緩む。沢山の記憶が頭のなかを巡っていく。


 ――思えば、永劫のように続いた実験のなかで、ワタシはもう涙は枯れきったと思っていたのに。さっきはあんなにみっともなくぼろぼろと。


「…………ワタシは」


 ――自由になりたかった。皆が当然のように持っていた夢だとか、光だとか。そんなものが欲しかった。ワタシはもっと知りたかった。自由になりたかった。死にたくなかった。


 けどそれも、今となっては全て過去形になっていた。


 あのときとはほんの少しだけ、形が変わった。勿論、自由でいたい。ずっと何かを知り続けたい。……死にたくない。


 ただ――あのときは理解してほしかった。苦痛を。孤独を。無力さを。


 でも今は沢山のものを貰っていた。


 嬉しかったことも、泣きたくなったことも、思い出も。まだ自由になってもいないのに、満たされるようにワタシを埋めてくれている。


「……ワタシは、ジンのために何ができるんだろう」


 ――ワタシはまだ、ジンに選択を強いている。殺すこと、殺さないこと。それに……【錆染】の視線。彼は諦めはしないだろう。だというのに、ワタシは自分勝手にこの棺のなか。


 メリア・イクリビタは細い指で暗闇を撫でた。身体から剥がれ落ちていく力の流れが胸から、指先へ。そして光の粒子となって解けていく。


 涙は今度こそ乾いていた。もう、泣き切った。不死が消えてしまうまでの間、真っ直ぐに前を向けるように照らし続ける。


 ――ジンとヴィは光を見上げた。重く響く鐘の音が繰り返し、玲瓏として残響の尾を曳いて行き渡る。静かに耳を傾けていた。


 光が全てを灼いてしまったことを思い出して、深く込み上げた嗚咽を押し殺すように息を呑んだ。


「……よかったんすか」


 ヴィが尋ねる。


「もうあの子は不死じゃない……。この光は力を抽出してるだけっす。見てるだけで、いいんすか?」


「……お前が聞いてくるなよ。別に――殺しが目的だったわけじゃない」


 ただ、前に進みたかった。


 どん底から、振り出しに戻りたかった。


 光を失って後ろばかりを見続ける自分に、何も責めることもなく、否定することもなく、ただ優しくしてくれるヴィに顔も向けることさえできなかったから。


「ヴィコラは俺がどうすればよかったと思う」


「うーん、どんな悪いことをしたって止めないっすよ? 私達はジン、ラブっすから。けどだから――後悔をしない選択をしてほしいっすね? これは私も同意見っす」


 返事の代わりに、ぼんやりと光に視線を戻し見上げた。煙草で思考をごまかそうとして、テンルの亡骸に置いてきたことを思い出す。


 手持ち無沙汰になって、今一度ため息をついた。


「どうしたらいいか分かるかと思ったんだ。……けど、真っ白だな」


 正しく恨むこともできない。純粋に想うこともできない。見えない刃は鈍りきって歪んでいる。……歪まされた。


 自分の弱さが笑えてくる。……だからジンは静かに、手袋を嵌め直した。一歩、踵を返し亀裂を広げていく。


「邪魔するなら……四回目はないぞ。【錆染】」


 足音が軋んでいく。光を呑むように広がる錆ついた塵。鋭い睥睨を向けると、錆びついた外骨格が映り込んだ。


 覆い切った兜の隙間からこぼれ出る瞳の光輝が緋く揺れている。


「ジン・ジェスター、お前だけの方法で受け入れたんだな。……あのときと同じ光を。理解できない。なぜ見上げられる」


 異界道具が激情に震え共鳴していく。半歩、【錆染】は踏み出した。そして互いに、もう半歩。


 張り詰める緊張。近づく間合い。殺し合わなければならない距離。


「ヴィコラの時間は止まったままだ。何もかもをその怪物がぶち壊したから。愛する人のために、自分勝手に善悪もなく命を斬り続けた【無式】はもういない。……お前の刃は何者よりも美しかったのに。お前の刃はヴィコラの刃だったのに」


「――【錆染】。お前が何を言おうと。俺はお前の望む形にはなれないよ」


「嗚呼、しっているさ。親友だからな。だから、祝ってやるよ。自分が正しいと思う事の為に戦えるようになったんだからなぁ……」


 銃槍が伸びた。排熱し、蒸気が広がっていく。


 刃先を向け合うたびに、深くまで互いを、自分自身でズタズタに切り裂いていく感覚がする。苦痛が吐息と混ざり合う。


「親友、お前には沢山のものが残っていたんだ。それを、あの女が。メリア・イクリビタが……ジン、お前が……!! 嗚呼、だからこれ以上壊さないでくれ。ヴィコラの造り上げた傑作を。透き通った刃を。――――壊れる前にオレが止めきゃいけないだろう」


「……どうだろう。案外、今は【無式】として絶好調かもしれない。便利屋として仕事を受けてたんだ。依頼主に自由を教えなきゃいけない。……お前と一緒にいるのが嫌すぎて、せっかく地上に出たのにずっと目を瞑ってたらしいぞ。笑えるだろう?」


「つまらない冗談をべらべらと言う癖だけは変わらないんだなぁ……。ジン・ジェスター!!」


 フェイントもない。異界道具の絡め手もない。小手先の技さえも放棄して、ただ鋭い切っ先だけが眼前に向かう。

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