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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:光へと向かう道
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屈折した光は、眩しく

 五章:光へと向かう道



ジン・ジェスターは瓦礫を踏み締めた矢先、頭を軋ませる鈍痛が広がって、重く膝をついた。【錆染】のやつが、攫ったメリアに随分と好き勝手してくれているらしい。


 くだけた鏡で自分の顔を見下ろすと、鷲掴まれたような痣が浮かんだ。メリアのくれた呪いは健在している。


 その所為で、嫌になるくらい痛みと追憶までもが流れ込んできた。死に至る傷と苦痛だけが流れ込んでくるはずだったが。痛みはどんなものでも伝わるらしい。……胃の痙攣。息の詰まる嗚咽。心臓の下が刺すように傷んだ。痺れる指先に力を込める。


「ッ……【錆染】の糞野郎が」


 悪態を突いた。どうして二度も、ヴィコラとの思い出を見なければならない。無力な自分、未だ時を固めたまま進むことのできない力がむざむざと映し出されていく。


 ――メリア・イクリビタは全てを知っただろう。あいつはメリア・イクリビタの光を消してしまおうとこんな手段を取ったのか?


「気に食わないな……」


 ぼやいた。渦巻く不快感はなんだろうか。メリア・イクリビタに同情でもしたか? 嗚呼、確かに同情の余地はあっただろう。許せるかどうかは別だが。


「【錆染】、お前にメリアの何がわかる? お前が存在を否定する権利なんてないんだよ……」


 ――誰かを犠牲にしないと生きていけないのは誰も変わらない。屍の道が無ければ先に進むことだってできない。メリアも、俺も。


 テンルと対峙したときにもふつふつと湧き上がった歪んだ怒りが、指先の痺れを消した。今もなお嗚咽し、吐瀉するような引き攣りさえも押し込めて、唇を嚙み潰すように血を滲ませる。


「メリア・イクリビタの自由を握り潰していいのは俺だけなんだ……。お前が余計な邪魔をするな。光の根底を塗り潰すな…………」


 誰にも届かない言葉をつづけた。こんな状況になって、最低最悪な光に体が突き動かされている。醜い独占欲が怒りを研いで、メリアから伝う真っ暗な感情を上書きしていく。


 よろよろと、みっともなく立ちあがって、無力に遠い暮れ空を見上げた。ヴィだけが、じっと様子を見続けていた。


「……メリア!!!! お前は欲さなきゃいけないんだよ……! じゃなきゃあ、俺が強いた犠牲はなんのためにある。お前が壊し尽くした奴らはなんのために死んだと思ってるんだ!!」


 咆哮が轟いた。届くことはないだろう。鋭く劈いた叫び声が反響を繰り返し、鈍く空気を震わせ続ける。同時、夕暮れの空を貫くように数多の亀裂を巡らせた。


 嫌になるぐらい感覚は研ぎ澄まされている。ガシャンと、空気が砕け散った。セブンスター海洋島全体に広がる空間の歪みを断ち切るように、薄靄が崩れ解けていく。


「ヴィ。一緒に来てくれるか?」


 静かに振り向いて尋ねた。ヴィは、にへらぁと微笑んで、預かっていた武器を手渡す。アメウズメの銘が刻まれた透き通った槍、その穂先が黄金色の夕日に煌めく。


「そのために武器を修理してやったんすよ? けどいいんすか? わたしがいたら邪魔になるんじゃ」


「【錆染】にとってヴィはヴィコラだ。あいつにとっても弱点になる」


「うっわぁ……。やっぱジンの天職は便利屋っすね」


「どういう意味だ」


 ジンは異界道具の面で顔を隠しながら尋ねた。


「使えるものは全部使うってことっすよ……」


 試し切りのように自分の腕を刃先で撫でると、多量の血が流れ落ちて、空間の中へ消えていく。何度か繰り返した。最後には再生霧を吹きかけて傷口を塞ぐ。


「…………それは、少し違うな」


 いまだにヴィコラの時を動かすことはできずにいた。停滞を行使させている限り、他を止めることはできない。


 嗚呼だが、【錆染】を前にそんな手加減ができるものか?


  ……わからない。けど未だ進むことができないから、メリアの自由を見なければならない。なんて、ひどい願いだろう。【錆染】が怒るのも理解できる。だが、……そうでもなければ進めない。


「ヴィ、悪いが急ぎ足で行く」


 そう言うと、ジンはためらいなくヴィの背と脚へ腕を回し丁寧に抱き抱えた。小さな体躯は軽々と持ち上がって、文字通り足が浮き立つ。


「ふぇぅあ!? っ~。急にこれはどうなんすか? まぁいいっす。それで……【錆染】の居場所はわかるんすか?」


 ヴィは奇妙な吐息を噴き出しながら、慌てるように前髪を整えた。じっと大きな瞳がジンを見上げる。


「地上に辿り着けるルートは1つだけだ。それ以外は停滞キューブだとか、汚染区画だとかでまともな移動はできない」


 ジンは地を蹴った。無数の亀裂を走らせ、手が虚空を掴み加速する。宙へ瞬間的に瓦礫の束を引き出して、踏み台にして疾駆していく。


「……あの子達ときっとまた、戦うことになるっすよ」


 《造り物の規定レグル・レプリク》の少女達のことだろう。ヴィやメリアと同じ、目的を持って造り出された者。【錆染】はどんな想いで彼女たちと行動していたのだろうか。


 考えが巡ると刃はすぐにでも錆びついてしまいそうだった。だから、言葉にしなければならない。そうしなければ保てないほど自分は弱い存在だった。


「そうだろうな。便利屋を始めたときから、誰かの犠牲を強いたときから、喪失と苦痛から逃げることはできない。道はずっと築いてきた。今までと変わりはない」


 光を目指すなら誰かに苦痛と喪失を押し付けなければならない。そのことに、もう躊躇いはしない。……嗚呼、だが。


「今のメリアはそうやって手に入れた自由を手放すだろうな。……自分から。それじゃあダメなんだよ。復讐にならない。彼女が望む自由じゃなきぃけない。それを奪わなきゃいけないんだよ…………」


 ――殺さないで欲しい。メリアが持ち掛けた幼く無垢な約束を反芻した。酷い無茶苦茶だ。苦しみを無責任に手放そうとしているだけだ。だというのに、今はバカにすることもできない。


「ッ……」


 八つ当たりするように瓦礫を一層強く踏み込んだ。さらに加速していく。


「まぁ、同じ方法で上手くいかなかったんだ。変えてみるのも一興だろう」


 光を目指して道を築いた先に、何も得られなかったから。


 愚かで臆病で、人でなしのくせに人間らしい少女の戯言を支えに、消えた光を求め藻掻くことにした。

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