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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
四章:光を灼いた日
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罪の光は、輝いていた

 四章:光を灼いた日




 淡い暮れの残照が遠く高い藍の空を滲ませ、茜差していた。誰も見上げることもなく黙々と瓦礫を踏み締めていく。へしゃげた鉄骨は流れ落ちる水しぶきを受けて、水滴の伝う筋だけが錆びついていた。


「ワタシは――――」


 沈黙のなか、僅かな言葉は残響を曳いた。メリアは一度黙り込む。息を呑んで、流れ落ちる水に映り込む朱色を前に、堪えることもできず目を背けた。


「ワタシはこのあとどうなるわけ? まぁ、ろくなことにならないんでしょうね」


 誰も歩みを止めなかった。振り向くこともない。【錆染】と《造り物の規定レグル・レプリク》達は背を向けたままだった。


「貴方から不死の力を抽出した後、試作品として最期の試験である時間経過における老朽化、耐久性テストを行うでしょう。それは実質的な死を意味しますが、停滞キューブを用いるので途方もない時間を何もできずに過ごすことになります」


 淡々と、それでもエルドラは教えてくれた。……同情かもしれない。無感情そうな声は、流れ落ちる水音にかき消されることもなくハッキリと響いた。


「……不死の呪いは取り除く方法があるわけ?」


「ですが貴女に自由はありません。望みは叶いません。我々は造られたモノです。最初から特定の目的を持って存在するから、生まれたものではなく、造られたものなんです。知っていますよね? 貴女は役目を果たすだけです」


 そんなことは知っている。――誰よりもワタシ自身が、名前につけられた意味は理解している。


 自由がないことも……錆びついた背を追った以上、わかりきっている。ジン・ジェスターは約束を守ろうとしてくれた。早々にワタシを切り捨てればいいだけの選択に、苦渋してくれた。


「けどワタシは貴女が持っていないものを持っているわ?」


 約束を守ろうとしてくれた人、顔を向けて対話してくれた人……。なにもかも彼が初めてだった。想うと、不思議と指先にまで熱が籠もった。


 彼らと歩き進んだ先に望むものは何一つないって分かり切っているのに。――無駄死にさせるつもりか。って、怒られてしまうと分かっているのに。恐怖はなかった。鈍く、痺れるように感覚を鈍らせている。


 メリアはそっと胸に手を置いた。吐く息が震える。じっと【錆染】を見上げると、彼は視線に気づくように一度足を止めた。血錆びた兜で表情を隠したまま振り返り、顔を向ける。


「ワタシは……ジン・ジェスターの大切な誰かを壊してしまったんでしょう? 知りたいの。ワタシが壊したものを。ワタシが何をしてしまったかを。……教えてくれない?」


 声が上擦る。……怖かった。喉の奥が締め付ける。


 ジンが大切に見つめていた冷凍睡眠クライオニクス装置缶。テンルが教会に置いていた装置と同じもの。ヴィの言葉の意味。


 わかってしまいそうだから。…………逃げてはいけない気がした。


「【錆染】……貴方はジン・ジェスターと親しかったんでしょう? 貴方の態度、選択の猶予をくれたこと……何度も彼を止めようとしていたこと。だから、教えて欲しいの」


 瞬間、視界が揺さぶられた。足が宙を浮き、喉が締まる。胸ぐらを掴まれたらしい。身体はたやすく持ち上げられていた。


「ッ……! んぐ……」


 小さく呻くと、【錆染】は我に帰るようにメリアの身体を手放した。どさりと、重く倒れ、何度も嗚咽し噎せ返る。


「生物兵器。お前が壊したのはジンの大切な誰か、だけじゃない。夢も、光も、ジン自身すらも。お前がすべて壊したんだよ。知りたいんだろう? 贖罪をしたいんだろう? 嗚呼、見せてやる。生物兵器、お前が何を壊してしまったかを」


 【錆染】は口元の装甲を下ろし、嘲るように舌を伸ばした。舌に刻まれた紅い紋様が妖しく光輝した。


 見上げると、釘付けになって何もできなくなってくる。


 視界が眩んだ。頭のなかにノイズが何度も走る。白と黒のフラッシュバックを繰り返し、知らない記憶が注ぎ込まれる。


 ――――ヴィコラ・ミコトコヤネ。ジン・ジェスター。【無式】。安全な暮らし……。夢。最後の仕事……。


 無数の言葉と名前がぐるぐると脳を巡り刻まれる。重なり合う轟音と騒音。無数の声。顔。死体。臭い。……吐き気とともに立っていられなくなった。


 瞳が光輝した。力の制御もできずにメリアは膝をついて口元を押さえる。


 相貌を覆う手に力が籠もった。爪が食い込んで血が垂れる。痛みがわからない。


 汗が滲んだ。なにもできなくなってくる。思考に亀裂が走って……。息ができない。


 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も……! 他人の思い出が繰り返される。大切な記憶。ワタシに無いもの。ワタシが壊したもの。


 記憶が押し込まれる。ジン・ジェスターが大切にしていた人。彼の本当の笑顔。ワタシがこわしたもの。


 ワタシが、ワタシが。ワタシが存在したから壊れてしまったんだ。




 光は朦朧として――――砕けた。ガシャンと。



 心臓の下が刺すように痛くて、苦痛だけが残りました。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

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