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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:壊れてしまったものは美しく
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選択の痛み

 無骨な手が、くしゃくしゃと黒い髪を撫でると、ヴィは忌避するように顔を俯ける。


「…………やっぱりお前はヴィコラなんだな。【無式】のことを想ってやまない」


 覆われた相貌の奧から苛立ちが滲む。ヴィを撫でる手に力が籠った。


「……嗚呼、ジン。どうして目の前にあったはずの幸せを掴み直さない? けど、チャンスをやろう! お前にとっては偽物のヴィコラと、生物兵器(メリア)を交換しよう。選べばいい」


 ジンは静かに武器を収めた。沈黙し、ヴィを見据える。


「……ジンが望む答えなら。わたしはどんなことでも後悔はしないっす」


 小さな声だった。だというのに、嫌になるくらい響いていく。残響が、脳裏に刻まれていく。


 沢山の視線が向いていた。メリア、ヴィ……造られた少女達。誰も彼も、ラインフォードが産み出した造り物。呪いのように、透き通った眼差しばかりが突き刺してくる。


「どうした? 答えが出せないのか? 今のヴィコラを選べないか? そんなに昔見ていた幸せを捨てきれないか? それとも、何もかもを滅茶苦茶にしたその女に情でも湧いたか?」


 【錆染】は淡々と吐き捨てるように言った。……息が詰まる。僅かな間の沈黙が永遠と長く錯覚してしまいそうで、嫌気が差すぐらい眩暈がした。


 ――――自分は酷く我儘だ。ヴィをヴィコラとして認識できず、何もないメリアに自由を与えて奪うためだけに同行するろくでなし。だというのに、敵に二人の面影を重ねて……殺意が鈍った。なんて滑稽なことか。


 自嘲で頬が釣り上がった。答えも出せないまま黙り続ける。


 何かを選ぶことが苦痛だから。光もないのに前へ進むことができないから。だから何もできずに、ジンはただ息を呑んだ。


「…………」


 メリアを差し出せばいいだけだ。僅かにでも見えた光はそれだけで無くなるだろうから。彼女は失意と絶望に呑まれてくれるだろう。復讐ごとき、妥協すればいい。自由を与える約束を果たす道理はない。


 元より、機会だけを伺う卑劣な人間が自分だろう。……なぜ何もできない。ヴィは、ヴィコラが残してくれた大切な人だろう。どこまで自分勝手に我執を押し通そうとする。


「……俺はお前と違って何も守れないだろうな。……何も残っちゃいない。【無式】らしい末路だろう。……何も選べないんだからな」


「何もないだと? お前は自分を見ることもできないのか」


 底冷めた声が低く響いた。失望するように、【錆染】は脱力しながらヴィに銃槍を向ける。


「ならお前から本当に色を奪ってやる。そうすればお前は自分の言葉の意味を知るぞ。復讐以上に、虚無がお前を満たしてくれる。苦痛を癒やしてくれるだろうな」


 【錆染】は仕事で冗談を口にはしない。最後の通告をしてくれていた。【無式】でいた頃のジン・ジェスターのために、ヒーローをやめてくれている。


 ……それでも、途方に暮れることしかできない。


 ジンは動けなかった。なんとか、指先が空間に亀裂を走らせようとも、作用しない。【錆染】の塵を押し返すこともできない。異界道具を動かす感情の力が枯渇し切っていた。頬をヒリつく涙の痕が渇き痛む。


「ワタシが差し出されればいいんでしょう? 便利屋」


 玲瓏とした声が張り詰めた緊張の糸を震わせた。静寂が生まれると、遠い水音が残響を鳴り渡らせる。


 メリアが毅然として前に歩み出た。《造り物の規定》の少女達が警戒するように刃先を、銃口を向けたが、【錆染】が手振りで制止した。


「ワタシのたった一人の友人を傷つけないで欲しいの。それに、全部ワタシが発端なら、……自由よりもケリを着けることを選ぶわ?」


 紫紺の瞳が、冷凍睡眠クライオニクス装置缶の置かれていた場所をジッと映し出す。そこにはもう何もなかった。


「永遠の時間を真っ白な場所で過ごすだけだったはずなのに。相当贅沢できた方じゃない? ……短い間だったけど、数百年、数千年とずっと意識だけが生きてきて……今日が一番良い日だったわ? そう、思えたのは貴方のおかげよ。ジン・ジェスター」


 メリア・イクリビタが【錆染】の元まで歩み寄った。ジンは何も言うことのできないまま、ただ顛末を見つめていた。


 ――痛み。沢山の痛みだけしか知覚できない。


「なら、これで任務は終わりだな。撤収しよう。余計な恨みを買う主義はないんでな。ヒーローは後を濁さない。そうだろう?」


 威勢のいい【錆染】の声が寂しげに響く。誰も問いに答えなかった。無骨な手が、優しくヴィを手放し、巻き込んですまなかったと。小さなぼやきを残し彼らは離れていく。


 ぼろぼろに風化した部屋のなか、無力な便利屋と、造られたヴィコラだけが残された。

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