塗り潰された色
火が砕けるように無数の光が飛び散る。刃と刃が打ち合い、眼前にまで互いの相貌が至近する。ジンは歯を軋ませていた。【錆染】は重々しい金属の面から僅かな呼気を零し、強く前へ踏み込んでいく。
「さぁ、ジン・ジェスター。お前はどこまでやれる? 敵はオレだけじゃないんだ! オレには仲間がいるからな!」
斬撃の円弧が穂先に弾かれ捻れる。斬閃と打突の応酬。最中、【錆染】から滲み広がる塵が周囲の何もかもを風化させていく。相殺するようにジンは何条もの亀裂を走らせ続けた。異界道具の浸蝕作用が互いを喰い呑む。
拮抗した鍔迫り合いを、背後から銃声が劈いた。《造り物の規定》の少女たちの援護射撃だ。
確信と同時、ジンは即座に身を翻し弾丸を弾き避けるも、前方、【錆染】は連携して距離を詰めた。振るう槍が腕を掠める。穂先から零れ出る紫電の流れが僅かながらも身を焼いた。
「一人じゃ勝てないからあんな子供をぞろぞろ連れてきたのか? 準備がいいやつだな。【錆染】」
「そうさ。お前は強かったからな。今は違うが。――立ち尽くせ。【錆果てた矜持】」
【錆染】のくぐもった声が異界道具の力を行使するための言葉を唱える。瞬間、大盾に体が引き寄せられた。地に着いていた足が浮かび、非科学的な引力が、ジンを大盾へ肉薄させる。
「ッ――あんまこれは使いたくねえんだよ」
ぼやきながら、大盾へ擲弾を放った。それは互いを巻き込むように破裂し、轟音と血しぶきを広げる。
爆風と砂塵が視界を覆った。追撃が来ないという事実が、視界より先に【錆染】に距離を取らせたことを理解させる。
「オレ達は仲間だったからな。互いに手のうちはわかってるだろう? 輸血パック、血の爆弾。……全部無意味だ。オレはお前の血に触れるような真似はしない。まぁ、したところで血が錆になるだけだがな!」
言葉と共に視界が晴れた。【錆染】と対峙するなか、視界を翠と紫の蝶が無数に瞬き掠める。ジンは腹部に強い痛みを覚えた。
メリアが受けた傷が呪いとなって肉体に傷を刻んでいく。同時、すぐ横で何かが爆ぜた。爆風を突き抜けるようにメリアの体躯が宙を舞う。ジンは咄嗟に受け止め、態勢を取り直させた。
「メリア、無理はしなくていい。俺たちの目的は勝つことじゃない。それにお前の身体も、廃棄前提だったなら戦闘用じゃない」
「けどあの子達がワタシを見逃してくれると思えないわ?」
メリアは血走った眼を造られた少女達へ向けた。長い銀の髪を乱し、異界道具の槍を縦横無尽に振るい薙ぐ。だが、《造り物の規定》達は集団で、交互に距離を詰め切り替えた。交錯する刃の軌跡。無数の弾丸。そのたびに、激しい火花と金属音が耳鳴りを響かせる。
一人を仰け反らせようとも、致命傷を入れるより前にもう一人が攻撃を打ち流す。【玲槍アムリタ】が光輝すれば、空間を消し飛ばす光の蓄積を妨げんと錆の塵が充満し、ジンが相殺する間に少女達が追撃を重ねる。
『ギイイイイイイイイイ!!』
やがて、怪物のごとき叫びが嘶いた。《造り物の規定》の隊長が、空間を切り裂いてメリアの目前にまで迫り、赤黒く蠢く刀身で突き穿つ。
その切っ先が、メリアの柔らかな肌を貫く刹那、エルドラが切り裂いた空間の亀裂に、ジンは亀裂を重ねた。自身の血を何もない場所から取り出すと、大量の赤い飛沫がエルドラの全身を濡らしていく。
あとは仕舞うだけだった。一人でも仕留めれば状況は好転するだろうと。ジン・ジェスターはすぐに力の行使を行おうとして――――。
「ッ――!」
目が合った。同じ顔の少女。ヴィやメリアと同じ、造り物の少女と。目的のためだけに造られたはずの敵は、引き攣った頬を硬直させたまま、達観もできず、抗い藻掻くように、瞳だけが震えていた。細く縮こまった瞳孔がジンを見据え、小さな口が言葉にならない何かをぼやく。
たったそれだけの事象が、ジン・ジェスターの動きを鈍らせた。
「だから言ったんだ。弱くなったと!」
【錆染】の声が重く響いた。ほんの一瞬の躊躇が何もかもを台無しにするように、銃槍から放たれた雷炎が胸部を灼き掠める。皮膚の一部が持っていかれた。それ以上に、苦痛が閃光と共に走る。火花が眼球に散った。
「……最悪だ。そんな奴らをよりによって……連れてくるなよ」
息もできない痛みを受けて、ジンは痛みよりも、自身の愚行に呻いた。頭が真っ白になってくる。とっくに壊れていたなにかが、原型も残さず砕け散るように。どうしようもなく力が抜けた。
メリアが庇うように前に出る。
紫紺の光輝は、他人の光はあまりに眩く、すぐにでも穂先が全てを貫けることが理解できた。だが、放てなかった。
「……チェックメイトだ。ジン・ジェスター。お前は責任も何もかも投げ捨てたくせに執着しているんだ。信念もないのに、守らなきゃいけない奴が多すぎるんだよ」
【錆染】は造られたヴィコラを人質に取っていた。




