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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:壊れてしまったものは美しく
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錆びた矜持、色なき光

挿絵(By みてみん)



 重い金属音が地面を踏み鳴らした。生体機動回路バイオアクチュエータが紫電を帯びて駆動する振動が響いていく。


 全身を覆う錆色の外骨格は、生きているように青い液体を関節部に流動させ、やがて多量の蒸気を漏らした。


「……【錆染】。随分と派手な登場だな」


「オレの色に相応しいだろう? 親友」


 【錆染】は堂々と対峙した。眼前に向かう無骨な銃槍が、色を与えられた恐れるべき便利屋と敵対した事実を否応なく理解させる。


 友であり、同期の数少ない生き残りであり、同じ便利屋。理解者だった男。


 だが、逡巡は無かった。考えるよりも先に、互いに切っ先を向け合っていた。


「ジンから離れて」


 メリアは【玲槍アムリタ】を構えた。無数の蝶の羽ばたきが宙を舞うと、すぐにでも力を行使できることを示すように穂先が強く光輝していく。


「おっと、残念だがそれには従えないな。なにせ従うのはお前らだ。錆色はいつだって薄汚れた都市と組織の秩序だからな」


 フルフェイスのマスクが僅かに駆動すると、勝ち誇った笑みだけが空気に触れた。……無数の足音が近づいてくる。


「ヴィコラ・ミコトコヤネ様、ジン・ジェスター様。わたし達の目的はあなた方ではなく、そこの被検体です。どうか無駄な行動はせずに協力をお願いします」


 姿を見せたのは同じ顔の少女達だった。整った顔に表情はなく、淡々とそれぞれが武器を構え包囲し、白銀の髪が揺れる。ラインフォード商会に所属していることを示す翠と紫の線の伸びた戦闘服。


「あなた達は……」


 メリアは牙を軋ませて硬直した。――彼女達も造り物だ。同じ薬液の匂い。同じ顔。ラインフォード商会の道具。けど、自分と違う。


 説明されるまでもなく確信できる。彼女達は試作品じゃない。正規品、実戦を行うための肉体と精神だ。


「わたし達以外の姉妹に会うのは初めてかもしれませんね。何の感傷もありませんが。わたし達、仕事を始めましょう」


 《造り物の規定レグル・レプリク》、そのリーダーであるエルドラ・レソラは【肉の細剣】を構えた。


 牙を持つ細く赤い刀身は、ギョロリと眼球を生やし周囲を見渡すと唸り声を鳴らす。空色に染められた髪が非科学的な力に共鳴し、風もなく漂い靡いていた。


「はっ、随分と可愛い子達を連れてきたんだな。養子にでもしたのか?」


 同じ顔。同じ姿。不快だ。砂を噛み潰すように、ジンは表情を歪める。ヴィが、ヴィコラの造り物がどんな表情をしているのか。見ることはできなかった。


「つまらない冗談をべらべらと言う癖だけは変わらないんだな! ジン・ジェスター。変わるべき点はそのまま、変わらずにいるべき美点だけが見えなくなってくるなんて、随分酷い話じゃあないか」


 【錆染】はなんてこともないように会話をしながら、異界道具の力を行使し続けた。身に纏う外骨格ナーヴァ・グラッハから滲み出る砂塵が部屋を巡るパイプ、壁や天井を錆びつかせ、風化させていく。


 プツリと。部屋に置かれていたコンピュータの電源が落ちた。間もなくしてパネルに亀裂が走り、崩れ、土塊へと変わっていく。


「数日ぶりか? 女は男を変えるっていうが。お前は少しは変われたか?」


「地上にまで上がったらしいな。お前基準で喋るのはやめろ。時差を考えろ」


 土埃が絶えず舞い続けていた。いつ、部屋自体が崩れてもおかしくはない。だが、ヴィコラの眠る装置缶の周囲だけは、風化の浸蝕を免れていた。


「部屋ごとぶっ壊すつもりか? ヴィコラが死ぬぞ」


「何を言っている。それが生きていると思うのか? 金のかかる棺桶と何が違う。あー、いや、同じ皮ではあるから、生きているヴィコラが怪我をしたときに移植元は確保できるのか。なるほど」


 ――銃声で不快極まりない言葉を遮り、躊躇いなく引き金を振り絞る。が、【錆染】は巨大な盾によって鋭い弾道を水平にいなした。


 重い金属音が劈く。火花が散り、弾丸と分厚い金属が交錯する間に、ジンはヴィコラの眠る冷凍缶を空間の中に収納した。


「おっと、オレとしたことがしてやられたな」


 【錆染】は演技掛かった口調で口笛を吹かした。防御の隙を突けた訳ではない。与えられた時間だった。彼も、ヴィコラを傷つけるつもりはないのだろう。


「なぁ、ジン。まだ間に合うんだ。偽物の人間、愛しかった家族の模造品。親友だった敵。お前にとっては全部が全部、真っ暗でお前を傷つけるように見えてるのかもしれないが、違う。オレ達はまだ敵対せずに済むんだ」


 刃を向けたまま【錆染】は訴えた。ヘラヘラとした笑みはなく、硬く歯を食い縛っている。《造り物の規定レグル・レプリク》の薄気味悪い少女達は、命令を待つかのように整然と武器を構えたままだった。


「テンルは勝手な行動をして勝手に死んだ。お前はメリア・イクリビタをここまで運んだ。あとは俺たちが運ぶ。それで終わりでいいだろう? 全部終わらせて、ヴィコラと3人で酒でも飲もう。ああ、お前は珈琲かな」


 ヴィとメリアの眼差しが深く突き刺さる。不安げに、どちらを選ぶんだと、問い質されている気がした。


 ――嗚呼、だが違うんだ。ヴィも、メリアもどちらも選べちゃいない。ヴィの願いを無視して、メリアの自由を奪おうとしているだけだ。


 碌でもないことだと分かっている。だから【錆染】は言葉にしてくれている。正しさが、ジン・ジェスターをズタズタに斬り付けている。


「なぁ、ジン。そのあと、こいつらと一緒に食事でもしよう。同じ顔でも、全員違うんだ。ヴィコラ達が同じじゃないようにな」


 そうだ。同じではない。だから苦痛だった。ヴィコラと何も変わらない。性格さえも変わらない少女を前に逃げ出すことしかできなかった。立ち上がれなくなった。今も暗闇のなかだ。光はない。


「無駄死にはあるんだ。救えないこともあるんだ。苦痛もある。それでいいだろう。まだ色付きに戻れるはずだ。透き通った色に、【無式】に」


 血の染みついた手に力が籠もった。かつて与えられた色を、【錆染】は力強く訴えかける。


 指先に熱が籠もる。頭が眩んだ。視界が眩む。ヴィコラが飲んだ酒の空き缶さえ捨てられないまま。彼女がいたときにズレてしまったテーブルの位置さえ直せないまま。


 この部屋は狭く、薄暗く、黴臭くて。俺たちはただ光に照らされたかっただけなのに。もう、何も残っちゃいない。【錆染】は、まだ戻れると言っているが。違う。


「壊れたものは二度と戻らない。【錆染】、壊れたら壊れたまま進むしかないんだよ。俺はずっと真っ暗なんだ。お前の照らす先に、俺の足場はないんだ」


「そうだとも。だから変わればいい。元通りになれとは言っちゃいない。……けど治らないからと周りのものを壊すのは子供のすることだ。先を見ろ。前へ進むべきだろう。未来がある」


 錆色はあまりにも眩しく、空虚だった。幸せを演じたところで、それを望んでいなければ何になる。


 ジン・ジェスターはヴィコラの造った直剣を突き向けたまま険しく睥睨した。抑えきれない苛立ちが、自分への嫌悪が、激情をより乱し、異界道具は共鳴し続け空間に何条もの亀裂が迸る。


「暗いばかりだ。前に進んだところで目を閉じたままだ。ケリをつけなければ先を見渡すこともできない。終わらせなければ目を開くこともできない」


 どん底を這い上がる方法をしれしか知り得なかった。落ちるところまで落ちたら、これ以上、落ちてしまうこともない。そう確信していたはずなのに、言葉を口にすると、無邪気な笑みが脳裏に映り込んでくる。


 ――――貴方といると。変われる気がして……。とにかく、良いことを言いたいんだけど。何も浮かばなかった。ごめん。


 少女の発した声が何度も何度も頭のなかで響いていく。……苦痛だった。だが、変わることはない。決着をつけるにしても、諦めるにしても、どちらも少女を裏切る答えだけしか残されてはいなかった。


「ヴィ、悪いが……地上に来てくれ。メリア、約束は果たそう」


 そう、言うことしかできなかった。二人の少女は静かに、重く頷いてくれる。全てに決着をつければ、どん底じゃあなくなるはずだと。何の確証さえもないのに、縋るように確信するしかなかったから。


「ジン、もし貴方が苦しいなら。ワタシは、ワタシの願いのためなら迷わないわ? その人のことなんて微塵も知らないし、被検体の同胞だって犠牲にしてきたもの。だから、苦しいなら、ワタシが――」


「……嗚呼、手伝ってくれ。【錆染】相手がやっとなんでな」


 ジン・ジェスターは構え向ける刃先に自身の血を流した。――明確な敵対。【錆染】は血の意味を理解しているからこそ、口を閉ざすように全てを外骨格で覆い隠した。


「目を開くつもりさえないなら。ずっと盲目でいればいい。オレは前へ進むぞ。暗闇のなかでも、この盾で何も守れなかったとしても。ヴィコラも、そのヴィコラさえもお前に付いたとしても。何も変わらない。オレは正しくいるべきだからな!」


「俺は俺を止めることはできないし、全てを無駄にはしたくない。テンルも殺した。彼は勝手に死んだんじゃない。俺が殺した」


「嗚呼……知っているとも!」


 直後、銃槍が轟哮を叫び上げた。

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