やる気のないチフユの一日
前話を夕方頃投稿しているので、未読の方はそちらからお願いします。
私はチフユ・シルエスタ。
兄さんの幼馴染であり婚約者でもある。
年齢は17歳。
物心ついた頃から隣に兄さんがいた。
自分で言うのもなんだが結構な美人らしく、まともな格好をしていると変な男に声を掛けられて面倒なので、大体寝癖は直さず、適当な格好をしている。
髪の毛もバッサリ切ろうかと思ったけど、前に兄さんが男っぽい髪形はヤダと言っていたので、肩で揃える程度にしている。
冒険者である私の朝は遅い。
今日も気が付いたら太陽が完全に登り切っていた。
着替えるのも面倒なので、寝間着でリビングに行く。
両親は既に出かけているらしく、棚から適当に食べられそうな物を出して昼食にする。
冒険者として情報は大事なので瓦版を片手に昼食を食べるのだ。
世間では魔王復活が近いと言われており、瓦版のネタもそればっかだった。
併せて、当代の勇者を褒め称える様な記事が載っている。
それを見て、そう言えば昨日帰って来てたなとか思った。
瓦版を大体見終え、昼食を食べ終わると兄さんが家に来た。
兄さんは今日も格好いい。
「チフユ、こんにちは」
「どうしたんの? 昨日に続いて今日も来るなんて」
兄さんの隣の家に産まれた事は私の人生の中で最も運のいい事だったと思う。
こうして気軽に訪ねてくれるのだ。
居もしない神にこれだけは感謝しても良いかもしれない。
「またチハルの関係?」
チハルは兄さんの事が大好きだ。
愛していると言ってもいい位病んでいる。
彼女からしたら婚約者である私の存在は消したい程邪魔なのだろう。
まぁ、彼女は兄さん四天王の中では最弱だ。
他の3人に口では勝てず、すぐ手を出そうとするので兄さんに止められている。
兄さんのいないところであれば面倒くさいが、いるところであれば只の雑魚である。
「久しぶりだねっ」
そんなことを考えていたら兄さんの脇から小柄な黒い悪魔が出てきた。
なんで……?
悪魔は昨日まで王都にいたはず……。
「久しぶり。いつ町に来たの?」
動揺を表に出さない様に注意しながら悪魔に対峙する。
この悪魔は、この間の神託で賢者として認められた。
賢者になる前から小賢しい存在であったが、賢者になって更に小賢しくなった。
「今朝だよ。空間転移魔法を開発したから試験的に使って来てみたんだっ」
空間転移魔法はこの悪魔が理論上可能とか意味の分からないことを発見したとか言ってたけど、基本的には誰にも使うことのできない魔法だ。
自慢気に耳がピクピク動いているのが非常に苛々する。
一応、悪魔は王国ではエリート的存在である。
そう気兼ねなく王都外に出られる様な存在ではない。
何か他に用があるはずだ。
そう考えていたら兄さんの隣にチハルがいることに気付いた。
なるほど。
つまりこいつはチハルの回収に来たってことだろう。
そのチハルは兄さんの隣で借りてきた猫みたいに小さくなっていた。
多分、チナツに話をするとか言って脅されたのだろう。
チナツは四天王最強だから仕方がない。
「それで私の何の用?」
「決まってるよっ。チフユさんが兄様に本当に相応しい人なのか確かめに来たんだ」
相変わらず、生意気なガキである。
完全に私相手にマウントを取りに来ている。
「私以上に兄さんに相応しい人はいないと自負している」
「それは自意識過剰なだけだよ。今だって、お客さんが来ているのに寝癖は直さない、対応は玄関、格好は寝間着と悪いところしかないよ。」
この悪魔は人の痛いところを容赦なくついてくるのだ。
「それだけ私と兄さんの関係が近いということ。これから一緒に暮らしていくにあたって一々そんなことを気にしていたら気が休まらない」
「他に人がいる可能性も気にせずにその対応だから駄目なんだよっ。そんなんじゃ兄様に恥をかかせることになるよ」
「おい、あんまり喧嘩するなよ」
ヒートアップしそうな空気を感じたのか兄さんが止めに入ってくれた。
やっぱり、兄さんは空気が読める。
好き。
今すぐ結婚したい。
「そうだね。ごめん、兄様、チフユさん」
悪魔は兄さんの方にだけ頭を下げて謝った。
「チフユはこの後予定とかあるのか?」
「特にないけど」
「それじゃあ、チフユさんの仕事っぷりが見たいなっ」
悪魔は私と兄さんの会話に割り込んできた。
面倒くさい奴だ。
「特にギルドに行く用事ないんだけど?」
私の所属している冒険者ギルドは隣町にある。
今から向かうと夕方になってしまうだろう。
それに兄さんも明日の仕込みとかがあるはずだ。
兄さんに迷惑は掛けられない。
私にとって、兄さんは第一なのである。
「そう言わないでさ。チフユさんがしっかりギルドで仕事しているところを見せてくれれば、うちも満足して王都に帰るからさっ」
こいつが王都に直ぐ帰るというのであれば行っても良いかもしれない。
「わかった。でも、今から向かってもまともな依頼ないだろうから明日の朝で良い?」
「それで構わないよっ」
悪魔はニコニコ笑っている。
ある程度は自分の思い通りになったのが嬉しいのだろう。
本当にムカつく奴だ。
「それで、兄さんはついて来てくれるの?」
大切なことを確認しておく。
兄さんがついて来ないのであれば準備とかも適当でいいだろう。
別に悪魔に認めて貰わなくても、兄さんとはこのまま行けばゴールイン出来るのである。
まぁ、兄さんについて来てもらった方が嬉しいのは事実だが。
「俺か? 付いてっても良いけど足手まといになるだけじゃないか?」
「そんなことはない。勇者様と賢者様がいるんだからちゃんと援護してくれるはず」
「それもそうだな。なら、明日出掛けても問題ないようにちょっと仕込みとか色々してくるわ」
そう言って兄さんは背中を向けた。
その背中を悪魔とチハルが追っかけて行った。
チハルは今頃になって『わたしも行って良いの!?』とか言っている。
暢気なものだ。
面倒くさいけど、私も明日の準備をしないといけない。
兄さんに怪我一つ負わせるわけにはいかないのだから。