剣姫降臨
「ええ、我々は商会ギルドです。
ですが、こういう仕事も必要なのでね………!」
ミヒュリムで防がれたことで彼等は白い水晶を砕き、私の周囲の音が全く聞こえない。
足元は覚束ないし、神父さんやリーシェさん達が何かを言っていても全く分からない。
「神父さん! アリーさん! リーシェさん!!」
「──ミリアナちゃんの気配が消えた。
リーシェ、捜索を頼む」
『任せたよ』
「ええ、成し遂げてみせるわ」
ならば、と此方から声を掛けても聞こえていないようで、指示を出す神父さんに頷く二人は私の声が聞こえていないようだった。
此方に向かってきたリーシェさんに手を伸ばしても擦り抜け、透過してしまう。
「どう、して………?」
『空間遮断、ってのは面倒ね。
よっぽど水晶魔法も進化したのかしら』
「………ッ!?」
徐々に周囲は暗くなっていき、闇雲に歩き続けていた私の脳内に唐突に響く、とてつもなく嫌いな声。
死んだ筈のあの人の声に苛立ち、思わず歯噛みしてしまう。
「──邪魔、しないで下さい」
『黙ってなよ、役立たず。
アタシに任せておきなさい』
私を嘲笑う声は、間違いない。
何度も痛めつけて、馬鹿にして、玩具のように扱った人。
そんな人に、私の身体を………ッ!
「出てって……」
使わせたくない。
あの人にだけは、使わせたくない。
私は色々な人と出会い、学び、解放されたと思ったのに。
「ふふ、貴女には無理よ。
──だって」
あの嗜虐心に満ちた瞳が脳裏に浮かぶ。
どんなに抵抗しても、自分が飽きるまで弄ぶ人。
それが王女だと言い続けて本来なら優しい姉達を洗脳した人。
「出て行って下さい!!」
私は力の限り、自らの怒りを無我夢中でぶつける。
死者の癖に、皆に迷惑をかけた癖に。
思いつくあらん限りの暴言を吐いた後、
『──貴女は、一生私には勝てない』
あの人が、否、アステムブリングの剣姫が嘲笑うのを見て、私の意識は闇に溶けていく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
──時は少し遡り、リーシェがミリアナを探しに行った頃。
クソ神父が態勢を低くし、ボクを握り締めたまま居合い抜きの要領で一人切り捨てると同時に傍に居た二人も血飛沫を上げながら倒れていく。
居合い抜きには向かないボクで切ったクソ神父は確かに凄いけど、二人を殺したのはボクの力だ。
「ティルウィングの固有魔法、疑わしきは罰せよは恐ろしいねぇ。
一対一なら意味はないが、複数なら纏めていける」
『ま、雑魚相手なら通じるさ。
本当に強い奴はボクが切りたいからね』
疑わしきは罰せよは強力だが、ボクを超えるような奴には通じない。
ボクが望んで決めた制約だから不満はないし、クソ神父もそれはそれと納得している。
正直言って、ボクは強者との戦いに集中したいだけで、強者を無理矢理殺す不可視の刃にしたくないからだ。
「それでこそティルウィングだよ。
さて、ミリアナちゃんを探しに行こう」
能天気に微笑むクソ神父に呆れながらもついていき、前方車両を探すも全く見当たらない。
分かれて探した方が効率的なのだが、ミリアナを本気で狙いに来た場合はボクが必要になる。
とはいえ、
『……リーシェで良かったとは思えないよ』
「もし、ミリアナちゃんがリーシェに殺されるかもって?」
『当然だろ。
あいつ、雇われたら容赦なく殺すじゃん』
商会ギルドの相手はリーシェに任せ、ミリアナの捜索はボク達ですべきだったというのは結果論。
人探しはボクの苦手分野だし、クソ神父も一般人よりはマシなくらいと考えると何とも言えない気分だ。
「普通ならね。
でも、ミリアナちゃんは殺さないと思うよ」
何を根拠に、と呆れるも妙に自信満々の表情を浮かべるものだからつい、
『……なんで?』
「簡単な話だよ、ティルウィング。
リーシェはどっちもいけるからね!」
『………』
本当、クソ神父の勢いに押された自分が凄まじく腹立たしい。
リーシェがバイセクシャルなことは以前から察していたし、今更何を言い出すのかと思ってしまった。
「おやぁ?
図星だったかい、アリー?」
『今更過ぎて呆れたんだよ!!』
いつまでも笑顔のクソ神父を無視することでダメージを与える作戦に切り替え、ボクは来た道へ引き返していった。
クソ神父と一緒にいるだけで余計なことで時間を無駄にすることは多いが、何故かいつも以上にクソ神父がウザい。
「多分この車両には居ないだろうね、アリーちゃん?」
『ボクをイライラさせんな……!』
怒りと共に勢いだけで前に進んでいき、ドス黒い液体がボクのつま先に触れる。
『は……?』
こんな目に見えるような流血はリーシェの仕業ではないだろう。
──となれば、まさか。
『クソ神父!!』
ボクが呼びかけるよりも早く、瞬時に剣となったボクをミリアナの首筋に添えたクソ神父。
こういう時ばかり、絶対に容赦をしないところがクソ神父らしい。
「まさか、剣姫が支配するとはね。
僕の予想外だよ」
「その割には、表情一つ動かさないのですね?」
「申し訳ない。
こういう珍事にはあまり耐性が無くて」
剣姫の挑発を軽くいなし、いつでも殺せるように僅かにボクを強く握り締めたクソ神父。
いつ、戦闘に突入してもおかしくない状況だ。
「なるほど、そうでしたか。
では───」
剣姫がシャリテの柄に触れた瞬間、数万度を超える業火がシャリテと剣姫を包み込み、あの剣が復活した。
『泡沫の終始剣……!?』
「ふふ、私の愛剣ですから。
第一子、第二子のどちらも生み出せないと諦めていた泡沫の終始剣が、まさかミリアナから出来るとは…………」
恍惚とした表情で泡沫の終始剣の刀身を血塗れのミリアナの手で、ゆっくりと撫で回す。
クソ神父はそれを冷静に見つめるだけだったが、
『──ふざけんな』
何かが、ボクの中で爆ぜた。
理解できない、理解したくもない感情ということはすぐに分かる。
魔法も剣を握るのも下手くそで、騙し合いが常みたいな世界で生きられそうにない馬鹿女。
王女、と言われて何度も疑ってしまうような村娘みたいなヤツ。
そんな相手でも、否。
そんな相手だからこそ、血塗れの世界しか知らなかったボクは美しいと思ってしまった。
「……アリーさん、黙っていた方が良いですよ?」
ミリアナの声で、ミリアナみたいにボクに警告する剣姫。
これでボクは、ある一つの行動に出ることを決意した。
『分かった』
「あ、アリー!?」
少女の姿に戻って剣姫の警告に頷くとクソ神父を無視し、ボクはまっすぐにミリアナの正面に向かって歩いていく。
努めて笑顔でいくボクに可愛い、と余裕のある笑みを見せた剣姫と蒼ざめたまま笑みを浮かべるクソ神父。
ボクはクソ神父を一瞥すると剣姫の正面に立ち、スナップを効かせたボクの右手で余裕こいた剣姫の両頬にビンタが炸裂した。
「い"ッだぁあああ……!?」
『ハッ、ざまぁみろ』
痛みを堪え、涙を滲ませる剣姫と両手を自分の頬に添えて口を開けるクソ神父。
実にシュールな光景だが、ボクの思惑に剣姫はまだ気付いていない。
「そう、そんなに怒らせたいのね。
なら………!」
『縛れ』
「間に合わな………、うぐッ!?」
剣姫の足元、天井から鎖が飛び出し、避けようにも剣姫の反射神経とは裏腹に身体は既に鎖に囚われてしまった。
いくら剣姫といえども、剣姫がミリアナを乗っ取ったのは多く見積もっても一日経っていない。
となれば、ミリアナの耐性を考えると簡易的なボクの魔術でも効くだろうと考えた訳だ。
「まさか、そんな魔術が効くとはね……」
『ミリアナは村娘みたいなものさ。
君のように強くない』
だから好き、とは言わずにボクは剣姫の顎にそっと小さな人差し指をゆっくりと這わせ、
『優しく、してあげるから』
嗜虐心に満ちた笑みで剣姫を見つめていた。




