村までの道
──翌朝。
「え!?
ここは、どこ………?」
「おはようございます、ミリアナ」
「様が足りない!」
寝起きも相まって、いつも以上に憤慨するミリアナに執事は溜息を吐いた。
「必要ありません」
「はあ!?」
ヒートアップしそうなミリアナを宥めるのではなく、執事はそう答えて口を噤んだ。
ミリアナが執事を強く睨むも、彼は一切答えそうにない。
「──私、捨てられたの?」
暫く経って、ぶっきらぼうにミリアナは執事に問いかける。
答えてくれなかったとしても、何となく口に出したい気分だった。
「どうしてそう思うのです?」
「私が、出来損ないだからに決まってるじゃない。
お姉様方と違って魔法も剣術も、錬金術や医術も出来ない。
政略結婚の道具にされないなら捨てられる。
そう思っただけよ」
「かも、しれませんね」
「……そっか」
執事の肯定を受けてミリアナの理性では抑えきれない感情が溢れ出し、声を押し殺して泣き始める。
無理もない。
16歳とはいえ、まだ子供。
彼女の涙を見ても、執事は眉一つ動かさず馬を進めた。
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「さて、ここで休みますか」
目的地までの中間地点に差しかかるところで執事は泣き疲れて寝ているミリアナを地面に降ろすと、
「フンッ!」
気合いを入れて近くにある木を蹴り倒して薪に。
執事は松ぼっくりを火種にすることで手早く点火させると、持参していたメーブルの肉を焼き始める。
「メーブルの肉はウェルダンに………」
メーブルの肉を焼きながら執事は育て親の顔を思い出した。
メーブルは肉質は良いが、雑菌が多くてレアでは食べられない。
だが、雑菌は高温による加熱で死滅する為、ウェルダンで食べれば問題無いと教えられた。
メーブルの肉が焼けてきた頃、眠い目を擦りながらミリアナが目を覚ます。
「これは……、メーブルの肉ね?
私が食べさせて貰ったことはないけど」
「そうですね。
食堂の保存庫から持ち運び用ケースごと拝借させて貰いました」
執事の発言に驚くミリアナに執事は焼けたメーブルの肉をナイフでスライスしてから皿に乗せて渡した。
「今晩の夕食です」
「えっと……、まさかメーブルの肉だけ?」
「そうですが、気に入りませんか?
それなら寝ていて下さい」
「ううん、頂くわ」
ミリアナはメーブルの肉にかぶりつくと、思わず目を輝かせる。
「美味しい!
メーブルの肉って、こんな味なんだ………」
「ミリアナ、綺麗に食べないから汚れていますよ」
執事は丁寧にミリアナの口元をハンカチで拭って自分のズボンのポケットに戻す。
「………!」
「どうかしましたか?」
「………何でもないから」
羞恥で顔を赤くしていたところを執事に見られ、ミリアナはそっぽを向いた。
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夕食が済み、暇になったところでミリアナは執事に話しかけた。
「そういえば、貴方の名前は?」
「私ですか?
そういえば、自己紹介がまだでしたね」
執事は紙にペンを走らせ、名前を書いてミリアナに渡す。
「私は柳沢俊和と申します。
出身はティアミリで、好物はパスタです。
ミリアナ、次はあなたです」
俊和に言われ、ミリアナは姿勢を正してから自己紹介を始めた。
「私の名前はミリアナ・アステムブリンク。
出身はアステムブリンクで、好物は甘い物全般よ。
私の自己紹介とは関係ないけど、俊和って珍しい名前ね?」
「よく言われます」
俊和が苦笑すると、ミリアナも小さく笑った。
この空気の中で俊和はあまり言い出したくないことを口にした。
「ミリアナには、名字を変えて貰うことになります。案としては、エストレジアはどうでしょうか?」
「エストレジア?
別に良いけど……、なんで?」
「私の育て親の名字です。
その夫婦は身寄りがなかったらしく、遺族の財産の分割はありませんでした。名字を受け継ぐことも出来ましたが、ある事情でやめました。
私と家族になるのであれば、この名字を使って欲しいと思っただけです。
ですが、あくまでもミリアナ自身が決めて下さい」
俊和の話を聞いたミリアナは、迷うことなくすぐに決断した。
「決めた、私は今日からエストレジアを名乗るわ。
そして、少しは大人になる為にも……」
「敬語を使うことにしていきたいと思います。」
「ミリアナ、無理はしなくても──」
俊和はミリアナの真剣な眼差しを見て、根負けしたのは俊和の方だった。
ミリアナの強い意志を感じさせる眩しい笑顔は、俊和を根負けさせるのには申し分ないと言える。
「分かりましたよ、ミリアナ=エストレジア」
「これからもよろしくお願いします、柳沢俊和さん」
彼女の笑顔は侮れない。
俊和は今日を振りかえって自分にそう戒めた。