殺人鬼とのティータイム
リーシェが立ち去った後、ミリアナは店の付近にいた俊和に抱きついた。
「俊和さん、ごめんなさい!勝手に飛び出して……」
「大丈夫ですよ。それより、あの子は?」
「リーシェさんです。私の悩みを聞いてくれて、飲み物を奢ってくれたんですよ‼︎」
現金なミリアナに俊和は溜息を吐くと、リーシェという名に疑問を抱いた。
「名字は分かりますか?」
「ネオルダムです。それがどうかしましたか?」
ミリアナが不思議そうに俊和を見るが、俊和はミリアナを気にしてはいなかった。
「確か、リーシェ=ネオルダムは国際指名手配犯の殺人鬼。逮捕されたことは知っていましたが、まさかウェストフェリスにいるとは思いませんでした。彼女と何があったか、詳しく説明して下さい」
「リーシェさんが殺人鬼⁉︎ 嘘ですよね⁉︎」
「事実です。彼女と何があったのか、詳しく説明して欲しいのですが」
ミリアナがパニックに陥ったことが分かり、俊和は頭部に手刀を振り下ろしてミリアナを現実に引き戻す。
「は、はい!クイネさんを押し退けてベンチに座っていた時にリーシェさんと会いました。その後……………………………」
ミリアナは俊和にリーシェと会ってから現在に至るまでのことを話し始めた。
「貴女の名前は?」
「私は、ミリアナ=エストレジアです。リーシェさんはどうしてここに?」
「迷える少女の声が聞こえたからね」
「え?」
子羊の間違いではないのか、と聞き返そうとしたが、リーシェの自信満々な態度を見てその気が失せた。
「だって、ミリアナちゃんの顔を見れば何かで困っていることぐらいは分かります。宜しければ、私に悩みを打ち明けてはくれませんか?」
リーシェの笑顔をミリアナは信用に値すると判断し、自身の悩みを打ち明けた。
「なるほど、大切な村を救う為の努力を無価値と笑われたことですか。私が奢りますから、カフェで話の続きをしましょう」
「あ、ありがとうございます」
詳しく聞かずに黙って相槌をうってくれるリーシェに感謝して、ミリアナは頷いた。
「いらっしゃいませ。二名様ですか?」
「はい」
「分かりました。テーブル席にご案内致します」
店員が一礼してミリアナ達を案内すると、メニューを二人に手渡す。
「ごゆっくりどうぞ」
店員が厨房に戻ると、ミリアナは周囲に聞かれないように小声で話を切り出す。
「あの。続き、良いですか?」
「大丈夫、続きをどうぞ」
「当店オリジナルのアイスティーとなります。お好みでガムシロップなどをお使い下さい」
「リーシェさん、ありがとうございます」
「ふふ、気にしないで下さい」
予め頼んでおいた紅茶とミルクティーが二人分運ばれ、ミリアナはリーシェにお礼を述べてから口に含んだ。
(これって………!)
ミリアナが俊和と出会う以前に良く飲んだ、飲み慣れた味。
懐かしい記憶が蘇り、顔が自然と綻んでしまう。
ガムシロップなどを使ったら一瞬で消えてしまいそうな繊細な甘みを楽しみ、ミリアナはリーシェに聞く。
「もしかして、この茶葉はアステムブリング産の茶葉とクリフィブ産の砂糖、ルミステリのミルクですか?」
「正解です。正直、意外でした」
リーシェが微笑んだ時に一瞬、ミリアナにはリーシェの瞳に不規則な光が見えたような気がした。
「意外、とは?」
「普通、このミルクティーにガムシロップを入れる馬鹿が多いんですよ。ですが、王族としか取引しないクリフィブ産の砂糖とルミステリ産のミルクで煮出すミルクティーを知っているのはアステムブリングの王族しかいない。となれば、ミリアナちゃんは王女様、ですね?」
「違います、人違いですよ。私は適当に言って正解しただけですから」
ミリアナは、自分を王女だとは一切考えていない。
俊和と平和に暮らしたいだけの、一人の農民の少女がリーシェの目の前にいた。
リーシェは頷くと、アイスティーの代金を支払いながら、ミリアナに言った。
「下弦の月に、森が泣く。
蓮の花を願う少女は、河で死ぬ。
ミリアナさん。今後は絶対に私と会わないように」
「………最後のメッセージが理解し難い物でしたが、俊和さんは何の意味があると思いますか?」
「下弦の月は、恐らく日付を示しています。森や蓮の花を願う少女は分かりませんが、不吉な思惑を感じさせますね」
俊和はミリアナから聞いた話を手帳にメモし、ティフィに電話しようとしたが、すぐに止めた。
この手の面倒事は自分で解決した方が良い。
俊和は溜息を吐いて、茶髪の女性から借りた乗用車でミリアナと共にティフィの屋敷に向かった。