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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
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クオリティ

 宗次とバロット専用の居室になったところで、二人はあぐらをかいていた。


「お前に言うべきなのかは、かなり不安だが」


 そう前置きする宗次に、バロットは得意げに胸を張った。


「任せろ! 死んでも宗次の味方だからよっ」


 ……宗次はいやに人懐こい笑顔のバロットに、とてつもなく不安になったが――


「……“クオリティ”について教える。

 日本語で言えば『特性』。ティアンスにはもともと、この特性クオリティが存在する。

 クオリティは相当な努力を重ねないと発現しないような、非常に珍しい術だ。

 生徒会長の皐月先輩の時間術はその代表的なものだ」


「あ~、あれなら見たことあるぜ! 街に出たときでけぇモニターで戦ってるのをさ。

 一瞬で相手をぶちかましててよ、本ッ当に化け物だった。

 ……で、それがオレに何の関係が?」


「ディバイドにも、クオリティは存在する」


「――…………それってスゴいん?」


 バロットにはいまいちピンと来ないようだ。


「この事実だけで言えば特に凄いわけじゃない。文献を漁れば大抵は知れる。

 エルフとヒューマンは個体によってクオリティの種類にバラつきがありすぎるが――

 ディバイドはそうじゃない。

 ディバイドのクオリティは個体じゃなく、種族で固定されているんだ。

 そしてディバイドは全獣化したとき、真価を発揮する。

 その種族のクオリティの発動という形でだ」


「じ、じゃあオレが全獣化した暁には……!!」


「猫先生のような見てくれの変化だけじゃない。

 実際の力を底上げし、かつクオリティも手に入れるというわけだ」


「朝っぱら、オレにやったようなことでか?」


「そうだ。お前の腕に瘴気を送り込んだように、一定以上の瘴気を体内に循環させる必要がある」


 バロットは少し難しい顔をして、


「宗次ってさ、じゃあ瘴気を思うままに操ったり出来んのか?」


 うなずく。


「! それってすごくねぇ!? いつでも自分で化け物になれるってことだろ!?

 宗次はそんな力があって獣化はしねーの?」


「俺はヒューマンだからそもそも獣化できない」


「あ、オリエンテーションのときに言ってたっけそんなこと。

 ……でもどうやったら瘴気を思うままに操る、なんてことができるンだよ……

 そんなやつ、俺の知り合いに一人もいねぇぞ?」


「……それに答えるつもりはない。

 それと、力を悪用したら俺がお前を殺す。絶対に裏切るな」


 宗次の目は、ちっとも笑っていなかった。


「……ああ。もしやらかしたら遺書には宗次を逮捕しないでくれって書いとくぜ」


 遺書にはそんな法的拘束力はないのだが――

 今のバロットの目つきは、少なくとも今朝の彼の見せた軽薄なものではなかった。

 宗次は少しだけ笑みを浮かべ、


「……それは冗談としても、だ。

 クオリティの悪用はもちろん、お前には全獣化での能力を無闇に使わせない」


「え、な、なんで?」


「目立つからだ。……もちろん全獣化による外見もだけどな。

 過去、全獣化が出来るディバイドは無数にいてもクオリティを使える存在は、おそらく“地球には”いない。

 地球で生きている限り、一定量の瘴気を体に取り込めないーー瘴気の絶対量が少ないからな。

 だからそもそもクオリティの発現なんてしようがないんだ。

 クオリティを使えるディバイドが、どんなに稀少かわかったか。

 それに、ウルフの魔術は喉から手が出るほど欲しがる奴らがごまんといる」


「ご、……五万人もいるのか!?」


 古今東西オーソドックスなボケをされた。

 宗次はいらつきながらバロットをにらむ。


「……だからこそ、お前を研究道具として使いたい奴らがいるということだ。

 下手をうてば拉致され、死ぬまでおもちゃにされる」


 バロットは、その事実にしばし絶句して。


「……そこまで必要とされる俺のくおりてぃって、一体なんなんだっ!?」


 目をきらきらと輝かせるバロット。


「――本当に自分の立場を理解しているのか、お前。

 ……大狼種のクオリティは、妖術体系、自己再生、他者再生だ」


 バロットは宗次の顔付近まで身を乗り出してきた。


「よ、妖術なんて使えンのか!? すっっげえええええな!?」


「妖術より重要な部分を聞いてたか? 自己再生と他者再生だぞ」


「はん? 再生ぃいい~?? それってどういう……」


「それについてはやってみた方が理解が早い」


 宗次はバロットの指を手で優しく包み込むと……



 ――――――ゴギゴギッ!!!

 人差し指の付け根の間接が、手の甲側に直角に折り曲がった。



「――っ!!! っ!! っ、っっ!!!」


 声の出し方も忘れて暴れそうになるバロットの服をつかみ、強引に押さえつける。


「落ち着け。お前はこれから、この指を治癒させる。

 ちなみにお前の修行は段階的にしていくからな。

 脅しじゃなく本当に、瘴気中毒で命を落とす場合があるからだ」


「――!! っっ!っ!!!! ッッッ!!」


 バロットの顔から痛みのせいか脂汗がぎっしり浮いてくる。

 説明を聞く余裕はなさそうだ。


「お前は今、俺の近くにいることで、少しだけクオリティを使える。

 俺が詠唱するから、復唱しろ。

 <ア・エブラ・クォルテ・ドス・ギェブリィ――>」


「<あ、ああ……あ、えぶら、くぉるて、どす……>なななぁこんなん本当に効くの!?」


「黙ってやれ。最初からだ」


「うぅ……<ア・エブラ・クォルテ・ドス――>」


 ……その途切れ途切れの詠唱を苦悶の表情で続けていく。

 すると、どうだろう――次第にバロットの足下から、赤い光を放つ術式印ルーンが床へと照射されはじめる。

 おそらく魔術を使うことすらはじめてであろうバロットは、ぎょっとした顔でその発現を見た。


「……んナ――っ!?」


「詠唱を止めるな! <エス・トゥグルタエズリッ・デ――>」


「! <え、エス・トグルタエズリッ・デ……>――」


 術式印全体が、まるで術式の完成を告げるようにふわっと光を優しい光を放った。

 そして、バロットの折れて鬱血したどす黒い指が、赤白の光に包み込まれていく。

 あらぬ方向に曲げられた指は、少し軋む音を立てながらも今までの可動域に戻っていく。

 光の無くなった指を、バロットはおそるおそるにくいくい曲げた。


「……奇跡……じゃねえか……オレ、魔術なんて一度も使えたことなかったんだぜ……」


 ためつすがめつ指を見ていたバロットは、いきなり顔を上げ、宗次を潤んだ瞳で見る。

 瞬時に次の行動を察知した宗次は、案の定飛びついてくるバロットの首をつかみ、払いのける。


「いちいち抱きつくな、気色悪い!」


「で、でも感謝の形をあらわしてぇんだよ!」


「別の方法を考えろ!」


 ――ピンポーン。

 突然部屋のチャイムが鳴り響き、二人の視線はインターホンのモニターへと写る。

 その人物を見たバロットはおもむろに立ち上がり、


「あ、寮生班長だ! オレが出迎え行ってくらァ!」


「……寮生班長、だと?」


 ――やがてバロットの後ろに付いてきた浅黒肌の青年は、かなり見知った顔だった。


「紹介しますぜイギル先輩、こちらがオレの盟友――」


「さっきぶりだな、逢坂」


『ゴゴゴゴゴ』と威圧感のある効果音を放っている気がしなくもない強面の男こそ、生徒会自警部副部長代理第三班長、コリガ・ドードック・イギルだ。

 バロットは、あら二人とも知り合いだったの?という表情でキョロキョロと交互に見やる。

 宗次はイギルと対面し、ぼそっとつぶやいた。


「……何をそんなに怒っているんですか」


「俺は怒っていない。怒っていないぞ。

 これは俺がお前に向けられる、一番朗らかで晴れやかで穏やかな顔だ」


 オーガの男性の一部はいつも怒っているような顔立ちをしている、と言われる。

 が、今のイギルはどう見ても確実に怒っていた。

 どうしてか怒り皺としか思えないモノがいくつも彫られているのだ。往年の職人の不動明王像を彷彿とさせる。


 ――そういえば、さっきも怒ってたな……俺は悪いことなんてしていないが……?


 とりあえず疑問を捨て去り、宗次は再び訪ねた。


「先輩は一体何をしに――」


 目が合った瞬間呪いをかけるような顔でイギルは睨み、


「逢坂――時間はあるな?」


「いえ、明日の準備があります」

 

「黙れ、先輩命令だ。行くぞ!」


 聞いちゃいなかった。

 イギルはくいくいと親指で扉の方を示す。


「飲みに、な」


  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽


 ジャージ姿に着替えた彼らは敷地内の居酒屋へ来た。

 そう――売店施設よりもっと奥めいた路地を行った先には、居酒屋が一件、場違いのように建てられている。


 以前、学園には居酒屋は存在しなかった。

 だが、成人となった5年生以上(8年生までいる)の生徒が学外から酒を持ち込むことで、教師側に見つかり取り締まりを強化される。退学・休学者は後を絶たなかった。

 次第にフラストレーションが溜まる成人生徒たちの、飲酒要望を巡る学園側との対立運動は激化を深めた。

 時の生徒会長を核心とする生徒会は酒のため生徒のために立ち上がり、「酒無さずして人為さず。酒生らぬして術生らぬ」をスローガンに酒の学内大量流入を強行。

 約半年にも及ぶ抗争の末、学園側は酒飲みが唯一可能な施設を誘致するに至る。


(飲酒喫煙内紛事案 2103~04年 )


  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽


 午後七時を回った頃。店内はすでににぎやかで、たばこの煙と料理のにおいと、それらが入り交じった何ともいえない独特な芳香が鼻を刺激した。

 三人はテーブル席に落ち着き、開口一番、宗次が言った。


「……どうしてついてきた、バロット」


「だって、オレも暇してるしいーじゃんよ! 堅いこと気にスンナって!

 それに先輩のおごりとあっちゃあ一文無しのオレだって拝み倒してでもついてくっつのっ」


 まるでファミレスにはじめてきた子供みたいにうきうきするバロットに、イギルがたしなめる。


「退学したくなければお前等は酒を飲むなよ。

 S・デバイスもしくは携帯デバイスで入店時の年齢制限は厳しく取り締まられている」


「え~、そんな、今日くらい……」


「俺の鉄拳制裁も付け加えてやる。それでもいいなら遠慮なく頼むがいい」


「……」


 バロットはしゅんとした。

 まず飲み物をオーダーすると、ビール中ジョッキはイギルへ、オレンジジュースはバロットへ、ウーロン茶は宗次へ運ばれてくる。

 イギルは全員に飲み物が行き渡るのを認め、


「んん、それでは乾杯しよう。

 ――ディバイドのこれからの活躍を祝して。そして俺たちの同部屋入りを祝して。

 かんぱ……」


「ちょっと待ってください」


 宗次が、乾杯の手を止めイギルの奇妙な発言に異議を唱えた。


「……なんでそこでイギル先輩が出てくるんですか。

 同部屋、入り――?」


「ふ、そのままの意味だ。

 俺が逢坂を育てることにした。大丈夫だ、さっきその申請も終えてきた」


「そんなこと微塵も心配していません」


「大丈夫だ、俺はしばらく床で寝る」


「そんなこと全く心配していません」


「お前の口が悪いからこういうことになるんだぞ。身から出た錆だな」


「…………………………」


 今、宗次のすべての反論が封殺されてしまった。

 イギルは杯を手に取ったままため息をつく。


「お前がどんな魔術を使ったか俺にはわからないが、大したものだ。

 ……入学式の言葉は、いや鴇弥への言葉も含め、はっきり言って最低だったがな。

 お前がを轟かせるには、そういうところに誰もが羨望する正義感を養わねばならん」


「俺は――」


 そんなこと無駄だと思う、と言おうとすると、バロットがイギルに食い下がった。


「でもかっこよかったよ師しょ……宗次は!!

 もうね、ディバイドみんなスカッとしたことだろうよ!!

 オレは少なくとも、すげぇ人だなって思ったよ」


「同じディバイドの俺がスカッとせんわ。

 ……ともかく何か深い事情があるようだな。

 だからそこまでティアンスを嫌がるんだろう。

 まあディバイドは皆、事情持ちだ。後ろ暗いやつの十や二十はいる。

 俺だって金が欲しくてこの学園にやってきたクチだ。

 修学金制度さえなければ、こんなティアンスばかりの場所になど一秒も居たくない」


 ティアンスであるエルフたちは仲間意識が強い――というより、閉鎖的なのだ。

 それが災いし、学園という閉鎖された空間では、彼らの陰湿性が少し以上に増してしまう。

 もちろんそんな生徒ばかりではないのだが――

 バロットは頬杖をついて同調する。


「そうだナ。オレもカネが稼げなかったら、こんなトコ大嫌ぇな勉強必死こいてやってまで来ねぇや」


 ティアンスばかりの世界で、それでもこの学園へ入学したディバイドの理由の大半――

 それが修学金だ。

 術士学園の生徒であるならば、勉強しながら、ある程度の収入が得られる――

 そんな甘い言葉に釣られて入った者は、ティアンスでも決して少なくないだろう。

 学歴という箔と目の前の金に、社会的弱者のディバイドが飛びついても決しておかしくはない。


「……というか乾杯がまだだ! 酒を持つ手がいい加減重い!!

 乾杯!!」


「……」

「くわんぱーい!」


 ガキガキンッ!!!


 グラスが甲高い音を鳴らし、イギルにとっては至福の時間、宗次にとっては何を言われるのかわからない陰鬱の時間が幕を開けた。


 ごっ! ごっ!! ごっ!!!


「……ぶわはーーっ。すいません、おかわりを!」


 イギルはたった3口で中ジョッキを空にして店員に告げる。どうやら絶好調らしい。

 ……絶好調を装い今日の何かを全力で忘れようとしているようにも見える。


「気に入らんな、逢坂宗次」


 イギルは突然――テーブル向かい側の宗次めがけ身を乗り出し、渾身のパンチを繰り出した。

 が、宗次は苦もなくそれを真っ向から止める。


「な、なぜ俺のパンチを受け止められる。にゃにかの間違いだ」


「……いえ、先輩が酔いすぎなだけです」


 ふにゃふにゃの正拳突きを止めるなというほうが無茶だ。


「な、なじぇ俺が、たかが中ジョッキ一杯でへこたれるはずがあう?

 ……おれは、つよいじょ……いふもは、ここからジョッキ5、6ひゃい……

 うっく、それれ……しょうちゅ、ロッふ……ぐぅぉおおおおっっ……」


 イギルは獣みたいなうなり声をあげはじめた。

 バロットもさすがに「つぶれんのはっや!」と驚愕している。

 宗次は店員へ手を挙げ、さっき追加したビールとともに水をもらう。


「……しゅまぬ」


 ちょっぴり回復したらしいイギルは、


「……お前は人に好かれるように努力するタイプじゃないが、俺は違う――」


 わっしと宗次の肩をつかみ、


「最低限のコミュニケーションは取らせてもらうからにゃ、逢坂宗次」


 ギラギラとした視線で宗次をにらみつけた。宗次は、


「……ええ」


 とだけ返事。

 浅黒い顔を赤々と染め上げ、ニヤリとイギルは笑った。

 

 それから三分後――


「うぇっぷ……」


 イギルはほとんどつぶれかけていた。

 突っ伏したまましばらく微動だにしていない。

 バロットは宗次の隣でイカのげそ揚げとフライドポテトをぱくぱくとクチに放り込んでいる。

 やがてイギルは、顔を上げると、とろんとした目で宗次をにらむ。


「会長のことらっ!! 本題らっ」


 ――その話題、やっぱり来るかと宗次は身構える。

 イギルのろれつは回復と重篤化を繰り返し――結局、ろれつの悪さに泣き上戸がプラスされた。


「どうして俺はディバイドなんら。まるで現代のロミオとジュリエッろら」


「はぁ」


「なんでこんな体なんら。俺の前のあだ名なんれ鎧武者だったんら。

 人間やエルフの子供は好きなのに、必ず泣かれるら。

 一睨みしただけで壁に穴を開けるって言われるら。

 どーして俺はモテないんら!!!」


 そして酔っているせいか、話題もやけに飛ぶ。


「生徒会副会ちょお……あの、吾方、吾方直士……奴だけはッ奴だけはゆるれん!!!」


 まだ二杯目のジョッキを砕くほど強くテーブルに叩きつけ、怒りを露わにした。

 

「あいつのディバイド差別、……逢坂も味わっらろ。

 あれはあいちゅがミッちョンをこなし始めてからひどくなっらら。

 うぐ、それまでは、ディバイドも差別しないいい先輩らと思ってら……っ!


 ――おいバロッろ、飲んだら殺すぉ」


 盗み飲みへの反応は酔っていてもすばらしいものがあった。


「あの露骨な差別主義者め、あいつだけには勝ちゅ!

 最前はちゅくすが――

 いざとなったら、俺が……鴇弥とおみゃえ、二人を守りきれるか、わかりゃん。

 魔術だって、俺にはちゅかえない。

 自分を犠牲にしたところで、盾の役目も果たしぇんかもしゅれん。

 実力も、権力も……何もにゃい……

 うぅうう――くやしい。くやしい、くやしい、くやしい……!!」


 再び突っ伏して、おいおいと泣き出してしまった。

 そこで、フライドポテトをもそもそ食べていたバロットが言う。


「なぁ宗次よぅ……

 先輩も苦労してるみてぇだからさ、宗次の瘴気でなんとかなんねぇの?」


「この人は体内の瘴気を全く感じない。急に注入すれば、深刻な中毒状態になる可能性もある。

 それに……瘴気のことはそう人に教えるものじゃない。

 先輩は――優しすぎる、今より力を得れば、それだけ苦労するかもしれない」


 優しいから、逢坂宗次という異分子的存在を好くことができない。


「で、でもよ」


「……まあ、何も教えられないわけでもない。

 イギル先輩、聞こえてますか」


 バロットと話をしていた宗次がイギルのつむじへと語りかける。


「もし強さが欲しくなったら、俺は少しだけなら協力します。

“コツ”程度のものであれば、俺も教えられるところはあります。

 先輩なら――拳だけで、ティアンスを下せる領域へ行けるかもしれない」


 猛者が集まる生徒会の中で、コネも才能もなく努力だけでのし上がってきたイギルは、もっと高みに上れるかもしれない。

 宗次はまだイギルの戦闘の何を見たわけでもないが、そう思った。


「…………逢坂!! 貴様!」


 真っ赤な顔のままイギルは、宗次の首根っこをつかんだかと思うと――

 テーブル越しに思いきり抱きついてきた。空のグラスがばたばたとなぎ倒される。


「お前、結構やさしい奴だったんだな!!

 同じディバイド同士、差別に負けずがんばるぞぉ!!」


「……うざったい……!」


 イギルは一般人程度なら失神させられるほどの強面を涙でぐしゃぐしゃにして泣いている。

 別テーブルの客も、なんだなんだと怪訝な目で見てきた。


「お前の面倒はちゃんほ見へやぅ、飲み屋にも連れて行ぅ~~んにゅ~~」


 岩が「んにゅ~~」とうなるのは、恐怖だ。そんなイギルを宗次は強引に席に着かせると、バロットが不審げに、


「しかしだいぶ酔ってるな、これ大丈夫か?

 酒、弱いってレベルじゃねえぞ?」


 まるで酔いが抜けない様子に、バロットもウインナー盛り合わせをつまみながら首を傾げた。


「………………」


 宗次もまた怪訝に思い、空になった水のグラスのにおいをかぐ。

 ――鼻にツンと刺激が来て、思わず顔をしかめた。

 そこでようやく、何者かにハメられたことを悟った。


「……バロット、出るぞ」


「えぇ!? まだあんま料理来てな――」


「いいから、はやくしろ」


 バロットに会計に行かせ、宗次はイギルの肩をかついだ。


「……お……お前が二十歳はらひになっはら、まら、いっひょに飲もふ」


「ええ。せめて、ここじゃないところで」


 外へ出た三人は、バロットを先に行かせ宗次はイギルを抱えて歩く。

 バロットは事態が飲み込めないらしく宗次へと向いて、


「な、なあ何がどうなってんだ!? 一体――」


「いいから前を向け。周りを警戒しろ。

 俺たちはハメられた。先輩はやけに度の高い酒と、酒入りの水を飲まされていた」


「はぁ? じゃあもう一回戻って店員にそう言ったら――」


「いいかバロット。

 ここはディバイドにとって最悪のアウェイだ。

 俺たち新入生の抗議なんて一瞬で封殺される可能性がある。

 唯一の権力者の先輩も頼りにならない。

 ティアンスたちが本気を出せば、俺たちは学校にいられなくなるかもしれない」


「えぇ、じゃそいつらの目的はなんだ――!?」


「おそらく――俺だ」


 パキィッ――!


 氷が砕けるような音が足下に響き、聖力で固めた破片が拡散し白い光がほのかに舞う。

 矢を具現化した聖術だ。

 誰かが、足下へ威嚇射撃をしてきたのだ。

 ――外も学園なかも関係なしか。


「おいバロット、先輩を連れて先へ――」


 そう促そうとした宗次に、


「……なら……ん」


 肩にかついでいたイギルが動き出したかと思うと、猛然と宗次を振り払った。


「俺は逢坂、お前の班長どぅあ。

 ……お、俺が行くゥ――――――!!!」


 威嚇射撃された、人通りが極端に少ない路地の方へと、イギルは真っ直ぐダッシュして行ってしまった。

 酔っぱらいの悪いところは、判断力が著しく低下することだ。

 イギルに払われた宗次は素早く立て直し、


「バロット! 俺は先輩を追う。お前は大通りを通って寮に帰って通報しろ。

 俺の個人的ないさかいに巻き込むことだけはできない」


 宗次は走り出すと、足音が後ろから付いてきた。

 振り返れば、罰が悪そうに佇むバロットだ。宗次は声を荒げ、


「他人を巻き込むのも構わない敵だぞ、お前は来るな!」


「……お、おぉおおお、オレは信じてるッ!! ……から……」


 うわずって震える声で、バロットは続けた。


「お、オレも宗次に協力しなくちゃ、割に合わねぇんだよ……

 こ、これはオレの問題でもあるんだッ!!」


 宗次はしばし逡巡し、やがて神妙な顔をバロットへ向ける。


「…………お前には極力無理はさせない。

 すまないが協力してくれ」


「お、……おお、おうぅっ!」


  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽


 宗次は先だって、狙いを分散――もっと言えば、バロットがすぐ逃げられるように彼を後ろにつける。


「なあ宗次!

 さっき相手さんのことを敵っつってたけど、あんたは誰と戦ってんだ?」


「知らない」


 バロットの問いに、キッパリ答えた。


「身に覚え……がありすぎる。

 ただ、学園の入試試験後にこうして狙われるようになった。それまでも追われていたが、そいつらはもっと巧妙だ。

 今の攻撃はおそらく学園側にいる、何者かの仕業だな」


「……ど、どんだけブラックな事情を抱えてんだよ」


 二人は奥へ進むと、やがて生徒用の駐車場が見えてきた。

 その真ん中――よりによって障害物の何もない場所でイギルは倒れ伏している。


「――先輩」


 宗次は警戒しながら近づく。

 この姿すら偽物フェイクである可能性があるため、気を張らなければならない。

 だが幸いにも、イギルは本人であったようで、いきなり咆哮した。


「――おでのだだがいを、見ぜてやるぶぇええええええっ!!!!」


「うっわきたねぇ!!」


 ぴしゃぴしゃと水音を出して中のアレをアレしたイギル。後ろのバロットが猛烈にヒいていた。


「隠れるぞ、向こうへ走れ。

 物陰に隠れたら耳を思いきり塞いでいろ」


 イギルを――大岩のように重たい彼を片手でつかみあげた宗次は、バロットに預け奥へ走らせる。

 イギルをしとめられるのにそうしなかったのは、やはりあくまで宗次が目的だからだ。


「……そこか」


 真横に視線をロックオン。

 瞬時、瘴気による――まるでおどろおどろしい触手のような闇の壁が、地面から姿を現した。

 その壁へ聖力を練り込んだ矢が二本、宗次へ向かって放たれる。

 矢は構えていた黒い壁に、吸い込まれるようにして消失。


「……っ!」


 ぱきぱきと、宗次の右足が氷にからめ取られていく。


「――<蛇火>」


 赤い術式印ルーンとともに、うねうねとうねる――まるで生きたヘビのような炎が宗次の周りへ建言する。その数10。

 一本は宗次の右足にからみつき、氷を一瞬で昇華。

 ほかの九本は拡散し、その中の二本は聖術の矢にも劣らぬ速度で敵方のやぶへ潜った。


「ひっ――ひぇえええ!?」

「な、なんだこれ、あちィ、あああぁあああああっ!!」


 二人の悲鳴と、悶え転がる音を聞きながら、


「喰らえ」


 術式印が再び宗次の足下を彩る。宗次はしゃがんで頭を抱えるようにした後、目をつむる。

 ――そして、空気がずっしりと重くなり、周囲の音の全てがつぶれるようにして消滅した。


 宗次が放ったのは、巨大振動波。


 空気がびりびりと振動を起こし、それが周囲へ伝播していく。

 そばの車が内側へへこみ、ガラスは例外なく砕け散り、街灯も割れ、宗次の足下はぎしぎしといやな軋みを発している。

 波の発信源の真下にいる宗次は魔力のシールドで極力身体をガードする。

 が、それでも頭を猛烈に揺さぶられるようなめまいは耐えなければならない。

 振動波の鳴動がわずかに小さくなったのを図って宗次は腰を低く疾走。

 わずかな瘴気の流れを頼りに、バロットの存在を走査スキャンする。

 

 バロットの気配はすぐに感じ取れた。

 車の影に耳を塞いだまま震えてうずくまるバロットと、その横で耳から血を流し動かないイギルがいた。

 二人の胴体を抱えた宗次は進入した方と反対側の端まで走っていった。

 倉庫の影に隠れた宗次は二人を下ろす。

 振動波の鳴動は、もうほぼ鳴り止んでいる。

 バロットは完全にパニックになっており、小声で宗次に抗議した。


「な、なあ! もうこれ、通報した方がぜったいいんじゃね!?」


「今さら手遅れだ。ここは突破する」


 宗次は、バロットの両足をおもむろにつかんだ。


「バロット、早速ですまないが――

 瘴気をお前の体の中に送る、おとなしくしてろ」


 緊張して硬直するバロットを、宗次は集中し瘴気を送り込む。

 黒く重い闇の固まりが、バロットの足を滑るように包んでいく。


「……おっ、お、ぉぉぉおお!?」


 ごき、ごきり。

 がっ、ぐも、めきめきっ。


 肉と骨の胎動が、ジャージの下で行われる。


「あっ、! あがっ、熱い……!!」


 すると、膨れ上がった足がジャージの裾をびりびりと引き裂き、白いシルクのような体毛が、ジャージの下からぶわっと生えてきた。

 サンダルはぽろりとこぼれ落ち、ヒューマンの素足の面影は全く無くなっていた。

 バロットの足は、間違いなく“獣の後ろ足”と化していた。

 元の足まわりより、二倍以上太ましい変貌をとげている。


「下半身だけ獣化させた。それで宿舎まで逃げろ」


 イギルをそっと抱えて、バロットの肩に乗せた。


「なあ宗次、上半身もいっそ……!」


「瘴気の供給のしすぎは重篤な副作用を引き起こすかもしれない。今はそれで我慢しろ」


 バロットの提案をはねのけた宗次は、ぼそぼそと詠唱を開始。

 赤の術式印が魔術の生成をはじめていく。


「俺が合図したら、奥の小道めがけて走って行け。すぐ大通りに出ろ、いいな」


「でも宗次は……!」


「少し交渉してみる。

 今まで逃げられたが、今回は学園の中だ、何か違いがあるかもしれない。

 安心しろ、俺は死なない。お前は帰ったらすぐイギル先輩を安静にさせろ」


 正直、死ぬか死なないかなど、宗次にとって知る由もない。

 宗次はそれを、この場の誰よりも知っているつもりだった。

 だから絶対的な自信をもっているふりをして、バロットを戦闘から離脱させる。


「……わかった。すぐ戻ってきてくれよ」


「俺がカウントしたらいけ。……3……2……1……行け!!」


 術式印が完成すると同時、バロットは駆けた。

 バロットの後ろ足は地面をえぐるほどの力で、そのままロケットのように全てを突っ切っていく。

 それとほぼ同時に展開された術式が発動。

 バロットが突き進んでいった道に陽炎がのぼりたち、奥の景色はぐにゃぐにゃとゆがんでいる。

 この幻術は、これから進入した者を惑わせる。ゆえにバロットたちを追うことはほぼ不可能だ。


「………………」


 宗次は無言で、今度はじっくりと場の走査を開始した。

 瘴気の放出をしている者は一名。聖力を発し臨戦体制にある者、数名。

 厄介なのは、イギルのように瘴気を全く操れないディバイドだ。

 瘴気を体内に循環させている魔術士、聖力を体内に循環させている聖術士の走査には、宗次の方法では引っかからない。


「……?」

 

 一つ、違和感を覚える聖力の反応がある。

 まるでランプが明滅するように、平静を保つことが出来ない聖力の不安定な反応。

 ――こんな反応を前に感じたことがある。

 小さな赤ちゃんの双子の魔物が、いつ捕食されるかもわからない恐怖におびえていた。

 その反応と、今の反応がまったく同じなのだ。


「……仕方ない!」

 

 交渉は断念することにした。今は微弱な聖力反応を助けることが先決だ。

 宗次は決断し、倉庫の影から身を屈めダッシュ。

 瞬間、激しい破裂の連続――小銃ライフルのような武器の連射音だ。

 自分の位置はバロットたちが逃げる時に暴露していた。宗次は前方の地面を瘴気で満たし、そこへスライディングしていく。手荒な隠密方法だ。

 瘴気の中にずるりと入り込んだ宗次は、ほふく前進で車の下を通る。

 敵の死角を予測しながら、慎重に先ほどの反応場所へたどり着いた。

 反応があったのは、学校の所有するバスの影だった。

 宗次は車体の横にいて、うずくまる人影は車の真後ろだ。


 ――囮だったら、そのときはそのときだ。


「……おい、あなたを助けに来た。

 すまない、妙な争いに巻き込んでしまった」


 しかしその返事は、宗次にとって意外でしかない。


「あ、逢坂……さん?」


 宗次はゆっくり顔を出す。それはやはり、敵の偽物フェイクではなかった。

 しゃがみ込んでいた鴇弥名織は泣きそうな表情で、宗次を見上げた。

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