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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
異界からの帰還者
10/49

強襲

 名織と目が合った瞬間――

 自分の彼女からの信頼を地に落とすこと、彼女の命を護ること。

 宗次はその二つを天秤にかけることもなく、後者を最優先にして動くと決めた。


「あの、私、その、」


「事情は後で説明してくれ。今は非常事態だ」


 まるでトップクラフトの肩書きも信じられないほどに、名織は怯えきってしまっていた。

 実戦などしたことがないのだ。実物の銃の音すら聞いたこともないだろうし、誰かが誰かを傷つけ、血を流すという事実に向き合ったこともないだろう。

 スタジアム以外で――人の命を奪うための“死合”が繰り広げられている光景も、きっと。

 宗次は彼女の震えている手をそっとつかみ、


「落ち着け、鴇弥」


「ひっ……」


 当然のように、手は振り払われ拒否された。宗次は目線の高さまで腰を屈め、


「鴇弥、俺のことが怖いか?」


「だって……だってしょうがないでしょ……! あなただって……」


 名織は宗次の手を見下ろす。

 が、宗次の手は彼女に反して全く震えておらず、落ち着き払っていた。


「俺の言うことを聞けるか。今はただ、それに従って行動して欲しい」


 優しく、ゆっくりと諭すような宗次の声音。

 その印象は先ほど口汚く罵ったものと全く違う、平時にはありえない暖かさをもっていた。


「……い、いや、」


「頼む、俺を信じて欲しい。君を必ず助ける。俺の命に代えても」


 有無を言わせない。

 やがて名織は――こく、と少しだけうなずいた。

 それを確認した宗次は、突拍子もないことを聞く。


「鴇弥、ところで――試合は好きか?」


「……? は、はい?」


 疑問系だったが、是と受け取っておこう。


「そうか。そうだよな。……少し落ち着いて俺の言葉を聞いてくれ。

 君は、いつもの試合をイメージすればいい。

 君は強い。ほかの敵に――ましてや雑兵みたいな奴らに負けることなんて万が一にもあり得ない」


「さ、さっきと言ってることがちが、」


「当たり前だ――さっきのは……さっきのは、嘘だ」


 すっぱり心を折った彼女を元に戻すには、これしかない。

 今の名織が戦闘に臨もうとすれば、さっき受けた心のダメージは足かせになる。

 心は、命を護る原動力なのだ。


「<………………>」


 宗次はぶつぶつと詠唱。赤い術式印ルーンが広がっていく。

 やがて術式印が完成する、と同時に周囲の視界が漆黒に染まった。


「…………!!?」


「落ち着いて、鴇弥。大丈夫だから」


 黒い空間は、だんだんと明るさを取り戻す。

 そのとき、名織は異変の正体に気がついて宗次の足下を見た。

 宗次の、名織のよりもずっと黒い“影”から、新たな影がぶち、ぶちと分離して車体の下に潜り込んでいってしまう。


 ――火薬が炸裂する甲高い音。それが散髪的に聞こえはじめた。

 それに混じって、


 うぅぅぉぉん――!!!


 まるで巨大なプロペラを一気に回転させるような、腹の底に響く音がする。

 宗次は、反射的に身を固くする名織へ、


「魔術で影を囮にしている。しばらくは見つからないはずだ。

 ところで、今の音はなんだかわかるか?」


 ふるふる、と首を振る。宗次は少し安心した。 

 今の音の正体は――空間を凝縮し、一気に解放する術だ。

 術式の発動場所にいたターゲットは、まるで内側からリンゴが弾けるみたいに破砕されるだろう。

 殺しに来ているな……と名織にも聞こえない声でつぶやき、


「今、敵は少なく見積もって6人いる。

 奥の藪の中に3人、左方の施設棟内の二階に1人、右方の藪に2人。

 それ以上潜んでいる場合もある。これを突破する。質問は、あるか」


「な、なんでわかるんですか」


「……それは深く聞くかないでくれ」


 詳細を名織に明かすつもりはなかった。


「……救助を待つっていうのは……? 私、SOSを出してて、」


「それは……できない。

 あの敵は元々俺が呼び込んだものだ。これ以上別の被害を出す前に突破したい。

 ……すまない」


 謝ることしかできなかった。

 だが名織は「わかりました」と、ぽつりとつぶやいた。


「逢坂さんは、相手を……倒すの?」


「あいにく、俺たちはそんな逮捕術を習っていない。下手すれば殺してしまう。

 相手がまだ危害を加えてない以上、正当防衛の是非を判断することも俺にはできない。

 そして迂闊に手加減も出来ない。

 威嚇程度ならいいんだろうがな。だからここは全力で逃げるぞ」


 名織から少し、肩の力が抜けるのを感じた。

 質問は終了のようだ。反対に宗次から聞く。


「鴇弥、装備は」


「S・デバイス……だけです」


「じゃあ準備術式プリセットに防御系の術を出来るだけ充填してくれ」


「は、はい」


 ぶつぶつと、名織は小声で詠唱をはじめる。

 やっぱり、手は震えている。


「…………」


 宗次はもう一度手を握る。今度は、とまどいを顔に浮かべられるが拒否はされなかった。


「詠唱していてくれ」


 静謐な夜の海のように、宗次はどこまでも落ち着き払っていた。


「あなたは、出来る。今日は闘う会場ステージが施設から外に移っただけだ。

 ギャラリーはいつもより少なくて、少し残念だった。

 ……けれど夜は、暗闇は、あなたの演技を心から楽しみにしている。

 そう思えば、何の問題もないだろう」


 宗次の不意打ちほほえみ。

 名織は驚いたようにそれを見つめると、手の震えはだんだんおさまっていった。


 宗次はまだ無名のディバイドだ。

 その立場がどれだけ貧弱なのか、宗次は痛いほどよく知っている。

 相手を挫く確実な証拠を持っていても、いったいどれほどの規模を持つ組織が宗次を狙っているのか、それともただの個人の恨み辛みなのか、まったくわからない。

 こちらから変に騒げば、権力という巨大な力にひねり潰されるだろう。

 だから勇み足は出来ない。

 宗次がすべきことは今奴らを叩くことじゃない。

 しかるべき時に奴らをぶちのめせるよう、機会をうかがうことだ。


 ――それまでは徹底的に、奴らと遊んでやる。


 宗次は名織にいくつか術の提案をする。名織はそれに素直に従った。

 今の宗次には魔術に制約がある。

 名織の術効果を優先させなければならず――極力、自分の瘴気を抑えねばならない。

 名織が宗次の瘴気を予測した行動(=術の発動)を取れるとは思えないからだ。

 瘴気は聖力を蝕む。うかつに放つと、隣の名織の術が効力を成さなくなる。

 それに名織の体が瘴気中毒を引き起こせば、立って歩くことすらできない。

 だから瘴気も魔術も最低限に抑える必要があった。

 ――相手へのハンデとしては、十分だ。宗次は自分に言い聞かせる。


「行くぞ。俺が3つ数えたら飛び出すんだ。それと同時に術を発動しろ」


「……あり・むあ・ふぇると」


 急に、名織はそんなことを言った。宗次は眉をひそめる。

 名織は、少し無理矢理はにかみながら、


「この言葉は“魅了する”って意味です。

 いつも……私が試合の前に唱えるんです。

 私と一緒に、唱えてくださいますか」



「「――アリ・ムア・フェルト」」


  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽


「氷境壁<バウンダリーウォール>――!!」


 少女の叫び声が夜闇よやみを貫いた。

 左方の施設棟の地面に沿うように、一直線に青白い光がほとばしり――

 そこから巨大な氷壁が、施設棟を覆うように屹立した。


「――二撃っ!!」


 少女の再びの叫声シャウトとともに、もう一条の青白い光のラインが、右方の藪側へ走っていく。

 目を疑うような速さで氷の壁が天を穿つ。

 やがて銃弾の一つや二つでは穴を開けるのは到底不可能な氷の壁が、施設棟の方と同じように隆起した。

 さっき身を震わせていた名織でも、トップクラフトの名は伊達じゃない。

 氷の壁同士に阻まれた駐車場スペース――それのみが、宗次たちと敵が唯一相対する場所となった。

 逃げ場はなくなったが、それは相手も同じこと。攻撃の来る方向は決まっている。


 バスの左右両脇から、二人は同時に走り出す。

 その直後、宗次と名織の前方の視界がぐにゃりとゆがむ。目くらまし用の幻術だろう。

 だがそんな術、宗次は戦闘の考慮に入れていない。

 なぜなら、この弱小術ごと吹き飛ばすからだ。

 宗次は前方に気配を察知。三ついる。


「俺の後ろに飛べ鴇弥!!」


 名織は聖力で強化させた肉体で大きく跳躍。宗次は刀身のない刀を構え、横に一薙ぎする。

 そこを起点に、突風――

 いや、それを大きく凌駕する“爆風”が宗次の刀を起点に殺到した。

 刀の一薙ぎでの延長線上にあったコンクリートや木々の一部をめくり上げていき、轟音とともに前方がぐちゃぐちゃになっていく。

 宗次は後ろへ下がると、風に体を持って行かれそうな名織を抱えて身を縮める。

 やがて風が少し凪いだ。


「鴇弥、先へ行け!!」


 名織を先導させ、風の収まった方向へと走る。

 突き当たって左へ曲がり、学園の外周沿いの道路を走る。

 この先が学園のメインストリートだ。

 しかし、前方に黒ずくめの敵が二人藪から現れ、名織は突っ切れず立ち止まる。

 敵らの手には小銃ライフル状の武器が構えられている。


 ――鴇弥を守らねば!


「――<暗示眼>ッ」


 短く詠唱した宗次の眼光が、あかを帯びて光り出す。

「ひっ」と二人の敵がうめくのを聞いた。

 宗次はすかさず、


「その銃は重いぞ!!」


 二人の敵はその銃にまるで重圧が加えられたようにな挙動で、体ごと銃を地面に打ち付け倒れ込んでしまう。


「逢坂さん、後ろっ!」


 ――ダダダンッ!!


 ひるがえるいとまもなく、銃の三発の連射音。

 それと共に、宗次の右肩に尖った痛みが貫いた。

 瞬間、宗次の体の横を稲妻が迸る。

 前方の二人がその稲妻によって大きく吹き飛んだ。見れば、名織の足下に青白い術式印が描かれていた。

 その名織の雷術は同時に背後の敵も打ち倒したろうが、振り返って敵を見る時間も惜しい。


「走れ鴇弥っ!」


「――濃霧<フォグ>っ!」


 名織は逃げながら、あたり一面に深く濃い霧をまき散らす。

 宗次は名織の手を引いて、一息に外周沿いの道を走り抜けた。


  ▽  ▽  ▽▽  ▽  ▽


 胸を押さえ、大きく、深い呼吸をしながら歩く宗次。

 そのすぐとなりを、とぼとぼと名織が付いてきた。

 宗次の表情には、銃創いたみもそうだが、魔術の負担が色濃く出ていた。

 他の魔術ならいざ知らず<暗示眼>と宗次が名付けた術は、地味ながらも相当な体力を消耗する。

 敵に暗示をかける、ただそれだけの、強力で地味な術。


「あ、あの……逢坂さん、医療棟、こっちじゃなくて――」


「お前を寮に送り届けるのが先決だ。

 それに痛みは何ともない」


 明らかに肩の真芯に銃弾がめり込んでいるが、そんな無茶なことを言った。


「……それより、どうしてあそこへ来た。説明しろ」


 宗次は元の冷たさを瞳に宿して名織へ問う。


「あの……こっちと反対の場所で小火ボヤ騒ぎがあって、自警部が駆り出されたんです。

 1班と2班はそっちの沈静に向かって、三班――私はあなたとイギル先輩(班長)の連絡が付かないから待機要員で。

 ただ、二人が飲み屋の近くにいるってロケーション機能が示していたから向かおうとしたら……あの駐車場の方へあなたが動いていたから……」


「……次は勝手に行動をするな。

 あと、班の異動命令を出しておけ。

 俺と一緒になると、こんなことが続くぞ。次は命の保証はない」


 宗次の顔は、能面のような無表情に戻っていた。さっきの戦い以上に、慰めた宗次が夢の存在じゃないかと思うほどだ。

 やがて、女子寮の目の前まで到着した。


「着いたぞ。先輩や生徒会長には俺から報告しておく。

 さっさと寮に入れ」


「………………」


 何か言いたそうに無言の名織は、やがてくるりと身を翻し、女子寮の入り口へと歩く。

 ようやく終わったとため息をつき、宗次もまた女子寮から背を向ける。

 そして突然――、


 とすっ


 何かが宗次の腰にぶつかり――

 振り返ろうとすると、腰に回された腕がぎゅっと強まった。

 そう、少女の腕だった。

 宗次はようやく、後ろから名織に抱きつかれているのだと理解する。


「な、なんだ――!?」


 切り抜けるときですら見せなかった驚愕と焦りが宗次の顔に浮かぶ。

 幸い、名織にその顔を見られてはいない。


「ありがとうございます、あなたのおかげで切り抜けられました。

 ……私も、どうしてあなたを引き留めているのか、わけがわかりませんっ!!

 でも……どうしても聞かなきゃいけないことがあります!!」


「お、おい、叫ぶな……!」


「一つだけ教えてください。

 本当のあなたはどこにいるんですか。それを聞くまで、帰らせません」


「……言っている意味が分からない」


 焦る宗次。


「どうして入学式であんな突き放すようなことを言ったんですか。

 私のことも、どうして。

 さっき、あんなに優しい人だったのに」


「それは、」


「答えてください!」


「……ああいう風に悪目立ちすれば、少なくとも昼間は注目されて襲われることもないと思った。

 それだけだ」


 早く彼女から解放されたい一心で、いやあるいは彼女の覇気のせいか、バカ正直に答えてしまった。


「どうして、私とティアンスを嫌うんですか!!」


「……それは……」


「ちゃんとした理由を言ってください! じゃなきゃ放せませんっ」


「さ、差別を受けていたからだっ!」


「どういう差別を受けていたんですかっ! それに私は差別してませんっ」


「そ、れは………………」


 ぎゅっと体を抱きしめられる。

 宗次の体は、さっきのバトルよりも数段硬直していた。

 ここでどういう答えをすべきか、全て吹っ飛んでしまっていた。


 ――俺は、鴇弥が納得するほどの理由なんて、そこまで考えてない。

 いや、考えられるほどの経験を……したことがない、のだ。


 頭が真っ白になる。頭には、少女を納得させるような解がまったく浮かんでこなかった。

 やがて、ヒートしかけた脳は根を上げて、ついにボロが出そうな一言を言ってしまう。


「聞くな。それ以上、言えない……俺に、踏み込むな……」


 思考とは自分勝手なもので、取り返しのつかない事態になってから様々な模範解答が湧いてくる。

 腕の力は、突然ふっと抜けてしまう。

 肩の痛みも忘れ思いきり名織を振り切り、しばらく走ってまた振り返る。


 名織はぼーっと突っ立っている。

 けれどどうしてか、頬に少し赤みを帯びているようだった。

 

「……? はやく中へ入れ!」


 心ここにあらず、という表情でとぼとぼと寮へ入る名織を確認し、ようやく宗次もきびすを返した。

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