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VS Irae Hughes

  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 宗次に仲間だと言った自分は、偽りか。

 どうしてオレはこんなにもバカだったんだ。

 セルティのことはまだ腑に落ちない。けれど、バロットを助け出してくれたのは、疑う余地の無い事実だ。


 暗く長い、ひたひたと進む先の四方の壁や床は、こけや腐食によって崩れ落ちている。

 オルタによって提案された“作戦”を一通り終えたバロットは、待機の命令を出されていたルーファとともに、排水処理施設の中を特に会話するでもなくのろのろと進んでいた。

 敵との接触は出来るだけ避け、イラエヒューズの捕獲後、宗次・オルタ組と同行する手はずだ。

 バロットは全獣化して賢鳥種ラプトリアル――半獣化でも出来れば彼女も立派な翼の一対、生えてくるとは思うのだが――いかんせん、それだけの能力がない。

 それどころかこの場の瘴気の濃さにやられて、歩くことさえままならない状態だった。仕方ないので背中に乗せていてやってはいるが、この調子ではまともに話せるまで時間がかかりそうだ。

 まるで景色の変わらない道路をただ歩く。ひたすらひたひたと反響する自分の足取りと遠くから振動のように伝わる水音の単純な音色だけが鼓膜を揺らす。

 とりとめのない考えや思い出が、頭の中にちらつきだし、それにとらわれていく。


 ――かつて宗次を暗殺しようとした。ルーファも、バロットも。

 それは、集社が――イラエ・ヒューズがそうせよと命じたからだ。

 二人はそれに従うしかなかった。

 ルーファとバロットの親は、今現在行方不明だ。

 バロットは、親が嫌いだった。

 いつもいい歳をして手をつないで、ところかまわないおしどり夫婦。

、なぜお互いそんなにベタベタしていやがるという疑問をいらだちながらぶつけたことがある。

 父親は、からから笑った。


「そりゃあ、いつ死ぬかもわからねえからなあ」


 その言葉を証明するかのように、突然二人はいなくなった。

 幸い、バロットの幼い5人の弟妹は無事だった。

 入学前の話だ。

 いつもいつもじりじりと、心が焦がされるようだった。

 集社は、いつオレの残された弟妹を奪うのか。奪われた弟妹はどこへ行くのか。

 おやじとおふくろは、いったいどこに消えてしまったのか。

 集社に貢献せよと、集社の幹部は言った。そうすれば両親を解放する、とも。

 イラエ・ヒューズには結局、会ったことさえない。ただの駒の一つとしてしか、認識されていないのだ。

 そしてそれはルーファも同じだろう。

 いや、ただの駒ではない――捨て駒としてと言ってもじゅうぶんだ。

 また、あのウザい親たちのおしどりぶりを見たくなった。

 もう一度だけ――もう一度でいい。あと、たった一度でいい。

 バロットは、ほとんどあきらめていたのだ。

 いや、あきらめるしかなかったのだ。

 全獣化してからはじめて訪れた、この排水処理施設。

 魂のうめき声が、悲しみの怨嗟が、怒りの怨念が、バロットの心に浸食してこようとする。

 頼む――もう、眠ってくれ――

 その魂に出くわすたびに足を止めて、



 こいつは、昔から知っている親父の知り合いで……。こいつは、以前に近くに住んでいたヤツ。

 こいつはいつの間にか孤児院から消えてしまったヤツ――。



 まともに思い出していたら、頭がおかしくなりそうだった。

 ここはもはや死霊の城だ。亡霊と毒気と暗闇が支配している。

 だから、せめてその魂だけは安らかに眠ってくれるように祈るのだった。

 再生の魔術を、その魂の近くに詠唱で展開する。その術式印に引き寄せられるように、魂は近づいていき、やがて怨念の炎は穏やかな彩りとなる。

 多分一日でも待てば、ここから消えてなくなるだろう。

 出来れば親の魂に会いたい思いと、そもそもそんなものなければいいという思いとが、何度も何度も頭を交錯する。

 バロットが見たのはさまよう魂だけ。本体である死体は、このダンジョンともしれない施設の奥に隠れているはずだ。その事実が、バロットの足取りをためらわせる。

 逢坂宗次――バロットの師匠はこの道を進んで、一体何を思ったのだろう。

 ただひたすら敵を討つために進んだのだろうか。それは師匠がするべき行動だったのだろう。時間がないらしいのだから、それは当然だ。


「……それでもオレには、真似できねえ」


「……うぅ、ば、ろっと……今、私は……どこに……」


 ルーファが目を覚まし、暗い思考の世界から現実に引き戻された。


「しゃべんなよ。まだまともに頭も動かねえんだろ?」


「……エベル……私の弟なんだ……名前を呼んで……くれないか……」


 どうやら、この女も、集社に奪われた大切な家族がいるようだ。


「ここにはいねえ。いるのは朽ちかけた魂だけだ」


「…………エベル……」



  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 宗次とオルタは歩を進め――今までとは施設の様相が変わった。施設構造に特に代わり映えはしない――瘴気の濃度と、朽ちた死体を除いては。

 死体が現れ始めたのは、さらに奥へと潜り込んでからだ。皆一様に黒いスーツを纏ってはいるものの、毒によってもがいたのか、どの死体にも首のそばに手を置いていたり、這いつくばったり、床や壁を引っ掻いたような痕跡を残していた。

 壁にもまだ発動するであろうチェイン・ポイズンの術式印が綺麗な状態で残っていた。

 まるで侵入者を拒むための、死の障害だ。

 肌は爛れたのか腐り落ちたのか判別がしづらいほどに時間が経過しているようだった。宗次でも、人間の――しかも毒によって口止めか、何なのかはわからないがおそらく“殺された”であろう死体を見慣れているわけではない。

 それはオルタも同じようで、しきりに顔を向けては、呼吸を震わせて平静を保とうとしている。


「……ねえ逢坂、こいつら全員、集社の幹部よ。私の解析データと、今までのところ全て一致している。

 彼らは何をされたんだと思う?」


「悪魔の計画で――もしくは気まぐれで殺したと、俺は思う」


 と感想を述べながら、オルタの顔を見て宗次はぎょっとした。彼らの死の絶望に引きずり込まれたような、重くて苦しい顔をオルタが浮かべていたから。


「オルタ。怖いなら、恐怖を抑制する聖術、使えばいいんじゃないか?」


「……いいえ。使うにしてもそれはヒューズと退治するときがいい。出来るだけ、聖力ストレージは温存したいから。もしものときのために」


 その提案は断られたが、オルタの瞳に若干の落ち着きが芽生えたような気がした。

 聖力ストレージとは、いわば聖力を凝縮したペン状の容れ物だ。まわりが瘴気だけの場合、外界の聖力は期待できない。

 だからこういった場所にティアンスが潜入するときには、聖力ストレージをいくらか身につけて持って行く必要がある。

 ディバイドでも容赦なく酔わせるほどの濃さを持つこの場にオルタが平然と立っていられるのは、彼女がアンドロイドだから――それしか理由はないだろう。

 しかし彼女はそんなアンドロイドでも心がある。それを抑制する肉体的な働きも、彼女には出来ないようだった。

 口を閉ざして、二人は前へ進む。 

 やがて、通路をふさぐように倒れている死体を見つけた。ほかの死体とは違い、黒のコートを羽織っていた。うっすらあごひげを蓄えた顔も、手足もまだ健康的な色をじゅうぶんに残している。

 ごくごく最近事切れたのだろうか、


「逢坂、ちょっと待って。その死体、検分るわ」


 オルタはしゃがみ込み、何のデバイスも出さず、しきりに死体の首元を触っている。

 宗次もそばでしゃがむとオルタがこちらを向いた。


「逢坂、これ……首の刻印見て。

 Code:200357891Nって書いてあるでしょ。間違いなく――これはこの作戦で合流する予定だった私たちの仲間よ」


 うっすらと、あざのような文字の羅列が首筋に見えた。


「死んで――しまったのか」


「そうね……残念だけれど。この人、やっぱり私と面識が無いわね。データベースにもヒットしないし――

 でもまあ、今となっては別に関係ないわね。これでこの人のいない作戦を実行するしかなくなった。逢坂、もう一度説明しておくわ」


 オルタは厳しい顔つきのまま立ち上がり、宗次もそれにつられて立ち上がった。


「イラエ・ヒューズは基本的に攻撃が効かない。異常な生命力を有しているから。

 彼はかつて伝承にあった“マザー”になろうとしている。

 彼は、血の情報を使ってヒトを意のままに操る。だから、彼からの攻撃は絶対に受けないこと。私がヒューズを術で拘束するまで、しっかりと相手の攻撃を躱し続けて。

 攻撃を喰らわない限りは、確実に勝てる。……ルスはそう言った」


「……あと、もう一つあったよな」


「うん。宗次は、これからあまりにもショッキングな場面に遭遇する。私はそれを私の術で忘れさせる。絶対に」


 二人うなずき合った、そのとき。


「よう、お二人さん。なンだよ面白そうな話? 良ければ俺さんも、まぜてくんねぇ?」


 軽薄な声に、二人は弾かれたように顔を向けた。

 通路の奥、何かがいる。

 シルエットは確かにヒトだ。しかし、そこにあるべき人物の皮や肉が、一切見当たらない。

 一言で言えば、それは骸骨だった。骸骨が服を着て、こちらに顔を向け、腕を組んで柱にもたれかかっていた。

 死骸がしゃべっていると――そんな勘違いさえしかけた。


「あんた――イラエ・ヒューズ?」


「ご名答! おう、どうした?写真の人相と違うんで、ずいぶん驚いてますって顔してるぜ?

 しかしだ、若人。これが無駄をこそぎ落とした最新のファッションってモンですよ」


 最低限のコミュニケーションを取るためにあるはずの、声帯や目玉まで見当たらない。

 であるのに――その骸骨はまるでその感覚を一つも失っていないかのように、声を発し、こちらを見ているのだ。


「ようこそ我が根城へ。つってもま、お前らの目的が見えねえんだけど。迷い込んじゃったのかい?

 だったらま、まだ苦しくない死に方で殺してやろうと俺さん思うわけよ。どうなん?」


「私たちは、あなたを――倒しに来た」


 オルタは、捕縛するとは言わなかった。なめていたら、痛い目を見るのはわかりきっている。


「そうかい。じゃあもうちょっと広い場所でやろうや。こっちに来い。たっぷり丁寧にバラしてやるよ」


 手招きすると、奥の方へ歩き出すヒューズ。それを二人は追う。


「ほんで、君達の目的は何? 俺をぶち殺しに来ただけ?」


「……いいえ。十年前に起きた七年生事件の被害者を救いに来た」


「はっ! そんなこと知っていやがるのか? 何でだ、どこから漏れた? 完璧に隠蔽してたはずなんだが――

 なあお嬢ちゃん、教えてくれよ」


「……」


「ありゃ……? ま、いいや。じゃあせっかくだ、地獄への土産に一つ俺さんのコレクションを見ていってくれよ!

 なかなかどうして趣を知って欲しいわけだよ」


 骸骨はからからと楽しそうに笑う。

 漆黒の上下レザースーツを着込んだその体も、骨張っている。おそらく体の構成部品は全て骨のみなのだろう。


 ヒューズに案内されたもう一つの部屋。そこには、生命維持装置が所狭しと並べられていた。

 整然と並べられた、というよりは無造作に置かれたという言い方がもっともしっくりくる装置の配置をしている。

 装置と言っても、簡素なガラスケースの取り付けられたベッドの様なモノだ。本当に、ただ生命というものをかろうじて維持しているだけの寝床。

 中をのぞき込むと、規則もへったくれもない寝相で横たわるヒューマンとエルフがいた。その瞳は、生きているのか死んでいるのか不確かな濁ったつや色を放っていた。外傷は見られず、肉体的な問題はなさそうだった。

 一基につき一人、それが48基を数える。


「逢坂……生きてる、この人たち。それにやっぱり、七年生事件で失踪したヒトたち――」


 オルタが、その装置に触れないように分析を試みたらしい。

 希望はどうにか繋がったようである。だが、手放しに喜ぶことは出来ない。彼らの心までが無事だと決まったわけでは無いのだ。


「よう、その装置にゃあ触らないでくれよ? 大切なサンプルなんだからな。

 それに触れられたらおっちゃん怒ってティアンス全員皆殺しにしちゃうかもだから。どれ、見終わったらこっちに来い、こっちに」


 不愉快な脅しを軽々と吐きながら、骸骨はさらなる奥の部屋へと案内する。

 そして宗次たち二人は、妙な部屋にたどり着いた。

 この広間だけ、壁や床、天井までも異質だった。ぐにょぐにょと、時々脈動するように動いている――筋繊維のようなもの、爪のようなもの――それらがいくつも集まった、肉と血と骨で構成されている――宗次は眉をひそめ、そのおぞましい部屋を理解した。

 部屋に充満する鉄臭さは、10秒で口の中をじゃりじゃりにしてしまいそうなほど、強烈なそれだ。

 部屋の一角の隅に一つだけ死骸が壁にもたれかかるようにして朽ちていた。長い髪の毛や肌は変色しきって、元の色は検討もつかない。

 宗次は本能で理解する。この部屋で闘うことは彼の術中にはまることと同じ、ということを。


「オルタ、この部屋は――」


「わかってる。わかってるけど、私でもどうすることも出来ない」


 宗次は後ろを振り向き、オルタのあきらめが滲んだ声の理由を即座に理解した。

 肉壁が、もとの通路を完全にふさいでしまっているのだ。


「さあお嬢ちゃんにお兄ちゃん、自己紹介と――ん~? うぇ、お前逢坂宗次じゃねえか!!」


 距離にして10mほど離れているヒューズは、思わぬところで旧知に出会ったかのような楽しげな口ぶりになる。


「おい、おいおいおいおい今日はついてんじゃねーですかよおいっ!

 とうとう来たかって気持ちと、来ちゃったか~って気持ちの半々だよ。まあ、俺さんキミを歓迎するよ。お嬢ちゃんは――いいや。興味ねえし。

 ま、座ったら?」


 ごぼごぼごぼ、ごぼ。


 異物をねっとりとした液体の中でこね回すような不愉快な音が部屋全体を揺らす。

 やがて血がべっとりと付着した肉と骨のチェアが、3脚現れた。

 ヒューズは当たり前のように、べっちゃりとそのチェアに腰掛ける。


「おい、座れよ。主が座れって言ったんだ」


「……いいえ、結構よ」


「……ほう、さっきからキミ、いや、宗次クンのほうもか――俺さんの術がまるで効かねえみてえだな。おもしろい」


 眼窩のくぼみが二つ、興味深そうにオルタと宗次を捉えている。


「骨と肉のチェア。どうだ、生き物みたいでなかなかキマった趣だろ?

 この美学、わかるかねえ……ま、俺さん自身めっちゃきめぇと思うけどな!! ぎゃはは!

 お前らのために少し演説をぶってやろうと思ってんだよ。

 言うこと聞かないおガキさんは好きじゃねえんだよな――しょうがねえからたったまま俺さんのありがたい話を聞き入れ、受け入れ、飲み込んで還っていただきたい。土にな。

 ……ん?ここで死んだ場合は土にすら還れねぇのか。俺さんの養分だ養分。まあ、いいだろ。土になるよりよっぽどレアな死に様だぜ?

 特に宗次くんはいい出汁が取れそうで、おっさんわくわくしちゃってる♪」


 この骸骨は、発言も嗜好も、全てが不気味だった。


「さきほどご鑑賞いただいた俺さんのコレクション――七年生事件で消えた生徒クンらのことだ。これもそうだが先にある――デスプールと俺さん名付けてるんだけどさ。

 この二つを使って俺さん、モノホンのデビルになろうって寸法なんよ。

 あー、オフレコだぜ? 俺さん、実はほかの悪魔種デビルとつるんだ事があんのさ。それで、いろいろと自分がデビルになるための手段を聞いたってワケ。

 一番手っ取り早えのはさ、ディバイドの血肉、ティアンスの生きた血肉、あとはたっっっっっっっっっっっっっくさんの絶望を混ぜ混ぜした餌で、デビルさんの方から俺さんをお迎えに来てもらうってわけ。

 最初はディバイドだけでやろうとしたさ。あいつらの命なんてさぁ実際さあ、たいていは金や家族あたりで釣りゃ、喜んで俺の手足になってくれたよ。

 ま、使えなくなったらデスプールにポイっと捨てりゃあ全て解決。俺さんの養分になれるんだから、これだけ光栄なことねえだろう。

 それいったい何人だったっけ。まあいいやそんなこたぁ。

 だから好き勝手するためにディバイド参画集社なんて、クッソくだらねえ組織も立ち上げたんだよね。

 集まるやつは偽善者とバカばかり。ディバイドをちょっとひいきする資産家に頼んだら、諸手挙げて出資してくれンだよ。

 組織という形が出来た時点で、もう俺さんの勝利は確定だ。俺さんはもともとヒトをだまくらかすことだけは秀でてたもんでね。

 この地下街区域では存分に好き勝手やらせてもらったさ。中でもここは極上のパラダイスだ。

 瘴気が濃いって理由だけで、邪魔者は誰も立ち寄らない、死体はデスプールか、さもなくば下ごしらえして汚水と一緒にどんぶらこっこさ――

 こんなボロでも全てがオートマティックさ。ヒトの目を欺くにはもってこいだった。

 そして俺さん、一度デビルさんを呼び出した――が、それは失敗に終わった」


 ヒューズは抑揚を使い分け、まるで演説をするように語りかけてくる。

 

「失敗……だと?」


「そうだぜ。失敗なんだよ宗次クン、大人は失敗して失敗して、どうにもならない絶望と一緒に成長する生き物だかんな。

 まあ、それでも半分は成功だがね。デスプールにデビルの魂が固着された。それが、“マザー”だった。母は俺と意思の疎通が出来た。

 俺さんは母から情報を集めていくうち、ティアンスが必要なんだと悟ったね。

 ディバイドとは違う高潔な器の中に、血液まで絶望に染まったぶっ壊れた心――そんな状態のティアンスが極上らしくてさぁ。

 だからこそ、君達が知る「七年生事件」の黒幕になったんだよ。学年でちょっとしたパーティがあったとき、俺さんも呼んでもらってさ。

 ありゃあ、マジで降って湧いたチャンスだった。

 いやあ、洗脳して集めるまでは良かったけど、事後処理がなかなか大変でね。警察がどうやって諦めてくれるかって言ったら「死体の証拠」を残すしかねえと思った。

 だからこそ、俺はその後母からクローンを作る方法を識り、それの腸やらなにやらをぶちまけたってわけだ。DNAはもちろんおんなじだったから、ようやく事件は収束してくれた。

 最高だったよ。自分が自分で無いような達成感っていうのかねぇ。

 そしてやっと俺さんは最終段階に入った。たくさんクローンをつくってそりゃもう研究しまくったさ。

 人体は、どういう風にコントロールすればより効率的になるのか。即死はさせられるのか。どうやったらもっともっと上手く操れるようになるのか――とかね。

 といっても結構最近の話なんだよコレが。

 どうやったらナチュラルにこの世界をぶち壊せるか、俺さんずうっと悩んでたんだよね。

 そんなわけで、俺さんは血の力でティアンスはだいたいコントロールすることが出来る。どうだい、うらやましいだろう?」


「その実験したクローンは――」


 宗次が聞く。

 この男はさもどうでもいい身の上話のように、肩をすくめてははっ、と言った。

 それは多分、彼の表情筋がないため推察するしかないが――笑っているのだ。


「新たに作り出しちゃってもさ、維持費がかかるのが実情でね。廃棄だ廃棄。死のプールは一応ディバイド専用だから、入れられねぇ。

 まあ俺さんはもうほとんどそいつらの“お母さん”だ。我が子を捨てようが嬲ろうが殺そうが――誰に迷惑がかかるでもねえ。そーいうこ・と。

 そして俺さんの、人呼んで<マザー構想>はついに佳境を迎えましたよォ~~!

 デスプールで眠る“母”ちゃんが準備を終えたと言ってくれたのさ」


 もはやこいつは救いようのない狂人だ。

 ヒューズという名の皮をかぶった狂人は、「さて」と言うと、


「そこで提案をしよう。あの少年少女たちは心は壊れている。助け出しに来たとしてもう遅い。

 キミたちみたいな常識人は、大概体が死んでいればあきらめるが、心が死んでいるのにあきらめてくれるヒトは少ないのよねぇ。賢明な判断じゃねーのさそういうのって。

 彼らが心を壊して――いや、壊され踏みにじられ跡形も無いほどにぐちゃぐちゃにされ続け、もう10年のアニバーサリーだ。

 どうする? それでもこいつらが惜しいのか? それでも持って行くというなら、管理者として納得することは出来ねえな。ていうか今後生け贄として必要なんだよ。

 ここまで言って分かってもらおうとしたけど、俺さんとやるかい?

 やらないで死ぬかやって死ぬか。二択だ。選べよ」


 提案ですら無い提案。それに宗次は、乗っかった。


「――やる。

 ようやく、アンタの気持ち悪い話を聞かずに済む」


 宗次はそう吐き捨てた。

 腰だめに刀の柄を構える。迷うことなく黒い刃を顕現させる。

 静かに精霊を呼び出すための魔術を唱え、肌の一部を「エンキュロット」と名付けた子竜に預けている。


「おお、怖え怖え。まあ宗次クンよ、そんなに生き急がなくてもちゃんと殺してあげるから安心してくれや。

 そこのお嬢ちゃんも、おんなじ様にな。

 ――ああ、殺すで思い出した。ところでセルティたんは、あんたらの誰かがコロコロしちゃったんだ? それとも、また別のやつかい?

 オレさんの手足としてめいっぱい働いてくれたかわいい子だったのさ。死に際くれぇそのよしみで聞いておくのもバチじゃあねえだろう。

 俺の支配下に入ったティアンスは“管理”できるようにしているのよ。だからわかるってわけ」


 宗次は肉薄し、下から上へ思い切り刀をはらう。

 大きな手応えとともに、ヒューズの右腕が吹き飛んだ。ヒューズは後退せず、前進もせず、距離を取った宗次へ顔を向ける。


「こんな悪魔みたいなナリしているが、これでもティアンスなんだぜ。

 まあちっと、『動くなよ』――」


 ヒューズの術式印の形成。詠唱は一秒も要しない――

 眼窩が、再び宗次を捉える。今度は確かな聖力の力を帯びていた。

 幻術のたぐい。足どころか、すべてが硬直する。

 ヒューズの言葉には、聖術の力がかかっている。だからヒトは魅了され、操られる。聖術で塗り固められた、偽りのカリスマだ。


 鋭い槍が飛んできた。それは矢と形容したほうがらしく感じられるほどの小槍。五月雨のように、激しいスピードを伴って宗次へと襲いかかる。

 宗次は呪縛をすんでの所で振り払い、迷わず、跳躍。宗次はその槍を躱す刹那、その小槍が骨で出来ているであろうことを察した。

 人間の倫理を超越した暴挙。

 絶対に、許せない。

 宗次の着地に合わせ、まだ肉と骨の椅子に座るヒューズは、けらけらと笑う。


「さすが、俺さんの刺客を――いや、ゴミ共を退ける位の気概はあるもんだ。トーマくん、セルティちゃん、バロちんにルーちゃん……

 あ、バロちんはバロット、ルーちゃんはルーファね。

 ほんと、キミという存在を俺さんが知ったときはヒヤヒヤだった。いつここに来てもおかしくなかったからなァ」


 どうやら以前から宗次のことは知っているらしい。

 だが今はどうでもいい。


「俺さんの操作術は聖術士にしか効かねえんだよね。

 なあ宗次クン? お前に効くのか否か、今見極めちまいたいんだがどうだよ? 元ティアンス!」


 ――後ろに気配。すかさず宗次は刀ごと、それをぶち当てるつもりで振り向き、

 誰かの両腕を、その一振りで払った。

 返り血が、ぱたた、と宗次のほおを塗る。


「逢坂、血を拭いて!!」


「るせえ、今度こそ『動くな』!!」


 ヒューズの言葉に、宗次の動きがぴたりと止まる。

 両断された腕の持ち主は、さっき死んでいたコードネームの男。それが糸の切れた人形のように、ふっつりと事切れて、床に倒れ伏す。

 その男の血を媒介にして、宗次を操作している――とでもいうのか。


「嬢ちゃん、お前さんのロジックは不明だが、邪魔くせえからすっこんでろよ」


 骸骨が手をかざすと、肉の壁が脈動し後退し横に飛び跳ね逃げようとするオルタをあっという間に捉えてしまった。


「ちぃ――――ぐぅっ!?」


 オルタを包み込む肉壁が、全身の自由を奪う。


「なんだなんだ、お嬢ちゃん……アンタニンゲンじゃねーのな。そりゃ、俺さん操れねえワケだ。

 さてしかし、体内の情報を知ることが出来た時点で、俺さんの勝ちだ。

 せいぜいそこでボーイフレンドクンが華々しく、あるいはむごたらしく散る様を目ぇかっぽじって見ててくれや。

 そのあと目ぇくり抜いて、アンドロイドがどうなってるのか調べさせてくれ。けけけ」


 骸骨は、宗次へと再び悪意に満ちた眼窩を向けた。

 刎ねた腕は、ごぽごぽと液状化し、その形を元通りに形成していく。


「この際体の構造なんて、カルシウムでもセメントでもほかの死骸の骨でもよ、なんでもいいんだよ。動けりゃ勝ちさ。単純で最強だろ?

 さあ、まずはお嬢ちゃんの腕でも一個もぎ取っておこうぜ、さあ『行けよ』」


 言葉の力が、宗次の体の向きを変える。宗次はその衝動を必死に抗う。

 一歩が短く、そして遅い。


「へえ、あんまり効いてねえな。俺さんの操作……まあディバイドだからしょうがねえ。

 でもどうだい、いつ自分が仲間を斬るかも知れないって感覚、なかなかに刺激的エキサイティングだとは思わねえ――」


 ――――――ドッ


「かッ!? ――んああ?」


 鈍い切断音が響いた。

 氷のエッジが二つ、ヒューズの背後に突き刺さっている。それがヒューズの椅子の肘置きごと、腕の骨を刎ねたのだ。


「宗次クンよ、おいたをしてくれたモンだ。チッせっかく無傷で攻略しようとしたのによ。計画が狂った。

 あーおもしろくねえ。おい、その影に入ってるモノ、出せよ」


「………………」


「聞こえねえのか!? 出せって――」


「……言われなくても、出てあげる」


 はっきりとした“声”が影の底から響いてきた。ヒューズの腕を正確に刎ね射た主が、勢いよく飛び出してきた。

 ヒューズは、多分まぶたと目があったならそれを見開いていただろう。そんな風な感嘆の声を上げた。


「セルティちゃん! マジ! 生きてたん!?」


「黙れ、ゴミ」


 影から出現したヨージュオ・立伝・セルティは、くまのある目をぎらりと怒りの光で燃やしている。


「……って言っても、なんだか顔色悪いねぇ?

 さては死者なん?」


 セルティはペンライトの様な小型の容れ物――聖力ストレージを一つ取り出し、


「――“アイスエッジ”!!」


 弾丸のような速度で放たれるのは、一瞬で生成された、断頭台のそれを思わせる氷状のギロチン。

 空気を切り裂く音とともに、血と骨の部屋から供給された新たな腕の骨は、片側のみ再び破砕される。


「アンタに言われたくないわよ。骸骨野郎」


「……言ってくれるねぇ」


 セルティはんべっと舌を出した。その舌も健康的というには程遠い。

 ヒューズはそのセルティの胸元に顔を向け、


「はっはぁ分かったぜからくりが。セルティちゃんの胸元に突き刺さってるナイフ、それでセルティちゃん自身の心臓を止めているっつーことか。

 セルティちゃんをこんなゾンビみたいにしたのは、“血”で管理する俺さんの目を欺くため――そしてティアンスのセルティちゃんが瘴気の中で行動できるようにするため。

 そうだろ? 大当たりだよな!? いやぁ、涙ぐましい努力だぜ!!」


 血の操作は限定的なことをルスは知っていた。その上でいかにヒューズを攻撃し、そしてセルティを守るすべを考えた結果がこれだった。

 愉快痛快という風に、ゲラゲラと笑う――その波が去ると、ヒューズは改まった。


「……はーあ。今さら死にぞこないの女の子が一人増えたところで、俺さんの勝機に変わりはねえよ。

 残念だが、セルティちゃんももういらねえし、死んでもらうわ。なんか最期に聞いて起きたことあるかーい?」


「ヒューズ……アンタはどうしてそんな化け物になっていたの?」


 セルティの疑問に、ヒューズは自分を指さした。


「え? それってば俺さんのこの姿のこと? 違うよね?

 セルティちゃんは目ざといところあるから最低限のことしかしゃべらなかったけど、俺さん昔からこんな性格だよ?

 さてセルティちゃん、それで俺さんにはどんなアタックを仕掛けるつもりなわけよ?」


 セルティは、走る。肉壁が足を掴む前にセルティは跳躍し続ける。 セルティが走る床は即座に凍り付き、肉が捕まえる余裕を与えない。

 しかし、それにも限界がある。

 仮死状態のセルティは、聖術による身体操作によって動いている。

 もともと死後硬直のような堅さの体を無理矢理動かしてかつ聖術を使うことは、すぐに限界を超えてしまうだろう。


「そうだ、今白状してやろう、俺さんが操作術で扱えるのは常温以上の血液を持つ体だ。だから今のセルティちゃんには一つも魅力を感じねえ!!」


「そりゃどうも!」


 セルティの目先までヒューズが跳躍する。セルティの手がヒューズの胸を捉え、同時、ヒューズの腕がセルティの肩を直撃する。


「――あぐっ!」


 セルティは、床に転がった。生きた液体窒素のように、肉床を凍らせ続ける。だが、セルティは苦しそうにうめいたまま、床に突っ伏して動かない。


「はいはい、施術完了。どーだセルティちゃん、直にチェイン・ポイズンを埋め込まれた気分はよう」


 セルティの肩が、どす黒く変色している。肉を喰らうように浸食する、チェインポイズン。全身に回るのも時間の問題だ。


「さあ時間はねえぞ!! さっさと俺を倒してセルティちゃんの治療もしなきゃあな!! くっははははは!!」


「……黙れ!」


 宗次は、激しく肩を上下させながら再び立ち上がる。

 体に大きな負担を強いながら、しかしまだ倒れるなんて、出来やしない。


「――あぁああああ!!!」


「馬鹿な――『止まれ』!!」


 その指示は、完全に言葉として唱えられた。

 しかし宗次の刀は宗次の意志に従い、彼の足をぶった斬る。

 続けてもう一撃。思い切り刺突してこめかみから頭蓋骨を割り砕く。


「な――!?」


 がらがらと、頭蓋骨は割れ肉の床に破片が突き刺さる。


「……やってくれるじゃあねえか。どうしてだ――ん? 宗次クン、てめえの血液が読み取れねえが――」

 

 宗次は下腹部に一撃刀を刺し入れようとしたが、強烈な磁石に引きつけられるかのように、部屋の隅に骨が一気に密集した。


「おいおい、こんなことに何の意味があるってーの。俺さん復活するんだぜ?

 ったく、時間稼ぎかなんかは知らねえが、これじゃ興ざめよ興ざめ! 精神浄化カタルシスの少しは感じさせてくれてもいいじゃねえか! ええ!?」


 再び、宗次は刀を構え、突進する。

 しかしその剣先は、骸骨のほんの1m手前で止まらざるを得ない。

 宗次とヒューズを遮るモノがひとり。

 それは心を完全に失った表情で、乾いた口を開け声にならない声をうめき続ける、七年生事件の生徒だ。

 宗次は、舌打ちとともに飛び退く。


 どっ


 感触としては、そんな風に軽かった。

 宗次は、首を傾け胸元を見る。尖った刃物の先が貫通していた。後ろの――気配無き人物を肩の力ではじき飛ばす。

 それもまた、心を失ったような七年生事件の生徒。

 

「宗次クン。俺さん悪魔なんだぜ? これくらいの所行するだろ。わかれよバカだなぁ」


 あきれかえったように汚い言葉をヒューズは浴びせる。


「ふむ。その血の情報、読んだぜ。なるほど、血を総入れ替えしたか!! へえ、すげえじゃねえか。

 それもキミが特別なディバイドだからかねえ?

 ま、俺さんが使えなきゃ、そんなんすごい力も意味ねえけどさ」


 宗次は、膝をつく。

 ヒューズへの怒りは、膨れあがる一方なのに。体が動かない――

 じくりと、腹に痛みが走る。衣服に、苔のような緑色の粉がふいている。

 チェイン・ポイズンだ。


「さあ紳士に淑女のみなさん、絶望、してるかい?

 俺さん、立つ鳥跡を濁さずという言葉がめっちゃ好きでさぁ。

 自分が扱った駒はしっかりと処分するさ。

 むか~しさらった七年生全員はもちろん、今まで殺しちゃったそのクローン、役にもたたねぇそこの集社の手下に、ここらへん一帯、殺す予定のディバイドども――諸々の命!

 バロちんは父親に会いたがってたなぁ。ルーちゃんは弟クンだっけか。まあ死んだら会えんだろ。

 ディバイドは本当にチョロくて大好きだわ。バロちんもルーちゃんも家族っていうもう一つの『血』のつながりを利用して操ってやればあーらイチコロだしよ! くくくっ。

 守りたい対象が多くなればなるほど、人は脆弱になる。違うかい、宗次くんよォ?」


「……その毒も――ルーファに教えたのは、お前だったのか」


「そうよ。俺さん毒ってだぁいすき。知らないところで弱ってくれるんだもん。死んでくれるんだもん。これだけ便利な道具がどうしてもっと流行らねえのか理解に苦しむね!!」


 しかし宗次は自己再生能力を帯びている今、毒なんて効かない――――


「ぐ、ぁああああああああっ!!」


 宗次は自己再生の魔術を発動させた瞬間、毒を浴びた皮膚が燃えるような痛みに焦がされる。


「俺さんの毒は特殊なんデスよ。

 宗次クンの持つ自己再生能力が破壊となり、毒による破壊は破壊のままとなる。

 これが俺さん最高の毒術さ。何も“母”の研究だけをしていたワケじゃあねえ」


 宗次は、肉床に倒れ伏す。

 ヒューズは今度こそ、「はぁ?」と怒りを隠さず叫び、ぶちまけた。


「おいおい、催しとしちゃ4級にも満たねえんだが!? ほんっと、ふざけんなって感じよ!!

 いい加減にしろ!! なんたる雑魚!! なんッたるゴミ!!

 君らはここに攻めてきた最後の愚か者として、俺さんの記憶の中に残り続ける宿命を背負っちまってるんだぜ!?

 もっともっと楽しませてくれなきゃあ――」


 言いながら、骸骨はある一点に目を向けた。

 そのときもきっと、骸骨は笑っていたに違いない。


「そういや思い出した。ウチの広告塔の紹介を忘れてたなぁ。

 その子も一ヶ月前だったか――それとももう少し最近だったかな?

 ここにのこのこやって来たさ。まあオレさんが、彼女の無意識のうちに“来させた”って言った方が正しいんだろうが――

 彼女はもう生け贄にするには足りていたから、生かさないでそのままぶち殺しちまったよ。セルティちゃんと2連続で美少女をぶっ殺すってのも案外、オツなもんだ。

 この部屋に置いといてやってるのも、ほかの死体と混ぜちゃうのではもったいない気がしてたからよ。

 そんなワケで紹介するぜ、知らないやつなんて誰一人いるはずねえ――世界の人気者にしてウチの広告塔――キミと仲のよかった女の子――」



 その名前を、ヒューズが口にする。



 ――それは嘘だ。あり得ない。

 頭は本能と理性の両軸で否定という結論を出す。


「…………そんなわけないだろう」


「はっ!! ありゃありゃこれはこれは寝ぼけちまったのかい宗次クン。キミの学園じゃあ行方不明で騒がれてはいねぇのか?

 いやむしろ、宗次クン、キミ自身が! 一番!! 探していた子じゃあないのかねえ!

 いいだろう、じゃあ手っ取り早くこの子を生き返らせてやったほうが、説得力も増すってもんだ――行くぜ“母”の本領、発揮だ」


 ――ヒューズが唱えるその祝詞に、聞き覚えはない。

 完全なる太古のロジックを踏襲した、彼のオリジナルと思われる祝詞。

 それは神聖性と悪魔性の両方を彩る、畏怖と雑音の入り混じったハーモニーのようだった。

 壁にもたれた死骸が、死から生の軌跡をなぞるようにして逆再生される。

 さらされている爛れた肌がもとの色とつやを取り戻していく。

 その髪色は――クリスタルを思わせる薄青で。

 その死骸はうつ伏せのままだった。ぴくり、と人間的な電気信号が全身に伝わったかのように揺れた。


「……ぅう、う、ぁ――」


 どこかで聞いた声の色。それはある華術のインタビューで。聖術士たちの大会で。

 ある日の特訓のとき、すぐそばで。

 その少女が立ち上がる。くりくりとした瞳が。

 死に片側を使ったような暗い瞳が。ゆっくりと、

 宗次を射貫いた。


「――うぁあああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 反射的に、痛みの全てを忘れ、宗次は瞬時に跳躍し力の限り刀を振り下ろす。

 ヒューズの胴体を真っ二つになって、壁に打ち付けられた。

 崩れ落ちた少女を抱え、宗次は後ろに飛び退いた。


 宗次の手は震えていた。


 おかしい。どうして、

 どうして鴇弥名織が死体になってここにいるのか。


 罠としか思えない――そう思うしかないのに、どうして泣きそうなほどの恐慌が自分の腹をかき回すのか。

 一ヶ月ほどまえと言った。名織はそのとき学園にちゃんといる。生きている。

 夢でも会った。あれはアルガの幻術で、わざわざ二人を引き合わせてくれたアルガの親切で。


 これは、ヒューズの仕組んだ罠なんだ。

 あるいは誰かの仕組んだ幻なんだ。

 だから、学園で見た名織は、幻じゃ無い。

 こっちが幻で。

 あっちが絶対に、誰がなんと言おうと、現実なんだ!!


「……起きてくれ」


 宗次は、抱き留めたその少女に静かに、命が再び死の闇に傾かないように、優しく声をかける。

 うつろな瞳の少女は、もう呼吸すらしていない。


「あ~ぁ、宗次クンさぁ、てめえが中途半端に止めちまうから命も中途半端になっちまったわぁ。

 もう一度感動の再会が出来ると思ってたのになぁ。ぎゃはははは!!」


 胴体を分離させたにもかかわらず、肉床に体の部品をぶちまけたまま、けたけたと骸骨は笑う。

 そして、やがて新たな部品を作り出し、結合し、ヒューズは立ち上がると、宗次へと語りかけた。


「なあ宗次クン。感動の再会は味わえたかな」


「違う……これは、鴇弥じゃない」


「どれ――じゃあもう一度だけ、そいつを蘇らせてやる。

 宗次クンは、彼女の瞳に生命の灯火が戻った瞬間、彼女の首を絞めて、あるいはその首を折って絶命させたまえよ。

 俺さんも世話になった広告塔ちゃんだ、それを俺さんが自ら手にかけたというのも、なんだか名織っちに失礼な気がすんですよ」


「逢坂落ち着いて!! そいつは逢坂を弄んでるだけ! 正気にもど――ぐぅっ!

 計画のことを話したでしょ、悩むことなんて何も…………!」


 肉壁が、オルタの体を締め付ける。それでも、宗次に言葉を届けるために、必死にもがき叫んだ。

 ヒューズは詠唱を再開する。少女の瞳に光が戻ってくるのを合図に、宗次はその首に手をかけ、力を込める。

 自分の意思に反して、まるで罠にかかった獣のように抗おうとするたび手に込める力は強くなっていくばかりだ。


 宗次はもはや、どうしていいかわからない。

 泣くしかない子供のように、顔をゆがめ、そこから逃れたいという恐怖が汚染する。


「やめろ、やめろ――!!」


「はは、そりゃ無理だ。さていったい、どれだけ持つだろうねぇ。

 30秒か、1分か? さあさあ宗次クン、キミは何秒にBETするのかな?」


 ぎちぎちと、肌がこすれる音がする。


「あっ――が、は、」


 うつろな瞳が助けを求めて宗次を見る。よだれが、そうじの手にしたたる。びくびくと痙攣して、宗次の腕を引っ掻いて――


「……やめろ」


「無理なんだよ、だから俺の勝つのは不可能なの。

 わかるか! てめえは他者の力を借りているだけだ。ちっぽけな存在でよ。

 まあそれを後悔しながら、まずは名織ちゃんを逝かせたったれや」


「……やめろ」


「逢坂さぁ、俺さんとも契約しちゃって、一生言うこと聞いてくんねえ? 結構手駒として働いてくれたら優遇するかもねえ。

 さあほら、うんと頷けば契約完了だ。さあ、『うなずけ』!!!」


「……やめろ」


「あれー……聞こえてねーのかな?

 なあセルティちゃん……おいおいこっちはもう死んでんのか? ったく、情け――お、調理完了?」


 少女の腕はだらりと放心したようにぐったりとして、その顔は少女のよだれと、二人分の涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「……やめろって、おれ、言ったのに」


「そうだね、逝っちゃったね。ところで俺さんの奴隷になってくれんの? くれないの?

 ねえ答えてよ。『答えろよ』」


「やめろって、おれは、」


「……? どうして、俺さんの言うことを聞けねえんだ。

 おい、俺さんとの契約を破棄しちゃっていいのかなぁ!!」


「――ゆるさない」


 宗次の肌が一瞬で黒ずみ――まるで、暗黒を帯びたように――その黒ずみは顔を覆い、服を、靴を、地面を浸食し――

 やがて事切れた少女も、肉の床も、オルタもセルティもヒューズも、その場の全てを飲み込んだ。


 何かしゃべろうとしたヒューズもオルタも、その声は闇の中に吸収された。

 質量を持った暗黒。瘴気に似た、しかし瘴気よりももっと濃いその何かの中で、宗次の声だけははっきりと響いた。


「もうこれ以上囀るな。

 お前の言うことなんか――僕は、絶対に聞かない」

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