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双極のトップクラフト  作者: 稀城ヨシフミ
不殺のジェノサイド
37/49

VS “No Killing Genocider”(1/2)

 時刻1600。

 スタジアムのフィールド中央に、相手となる黒髪の女はいた。

 修道服のような青い着物。照明が暗いのか、彼女の佇まいは、ただ不気味。

 スタジアムの窓はシャッター掛けされ、完全に外からは見えないようになっている。


 その粗暴な鬼はルス・クルガーラジ。


「やあ、どうも宗次くん。

 希望者はたった一人。逢坂宗次クンだけでした。

 さあさあ、カメラはないですよ、お好きなことができますよ~?


 鬼はからからと茶化す。その言葉に乗る気など、さらさらない。

 ここの闘いは記録されている……イベントとして、公式的な試合。勝敗に公平を期すための当たり前の道理だ。

 宗次の意図をくみ取ったらしいルスは、とたんにむくれた。


「むー……つまらないですね。もっと笑った方がいいですよ、キミは。

 あ、そういえばオルタちゃんとしゃべったとき、何か“影”に投げ込まれませんでしたか?」


「さあな」


「とにかく、あとで見ておいてくださいね。

 オルタちゃんからの何らかのメッセージが入っているはずですよ」


「……彼女と協力するつもりは、もうなくなった」


 宗次は、拒絶を露わにする。

 今真剣勝負する相手と、これ以上じゃれ合う気は無い。


「でも、キミは困っている人を見殺しにはできないタイプですよ?」


 笑いながら、ルスは鋭い眼光を宗次に浴びせる。

 おそらく自分も今は、あんな目をしているのだろう。

 殺気のこもった視線――両者とも、同類だ。


「さて、私のことを殺したいほど憎らしいと思っていただけましたか?

 鴇弥名織はおもしろい顔をしていましたよ。

 殺してしまいたかった……そのままきゅっと首をひねって、ね」


「……どう、して、そんなことを考える」


 感情を殺してしゃべるつもりが、どうしても言葉に熱を帯びてしまう。

 そして、こちらの感情を逆撫でするように、ふふとルスは笑った。


「そうすればあなたは、私を殺すつもりで挑んでくれるでしょう?」


「……ただのイベントごときでか?」


「私には時間がないのです。時間と場所は有効活用しないと」


 かくして、ルスの思う壺だ。

 思考は平静を欠いて、熱い感情が煮えたぎってしまっている。

 反して、ルスは余裕の表情で告げる。


「――“武器呼出コール”」


 ルーンの少しも見せず、ルスは虚空から武器を出現させた。

 それは、ルスの身長ほど長く、細いを拵えたハンマーである。

 しかし、鎚頭部はまるで巨人が使うのかと見まごうほどに、大きい。

 片側が円柱を成し、もう片側はツルハシのように尖っている。金色の装飾がほどこされ、神から戴いたような神聖性さえ感じられた。

 それを振るわれれば、生身の胴体なら、吹き飛び粉々になるだろう。


「アミギミアの一等硬石“ファルテイル”により形成。

 名を“マクシムス”――私の力が、よく馴染む」


 口上を聞いた宗次は、懐から剣の柄を取り出し、そこに魔力を注いでいく――

 やがて、質量を帯びた漆黒の刃が姿を現した。


「私にもあなたの武器の名、教えていただいてもいいですか?」


 聞かれれば、答える。


「……光耀こうようと呼ぶ。意味は耀かがやく光」


「光のくせにどうして黒いんですか? ふふ、ネーミングセンス、ないんですね」


「…………」


 ルスはきっと――これが父の形見であることも知っているのだろう。その名前を父がつけてくれたことも。そう、効果的に怒らせるだ。

 知ってなお、煽る愚行をやめない。

 くだらない。

 それはわかっていようとも、宗次の頭の芯がカッと熱くなる。


「そんなことを言っている暇があったら――、」


 言い終わる前に、ルスはこちらへと駆けた。

 いや、ルスのそれは“駆ける”というより“地を翔ける”と呼ぶにふさわしい。

 宗次は腰だめに構え、思い切りの横薙ぎを刃で受け止めた。


 がづんッッ!!


 その刃と金鎚の混じり合う音は、まるで岩に刃物を当てる音に近かったが――そんなものとはまるで次元が違う。

 破壊力の備わった音、それはどこまでも重厚で、腹に残響のこる。

 魔力を注いだ刀は弾け飛び、刀身は魔力のつながりをほどいて霧散し、柄が手を抜け空へと飛んだ。

 

「……ッ!」


 その一撃で、宗次のすべての指がひしゃげた。どの指も、本来曲がるはずのない形を成していた。

 宗次は巡る神経の痛みを、眉を寄せるのみで片付け、無言で後退。刀の柄を拾い上げる。

 指先に魔力を送り、痛覚の大半を殺す。

 幸いにして、連撃はない。ルスも様子見の一撃といった趣である。


 ――本当にヤツの扱っているモノはハンマーなのか。


 確かに、威力の強大さそれ自体はハンマーのそれに等しい。

 その膂力で、力を凌駕する力。加えられた遠心力をもコントロールするハンマーの軽さ。弾丸のような振り込みのはやさ。

 そのどれもが、あのマクシムスという巨鎚においてハンマーの常識を逸脱している。

 魔力の伴わない純粋な武器のみの力が、この結果だ。

 宗次にとってはまるで、隕石を弾き返すほどに、無謀。


 早急にあれを打つ手を策を講じなければ、おそらく待つのは「死」。

 なれば、宗次の決断は早い。


「――――<これより彼我ひがを転ずる。

 自由は新たな束縛により、我の力を在りし力と共に行使せんがため、ここに召喚ぶ>」


 術の行使とは、コンピュータに似ている。

 まず、言葉(Word)という媒体によりアチラコチラを定義する。

 言葉を組み立てたならば、それは発動後の理として、世界に成る。言葉の連なり=術式に欠陥バグがあれば理は理を成さず、時として術士本人に牙を剥く。

 宗次は言葉にて魔術に定義を作り、魔力を込めた指で肘の付け根をなぞる。

 日の本の言葉を魔の言葉に置き換える行程は、今の宗次にとって絶対要件ではない。それは宗次の“オートメーション化された部分”が、やってくれている。

 それほど造作なく、術は成る。必要があれば、あっけないほどに禁忌すらも侵せよう。

 いや……もう宗次は、禁忌だけなら人一倍侵してきた。

 ルスへの披露など、その禁忌のささいな“ヒトツ”にすぎないのだ。


 ――そうして宗次が指でなぞることで地点指示プロットした場所が、魔術行使エグゼキューティブ箇所となる。


「<来たれ、我が心そなたの身とともに――エンキュロット>」


 詠唱の終わりと同時に、ルスが踏み込んだ。

 巨鎚による力任せの、力で制するだけの刺突。

 鉄塊、と呼ぶにはあまりに横暴な硬質の固まりが、宗次へと突き出された。

 宗次の腕に、ためらいなく金色の暴力が滑るように走る。


 ガッっヅンッッ――――!!!


 宗次の刀の顕現は間に合い、寸でで巨鎚を止めた。

 そして今度は、力に圧し負け柄を離すこともない。

 宗次の腕は今この瞬間をもって――その生々しいほどの“異様”を、見せつけた。


「……くっ……あはは、宗次くん!

 やっとやっと、ああ、とうとう獣化しましたね。

 そうでなければおもしろくありません!」


 楽しくて仕方がないと言うように、ルスは笑う。

 宗次の腕は、肘の付け根から指の先までキレイな縁取りで生え替わっていた。

 ニンゲンとはおよそ思えない鱗が生え、真っ白でざらざらした肌。

 ……爬虫類。今の宗次は、まるでニンゲンとそれの合成獣――一見すればそれとしか捉えられない肌であった、が。

 なぜか宗次の腕においては、それに見られる一般的な“気持ち悪さ”――生理的嫌悪感、とも言える――が全く無かった。

 トカゲ、と呼ぶにはあまりに近すぎる。蛇神カガチと呼んでも畏敬にはまだ遠い。

 ――まるで、竜の腕を移植したような、そんな腕。永久に成長せぬその腕を借りた子竜の名は“エンキュロット”。

 腕から伸びる五本の指はしかし、ニンゲン然とした規則正しさで、柄を握り込める造りそのまま。

 しかも、あふれる魔力の高鳴りは今までの比ではない。


「さあ、私にもっともっと、化け物の力を見せてください」


「……黙れ」


 ガドムッッ!!!!


 巨鎚が再度、競り合いの炎花を散らす。


 ――どっちが化け物だ!


 宗次の中の魔力が続く限り、胸元のバッジを奪うことに専念しよう。

 いつ、あの巨鎚に体ごと持って行かれるかわからない。

 競った衝撃は、神の先から足の指先まで焦がす。

 魔力を込め強化した竜腕をもってしても、目の前の超暴力にあらがい続けることなど、とうてい不可能だ。


 ――対抗しうる時間は、限られている。


「宗次くん。あなたは体の中に“何か”を飼っている。

 それは、あなたが作り出したスライムだけではない。

 私は知っています、あなたの中に巣喰うもっとおぞましいモノの存在を――」


「だったら、どうした」


「――どうしても、引き出したいッ!!」


 その女教師の瞳は、吸い込まれるようにきれいで。

 たぶん、狂っていた。



  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 どこかで工事をするような遠くの重い音。しかし、工事などと形容するには、軽薄も過ぎる。

 空気と似ても似つかない、歪んだ気と気がぶつかり合う、穢れた音。

 およそティアンスが聞いて感じるには、口の中に嚥下できない異物を転がされているような不快を抱く。

 もっともそれが聞こえる前から、胸に拭えない不安が名織の体に張り付いていた。

 術士同士が交える、ある種の殺気。それが漏れ出ているのがわかる。

 この音と殺気は、間違いなく宗次とルスが闘り合いはじめた合図なのだろう。


「……宗次くん。ごめん、ごめんね――」


 二つのカエルのストラップを、きゅっと握り込みながらそれに顔を埋める。

 名織には、ここで祈るくらいしかできないのだ。


 そして、ふと。

 ちく、と指先に何かが当たった。


「……? これ、ストリングメモリ?」


 少し古ぼけた方のカエルのストラップの首に、白い糸が巻かれていた。

 コンピュータに少しでも詳しければ、それがメモリー媒体の糸であることは明白にわかる。

 この――ストリング(糸)・メモリは、デバイスの認証箇所に近づける・あるいは接触させるだけで使用が可能になる。

 カエルの首からほどいた糸を、握り込む。するとデバイスがメモリの存在を認識した。

 メモリには、音声ファイルが一つだけ入っていた。

 名織はのどを鳴らし、それを再生した。


『――鴇弥名織。こんにちは。ごきげんいかがですか』


 名織は、目を丸くする。

 そこには、


『これをあなたが聞いている頃……私はあなたをボコボコにできて、少しすっきりしたと思います。

 ……えーと、…………うん、あはは。ごめんなさい』


 聞いたことのない慈愛を感じるルス・クルガーラジの声が収められていた。


『さて、自分で答えにはたどり着けましたか? 私の謎に。

 ……この先は、私が死んでしまった場合に聞いてください。

 私が死んでいなければ、あなたに直接話そうと思います。

 私の真実と、これからあなたがすべきことを――』



  ▽  △  △▽  △  △


  △  ▽  ▽△  ▽  ▽



 言葉は無く、しばらく――

 ただそこにあるのは黒刀と金巨鎚の爆ぜ合いのみだった。

 神経ごと接続された竜腕は、反動によってその感覚をなくしつつある。


 ……魔力よ、ってくれ。


 しかし――宗次は思う。

 剣戟によって感じ得たその女の戦闘法は、宗次にはどうしても解せなかった。

 それは、巨鎚の迸る軌道だ。

 完全に宗次の刀を受けきる、ルスの手足と化しているはずの巨鎚――それが攻撃に転ずると、攻撃の軌道に寸分の狂いが見られた。

 迷わず、寸分。違わず、寸分。

 宗次が回避に専念するときの数回でそれを感じ取った。ルスは宗次の“真芯”から少しだけずらした軌道の一撃を繰り出す。宗次への避けられぬ一撃を、今以て繰り出さない。その意図は不明。

 まるで、自分に覚悟する時間を与えているかのようで。

 ともすれば、宗次に情けをかけているのか。

 しかしそれ自体罠の可能性がある以上、宗次は正攻法で、相手が“完全なる隙”を見せるまで斬り込み続けるしかない。


 ――さて、あの鎚の柄を斬るか。


 均衡する展開を打破するには、今までと違う手で攻めるしかない。そう宗次は結論した。

 踏み込みの速さ・初撃の速さでは、こちらに分がある。

 巨鎚を扱う以上、そこに隙は存在する――そう信じて、今まで斬り込み続けた。


 宗次は踏み込む。エモノの柄めがけて黒刀が翻り、思いきりその柄に向けて一撃を振り抜いた。


 ガインッ!!


 手応えがあったのは、その音くらいなものだ。鎚の柄は傷一つついてはいない。


「――無駄ですよ。ココも鎚頭と同じ素材です」


 飛び退いて、休止。息が上がってきた宗次はそれとは反対のルスに驚愕する。


 ――この女、スタミナ無尽蔵か。


 そう悪態をつきたくなるほどに、ルスは冷静で平静だった。汗もあまりかいてないようだ。

 まともな答えは期待していないが、宗次は聞く。


「……あんたは、本当にディバイドなのか。なぜルーン無しで、魔術を使える?

 大講堂でも空中での魔力球も、いっさいルーンは出現させていないだろう」


「さあて。自分で考えてみてはどうです――――かっ!!」


 回答を拒否する代わり、紫紺の弾丸が都合5つ、ルスの手から生成される。

 ルスの振りかぶりと共に思い切り放たれた魔術球は、スタジアムの床を熱波で変質・吹き飛ばしながら、迷わず宗次へ直進。

 宗次はそれを斬り払う選択をし、そして不覚をとった。

 

「――ぐっ、ぁ!」


 普通ならば、容易に斬り飛ばせる魔術球。

 が、刀身に触れた途端、落雷に撃たれたような電撃が体じゅうを駆ける。

 それを真っ二つに斬れた。

 のけぞり、踏ん張りをきかせ立て直そうとする。が、その間にルスは詠唱していた。


「<我が鎚、裁きの怒れる鎚となり――そなたの身、五度滅せんと欲す>!!」


 巨鎚ハンマーに、黒のオーラが流れている。

 さわると指が溶けるであろうほどの、悪意や怨念の類――それが瘴気。

 瘴気を純粋な力へと変換された魔力が、金色こんじきの巨鎚“マクシムス”に備わった。


「倒れなさい、宗次くん! <鬼流鎚>!!」


 大振りの巨鎚から出力されたのは、巨大なカタチを持つ波動。

 それも、首くらいならば簡単に切断しうるほどのモノだ。

 恐ろしく強く速い波動は、地上すれすれを飛行するギロチンのように、宗次に迫る。

 一撃目は、高く、それも天井に届く跳躍で難なく躱す。

 スタジアムのバリアは、これを防ぎきれなかったらしい。壁ごともみくちゃにするような轟音を立て、施設ごと崩落。

 続く二撃目、天井を足場に跳躍、真下へ降下。ギロチンウェイブは天井に炸裂。照明電源がイカれ、場は一息に夜のように暗くなった。

 三撃目、悠長に避けていては間に合わず。

 波動を、こちらも刀に同じ波動を帯びさせ、切り上げ弾く。

 肩や足が、かまいたちでも浴びたかのようにばりばりと斬り込まれる。

 四、五撃。これ以上の連撃に耐えられるよしは、こちらから作らねば勝機はない。


「――<甲殻>!!」


 宗次の魔術の発現。

 足下に転写されたルーンを消すことなく、宗次を守る巨大な不可視の甲羅が包む。

 ただし、その甲羅も二度直撃を受ければ、簡単に悲鳴を上げる。

 五撃目の直撃によりルーンは色を無くし、その効力を全て失ってしまう。


 ルスの、速さと精緻さを増していく五連。

 術士として、戦士として、目の前の女の底なしの力を疑う。


「連ねて五連!!」


 そして、かの鬼女から仕切り直しの一撃目が放たれる。宗次は上に跳躍――これでは堂々巡り、焼き直しの一手だ。

 このような勝負では、いずれこちらが負けるのは明白。

 あの威力とスタミナを前に、根比べする算段はさらさらない。


 ならば。一か八かの勝負に打って出るほかにない。


 意識を一瞬、からにする。

 そうして唱えたのは疾風のごとき神脚と、それを自分の意識で統御するための二種の魔術。


「――疾ッ!」


 駆ける。腰をかがめ、空気を裂くほどの速度で。目指すはルスの懐。


「甘いッ」


 放たれた、2,3発目のハンマーギロチン。そのうち一つは躱しきり、もう一つは真っ向から受ける。

 受けきった衝撃の大部分は、シールドに任せた。意識と術の効力を絶やさぬ限り、シールドが体を外れるということはない。

 だが――ルスの放つ衝撃を真っ向から受けきったことで、そのバリア自体が摩耗しきり、一時、完全にその守りを失った。

 半身の体がえぐられる。服が剥がれ顔が切れる。足がもつれて、それこそ簡単に転びそうになる。

 だが、その足を止めない。もう決着はつく。 

 繰り出すは凡庸な一手。だが、冷静な判断は与えないほど、速い。


「ぉぉおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 飛翔。もはや馬鹿げているほどの、真っ直ぐで、愚劣とも言えるほどに隙だらけ。

 それはかくして、ルスの恰好の的になる――はずだった。


 ルスの命は、そのバッジただ一つ。

 対してこちらは、心臓さえ失わなければそれでいい――!!


 尖る流星のごとき宗次が、迷いなど欠片も感じさせず、激突する。


 ルスも、宗次が勝負してくることは予期していただろう。

 ルスは身を翻し、流麗な動作で黒刀を弾く。宗次の個人領域は、完全にガラ空きとなった。

 そして、目標を破壊する、巨鎚による正面への刺突。


「――――<蛇流牙>」


 その直前、何かを宗次はつぶやいて。


 バァンッッッ!!!


 宗次の手が、一瞬あり得ないほどに伸びる――と同時。

 果実に銃弾を撃ち込んだように、宗次は爆ぜた。

 紅い宝石ルビーのようなザクロの群れが、きらきらと中空を舞い、やがて、地面を生ぬるく塗りたくる。

 宗次も、その床に転がった。


「――が。……はぁ、はぁ、はっ、ぐ、」

 

 シールドは破けた――捨て身覚悟の一撃である故、それが道理だ。その制御すら失い、ごとりと三角錐のシールドは横たわっている。

 ルスは無傷で、宗次自身は脇腹をほぼ損傷。臓器には、幸い到達してはいないか。

 ただし巨鎚に穿たれた部分は体のシルエットごと変貌した。

 だが――シールドが破け切るよりわずかに速く――ルスのバッジを手で掴み取っていた。

 今それは、まさに宗次の手中。


 肉を斬らせて骨を断つ。引き替えたのは宗次の脇腹と、ルスの徽章いのち


「……私が、見誤った?」


 ルスが呆けたようにつぶやいた。

 宗次はなお立ち上がり、顔だけ振り返り答える。


「竜はもともと臆病な種ばかりだ。俺との距離感が上手く測れなかったはずだ」


 ルスの目を、ごまかしていたのだ。

 その竜とは、もちろん腕にとどめたモノである。

 先の、ルスの“真芯”を外すクセ。それに魔術を用いることで拍車をかけさせた。


「……どうしてあなたは、そんなに甘いのですか?

 私に傷一つ付けないのが、あなたの優しさですか?」


「殺すほどの本気なんて出す必要がない。そういうイベントだ。

 甘いだの、甘くないだのあんたの裁量で文句を言われても困る。これが、俺の最善だ。

 代わりに、あんたの命はもらった。目的をはき違えるな、ルス・グルガーラジ先生」


 片手で脇の生ぬるい感触に触れながら答えた。

 高揚していた感情が鈍り、それと引き替えに刺しえぐる体の痛みが強くなる。話しながらも、魔術で可能な限り自己の再生に努める。


 ルスはぽかんと口を開け、しばらく立ち尽くしていた。

 そして――やがて、笑った。


「ふふ……くく……そうか、私はルス・クルガーラジだったんですね」


 その笑みは、まるで借り物のような。

 どこか、希薄な雰囲気がある。


「……気が触れたか?」


「……あはは。すみません。私ってばうっかり、そんなことも忘れていました」


 ねえ、宗次くん、と。

 傷つけた脇腹を気にするでもなく、互い旧知のようにルスは言う。


「ねえ、宗次くん。あなたの一撃必倒を私は見たいのです。

 その力があるなら倒してください。本気の私を」

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