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城取物語  作者: おんたま
第一部
8/75

八話 ふたり旅③

 最初に気付いたのは幸村たちの方だった。


 周囲に落ちているものを拾い拾い、どんどん奥に進んでいた幸村たちは、ちょうど林の開けた場所でふと、しゃがみこんで何かをしている二人組を遠目に見つけたのである。


 すぐ後ろを振り向いた幸村は同じく気付いた様子の吾助に、口に手を当てて黙れと伝えた。

 吾助は言われるがまま真一文字に口を閉じる。


 しかし『どうすんの』と吾助の視線が尋ねていた。

 若干、その目に暗い感情が透けている。

 これまでの経緯もあって、どこまでも悪くなってやろうか、という気分であるらしかった。

 幸村は首を振って、身を低くしたまま二人組に近づいていった。


 二人の顔が分かるまで、大きく十歩ほど近付いてみる。

 すると吾助は驚いたようだ。

 二人組のうち、両方が女であるとわかったからだ。


 おそらく親子なのだろう。

 どことなく顔つきや雰囲気が似ているように幸村には感じられた。


 彼女らは幸村たちと同じように、林に転がっている遺体から価値のある物をごうとしているらしい。

 今は死んで地面に倒れている男の鎧に手をかけている。


 しばらく様子を見ていると、どうやら彼女たちはその作業にあまり手馴れていないようだった。


 鎧を剥ぐなら、体を締め付けている両脇の紐を切ってしまった方が手っ取り早いのだが、彼女たちはその紐をわざわざほどこうとしている。

 当然、固く締まった紐は雨に濡れているので、あちこち触ってもなかなか緩まってくれない。


 周囲に、二人以外の姿は見えなかった。

 それらを確認した後、幸村はついと立ち上がる。

 吾助がおい、と小さく叫んだが、無視して幸村はゆっくりと二人組に向かって歩き出す。


 そうして二人組の後方、ぎりぎりまで気づかれないところまで来ると幸村はなるたけ爽やかに明るく声をかけた。


「そこのお二人さん」


 すると、反応は素早かった。

 かつて現代でナンパもしたことのない幸村の努力は、やはり何の効果もなかったらしい。

 二人のうち、まず飛び跳ねるように立ち上がり、幸村に視線を向けたのは母親のほうである。


 案の定、誤解したようだった。

 彼女は娘を盾にするように一歩、後ろに身を引いた。

 盾にされた娘の方もすぐに幸村に気付いて立ち上がる。

 そして幸村が槍を持っていることに気付いて、表情を歪めた。


 だが、気の強いタイプでもあるらしい。

 娘は幸村の方をきっ、と睨みつける。


 相手がすぐ逃げ出さなかったことに感謝しつつ、幸村は槍を地面に突き刺し、両手を軽く上げて敵意がないことを示した。


「あー、別にあんたたちの成果を奪おうってわけじゃない。ただちょっと訊きたいことがあるだけで」


 信じられはしなかったようだ。

 二人はあからさまに逃げ出す機会を伺っていた。


 だがしかし、目の前の鎧も捨てがたいようで、その辺り、二人が事前に取り決めていなかったことが幸村には幸いだった。

 彼としては二人に逃げられる前になんとか話を聞いてもらわねばならない。


「もし今、話を聞いてくれるなら礼はする。ってか、これだけでもいいから答えてくれ。あんたらの村に、余所者ともやり取りしてくれる奴っているか?」

「……」 


 やり取り、の部分に特に感情を入れて尋ねる。すぐに反応があった。

 母親の方は今の一言でいくらか事情を察したようだった。

 幸村は畳み掛ける。


「ちょっと遠くまで来てて、この辺に知り合いがいないんだ。んで、交換できるものがあるんだけど、知らない奴がまさかいきなり鎧持って槍持ってそこらの村に入れるわけがないだろ? その辺りは、もちろんあんたらも分かってくれるよな?」


 娘が母親の方に目を向けた。

 彼女も幸村が何を言いたいか気付いたようだった。


「……うちの村じゃあ、余所者はたいてい袋叩きにされちまうね」


 事情を理解し、少しばかり欲目が出てきたのだろう。

 おそるおそる、といった様子からうって変わり、若干ふてぶてしさを出すように母親の態度が変わった。


 内心、嘘つけと思いながら幸村は続ける。


「そっかあー、それじゃあ困ったな。わりと量があるんだ。最悪、こっちが損するようなやり取りでもそれなりのものになるんだけどなあ。食うもんも昨日の雨でダメになっちまったし、だからって、どこまでも遠くには持っていかれないし」

「……」

「困ったなー。どこかに引き取ってくれる優しい人はいないかなあ」


 我ながら、白々しい芝居に過ぎるとは思う。

 だが、どこまでも分かりやすくしたことで伝わるべきことは伝わったようだ。


「……あんたらが困ってるなら、私らがそれ引き受けようか?」


 幸村は表情を緩めた。


「そりゃあ助かるけど、本当に量があるんだよ。女二人じゃ持てないくらい」

「だったら何回かに分けて持って帰るさ」

「あーでもさ。たぶんあんたらの村って、ここから遠いんだろ? そうなるとやり取りが全部終わるまでに時間がかかるな。悪いけど、明日にはここから余所に動きたいんだ。あんたらがちょっと持ってって、村で清算して、村の外までまた出て来て、ってやってたら日が何回昇って沈むか分からないし」

「……じゃあ、私達に頼らないであんたらが村に持って行ったらいいじゃないか。どうせ金も払われないでその辺に転がされるだけだろうけどね」

「それは困る。けど、あんたらもせっかくの儲け話をふいにしていいのか? 鎧一個ようやく剥いで、ようよう持って帰るよりは儲かると思うよ。それに……あんたら困ってるだろ?」


 そこで会話が止まった。

 二人組は互いに視線を絡ませ、小声で相談し始める。

 幸村はただそれを待っていた。

 その間、ちらりと後ろを振り向くと事情の分からない吾助が出てこようとしていたので、手を振って制した。


 間もなく相談は終わったようだ。


「分かった。あんたらが持って私達と一緒に村に入ったらいい。親類ってことにすれば大丈夫だから」

「おお、そりゃ助かる。じゃあ、今仲間に伝えてくるからちょっと待っててくれ。すぐもどってくるから」


 そうしていったん幸村は槍を拾い上げると、吾助がいる場所まで取って返した。


「おい、おい」


 簡単に幸村が説明すると、一方的に話が決まったことに吾助は頭が追い付かないようだった。


「なんでそんな七面倒くさいことするんだよ。村まで行ってから決めりゃあよかったじゃないか」

「説明しただろ、転がされるかもしれないって」

「だって、うちの村じゃ行商が来た時は歓迎してたぜ」

「そういう村もたまにあるんだよ。もっと言えば、近所で戦があったばっかりだしな」


 幸村は頭を掻いた。


「それに、俺らがどうして行商やってるように見える? 槍持って鎧持って村に入ったら、一も二もなく誰かに止められるさ。そこでうまく相手に説明できるなら、もちろん大丈夫かもしれないけど」


 その説明で吾助はそれなりには納得したようだった。

 ただ正直に言えば、村人に襲われるうんぬんは幸村が相手を誘導したところもある。


 たとえいくら余所者を歓迎しない村でも、一切の話も聞かず、いきなり襲い掛かったりするような事態はそうそうない。

 吾助ならともかく、少しでもよその村を訪れたことのある人間ならば「何を余計なことを」と文句を言い出すこともありえただろう。


 ただ、少し実入りが少なくなってでもなるべく安全策をとりたい、というのが幸村の一貫した考え方だった。

 少なくとも今まで幸村はそうやって生き延びてきたのだ。


「……だとしても、あの二人で大丈夫なのか。正直、頼りなくないか」

「いや、必死になって説明してくれるさ。見た感じ、あの二人は生活に困ってるんだと思う。そうじゃなきゃ女だけで遺体漁りなんか。なにかと危険過ぎる」

「村から遠いってのは?」

「これだけ日も昇ってるんだ。村の近くで倒れた奴は他の誰かにもうとっくに回収されてるよ。もちろん、ハッタリもあったけどな」


 笑った幸村を見て、吾助は息を吐いた。


「信じるからな」


 結局、その言葉が裏切られることはなかった。それから二人は無事に彼女たちに案内され、村まで入ることが出来たのであった。

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