九話 ふたり旅④
幸村の吐いた言葉に誇張はない。
彼と吾助が林で拾った槍と鎧、その他もろもろの小物はそれなりに量があった。
槍だけで四本、鎧に至っては三点。
その他陣笠など細かいものを含めれば、おおよそ男二人が両手に一杯抱えるほどにはなる。
だから、交換に時間がかかるのも多少は仕方ないだろう。
明日出発するとは言ったものの、それら全てを村に運び込んだ後、幸村はそう覚悟していた。
だが、予想外なことに、その村では武器の需要が高まっていたらしい。
なんと当日のうちにそれらの武具は全て金銭や食料と交換できたのである。
幸村は驚く一方、親子にすぐに村を出るからと言って、食料、なるべく日持ちのするものを選んで交換してもらっている。
それでも取引は有利だったというから、よほど村では武器が必要とされているらしかった。
疑問に思った幸村は、「なんでこんなに武器が必要とされているのか」と一度親子に尋ねてみた。
すると、途端に眉をひそめた母親――彼女はお三津と名乗った――からこういう答えが返ってくる。
「この村から四日くらい歩いたところにね、最近、野盗の一団が住み着いたんだよ」
一週間ほど前に近くの村が襲われ、逃げてきた家族がいたらしい。
彼らはしばらく村に滞在し、それから縁故を頼って他所に向かったという。
続けて幸村は尋ねる。
「それってどっちの方向にある?」
道中の安全のためだと思ったのだろう。
特に疑う様子もなく、お三津は幸村に賊の住処の位置をおおよそで教えてくれた。
山の向こうに半分隠れた太陽が見えていた。辺りは夕焼け色に染まり始めている。
幸村たちはまだあの村、親子の家の中に留まっていた。
お三津に今日は家に泊まっていったらいいと勧められたからだった。
もちろん、それは彼女のまったくの厚意から提案されたものではない。
幸村たちは交換で得られたものの半分を、この村に無事入れた礼として親子に渡していた。
それは明らかに不釣り合いな取引であったが、吾助は幸村に尋ねない。
理由が明らかであるからだった。
単純に二人にはそれほど多くの食料を持ち運ぶ余裕が無い。
それぞれ自衛のための槍を持ち、三日分の食料を持ってしまえばそれで終わり。
なので、幸村たちの方にはなるべくかさばらない、日持ちのする食料が多く割り当てられるようにした。
お三津はどうやって幸村たちから分前を多く取ろうか考えていたらしいが、思ってもみない成果にずいぶん喜んだようだった。
機嫌が良くなった彼女はその勢いのまま、今晩家に泊まって行きなさいと幸村たちに勧めた。
重ねて言うが、それは厚意ではなかった。
単にあまりに釣り合いが取れないから、それはそれで気持ちが悪かったのだろう。
なんなら暖かい食事を出してもいい、となった。
一方、娘の方といえば、家に戻ってからというもの、ほとんど幸村と吾助の前に姿を見せなかった。
食事の時間になってもそれは同様で、どうやら彼女は家の外に出かけたままでいるらしい。
「まったく、どこに行ったんだか」
夕方、食事時になっても彼女は戻ってこないので、母親は口をモグモグとさせながら文句を言った。
彼女は自分一人で客の相手をさせられて、少し怒っているようだ。
幸村は特に反応を返さなかった。
その代わり、お三津に騙されたなとばかり思っている。
幸村の目の前にあるのは、麦飯と菜っ葉を刻んで煮たものだけ。
味付けは、塩のみだ。
これはいくらこのような時代でも、少なくとも客に対して出す食事ではない。
ならば、夕飯の支度をしている最中に、お三津は考えなおしたとでも言うのだろうか。
あの交換した多くの食料はどこに行ってしまったのか。
器だけは異様に立派だったが、逆に今はそれが物悲しい。
横を見ると、吾助はただただ美味そうに椀を掻き込んでいる。
その後、食事を終えると、すぐに寝るからと言って、二人は用意された部屋に引っ込んだ。
もちろん蒲団などはない。屋根と壁があるだけマシなのだろう。
疲れていたらしく、吾助はすぐ横になり、いびきをかきはじめる。
明日の朝はできるだけ早く出発しようと思いつつ、幸村も体を横にした。
その日の深夜、幸村はトイレに行こうと寝床から起き上がった。
といっても、この時代。
トイレとはすなわち厠であり、感覚としては外で立ち小便するのとそうは変わらない。
この家の厠はと言えば、昔の高速道路にあったような、壁に向かって小便するタイプの造りをしていた。
家の戸を開け、そばにある厠まで歩いて行った幸村は汚れた壁に向けて立ち、下腹部をまさぐる。
そうしてほっと一息。
体がぶるりと震えた。
「はぁ」
一瞬、気を抜いた時のことだった。
「ねえ、ちょっと」
声をかけられ、慌てて幸村は首だけを後ろに向ける。
暗くてすぐには相手が分からない。
それでも目を凝らして見てみると、その声の主は昼に会ったこの家の娘だった。
緊張した声と同じく、やはり強張った表情で彼女は幸村から少し離れた所に立っている。
「いや、ちょっと今は勘弁してくれないか」
話しかけてきた理由も思いつかず、幸村としてはそう答えるしかない。
とにかく、身動きが取れなかった。
どれほど焦ってみても、一度始まったものは急には止まらない。
「もう我慢できないの」
しかし、幸村の言葉は娘に届かなかったようだ。
「いやなの、こんな生活。お願いだから、ここから連れて出してくれない?」
言葉が足りなくて、まったく事情が伝わってこない。
ただ吾助に続いて、また面倒ごとなのかと幸村は思うほかなかった。




