六十四話 勧進④
振り返ってみれば、まさしく事前に予定した通りの行程だったようだ。
黒田家一行が野里村に到着したのは、黒田庄を出発してから三日目の昼過ぎのこと。
総勢二十三名の郎等衆は、無事一人も欠けることなく目的地に到着することができた。
幸村が見回す限りでは、どうやら体調を崩した者などもいないようである。
むしろ皆の足取りには余裕すら感じられ、それぞれ表情も明るく、但馬街道をずんずんと南に下っていく。
そうして村の中心部に近付くにつれ、目に見えて建物の数も増えてきた。
かねてからの通り、野里村は但馬街道の交通の良さに身を預ける形で発展してきた村である。
それゆえこの村の交通事情は例えるなら葉脈の如く、南北を通る太い街道を主脈として、その左右に副脈たる細かな道が多く分岐している。
そして村人たちの住居は、決まってその横道の方に沿って建てられているようだ。
対して、街道沿いに建てられているものは皆何らかの商売をする店で、おそらく村の決まりか何かでそう定まっているのだろう。
店に詰めている者に関しては皆表情も明るく挨拶など対応も良いが、あるいはそうした街道と住居との距離こそがそのまま村人たちと旅人たちとの距離感を表しているのかもしれない。
その意味合いで言うならば、黒田家一行が村に到着したことなど彼ら村人にとってはほんの少しも気にする事柄ではなかったようだ。
なにせ人通りが多いとはいえ、四頭の馬を先頭に鎧を背負ってぞろぞろと歩く集団が傍目から目立たないわけはない。
だが、例えば道端に腰掛けて休んでいる者などはその行進をちらりと眺めて、またすぐ興味を失ったように視線をよそに向ける。
彼らは鎧を背負った物騒な顔ぶれが大勢横を通り過ぎたところでほとんど興味を持たないらしい、
かと言って、それは単に関わり合いになりたくないからといった風でもないのだ。
まさしく他人事として、自分の関知するところではないと言わんばかりの態度なのである。
(おお……?)
そうした村人たちの反応は幸村からすると、なんとはなしに肩透かしを受けるようではあった。
これまでの経験上、武装した余所者が固まって村を出入りすると、どうしても不審と不安の入り混じった視線を向けられることが多かったからだ。
例えば昨日おとといと寝床を借りた村などは、まあ村人の大半が嫌そうな様子であったし、対する幸村も思えばそれなりに居心地の悪さを感じていた。
無論そのあたりは仕方がないと諦めていた部分でもあるものの。
この村に関してはそういった目立った刺々しさがない。
『ずいぶん人慣れした土地なんだな』
と、幸村の印象は結局そのように落ち着き、また全体としては足が止まることなく、村の案内役ともまもなく合流。
あとはその男に案内されるままに後ろをついていくだけでよかった。
そうして黒田一行がさらに向かっていったのは、但馬街道から脇の方へ大きくそれて、かなり山側に寄った道の先。
進むに連れて次第に村の雰囲気もまた変わり、いったいどこまで行くのかと幸村が辺りを見回しつつ歩いていると、急に前を歩く男が立ち止まった。
それに合わせて、幸村もその場で足を止める。
(ん?)
少し待っても列が動かない。幸村は一度首を伸ばして前方の列を覗きこんだ。
すると、案内役の男がこちらの責任者たる上役に口頭で何か説明をし出していたようで、気づけば道の先に三軒、建物が並んでいるのが幸村にも見えた。
(……あれが?)
これから寝起きする場所になるのだろうか。
それら建物は長屋ではなくそれぞれが独立した形で、小高くなった丘を背に道に沿うように建てられている。
また建物がある側から道を挟んで逆側には、川が流れているようだ。
少し距離があるが、そこからぐっと視線を真正面に向ければ、それこそ山道に入り込んでしまいそうな道がしばらく続いている。
「……ずいぶん端っこなんだな」
そんな光景がいささか期待からはずれていたらしい。
幸村の隣にいた男が小さな声でぽつりとつぶやく。
事実その通り、黒田家のために割り当てられた土地は、野里村のほぼ端に位置するようだった。
辺りの景色もあまりきちんと手入れされている印象はない。
少し道を外れれば、膝丈まで伸びた草木が辺り一面に広がっているようでもある。
それでも建物の周囲は草が刈られているので、おそらく内部も最低限人が生活できるように清掃されているのだろう。
「それぞれの煮炊きは、家の前でやっていただいて。道具なんかはとりあえず用意しておりません。もし必要でしたら、後で村の者に声をかけていただければ。あと建物はもちろん自由に使って頂いて――、なんならその辺に新しく建てて頂いても構いませんし」
これは後で聞いた話だが、案内役のこの時の説明はそのようであったという。
後半の部分に関してはほとんど冗談めいているが、実際問題あまり立派な建物でないのは確かだった(ついでに話せば、こうした建物はそもそも遠方よりやってくる参拝者用、もしくは坊さん用の一時的な住居として使われていたそうだ。だがそれもだいぶ昔の話らしく、今回の話を受けたことで、しばらく放置されていたこの土地と建物を改めて清掃し直したという)。
またあの三軒に加えて、同じような建物がこの道を進むと更に五軒あると。
何にせよ雨風に怯える必要がないという点だけでも納得するべきなのかもしれない。
とにかく、二十三名の人員に対して八軒の住居。
そのうち幸村は山奥側の一番大きな建物、そのかわり入る人数も五人と多い住居で寝起きすることになった。
人の配置については、やはり役職・身分ごとに分かれたようだ。
どうやら幸村とその他四人は、狭い思いをさせても大丈夫だと扱われるほどには同格の立場であるらしく、対して利明などの立場だと程々の大きさの住居に二人で入るという話で、これは聞いていた通りでもある。
と、そんなこんなでようやく目的地に到着した一行は、とりあえず荷を下ろすために一度その場で解散した。
しばらく歩いて指定された建物の中に入ると、幸村はほっと一息、部屋の片隅に背負っていた荷物を下ろす。
そうして板敷きの床に座り込むと、なんとなく安心したのだろうか、自分が案外疲れていることに幸村は気付くようだった。
「……はあ」
横を見れば皆も同様で、各々楽な格好で床にへたり込んでいた。
それに習って幸村もちょっと横になろうとしたのだが、やはりというか、そこまで楽はさせてもらえないらしい。
解散からほんの少しも経たない内にさっそく幸村たち五名は呼び出され、新たに仕事を任された。
具体的にはそれぞれ建物の近くに、いくつか大きな穴を掘ることである。
これはいわゆる、共用の『厠』を作る作業だった。
道具を使って割と深くまで地面を掘り、その掘った穴をしばらく厠として皆が使用する。時間が経ち、ある程度の量が溜まったらその穴は土で埋め、あとはまた違う場所に再び穴を掘る。
それ自体は戦の際に何度か経験したことのある仕事であったので、幸村は周囲と協力して結構な深さのものを掘った。そしてちょうど穴掘りが終わる頃には日も暮れ、その後食事を取ってようやく幸村たちも休みを取ることが許された。
次の日の朝になると、上役は郎等衆全員を一箇所に呼び集めた。
「いいか! これから俺たちがやることは――!」
そうして始まったのは、どうやら今後の指針を示すつもりであったらしく。
まずこの場の最上位たる上役自身は、姫山城を預かる八代某に会いに行くとのことだ。
それ以外の上役たち数名は、城の周囲にある村の長たちに挨拶しに行くらしい。
やはり村回りというのは、それだけ重要な役目のようだった。
それから、ほかの郎等たちにも野里村にいる職人やら商人やらへの対応が指示され始め、しばらく経ってからようやく幸村の名前も声に出して呼ばれる。
上役の男は幸村の顔をじろじろと見ると、ほんとうに大丈夫なのか、という顔をした。
しかし、結局は手元の紙に書かれた通り、
「三郎、お前は神社の担当になった。この村から南に下っていくと、射楯兵主を祀る神社がある。そこに手土産をもって挨拶してくるんだ」
神社。
先日聞いた話を思い出し、幸村は若干表情が曇る。
あの話が本当なら、かなり辛そうな仕事が与えられてしまった。
というか、それは本当に幸村のような下っ端に任せる仕事なのだろうか。
そのあたりのことを不安に思った幸村がふと利明の方を見ると、その視線に気づいたらしい。
利明は表情を変えないままこちらを向き、しかしただ小さくうなずいてみせた。
……そのように利明がやれというのならば、やらねばならない。
いまだ不安げな顔をする上役に、幸村は「はい」とどうにか頷いてみせた。




