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城取物語  作者: おんたま
第一部
54/75

五十二話 信と実②

 小寺家の居城である御着城は、播磨平野の南部、飾東しきとう郡の内に築かれた城郭であり、種類としては平城ひらじろに分類される。

 また平城とは山城と異なり、概して軍事的な建築に留まらず、多分に経済的な側面を兼ね備えていた。


 例に漏れず、御着城もまた城の周囲に山陽道さんようどうなどの街道や城下町を包括した形で成立している。


「そういえば先日、定期市の最中に掘り出し物を見つけまして」


 政職がようやく寄越した使いの者は、好々爺よろしく、ずいぶんよく喋る年配の男で、重隆と職隆を城まで案内する道中、御着城の城下町について様々なことを語って聞かせていた。


「京の出だという行商人から見映えのする打刀を一振り手に入れたのですが、値段の割にこしらえもしっかりしているし、目乱れもゆったりと揃っておりましてね。気になって出どころを聞いてみれば、なんとやんごとなき身分のお方が持っていた刀だと言う話なんですが――まあ、いったいどこまで信じていいものやら」


 男は、行商人が話した刀の由来を露ほども信じていないようだった。

 というより、その楽しそうな話しぶりからして、その話がまったくの嘘でも構わないと思っているらしい。

 この場でうまく会話の種になれば儲けものと、顔中に人好きのする笑みを浮かべている。


「京の頽廃たいはいはひどいと聞きますから」


 対して、馬の口を取っていた部下の一人がその話に調子を合わせて言った。


「名家も逼迫ひっぱくしてやむにやまれず、という話も聞きます。案外、本当のことなのかもしれません」

「ええ、まったく世知辛いことです。しかし、何十年も前に始まった戦の影響が未だに燻り続ける。細川家の内紛はいつになったら収まるのでしょうなあ」


 御着から京は、それなり以上に距離がある。

 過去に小寺家もその周縁にいたはずだが、男の言いようはどこか対岸の火事を見物しているふうだった。


「相変わらず、市は賑わっているようですな」


 そんな物騒な話の矛先を変えるように、馬上の職隆は柔らかい口調でその会話に割り込んだ。

 後ろを続く重隆が今日は朝からほとんど口を開こうとしないので、その代わりに職隆が余計に話している形だ。


「ええ、ええ。実に喜ばしいことでございます。これも政職様ほか、歴々の当主様がご尽力された賜物で」

「まさしくそうなのでしょう。我らも広峰ひろみね神社の札と一緒に目薬を売っておりますが、播磨の中では西の英賀あがと御着の市が一番人も多く、良く売れると」

「ああ、そうですか、そうですか」


 まるで自分の息子を褒められたかのように、とても嬉しそうに男は答える。


「もともと小寺家は守護様から段銭たんせん奉行の役職を任されておりましたから、御銭おあしには関わりのある家柄です。しかしその割には、家中に商業に明るい者がおりませんで。その点、黒田の方々が御味方になっていただけるというのは、本当にありがたい限りと思っております」


 その反応に、職隆もまた顔の全面に笑みを浮かべる。


 ただ、その一方で、


(これは純粋に言葉通り受け取ってよいものだろうか)


 とも思ってはいた。


 これは十日近くも待たされたことで、多少意地が悪くなっているのかもしれない。

 また重隆と先日話した赤松家の例もあり、横手に覗く男の顔をちらりと職隆は盗み見た。

 すると折悪く目が合って気づかれ、ただちに目礼が飛んでくる。

 その仕草には親しみこそあれ、嫌なところは感じなかった。

 うがち過ぎかと考え直して職隆は言う。


「しかし、御着を囲む惣堀そうぼりはずいぶん見事なものですな。確か、もともと御着に城を築いたのは、政職様の祖父の――」

「先々代、政隆様のことでしょう。ええ、その時分に交通の良い御着に段銭を収める納所なっしょを作ろうと守護様の方から話が出たそうで。その管理も兼ねて、当時隠居されていた政隆様が姫山ひめやまの方から移ってこられたそうです」

「ああ、なるほど。播磨国中から段銭が集められるとなると、城の造りも厳重にせねばならなかったのでしょうな」


 職隆の発した相槌にやはり男はうなずき、


「ただ現状のように、城の周りに二重三重に堀を巡らせるまでになったのは先代の則職様のお考えです。一度した苦い経験を踏まえてのことでしょう。とはいえ近頃は、播磨全土に段銭が課される機会などもほとんどございませんし、課したところで結局なんだかんだと代官どもが理由を付けて銭など送ってきませんから。有名無実とはこのことで、則職様がこちらに本拠を移してからというもの、御着にある空蔵の大部分が今では小寺家のものとして扱われております」


 そう表立って言い切ってしまうほどに、小寺家による銭蔵の占有化は周知の事実であるようだった。

 男の言葉に、職隆は曖昧にうなずいておく。

 赤松家の衰退のきざしは、こんなところにも明確に現れているのかもしれない。


「思えば昔は、御着の市ももっと規模が大きく、もう少し活気がありました。段銭が送られてくるのに合わせて人も物も方々から集まってまいりましたから、その度に御着は祭りのような騒ぎになったもので」

「いやいや、いまでも十分に活気はあるように映りますが」


 本当にそう思ったらしく、部下の一人が真面目な顔をして言った。

 それをまた「いやいや」と否定する男に、職隆も続いて口を開き、


「土地の発展に関しては、政職様も日夜と腐心しておられることでしょう。むしろそれが祟って体調など崩されないとよいのですが」


 もちろん、その職隆の発言に多少の気遣い以外の意味はない。

 しかし男は、その一言を耳にすると、急に顔色が変わったようだった。

 大きく目を開いて、「まさしくそうだ」と言わんばかりに職隆の顔をじっと見つめる。


「実はここ数ヶ月、我らの心配しているところがまさにそこなのです。代々の当主様もそうでしたが、周囲の勢力との調整に政職様もやはり苦心されておられるようで。思えば、先代様がいつぞやに倒れられた時も、赤松家と浦上家との小競り合いが続いていた時期でした」

「則職様はかなりの長期の間、床に伏せられていたとも聞きます」

「ええ、ええ。とはいえ、今となってはもうずいぶんお元気で――。一昨日は馬を駆って遠乗りに出かけられたほどです。はたまた先日も人を大勢屋敷に呼んで、昔話をするというか、宴のような集いを開かれていたようで」


 なるほど、重隆が以前に言っていた内容は確かなことであるようだ。

 この話の内容を聞く限り、則職の体調に不安があるとは思えない。


「父上がそれほど健康であられるというのは、政職様にとっても喜ばしいことでしょう」

「ええ、それは、ええ。ただ政職様は最近になって『遠乗りは危ないから止めてほしい』と何度か先代様に申し上げているようです」


 そう言うと男は自分の表情を職隆から隠すように下を向いた。


「ですが、さすがに宴については――。『年寄りは黙っておとなしくしていろ』とまでは言えないご様子で」


 職隆はその棘のある言い方にどう反応するか迷ったが、「そうですか」と小さく相槌を打つ。

 するとそうやって返ってきた声の調子がまた、どこか政職を気遣うものに聞こえたのかもしれない。

 あるいは男自身がそう思い込みたかったのか、「これは内密の話ですが」と再び職隆の顔に目を向け、


「先代様自身は、まだまだ自分が元気だと周囲に示したい一心なのでしょう。だから宴も開きますし、人に頼られれば何かと骨を折って手助けもしてやります」

「……まあ、長年の経験や知識というのは、貴重なものでしょうから」


 職隆は至って無難に聞こえるような返答を試みた。

 ただ正直なところ、この時点でどうも話の向きが怪しくなってきたとは思っている。

 男の話し方は、どうもこの場にふさわしい雑談の範疇を越えてしまっているようだった。

 ずいぶん前のめりになっている。


 そして案の定、男は突然声に含みを持たせ、


「ただ世間一般に、独り立ちした息子の周囲で親がやたら動くというのはどうかと私なぞは思うのですが」


 その相手の言いように、職隆もようやくこの男の事情を察することができた。

 というか、ここまでくるとかなりはっきりした態度の表明の仕方で、この男は則職よりも政職の方に近い立ち位置を持っているらしい。

 いやむしろその声の調子からは、則職に対して積極的な不快感を持っている調子さえ伺える。


 あるいはそれがために男は、職隆にずいぶん好意的な様子なのかもしれなかった。

 政職と職隆が歳も近く、どこか似たような立場にいるから分かり合える部分も多いはずだと考えているのだろう。


 とはいえ、だった。

 職隆はひそかに眉をしかめる。


 男が伝えたい意図はわかるが、その事情の明かし方についてはもう少し方法を考えてもよかったのではないか。

 何と言っても今、職隆のすぐ後ろには、まさしくその父である重隆がいるのである。

 いくら他所の一門の話とはいえ、家の先代を邪険に扱う態度はどうしたって聞こえが悪い。


「……いや、それはまあ」

「実は、政職様もつい先日までこの御着を離れられておりました」


 職隆が話を濁そうとしたところに、さらに男が口を開く。

 何を切羽詰まっているのか、まるで腹の中の思いを職隆相手に全て吐き出そうとしているようだった。

 その態度に、ついに職隆の心中で警鐘が鳴る。

 これ以上男に話をさせてはならないと、とっさの確信が頭をよぎる。

 

 それゆえ、職隆が慌てて男の話を遮ろうとすると、


「しかしまあ、久しぶりに御着にも訪れましたが」


 ここで唐突に、職隆の後ろを進んでいた重隆が大きな声を出した。


「色々と覚えているものですな。今さっき横を通った飲み屋は旨い料理を出す店でしたが、おそらく今もそうなんでしょうなあ」


 低音の強い、やけに語尾の響く重隆の言葉に話の腰を折られた男は、やはり多少なりにはぎくしゃくとしたようだった。

 しかし、まるで初めて重隆の存在に気付いたかのように、ややあって振り向いた顔にはまた満面の笑みが貼り付けられており、


「ええ、ええ。さっきのあの店は魚を買い付けているところがいいのかもしれません。特にあの店で勧められるにしんの一夜漬けなんかが私は好きで。あれは驚くほど酒が進んで困ります」


 それは、とっさに出てきた割にはよくできた返答だったかもしれない。

 しかし、重隆はまったく態度を譲らず、


「ああ、鰊ですか。そういえば私のときも勧められましたかもしれません。だが、あえて味噌漬けのさわらを焼いてもらったら旨かった。魚の目利きもそうですが、あれほど旨いとなるとやはり店主の腕が良いんでしょう」


 そう言って重隆は口元で笑い、


「しかし、ああやってきちんと客の要望に応えてくれる店とはいいものですな。自分の仕事というものをよくよく承知している。あれが駄目な店になると、客の顔色も見ずに自分の勧めるものばかり食わせようとしますから」


 それを聞いた男は「ええ、ええ」と同じく笑ったが、内心では重隆の言い方が棘のある皮肉を含んでいることに気付いているようだった。

 職隆も無論、気付いていた。

 重隆は笑みを浮かべたまま、余計な話をするなと男を牽制したのだった。


 それからというもの、重隆はまたむっつりと黙り込んでしまい、使いの男はまた顔に笑みを貼り付けてとりとめのない雑談をし始めた。

 男もそれくらいには空気を読める人物で、おそらく政職に対しても忠実な態度を見せる、悪い人間ではないのだろう。


 とはいえ、彼の振る舞いがこのなんとも言い難い現状をもたらしたことから察するに、職隆はどこか政職の置かれている状況とその苦労を垣間かいま見た気がした。

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