五十三話 信と実③
内堀に沿うようにして進み、使いの男の案内で東門を抜けると、ようやく御着城の二の丸までたどり着いたようだった。
積み上げられた土塁や柵も越えて、その目で主郭の建物を眺められる位置、ここまで来るのに城下の屋敷を出たのは小半時ほど前のことだろうか。
そんなわずかな距離とはいえ、出発から数えればおよそ二週間近く、想像に倍するほどの時間を費やしている。
それゆえか全体的に土くればかりで、さほど飾り気のない風景にも妙な感動を覚えるようだと職隆は思った。
(それだけ価値のある会合にせねばならない)
そう決意も新たにしたところで、職隆たち一行は二の丸を西に向かって進む。
御着城の主郭は城下町に比べると少し小高くなった丘の上にあるので、道は滑らかな坂道だった。
馬の足でも無理なく最後まで登れそうだったが、二の丸の右手、奥まったところまで進むと、小さな小屋の横に馬を留め置くための用意がしてあった。
使いの男から声をかけられ、職隆と重隆は馬から降りる。
そうして自分の足で地面に立ってみると、馬の背で揺られた腿の痺れがやけに気になるようだった。
職隆は一度下を向くと、その両側を手でしっかり揉みほぐしてやる。
「お預かり致します」
声が聞こえ、職隆が顔を上げると、小屋の中から下働きの男が出てきていたらしい。
彼は丁重な手つきで部下の手から馬の手綱を預かっていた。
その男はいかにも歳若そうな顔つきだったが、その癖、馬の鼻面を撫でてやる仕草はとても慣れている。
ちらりと部下から視線が向けられ、職隆も馬の管理に一人置いていくべきか一瞬迷ったが、逆に礼を失することになるかもしれないと任せることにした。
細々とした荷物を降ろさせ、下働きの男に礼を言うと、職隆たちは再び揃って主郭に向かって歩き出す。
ここまで来ると使いの男も余計な口は開かなくなり、足元にお気をつけくださいとかそういうことしか言わなくなった。
「こちらです」
道中を進み、二の丸に上がって明らかに数の増えた警備の者たちが向けてくる視線を受け止めながら、職隆たちはさらにひとつ門を抜ける。
ここで初めて一行は御着城の主郭に足を踏み入れられたようだった。
職隆は首を動かして、ゆっくりと辺りを見回す。
まずひと目見た印象として、この城の主郭は土地がかなり広く取られていた。
例えば職隆たちが戦った香山城の主郭に比べると、段違いの広さだ。
また櫓など建物は基本端側に寄せて建てられていて、その中央にはすっきりと整地された広場が広がっている。
無論、意図を持ってそういうふうに作っているのだろうが、防備の点で職隆にその理由はよくわからず、火事の対策か、戦の際に城下の避難民を受け入れる空間だろうかと漫然と思った。
そして本城。主郭の北側に建てられたその建物は、唯一それだけが二階建ての建築である。
また建物の両側には続櫓が付属しており、横に幅を広く取った造りになっていた。
また一定の間隔で据えられている小さな窓を見ると、やけに太い格子がはめられている。
それはひどく実戦的ではあるようだったが、しかし遠目にわかるほど使われている材木の色味が悪く、あまり見た目に配慮している様子はない。
そういえばと思い返してみても、城内の設備に装飾を意識して造られている箇所は少なく、こういうところに城主の人間味が出るものだとしたらどう受け取るべきだろうかと職隆は頭を働かせる。
「政職様は、お屋敷の方でお待ちです」
立ち止まり、城をまじまじと見ていた職隆に使いの男が声をかけた。
職隆はうなずく。
どうやら政職との面会の場所となるのは、今見ている本城を正面に左手前側にある屋敷のことらしい。
とにもかくにも、職隆は気を引き締めて一歩一歩足を進めていった。
用意されていた洗い桶の水で手足の汚れを落とすと、職隆たち一行は屋敷に入ってすぐ正面の部屋に案内された。
「この部屋でお待ち下さい。政職様に皆様の到着をお伝え次第、またすぐお迎えに上がりますので」
そう言って使いの男は深々と頭を下げると、部屋の戸を閉めて去っていく。
その廊下を踏みしめる足音が聞こえなくなるほど遠ざかったところで、職隆は一度大きく鼻から息を吐いた。
「いよいよですね」
その様子を見て、部下の一人が声をかけてくる。
多少なりとも緊張している様子に、気分をほぐしてやろうという心遣いだろう。
「ああ」
職隆は素直に受け取り、心配するなとその部下に向かって笑みを見せる。
おそらく今回の謁見の出来次第で、黒田家としての今後数年間が大きく変わってくるだろう。
そのことに対する緊張感はもちろんあるが、それと同じほどにうまくこなしてやろうという意気込みもある。
職隆は身に着けていた荷物を置くと、座り込んで姿勢を楽にした。
再び腿の辺りを強く揉んでみて、できる限りの脱力を試みる。
そうしてふと職隆は重隆の様子をうかがった。
部屋の端。
重隆は一人奥に陣取ってどっしりと腰を降ろしている。
そのままじっと動かず、目をつぶって周囲に泰然とした態度を示していた。
どうにも声は掛けにくい雰囲気である。
とはいえ、そろそろ職隆もこうした重隆の態度が「今回は自分に頼るな」と伝えているようなのは分かっているのだが、その見せ方がはっきりし過ぎていて部下たちが少し心配していた。
もちろん今回の件が終わり次第重隆が隠居するという事情を部下たちは知らないのだから、その意図がわからなくとも無理はない。
ゆえに職隆は重隆の方に体を向けると、おもむろに宣言する。
「父上、今回の謁見に関しては私に任せていただきます」
重隆はその言葉に目を開くと、顔を傾けてじっと職隆の顔を見た。
もとよりその予定であったのはお互い分かっているはずだったが、あえて職隆が言い置いた意味を理解したのだろう。
職隆と重隆の合意が取れていることさえわかれば、部下たちも安心するはずだった。
重隆はただ黙って頷いてみせた。
そしてまた目をつぶり、職隆の顔から視線を外す。
職隆もまた体の向きをずらして座り直し、部屋の戸が開くのを待った。
と、さすがに今回はそれほど待たされずに済んだようだ。
まもなく男が再び現れ、「用意もよろしいようなので、お連れいたします」と頭を下げた。
職隆は部下に向かって改めて頷いてみせると、立ち上がって重隆と共に部屋を出る。
政職には職隆と重隆の二人だけが面会するというのが、当初からの決まり事だ。
そうして男に連れられ、二人ともに無言のまま屋敷の廊下を進んでいく。
少し歩くと、廊下の左手には内庭が見えた。
城の外面とは違い、こちらに関しては多少なりとも見せ方を考えている節がある。
職隆が目を向けると、その地面には白砂と砂利が満遍なく敷き詰められていた。
それと縁石。
反対側には、高さのある岩がいくつか置かれている。
一方、灌木のような緑は庭のどこにも見えず、どうも草木を意図的に排除して庭園が造られているようである。
(これは……)
目に映る光景に職隆があることを思いついたところで、急に前を歩く男が立ち止まった。
どうやら目的の部屋の前に着いたらしい。
こちらを振り向いて、大きくうなずく。
「お連れいたしました」
そうして男が発した言葉に合わせて職隆はひとつ大きな息を吐いた。
また全身の端々にまで気を配る。
「失礼致します」
ゆっくりと戸が開けられ、促された職隆たちは部屋に入った。
すると上座側に男が二人、胡座をかいて座っている。
「よくぞ、いらした」
そのうちの若い方、おそらく職隆とほとんど変わらない年齢の男。
落ち着いた声色で二人を迎え入れた彼こそが小寺家現当主、小寺政職であるはずだった。




