四十六話 威迫
まもなく我に返った幸村は、ひとまず屋敷の前で立ち話のまま、簡単に目の前の相手から事情を聞いていた。
このせつと名乗る娘はもちろん、あの太一という男の妹であるらしい。
歳は十六だそうで、幸村より一回り以上体格は小さかった。
というより、だいぶ痩せぎすなのである。
もともとの体つきからしてそうなのかもしれないが、正直、栄養状態はあまり良くないように見えた。
家できちんと食事を取れているかは疑わしい。
また年齢を知って思ったのだが、せつと太一は、兄妹にしてはずいぶん歳が離れている様子だ。
なので気になって聞いてみれば、太一は彼女より十以上も歳が上なのだという。
かつては二人の間に何人か兄弟たちがいたそうだが、皆幼いうちに亡くなってしまったとのことだった。
つまり、形としては一番上と一番下の子供だけが残ったことになるのだろう。
それに加えて自分たちの両親についても、彼女はおおよそのことを話した。
こちらはどちらもまだ存命であるとのこと。
ただその二人とも、体にがたがきているようで、「横になったまま一日過ごすことが多いです」とせつは言った。
そのため、両方とも家の働き手としては頼りにならないと。
ゆえに、長男である太一の稼ぎが一家の暮らしの大部分を支えていたのだと。
一応、近所の人たちも家族のことを気にかけてくれてはいるという。
またせつ自身もよその家の手伝いに出て行って働くこともあるそうだが、両親の体調を見ながらのことなのであまり頻繁には家を空けれずにいた。
(……あー)
せつが説明した内容をそこまで聞いた時点で、幸村は一連の事件の背景について、ほとんど理解できた気になっていた。
いや、彼女が幸村に伝えたかったことも、とどのつまりはそこに集約されるのではないか。
すなわち、太一があのような事件を起こした動機について。
幸村が想像するところでは、おそらく太一は何がしかの理由で、一家の暮らしを支えることが難しくなった。
その理由こそ、周囲と問題を起こしたからなのか、資金繰りの予定が狂ったのか、もしくは太一が話していたように戦の余波を受けたのかは分からないが。
とにかく「自分には責任がある」と強い口調で太一は言っていた。
それについては本心からの言葉のようだと幸村も思った。
事実、こうして体の弱い両親と年の離れた妹がいる。
であればこそ、苦しい状況で彼は律儀にその言葉を守ろうとしたはずだ。
またそうした切羽詰まった状況において、人の視野が自然と狭まることを幸村は自身の身を持って体験している。
結果、太一は余所の土地に入り込み、盗みを働いた。
その場で見つかると、家族のために捕まるわけにはいかないと暴れて、最後には人を殺めることまでした。
(もしそういう話だとしたら……どうなんだろうな)
そこまで考えて、幸村はここでどういう態度を示すべきなのか判断に迷った。
そんな太一の事情を鑑みれば、全く酌量の余地がないとは幸村も思いはしない。
ただこの時代に、そうした背景がどこまで斟酌に値するかという問いには、容易に答えも出せなかった。
例えば数ヶ月前の、縄で後手を縛られて歩いていたあの子供二人の姿を幸村はいまだ忘れてはいない。
太一がこれで助かるのなら、あの二人だって助かるはずだった。
そうした幸村の悩み顏を見てどう思ったのか、せつは再び同じ言葉を口に出した。
「どうかお願い致します。せめて、命だけでも助けると――」
いやそう言われても困ると、幸村は危うくぶっきらぼうな口をききそうになった。
「……それは」
「もしそれで私にできることがあれば、なんでもおっしゃってくだされば」
「……」
繰り返されるそのせつの言葉に、幸村はあることに気づいて、ほんの少し顔をしかめる。
もちろん彼女は本当に太一の事を思って、今のようなことを言っているのだろう。
そうやって家族の安全を図ろうと行動することは、まったく自然な行為だと幸村も思う。
しかし彼は同時に、目の前にいる彼女自身に対して、一種の危うさのようなものを感じていた。
もし万が一、その言葉を悪く受け取った幸村がここでせつに非道な事を言い出した場合――彼女は黙ってそれを受け入れるというのか。
いや実際そんなことは起こりえないにしろ、そうまでしても太一が助かる保証というのはない。
そして仮に最悪の結果が出たとして、彼女の立場では文句も言えず、泣き寝入りするしかないではないか。
せつは自分が単にいいように扱われるとは思わないのか。
加えて幸村は、その彼女の口ぶりが前の村と同様に、自分がその程度の人物に見えるのだと言外に言われている気がして、そこに対する羞恥や反発の心も育ち始めていた。
……ただそれでも、だった。幸村は何かを抑えるように唇を結んだ。
家族のために何か自分のできることをしようとする彼女の態度を、幸村はやはり頭から否定することができなかった。
ややもすれば、そういうものを突き抜けたところに彼女は立っているのかもしれなかった。
なので、先ほどの口調を引きずりつつ、正直に彼は答える。
「お兄さんのことは、はっきり言って難しい……と思います。よその土地に盗みに入ったのも、人を傷つけたのも、確かなことなので」
「……そんな」
そう告げられ、せつは悲しく表情を歪めた。
半ばわかっていたこととはいえ、こうも面と向かって期待を打ち砕かれては落ち込みもするだろう。
そして彼女はもう幸村と顔を合わせていられないというように、一度下を向いた。
そのあからさまに気落ちした表情は、半ば予測できたことではあっても、幸村の内側をどこか傷つけるようではある。
幸村もまた彼女から視線を外した。
「……でも、まだ」
「……?」
横を向いたままの幸村の言葉に、彼女が前を向いた。
もしかしたら、これは目の前の相手をより傷つけるだけなのではないか。
そんな気がしたが、幸村はそれでも前を向き、言葉を続ける。
「まだ、結論が出たわけじゃありません」
その途端、赤くなっていたせつの目元に力が入った。
「もしかしたら、ほんのわずかですが。可能性はあります。だから――」
ここで幸村はせつとしっかり目を合わせると、改めて強い口調で言った。
「いくつか、この村で調べたいことがあります。よければ、それに協力してもらえませんか?」
その幸村の問いに、もちろんせつは首を横に振りはしなかった。
それから並んで歩き出した二人は、せつの案内のもと彼女の家へと向かっていた。
無論それは、幸村の知りたい情報を手に入れるためである。
幸村はまずせつに、この村における太一の人間関係とここ最近の家計の収支、また彼の所持品などについて詳しく知りたいと言った。
するとせつは自分ではなく、家で寝ている両親に尋ねたほうが正確なことをわかるかもしれないと答えたのだ。
太一の持っていたものについても、家にもしかしたら予備があるかもしれないと。
「父も母も頭ははっきりしているので、聞けば知っていることを教えてくれると思います」
そうであればと、幸村は彼女の言葉を受け入れた形だ。
そうしてほどなくたどり着いたせつの家は、粗末とまでは言えないものの、あまり住み心地が良さそうな家でもなかった。
見かけこそ、よその家とそう変わらないが、大きさ自体は並みの家の七掛けほど。
その分部屋も小さく、数も少ないだろう。
また家の周りを見るに、朝晩の煮炊きをこの家では軒下でやらねばならないらしい。
「父さん母さん、起きてる?」
ただいまと家の戸を開けると、せつはあまり大きく響かないように声を出し、両親の様子をうかがった。
すると、すぐに返事が返ってきて、せつは幸村に視線を向ける。
「大丈夫みたいです」
頷いて、せつが家に入ったのに続き、幸村も家の中に足を踏み入れた。
薄暗い家の中は、どこか空気が重たかった。
その場に人がいるとは思えないほど、冷たく沈んでいるようでもある。
それは病人が住む家特有の空気のようだった。
「……そちらの方は?」
今度の声は幸村の耳にも届いた。
声のした方に目をやると、居間の奥の方で体を起こした男の姿が見える。
またその横では女性が一人横になっていて、彼らが太一とせつの両親であるようだ。
「黒田家の者です」
父親の問いにせつが口を開きかけたところで、幸村が答えた。
すると、横になっていた母親の方が小さく頭を上げ、幸村の方に薄目を向けた。
父親の方も顔色を変える。
たとえ家から出られなくとも、息子の現状を彼らが把握していないわけはなかった。
また父親は幸村がやって来た理由についても想像がついたようだ。
「太一の話……ですか」
わかりきったことを尋ねられたが、はい、と幸村は丁寧に頷く。
「事情について、少し話を聞かせてもらえばと」
「……わかりました」
父親が頷くのを見て、幸村は失礼しますと草履を脱ぎ、板の間に上がることにした。




