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城取物語  作者: おんたま
第一部
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38/75

三十八話 境目③

 御着城を訪れるといっても、なかなか具体的な話を決めていくのは難しかった。

 なにしろ仕える主を替えるという事自体が誰も経験のないことだから、物事一つ決めるのに様々な意見が出てとにかく時間がかかった。


『まさかこれから主と仰ぐ者の住む城を手ぶらで訪ねる訳にはいかないから、手土産になるようなものを何か用意しなければならない』


 例えば一人がこのように言うと、


『いや、前もって香山重道の首を届けた時点で一度土産を渡しているようなものであるから、そこまで気を張らなくてもよいだろう』


 と言い出す者がおり、対して


『いやいや、土産物とは土地の地力を測る一種のものさしであって、出来る限り上等なものを――』


 と誰かがうんぬん。結論はいつまで経っても出てこない。


「……それでは、ひとまずこのように」


 それでもなんとか詳細を詰めていき、配下の者たちが全員部屋から出て行った頃には、すでに夜も深く、明かりも二度、三度と交換された後になっていた。

 昼から休まず仕事を続けていただけあって、さすがに重隆と職隆の二人もだいぶ疲労の色が濃くなっている。


 そんな中、まず重隆が横に座っている職隆に声をかけた。


「お前ももう家に戻っていい。私はあと一仕事だけしてから休むことにする」


 すると、職隆は重隆に余計な気を遣われたと思ったらしい。

 疲れた顔を急に引き締めるようにして答えた。


「もう一仕事とは、先ほど届いた何通かの要望書を確認しておくことでしょう? それならば私が残ります。父上こそ、そろそろお体が辛いでしょうから、先にお休みになっては」

「馬鹿を言え。急ぎの要望かもしれんのだぞ。やらねばならないことを前にして、疲れたなどと言っていられるか」

「ならば、これまでのように二人で片付けてしまいましょう。分担すれば、仕事も早く終わります」


 職隆がそのように言って立ち上がったので、重隆もそれ以上強く帰れとも言えなかった。


 とはいえ、もともと重隆は息子の職隆をこんな夜遅くまで付き合わせる気はなかったのだ。

 職隆も数ヶ月地元を離れている間、残した妻や幼い息子のことが心配であったはず。

 重隆がそうしたことを経験したのはもうだいぶ昔のことだったが、別にそうした感情を忘れたわけではない。

 だから戦から戻ってきた直後に、重隆は家に一度戻れと息子には伝えていた。


 しかし、その言葉を職隆は断った。

 村を離れている間に仕事が溜まっていますから、と言って職隆は家に帰ろうとしなかったのだ。


 もちろん重隆にしてみれば、職隆に仕事を任せられるのは悪いことではない。

 そう、決して悪いことではないのだが、別に今はそこまで状況が切羽詰まっているわけでもない。

 休息が取れるときには無理せず取っておいた方がいい。


「父上はこちらをお願いします」

「……ああ」


 そう言って職隆に要望書の半分を手渡された重隆は、すぐさま仕事を再開した息子の横顔をちらりと眺めた。


 どうも職隆には最近、少しばかり忙しない部分がある。

 それはあの時、香山城での戦を終えてすぐ、村々を回らせ食料の供出をさせた後からのことだ。


(なかなか物事というのはうまくいかないものだ)


 当時の出来事、食料を集める過程でごたごたした出来事が起こったとは重隆も話に聞いている。


 そうやって揉めること自体は重隆も想定していたが、結果的に人死ひとじにが出るまでにもつれたのは、もちろん本意ではなかった。

 その中に子供が二人、含まれたことについてもそうだ。


 その子供らに関しては『不幸だった』と済ませるしかなかった。

 あの時期は、重隆たちが集落の態度について一番気を揉んでいた時期だ。

 あそこでしっかりと周辺の村を自分たちの下におかねばならなかったし、運悪く出てきたあら(・・)を見逃すわけにもいかなかった。

 逆に言えば、あの時でさえなければまだほかのやりようもあったかもしれない。


 その辺りのことは職隆も当然理解しているはずだった。

 だから、職隆はただ悔いているのだ。

 それは子供についてだけではない。

 その時の状況全てを。

 いや、その前の南郭のこともある。

 一番に悔いているのは自分の仕業か、立場にか。


 そうした悔いた思いを乗り越えようと職隆は今、腕を動かしていた。

 腕を動かしている間は余計な思いに囚われずにも済む。


 その姿は、多少(おもむき)が違えど、重隆が望んだ態度ではあった。

 そして重隆はただ息子の苦悩を見ているしかできない。

 それらは全て職隆が一人で乗り越えるべきことだからだ。

 

 しかし、その悔いを乗り越えた先には。

 そこまで考えたところで、重隆はふと書を読む手を止めた。

 脳裏にはある光景が浮かんでいた。


 それはまだ少し遠い話とも思っていたが、今のうちに話しても問題はないだろうか。

 いや、結局いつかは言わねばならないことだ。


「職隆」


 そうして重隆がまた声をかけると、職隆は手を止めて顔を上げた。


「どうかしましたか?」

「私はこの御着城への謁見が終わり次第、隠居しようと思う」


 いきなりのその言葉を聞いた職隆はそれが重隆の冗談だと思ったようで、疲れた顔でかすかに笑ってみせた。

 しかし、その後の重隆の表情が変わらないのを見て本気だと悟ったらしく、職隆は眉間にしわを寄せた。


「隠居、ですか? いやまだ、父上のお歳でそれは」


 そう言う職隆の言葉はこの時代のごくごく常識的なものだった

 。この時点で重隆は四十代にようやく足をかけようという時期である。

 身体も健康で不調はなく、まだまだ男の働き盛りと言って間違いはない。

 しかし重隆は首を振ってこう答えた。


「お前は気が早いとでも言いたいのだろうが、こういうものは機を見てすることだ。余所の誰かと早い遅いを比べてどうこうという話でもないだろう」

「……ですが」


 当然、それだけでは職隆はまったく納得出来ないようだ。


「どうして、この大切な時期に」

「何を言う。今の時期だからこそ言っているのではないか」


 訝しげな表情を浮かべる職隆に対し、重隆は一度手元の書類を床に置いた。


「小寺の大将については、お前も聞き知っているだろうが」


 あえて噛み砕くように重隆は話す。


「御着の政職はいまだ三十にもほど遠い歳でしかない。二十もそこそこのお前とほとんど変わらないし、父親の則職のりもとが今の立場を譲られてからはまだ三、四年しか経っていない」

「ええ」

「つまり、まだ家督としてそれほどの経験がないということだ。そして、一年ほど前から政職は自領以外から人を集め出している。それも集まってくる者たちの出自にあまり兎や角言わずにな」


 そこまで言ったところで、職隆を自分の近くに寄るよう手振りで示した。


「これが意味するところは、お前も想像がつくだろう」


 一度立ち上がり、重隆の側で改めて座った職隆は、一度首を傾げてから答えた。


「自由に動かせる人間が欲しいということですか。その、自分の思うように」


 重隆は大きく頷く。

 職隆の言葉はほぼ重隆の思うところを言い当てていた。


「少し商売の伝手を動かして調べたが、このところ政職は少しばかり窮屈な思いを強いられているそうでな」

「窮屈、と」

「もちろん、それは敵が急に増えたというわけではない。問題なのは外側ではなく内側、もとはといえば体を壊して隠居したはずの則職が、近頃は馬に乗るほどまで回復したというのが始まりなのだが」 


 重隆がそこまで話したところで、先を予想したらしい職隆が話に割り込んだ。


「配下の者たちが再び則職の顔色を伺い始めたのですね」

「その通りだ。則職自身も体調さえ崩さなければ、まだまだ家督の座にいておかしくなかったからな。そこに加えて――これはまだ話半分の話で確認がとれているわけではないが、どうも最近赤松家との関係について小寺の内部で意見が分かれているらしいのだ」


 それから重隆は職隆に自分が知っているところの事情を説明し始めた。


 ただここではその前に赤松家と小寺家、そしてもうひとつ浦上家の関係について簡単に書いておく必要があるかもしれない。


 端的に書けば、もともと守護大名として赤松家が播磨で盛大な勢力を築いていたこと、その配下のうちに浦上家と小寺家があり、この両家が配下の中でもかなりの重臣として赤松家に仕えていたこと、そして時代が下がるに連れて赤松家の勢力が弱まってくると、このうちの浦上家が『下克上』を起こし、主家である赤松家は衰退の一途を辿る羽目になったこと。


 これら世の趨勢に際して、小寺家がどういう態度を取ったかといえば。


 小寺家は浦上家に反発して赤松家寄りの行動を取りつつも、その一方で赤松家とも一定の距離を置き、半独立勢力化したのである。


 ではなぜ小寺家はそのように半端な、赤松家と付かず離れずの距離を置くという判断を下したのか。

 それは当時の小寺当主、則職とその父(政職の祖父)政隆(まさたか)の考え方の違いによるものからであった。


 まず則職、彼はこの機に完全な独立勢力として赤松家から離れようと動いていた。

 赤松家の衰退具合から、もはや領土の保護を自らの手で行うしかないとそのような判断を下したのである。


 しかし、一方でその父政隆は赤松家を援助することを、繋がりを持っておくことを強く息子に言い募った。


 これはかつて京の将軍家にも強い影響力を持っていた赤松家の良い時代を政隆は見ていたから、やはりそれなりの敬意と忠誠を赤松家に対して持ち続けていたのかもしれない。

 実際、政隆は赤松家寄りの姿勢を最期まで崩さず、その結果、浦上家と赤松家の戦に参戦してその命を落としている。


 そんな事情もあって、その後いろいろあった小寺家と赤松家の関係は現状、細い糸ではあるがなんとか繋がっている状態だった。

 その繋がりは現在の小寺家当主である政職の『政』の字が赤松家当主の偏諱へんきを一応受けていることからも分かるだろうか。


 しかし黒田家が小寺の下に奔ったこの時、とある事情によりこの両者の関係に変化が起きようとしていた。


「赤松家の中ではこのところ、浦上家に対する悪感情がより強くなっているようだ」 


 重隆の言葉に職隆はすぐに反応する。


「戦が起きそうなのですか」

「いや、まだそこまで大事になるかは分からん。情勢が依然として良くない。ただ今の当主の晴政はるまさは、機さえあればいつでも挙兵する気ではいるだろうが」


 この当時、赤松家の家督に座るは赤松晴政という男だった。

 彼は先日まで重隆が仕えていた赤松政秀の従兄弟であり、同時に義理の兄(晴政の妹が政秀の嫁)でもある。


 そしてこの赤松晴政という男、赤松家の衰退期に家督になっただけあって割合苦労の多い人生を送ってきた人物であり――当然その大抵の困難は隣国備前の浦上家によってもたらされたものだった。


 何と言っても実の父親である義村よしむらを殺された上、晴政自身の傀儡化、またなんとか自分の城に取り戻した今も播磨国の主権を脅かされ続けているのだから、晴政の浦上家に対する恨みつらみはそうそう簡単に消えるものではない。


「つまり、赤松家の方から小寺に誘いがかかっているということですか」

「そういうことだ。我らが香山城を落としたことで小寺の負担が減ったのも、一つには影響しているだろう」

「それで小寺の内部で意見が分かれていると」

「そのような誘いに乗れるかという意見が大半のようだがな。どうも政職の意見もそれと等しいようだ。しかし昔からの配下が誘いに乗るべきだと騒いでいるらしい。」 

「となると則職の方は……」

「本当かどうかは不確かだが、案外乗り気でいるらしいな」


 それを聞いた職隆は一度下を向いて唸った。


「そこで私たちの経歴が問題になってくるわけですね」

「うむ。傍流とはいえ、つい最近まで黒田は赤松家に属していたわけだからな。まず否応なくこの問題が絡んでくることになる」

「小寺家が我らを受け入れることがすなわち、人材の交流、より赤松家と近い関係を持ったと考える者が出てくるはずだと」

「もちろん、それは事実とは違う」


 重隆は首を振った。


「私たちは自分たちの意思で小寺の下に就こうとしているのだ。それを今度の機会に示さねばならん。また同時に、新参の我らが就くべきは政職の側なのだ。まかり間違っても則職ではない。それゆえ黒田は政職にとって身近な存在になれるのだと認めてもらわなければならない」

「それで、父上の隠居が出てくるわけですか」

「ああ。私が引くことを告げれば赤松家に属していた家という印象も少しは薄まるはずだ。そして新たな黒田家の当主がまだ歳若く、自分と似た者同士であると政職には思ってもらう。そのためにはお前自身の態度やら評判も重要になってくる」

「では、私が香山城攻めの総大将であったのも」


 得心したような職隆の質問に、重隆はただ息子の目を見つめた。


「前々から考えておられたのですね」

「今がちょうど話す機会だったというだけだ。それに私も隠居したからといって、ただ孫をあやすだけの爺になるつもりはないぞ」


 すると、かすかに笑った職隆はううんと咳をしてから言った。


「わかりました。今度御着城を訪れる際には、よく心しておきます」

「ああ」 

 

 それで話は終わりだというように重隆は顔の前で手を振った。

 職隆が立ち上がり、自分の席に戻っていく。


(これでもう、自分の隠居は確定したものになった)


 もともと決めていたこととはいえ、息子の後姿をちらりと見ながら重隆は、少しだけ寂しさを感じ始めた自分に驚いていた。

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