三十五話 希求⑤
最後に回る集落はこれまでとは違い、剣呑な空気に包まれていた。
香山城の付近にあるうち、最北西に位置する集落である。
つまり、宇野氏の勢力圏に最も近い場所にあるということ。
もちろん距離で言えば、宇野氏の居城である長水城よりも、香山城のほうが近いのだが、集落を訪れた職隆に対する長の態度は強気なものだった。
「突然そのように食料を出せと言われましても、こちらも冬の備えが必要ですので……」
ある程度までなら要求に応じてもよいが、完全に言いなりにはならない。
職隆に対し、集落の長は暗にそう答えていた。
というか、村を訪れたのが重隆ではなく、職隆であることに彼は少し不満があるようだ。
どうかご理解を、と言って自分よりも一回りも二回りも年少である職隆を冷めた視線で集落の長は見つめた。
その態度にはやはり、この集落の位置する場所が関係しているのだろう。
職隆はこの長の対応について、そう理解していた。
どうやら香山重道がこの土地を支配していた当時も、この村に対してさほど厳しい税率を掛けていなかったようなのだ。
その理由とはすなわち、宇野氏側との兼ね合い。
何かの拍子に税を納める先を宇野氏に変えられないため、寛大な対応をすることで、重道はこの集落を自らの陣営に引き付けておこうとしていた。
近い関係ではあったものの、宇野氏と香山氏の関係は、利益を相互に譲りあうような生温いものではない。
宇野氏にすれば、税を収めてくれる集落が増えるのを嫌がる理由はないのだ。
また庇護を受けている以上、重道にすれば宇野氏に文句はつけ難い。
この集落はそんな両者の間でうまく立ち回り、風に草木が揺れるような対応をずっと続けてきた。
ゆえに、冬の備えが必要と言いつつ、集落の倉庫の中には今まで貯めてきた分、かなりの蓄えがあるはずだった。
そんな長の対応に対し、職隆は即座に自らのとるべき態度を決めた。
五十名の兵に槍を配り、集落のすぐそばで戦闘態勢を取らせていることを長に伝えたのである。
「合図を出せばすぐにでも兵は動く」
そう聞かされ、長は顔色を変えた。
それはまさに暴力を背景にした脅しと言ってよかった。
言わば、職隆はその集落に向けて、黒田家は香山氏のような甘い態度をとらないと通告したのだ。
事実、黒田家が香山城を押さえたことで、この集落を取り巻く環境は大きく変わっていた。
今までは宇野氏と香山氏という互いに友好的な勢力の間に挟まれた集落だったのが、今度は宇野氏と黒田・小寺氏という完全に敵対した勢力同士に挟まれてしまったのだ。
当然、小競り合いが発生する場面も増えるだろうし、場合によっては巻き込まれて被害を出すこともあるだろう。
それをうまく避けるためには、まずどちらの勢力に着くか去就をはっきりさせる必要がある。
どちらの勢力も、敵側に通じている恐れのある集落を守るため、貴重な兵を出す気にはならないからだ。
『場合によっては、どんな手段を使ってでも徴収する。すぐにどうするか、対応を決めろ。いつまでも安寧とした立場のままでいられると思うな』
そこまで言葉にせずとも、その行動を示すだけで職隆の言いたいことは長に伝わったようだ。
彼はすぐに追加で食料を供出すると、職隆に申し出た。
職隆はその申し出を当然のものとして受け止めた。
さらにどうにか飼葉を集めて城まで届けるよう長に要求する。
彼に容赦をする気はなかった。
どちらの立場が上であるのか、自分たちがどこの勢力に属することになるのか、ここでしっかりこの集落にわからせなければならない。
職隆の言葉に集落の長は一瞬嫌な顔をしたが、まもなく頷いた。
出来る限りの量でいい、とその後職隆が付け加えたところで納得したのだろう。
そうして短い時間で、二人のやりとりは終了した。
最後に集落の長は「少しお待ちいただければ、歓待の用意をしますが」と言ったが、職隆は首を振り、それを断る。
「それほど余裕があるなら、供出してもらう量を増やしてもいいか?」
慌てて、集落の長は今言ったことをごまかし、その場から去っていった。
その後ろ姿を見つめる職隆の目には、強い決意の光が宿っている。
彼はあの集落を出発した時から、自らのいる立場に準じた自分になることを堅く決心していた。
■
幸村は槍を抱えながら、集落の外で皆と同じように待機していた。
割り振りで、知り合いの栄太とは離れた位置である。
五人がひとまとまりとなり、十の組が付かず離れずの位置で配置されていた。
そんな中、幸村の周りにはどうやら話し好きの兵が集まったようだ。
『何が起きるかわからないから、集中して待機しているように』
そのような命令は出ていたのだが、彼らは周りの目を盗んで、小声で会話を続けていた。
そのうちの一人が言うには、今回武器が配られたのは念のためだからそれほど気にしなくていいという。
単なる脅しの一環であり、集落に突っ込んでいくなんてことはないと訳知り顔で彼は語った。
あるいは昨日だったなら、幸村もその言葉に頷けたと思う。
しかし、今日に限ってはどうも味方内の雰囲気が違うようにも感じられる。
なので、男にどうしてそう思うのかと尋ねると、彼は「そうに決まってるだろ」と曖昧に言葉を濁した。
彼は昨日と同じだと頭から決めつけているようであった。
またそれを横で聞いていた一人が、おそらく冗談のつもりだったのだろう、「どうせだったら歯向かってくれればいいのに」とずいぶん明るい声で言った。
すると、それを聞いた皆が笑う。
その理由は明白だった。
臨時収入が入ってくる機会は誰だって多い方がいい。
(冗談でも勘弁してくれ)
幸村はひそかに苦い顔を浮かべながら、しかし集団から離れることも出来ず、皆の会話に耳を傾けている。
「しかし、聞いたか。前の集落での話」
しばらくして話題がなくなり、沈黙が続いていたのだが、
それを打ち破るように一人が口を開いた。
「何の話だ」
「ほら、あの子供二人が屋敷の中に忍び込んだ」
「ああ」
説明されて、何人かが頷く。
「あの二人、どうなったと思う?」
「まあ、ただ叱られて終わりとはならないよな。棒か何かで叩かれて終わりってとこか?」
「いや。それどころか、家族ごとこれだってよ」
男が手刀で自分の首をとんとんと叩く。
その仕草に、幸村は目を見張ってその男の顔を見た。
「おお? ずいぶん厳しいな」
「そりゃ、鎌使って大将の首取ろうとしてたみたいだから」
「あれ、脅すつもりとかなんとか聞いたが」
「関係ないんだろうさ。まあ俺にすりゃ、寝耳に水で巻き込まれた親もたまったもんじゃないと思うがね」
「あー、確かになあ」
一人が相槌を打ったのを、幸村は黙って聞いていた。
ただその内心は、ひどく嫌な気分になっている。
あまりにもといえば、あまりに悲惨な話。
戦で人が死ぬのとはまた違った不条理さがある。
人の生死をどうにかできる立場ではないのは重々承知の上で、それでもやはり子供が、と聞くと幸村の胸は騒いだ。
「それに、全部あの集落の人間にやらせるってところも……」
「お前ら!」
再び一人が話し出そうとしたところで、遠くから大声が飛んできた。
「誰が自由に話をしていいと言った! お前たちは何のためにここにいるんだ!」
続けてそう怒鳴り声を挙げながら、遠くから男が近づいてくる。
即座に皆が顔を背けて、黙り込んだ。
その中で一人、幸村だけは声のした方向に視線を向けた。
聞き覚えのある声だったからだ。
そしてその予想は外れず、幸村たち五人組のところまで歩いてきたのは、昨晩、夜番をしていた幸村を叱った、あの郎等の兵だった。
「また、お前か」
男は顔を上げていた幸村を見つけて言った。
その目には確かに怒りが浮かんでいる。
これは言い訳してもどうにもならないと、幸村は「すみません」と深く頭を下げた。
すると、他の四人も同じように頭を下げる。
その光景だけを切り取れば、まるで幸村が雑談を始めた首謀者のようになっていた。
男が幸村の腕を掴む。
「ちょっと来い!」
そうして幸村は男に腕を引かれるまま、集団から少し離れた所に連れて行かれた。
周囲からじろじろと見られはするが、声は聞こえないだろう距離。
そこで立ち止まった男は、幸村の腕を離して、彼の顔を睨みつけた。
「お前は何をやっているんだ」
開口一番そう言われ、幸村は顔を下げ、また「すいません」と謝った。
これで男に叱られたのは、都合二度目である。
北郭での失態も含め、確かに何をやっているんだと言われても仕方のないところだった。
「そうやって腐ってみても何も変わらないんだ。悔しかったなら、もう少しやる気を出してみせろ」
「……はい」
少し考えてから、幸村は頷いた。
『腐って』や『悔しかった』というのは北郭での一連の出来事についてだろう。
どうやら男は幸村があの場で完全に否定されたことで、拗ねたようになっていると思っているらしい。
もちろん、あの時のことはずっと幸村の心に引っかかっている。
が、しかし今回のこととはまた関係のない話だ。
しかしどうも自分の内心をうまく伝えられる気がせず、幸村の態度はやはり抑えられたものになる。
それがまた、男の気に入る態度ではなかったようだ。
ここで男は少し悩むような表情を浮かべると、こう切り出した。
「いいか。これはここだけの話だからよく聞け」
幸村が改まって男の目をのぞくと、男は真剣な表情をしている。
何を話されるのかと、幸村は小さく息を呑んだ。
「手短に言うぞ。あくまで俺に関しては、だ。お前があの時話した内容がそう間違っているとは思わん」
それはまったく斜め上から降ってきた言葉だった。
幸村は意味がわからないという表情を浮かべた。
男がそう伝える意図が本当にわからなかったからだ。
そして幸村のそんな反応は織り込み済みだったのか、男はさらに言葉を続ける。
「立場が違えば、ものの見方は変わる。そりゃあ、あの時お前が報告した内容は、報告を受ける側にしちゃ困る話だ。情報が正しく掴めなければ、策なんて考えられない。ただでさえ、報告する人間が十人もいれば、あれこれと矛盾した話が上がってくるものなんだ。それを取捨選択して、管理しなきゃいけない面倒がお前に想像できるか?」
幸村は険しい表情になった。
もちろん彼がそのような立場に立ったことはないが、男の言う通りではあるのだろう。
「例えば、そこに故意に歪曲された話が混じってみろ。面倒な作業がもっと面倒になる。あるいはそのせいで間違いが起こる。重隆さまも暇じゃないんだ。そこがお前がああいうことになった一番の原因だと俺は思う」
(えっ?)
話の内容もそうだが、幸村はその中のある部分に耳を疑った。
この男は今、重隆さまと言ったか。
つまり、幸村が北郭で面会したあの男はやはり重隆だったということなのか。
「ただ、それでもだ」
驚いている幸村をよそに男は話を続ける。
「重隆さまと同じように、お前にも立場があった。人を十人率いていたという立場だ。そして、人を率いる立場の人間がやらなければならないことは?」
あくまで質問しているふうだが、すでに男の中で答えは出ていたようだ。
「部下の連中をうまく働かせることだ、使ってやることだ。そのために自分が何をするべきなのか、その立場になったなら考えなくちゃいけない。守ることも叱ることも、その一点からなされるべきだ。だから俺は、お前があの時講じた手段をそこまで否定する気にはならない。それは俺もある意味では、お前と同じような立場だからだ」
この前と等しく、男は話しているうちに勢いが出てきたらしい。
同時に幸村もまた、おぼろげながら目の前の男が言いたい内容がわかってきた気がした。
すなわち、幸村があの時意図した話の輪郭は、重隆にではなく、横で聞いていたこの男の方に上手い具合に響いたということなのだろう。
男の視点からすれば、幸村の話した内容は兵を守るためのものだったと感じられたようだ。
「それにだ。お前よりも先に何人か南郭で兵を率いた者を集めて、戦の時の話は聞いていた。その時に聞き役だったのは、重隆さまじゃなく、職隆さまだったがな。しかし、集まったそいつらの中にどれだけの数、自分の下についた人間のことを言った奴がいると思う? それどころか、自分が呼ばれた事情すらろくに理解せず、人を率いた褒賞に自分が何をもらえるかだけを訊いてきやがる始末だ」
たいていの人間がそういう奴だってことを割り引いても――。
「ろくなもんじゃない」
男は続けた。
「ちょっと考えれば、そんなこと。わかってる奴は最初からわかってる」
それだけ言うと、なんとなく男は吐き出せた気分にはなったらしい。
「まあ、結果はどうあれ、お前の言った内容はそれなりに俺も賛同できる部分があったってことだ。だから、そう腐るな」
そう言って、男は幸村の肩をぽんと叩く。
幸村がやはりその顔を見つめると、男の怒ったような態度はすでに微塵も感じられなくなっていた。
「確か、お前は村の徴募に応じたんだったよな?」
続けて尋ねられ、幸村は頷く。
「この後、しばらくは戦もなく落ち着くだろう。そうしたら臨時に集められた兵は解散する。今後の予定は立っているのか?」
「いえ」
「なら、ちょうどいい。今度の戦で少なくない数が死んだ。村でも人の足りない場所が出てくるだろう。お前がその気なら、俺が世話をしてやってもいいぞ」
急な話だった。
幸村はいまだ納得できていないような顔を浮かべる。
それを見て男は「すぐに返事はいらないから、黒田の庄に帰るまでに決めておけ」と言った。
そうして男に解放された幸村は、また自分が配置された組のところに戻っていく。
周囲の兵からはまだ不躾な視線が向けられていたが、もはや幸村には気にならない。
というか、一気に多くの情報を与えられ、幸村の頭は混乱していたのだ。
が、もしかしたら。
(ちょっとだけ、運が向いたのかな)
そんな気がする。
なんとなく幸村は、一度立ち止まり、上を向いて大きく息を吐いた。
それからまた前を向く。
すると、遠くのほうで、あの四人が気まずそうに幸村を見つめているのが視界に入った。
彼らは幸村がひどく怒られたと思っているのだろう。
そちらに少し笑ってみせ、幸村はまた歩き出す。
間もなく全体に連絡が来て、幸村たち五十名の兵は武装を解くことになった。
そして城に戻るため、彼らは急いでその集落を出発したのだった。




