三十二話 希求②
ひとまず、恐れていたような罰を受けることはなかった。
行きとは違い、一気に無言になってしまった郎等の男に連れられ、南郭に帰る途中。
ようやく落ち着きを取り戻した幸村は、自分の行動をあらためて振り返っていた。
心中はもちろん穏やかではない。
やってしまったという思いは強かった。
こちらの想定したようには意図は伝わらず、立場のある人間を怒らせてしまった。
それが取り返しが付くことなのかどうかすら定かではない。
それに加えて、前を歩く郎等の男が何も反応を示さないところも幸村の気になるところだった。
行きの時のように安穏と声をかけられる雰囲気ではない。
そのまま、男は南郭の仕事場に幸村を連れて行くと、最低限のことを指示して去っていった。
ただ幸村のことは前もって伝えてあったのだろう。
仕事場にいたまた別の男は、事情は分かっているとばかりに幸村を引き取ると、彼に簡単に説明をして、そのまま仕事場に連れて行った。
そして幸村は他の兵と並んで座り、汚れた槍を磨き始めた。
次の日、南郭の兵のうち、無理なく動ける者が大勢広場に集められた。
総勢で十五名。
その中には、幸村と栄太の二人も含まれている。
また当たり前だが、吾助は腕の怪我のために弾かれていた。
自分が除けられたと知った吾助は、余り物のように扱われるのがひどく不満のようだったが、だとして文句を付けても扱いが変わるはずはない。
「二人とも、気をつけて行ってきてくれよ」
朝食を取った後、幸村と栄太にそう言ってみせ、どこか後ろ髪を引かれるようにしながら吾助は昨日と同じ仕事に向かっていった。
「まだガキみたいなもんだからな」
吾助の背中を見送った後、幸村と視線を合わせた栄太はそう言った。
どうやら彼もかつての幸村と同じような思いを抱いているのかもしれない。
果たして昨日、幸村を北郭に連れて行った郎等の男。
「今から配る鎧をひとつずつ受け取れ」
彼は広場の前で兵の前に立ち、大きな声でそう告げた。
その振る舞いからして、どうも男は郎等の兵の中でも意外と立場のある人間であったようだ。
幸村はそう気付き、だからいっそう昨日の自分の行動を後悔するはめになった。
まもなく十五名に鎧が行き渡り、皆が鎧を一斉に着込み始める。
(また戦闘があるのか)
幸村は思ったが、しかし、いったいどこの誰と戦うというのだろう。
まさか、この城から逃げ出した敵の残党でも見つかったのか。
隣に居た栄太と目を合わせる。
彼も事情はわからないようだ。
また説明があった。
「今から城を出て北郭の兵と合流し、城の周りの集落を回る。お前たちの仕事は、周辺の警備と兵糧の運搬だ。体を使うから、少しでも怪我している奴がいるなら今のうちに申し出ておけよ」
どうやら戦で消費した分の物資を集落を回って補給するつもりのようだ。
なるほど、とその説明に幸村は一人納得する。
以前経験した戦で、幸村には似たようなことをやらされた覚えがあった。
そうなると、幸村たちに鎧を着せたのは、半ば集落に対する威圧の意味なのだろう。
また実際に抵抗されるという恐れもなくはない。
できれば、威圧するだけで済んでほしい。
幸村は思い、しかしそれ以上余計なことを考えないよう頭を働かせるのを止めた。
「槍を積んだ荷車を一台用意してある。それは順番でお前たちに運んでもらうぞ」
郎等の男がそう言って腕を振ると、さっそく十五名の男たちはぞろぞろと動き出した。
香山城の周囲には、およそ八つの集落があるという。
聞くところによると、そのうち二・三の集落からはすでに長が城まで出てきているそうで、それらの集落に関しては兵を送らずに済むようだ。
従って、幸村たちが回らねばならないのは、黒田家の支配に関して良い思いを抱いていない集落ということになる。
一つ目の集落までの道すがら、その不安を幸村が隣を歩く栄太に話すと、彼は首を横に振って言った。
「誰もがそう、耳が早いわけじゃない。日和見をしているだけの集落もあるはずだ。しかし、これだけの数の兵が村まで来れば、抵抗する気にはならないんじゃないか」
栄太はそこまで深刻に考える必要はないと思っているようだ。
言われてみればそうかもしれないと、幸村は頭を掻く。
「病み上がりだ。不安になるのも仕方ないさ」
栄太は幸村の肩をぽんと叩き、幸村に対して周りを見てみろと言った。
言われた通り、幸村は自分の周囲に視線をやる。
幸村たち十五名の兵は、すぐ北郭の兵と合流したことでその総数が五十名近くまで膨れていた。
しかも、北郭の兵は、その半数以上が郎等の兵である。
それは装備が上等なことはもちろん、彼らの纏う雰囲気が自分たち南郭の兵とまるで異なるからすぐにわかった。
今も彼らは、よほど周囲に気を張って行軍しているのだ。
南郭の兵とはだいぶ練度が違う。
また兵の配置に関しても、両者の扱いは違った。
数の多い北郭の兵は基本的に全体の前半分に配置され、緊急の事態に備えているのだ。
そして最後方にも、彼らのうちの十人ほどが固まって配置されている。
だから幸村たち南郭の兵は、前後を彼らに挟まれるような形で道を進んでいた。
それは北郭の兵に守られているようでもあったし、閉じ込められているようでもある。
そうした兵の配置理由も、実は昨日の出来事のせいではないか。
一瞬頭に浮かんだが、十中八九は考え過ぎだろう。
幸村は頭を振って、悪い想像を振り払う。
「あの、馬に乗ってるのがこの隊の大将だな」
幸村の横で小さく指を指しながら、栄太は言った。
同じく幸村も視線をやる。
全体の中央より少し前。
騎馬が三騎、ゆっくりとした歩調で歩いている。
幸村の位置からはその後ろ姿しか見ることはできなかった。
ただ少なくとも、昨晩話をした男はいないようで、幸村はそれだけでもほっと息がつけた。
それからまた栄太に返事をしようと幸村が頭を動すと、二人の横に居た兵がうるさいと言わんばかりに幸村を睨みつけた。
それに気付いた幸村は、寸前に口を開くのを止め、前を向いた。
一つ目の集落は城から近い場所にあり、そう時間がかからずにたどり着くことができた。
集落の住民たちは、前触れなく現れた五十名の兵によほど驚いたらしい。
先触れの兵が向かって行くと、慌てふためいて逃げようとする姿も遠くに見えた。
ただでさえ、彼らを守ってくれるはずの地侍は郎党として香山城に出張り、死んだか捕虜として捕まっている。
残った者もたいした抵抗はできないだろう。
あるいはそれが功を奏したのか、間もなく始まった集落の責任者との話し合いは、それほど時間がかからず済んだようだ。
結論として、その集落は充分な男手と荷車を出して、わざわざ城まで兵糧を運んでくれるという。
一応、幸村たちもいたから、その集落で無理に男手を出す必要はなかったが、その集落の長はきちんと頭を働かせたようだ。
幸村たちに荷車を任せれば、その内の何台かが貸したまま接収されて返ってこないと考えたのだろう。
実際、その予想通りになると幸村も思う。
前の経験からしても、本当にそのままの出来事が起こっていたのだ。
運んでいる最中に壊れたとでも言われてしまえば、確認のしようがない集落側では諦めて泣き寝入りするしかない。
だから、人手を出すことによる損と荷車を取られる損のどちらが大きいかを考えて、集落はその現実的な結論に至ったのだろう。
(ただ内心は、かなり嫌だろうな)
そう思った幸村は気をつけて集落の人々の顔色をうかがってみた。
(……あれ?)
しかし、それで幸村が得られた感想は、彼らがずいぶん淡々と物事を受け入れているということだけ。
最初こそ彼らは五十名の兵を恐れていたようだが、自分たちに槍が向けられないとわかると、一気に感情を和らげたようだ。
ただもちろんそれは肯定的な意味ばかりではない。
間違いなく諦念も混じっていることがわかる。
結局、戦の後で召し上げが起こるのは、もはや集落にとって天災と同様なのだろう。
幸村は気付いた。
そして起こってしまった天災に文句を言っても始まらず、だからどれだけその被害を抑えるかというところに主眼は置かれる。
それこそ、天候を相手にする農作業を営む彼らにとっては慣れた作業なのかもしれなかった。
嵐が来れば誰だって身を縮めて、その悪夢が去るのを待つしかない。
幸村は、なんとなく頭に浮かんでくる何かをやはり考えないようにした。
いや、もともとこうしたことは知っていたはずだったのだ。
それはこの時代に限った話でもない。
時代の潮流に巻かれて不幸になる人間など、いつの世にも溢れている事実だ。
とにかく一つ目の集落では、面倒が起きずに済んだ。
それで納得して終わらせるべきだった。
時刻はまだ昼にもなっていない。最初の集落での仕事を終えた幸村たちは、早々に兵をまとめるとまたすぐに次の村へと出発した。




