chap2-1
いくら、そう、いくら亜人と呼ばれる者がいようとも、騎士として鎧に身を包んでいたり、あるいは魔術師として杖と携えローブを身に纏っている者がいても、それに違和感があるのは地球であればこそ。
むしろ、縫製の技術にしたところで、その素材にしたところで、その様式にしたところで、ゴシックロリータで街を歩く少女--あるいは少年がいれば、この異世界の注目は僕に集められる。
気付いたのは割と遅かった。ユーリ達と別れ、とりあえずと街の中に向かった僕は、狼の頭をもった者だったり、顔が髭に包まれたドワーフであったり、当たり前に並ぶ武器装飾であったり、そういったものに感心を奪われ、人々の視線が自分に来ているなんて露ほどにも考えなかったのである。
そして、そういえばお腹がすいたなと思い、飲食店でもないかなと冷静になって辺りを見回せば、視線を逸らすもの逸らさないもの含め、相当数の人間から見られていることに気付いたのである。
日本人お得意の曖昧な笑顔でそこを小走りで去り、とりあえず人のいない方へ。
別段、人に見られることで体中に穴が開くような特殊体質を持っていたりはしないし、恥ずかしがり屋というわけでもないが、異世界にきてまだ少しである。戦闘であったり、冒険であったりする覚悟はあっても、そこに住む人々の社会の中に、自分を組み入れるという意識が無いゆえの行動である。
単純に、怖いのである。
少人数であれば、それは友達として考えればよい。
戦闘や冒険は、ファンタジーには付き物である。ましてや、そこそこ万能の特殊能力もある。
しかし、社会への参加というのは、想定外である。
ここにきて、ありありと自分の意識の足りなさが浮き彫りとなる。
未だ自分は青樹紫月の延長として、『日本社会に参加していた青樹紫月』としてここにいる気になっているのである。
「一切の繋がりのない人たちからの視線ってのは、怖いね」
一人、呟く。
ユーリ達は『戦闘、冒険の延長』として、あるいは『ファンタジー世界で出会う最初の人物』という、非常にわかりやすいものであった。
「これは、そう、たとえるなら、幽霊に出会ったような---」
自分と関わりなく、自分の知らない、自分を通り過ぎる無関心な視線。
未知なる霊が、僕を見つめることと。
未知なる人々が、僕を見つめることと。
「どれ程の差があるのだろう」
『日本社会に参加していた青樹紫月』であり続ける限り、『異世界の住人』は幽霊のように、その存在に恐怖を宿し続ける。
どこかの物語の、異世界に行った者達の、あのありきたりな取り乱し方の一端を垣間見ることができた。
それは、物語への参加ではなく、社会への参加の違いである。
「しかし、青樹紫月は、エンターテイメントに浴びるほど浸かっているのです」
開き直る、それが、現代人のシンボル。考えても仕方ないことは考えない。考えようが、考えまいが、物語は進むのである。
「さて、ここはどこであろうか」
「ここは、貧民街へと続く道だよ」
驚かない。そんなありきたりに身を任せない。
「ああ、道理で人がいないのか」
「うん、そして、君みたいな可愛い子がくるような所ではないよ」
振り向けば、随分と仕立てのよさそうな服を着た男の子である。年齢は少年と青年の間の、美しき年頃だろうか。金髪碧眼。品のよさそうな顔立ち。羨むかな長い手足。
「それは、お互い様でしょ?」
「まぁ、そうかもしれない」
「ええ、そうかもしれない」
言葉を繰り返されて、少しムッとした表情になる男の子。妙な緊張感を漂わせたところで、遠くから「坊ちゃま~っ!!」との張り上げられた老人の叫び声が響く。
「やばいっ」
「えっ、なに、この展開」
突然、走り出した男の子に手をひっぱられる。
「ほら、はやくっ」
「うわー」
この世界に来て初め、それなりの深刻さをもっていた自分が馬鹿らしくなるほどの、強制力に満ち満ちたその行為。バイを自認している身としては、その強引さに惹かれるものもあるが。
「なんかよくわからないけど、後で、ご飯おごってよっ!!」
「それくらい、お腹が破裂するまでごちそうするよっ!!」
振り返る満面の笑みと「坊ちゃまぁ~!!」という不幸な叫びを背景として、強引にも社会ではなく、物語への参加を余儀なくされるのである。