第二話「日常の断片」
『1』
マリア・カーマインが目を覚ました時に最初に思うのは、今日はもう一人の体温を感じない、という妙な安堵と悲しみの二つだった。彼女の妙なパートナーである少女の様な外見の少年、シズキは三回に一回くらい、マリアにしがみ付くようにして寝ていることがある。マリアは、弟に対する姉の様な気持ちで悲しみを覚えて、身持ちの堅い女性が男性に対して思う気持ちとして安堵が浮かぶのだ。
そんな二つの気持ちを朝のまどろみの中、ゆっくりと反芻するのだが、やはりいつもと同じく答えはでない。ため息を誤魔化すように背筋を伸ばし、ベッドから出て着替えを始める。
昨日はCランクモンスターであるブラックベアーの討伐であった。今現在、マリア達の宿泊している「妖精の止まり木」という宿のあるウォルゲンバーグより、かなり南方に下がった村の近くの森で出現が報告され、ギルドの強制依頼という形でマリア達が討伐に向かったのだ。
依頼を受け出発し、討伐。そして報告の為に戻ってくるまでたったの2日間。
マリアは思わずため息をつく。
実に、良い目覚めだった。「妖精の止まり木」は女性専門の宿泊所。清潔な室内に、美味しい食事に、何かに警戒する必要もなく睡眠を取ることができる状況。ソレが故に、少々値段も張るのだが、そんなことに気を使うことの無い懐事情。美味しそうな朝食の薫りが、お腹を刺激する。
良い事ずくめながらも、それがどうも違和感を覚えさせる。
簡単且つ、楽な仕事だった。それでいて、村人には感謝され、ギルドでは迅速な対応に特別報酬もでた。
しかし、釈然としない。
別段、苦しい作業の上にしか、正義は成り立たない、などという思想はマリアにはない。命の対価にしている職業柄、楽に済み且つ最良の結果が得られるのは実に良いことだとも思う。
だからこの思い、この感覚は負い目を感じているということ。
ズルをしている、という意識。
移動にかかる時間の短縮も、簡単に討伐対象を発見できたのも、ただ一刀のうちに相手を倒すことが出来たのも、全てシズキの魔法、アーティファクトのお陰。
名誉も、金銭も、私の力によるものじゃない、という気持ちがマリアにはあった。
そんな自分の気持ちとは無関係に、多くの人が迅速に助かっていること自体は良いことだ、という気持ちがマリアにはあった。
よっぽどお金は受け取りません、などと言おうかと思ったほどだ。しかし、それをするのは騎士だけでよい。自分はあくまで冒険者。命を代償に金銭を稼ぐのが仕事なのだ。
しかし、本当に今の私は命を代償、対価と出来ているのか?
「……やれやれ」
腰にロングソードを挿し、大きな鏡で自分を確認する。首元で結ばれ、胸元に下げられた赤い髪、赤い鎧。本当は白銀に輝く鎧が良かった。けれど、それでは返り血が目立つ。折角助けた人がソレを見て怯えるかもしれない。そう思って赤い鎧にした。
随分と感傷的になっている。そう思って鏡を見ると、存外、鏡の中の自分は、夕食の献立に悩む主婦と同じような表情しかしていないことに気付き、頭を振って食事を取るために部屋をでた。
『2』
食事は自分の部屋で食べることもできるが、基本的には一階の広間で食べることを推奨している。受付の反対側に長いテーブルが一つ広間の半分ほどにあり、其々個別に食べる、という形にはなっていない。さながら大家族のように、同じ時間に、同じものを、同じテーブルで食べる。というのが「妖精の止まり木」の基本的なスタイルだ。
数少ない女性冒険者同士、友好を深め、情報を共有し、お互い助け合う為にも、同じ食卓を友にしよう。というのが理由らしい。
とはいえ、宿を利用している人間が一同に揃うことはほぼ無い。遠い地での依頼を受けて遠征に出ているものもいれば、既にギルドへ依頼の確認に行っているものもいる。
「おはよう、みんな」
今日いるのは、それでも随分と少ない。
「あ、おはようございます。紅騎士様っ!!」
「紅騎士はやめてくれ、アイラ」
ショートカットで快活そうな少女―――アイラが、わざわざ席を立って勢い良く頭を下げてくる。くっきりと開かれた瞳と豊かな表情は、冒険者をしているとは思えないほど輝いている。
「えー、紅騎士ってとても格好良いと思うけどなぁ」
その呼び名が嫌いなわけではないが、実際にそう呼ばれることにはなかなか慣れない。
「クスクス、おはようございます。紅騎士様」
「おはよう。クレアも、からかわないでくれ」
「いえいえ、どうしても、女性冒険者の中では紅騎士の名前に憧れる人が多いですから。アイラちゃんも、紅騎士を目指して冒険者になったんだもんね」
そういって、クレアが目を輝かせているアイラを見て微笑んでいる。クレアはアイラとは対照的で、長い髪とローブ羽織った、落ち着いている雰囲気のある少女だ。
「二人とも、今日は学院ではないのか?」
アイラの隣の席を引き、紅騎士の話題を打ち切るように、学院の話をする。アイラとクレアの二人はウォルデンバーグ総合学院の生徒だ。天下に名高い教育機関だが、基本的には来るもの拒まず、進級は単位の取得により、その期間も定められていはいるが、相当に緩い。
「一部のエリートはキチンと学院の敷地内の寮に住んで、年毎に単位を取得して進級していきますけど、私達みたいな普通の人は、時間に余裕がありますから」
学院かギルドで依頼受け、金稼いぎ、授業料を払い受講する。それが学院生の基本的な流れではある。クレアとしてはもっと真面目に単位の取得をしても良いのだが、マリアを見るアイラの眩しいばかりの表情を見て、「紅騎士様と一緒の宿に泊まって、その経験を得ようとするのも、勉強といえば勉強です」と微笑みながら言う。
「だから、紅騎士は……」
「ああ、失礼しました。マリア様」
にっこりと笑うクレアを見て、様付けはするんだ、と内心嘆息する。なんだか少し意地悪なクレアであるが、もしかしたらいつも仲の良い二人のことだ、自分にとても懐いてくれるアイラを見て、嫉妬しているのかとマリアは思う。
「ところで、シズキはまだ見てないか?」
「シズキっちなら料理を手伝って……あ、出来たみたいですよっ」
良い香りがこちらまで流れてくる。見れば、いつもの豪奢なドレス―――ゴスロリとかいう服の上から白いエプロンをしたシズキが、三色の珠を空中に伴い、料理の載った大皿を運んでくるところだった。
「ご飯できましたよー。あ、マリアさん。おはようございます」
「ああ、おはよう」
「クレアさんもおはようございます。アイラさんも、おはよう」
「おはようございます、シズキさん」
「おはようシズキっちっ!! おはよう私のご飯っ!!」
丁寧に朝の挨拶をするシズキに、同じく頭を下げて挨拶をするクレア。対照的に、アイラは両目を料理に釘付けにされながらの元気な挨拶。
「みんなのご飯だ、あんたのだけじゃないよ。ほら、ちゃんと席につくんだねアイラ・スティール。クレア・ロッドみたいに行儀良くしていないと、食事はあげないよ」
「おはようございます、レディ・マリーン」
「ああ、おはようマリア・スカーレッド。あんたはいつも芯がしっかりしてるね。見るだけでも、朝から気持ちが良い人だ。ほら、アイラ・スティール。あんたもこのぐらい気持ちの良い人になるよう心がけるんだよ」
ハスキーでよく通る声。少しだけ口の悪いレディ・マリーンはこの「妖精の止まり木」の店主だ。褐色の肌と大柄な体格。伴うようにして中身も器が広く姉御肌で面倒見が良い。しかし、アイラはお節介だと感じているのか、口を突き出して「うー、頑張ってるもん」と唸る。「あっはっは、それは良いことだ。頑張る、というのは良いことだよアイラ・スティール」と、手に持っていた皿をテーブルに載せ、その空いた手でアイラの頭をガシガシと掻くように撫でる。
朝の風物詩、といった一つのやり取り。
それと、偶に見られるもう一つの朝のやり取り。
レディ・マリーンもシズキと同じく料理の載った大皿を両手に持っていて、手際よくテーブルに並べていく。その間にシズキは皆の分の食器や飲み物などを準備していくのだが、この二人は長年一緒に働いたことがあるかのように息を合わせて動く。見ていて凄いなと思わずには入られない。
「いやー、やっぱりシズキが手伝ってくれると朝の準備が楽だな。料理も上手いし、何より手伝いが上手い。気がきく。こういうのはなかなか身につけられるもんじゃないね」
「いえいえ、レディ・マリーンの動きがはっきりしていてるから、手伝いやすいだけですよ。中途半端な人だと、こちらも上手く動けまんから」
「それでいて謙虚だ。この中じゃ一番嫁の貰い手が多いね」
実に複雑な事を言う。
シズキが男性だと知っているマリア・スカーレッドは小さく唸った。
彼女は料理が下手であった。
場面に登場する人物が三人以上になると途端に書いてて難しく感じる。




