表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約破棄された悪役令嬢、ダンジョン配信で聖女より稼いでざまぁする  作者: 月代


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/15

第1話「断罪の夜、私は笑った」


「僕は、エレノアの涙を信じた。だから――リゼット・フォン・クラリオン。本日をもって、君との婚約を破棄する」


 レオンハルト殿下の声が、大広間に響いた。


 シャンデリアの灯りが揺れている。数百人の貴族たちが息を呑んだ。その沈黙が、さざ波のように広がった。


 さて、と。


 来たわね、この瞬間。


 私は内心で小さく息を吐いた。前世の記憶がある私にとって、この場面は既知のイベントだ。王子が聖女に惹かれ、婚約者だった公爵令嬢を断罪する。絵に描いたような展開。


 ただし、前世の私はここで泣き崩れて、全てを失った。


 今世の私は、そうはならない。


「殿下」


 私は背筋を伸ばしたまま、一歩前に出た。ドレスの裾が床を擦る音だけが、静まり返った広間に落ちた。


「理由をお聞かせいただけますか」


「君がエレノアを虐げたからだ。彼女は何度も涙を流していた」


 殿下の隣で、エレノアが目を伏せていた。白い指先でそっとハンカチを握る仕草が、照明に映えている。完璧な被害者の絵だった。


 上手いわね、と思った。


 前世で何度も見たプレゼン資料と同じだ。見せたいものだけを見せ、都合の悪いものは隠す。


「私がエレノア様を虐げた、という証拠はございますか」


「エレノア本人の証言がある。それだけで十分だ」


「証言のみ、ということですね」


 広間がざわついた。貴族たちの視線が私とレオンハルト殿下の間を行き来している。


 私は右手をドレスのポケットに入れ、記録珠を掴んだ。そのまま手を出し、身体の脇で握り込む。指の隙間から魔力を流し込んだ。記録珠が掌の中で淡く光った。小さな光は、この大広間の照明に紛れて目立たない。


 起動した。


 今この瞬間から、王国中の魔導映写板にこの光景が届いている。


「殿下。では、もう一つだけ確認させてください」


 声は震えていない。前世で鳴らしたプレゼンの場数が、今の私の背骨を支えていた。


「私が犯したとされる行為の、具体的な日時と場所をお教えいただけますか」


「それは――」


 レオンハルト殿下が、わずかに言葉を詰まらせた。


 エレノアの指先が、ハンカチを強く握り直すのが見えた。


「エレノア」


 殿下が助けを求めるように振り返る。


「……わたしの口からは、とても。思い出すだけで辛くて――」


 エレノアの声が涙に濡れた。広間の空気が同情に傾く。


 上手い。本当に上手い。


 けれど、私にはわかる。具体的な日時と場所を示せないのは、そんな事実が存在しないからだ。


「殿下。お言葉ですが、私はエレノア様と二人きりになったことが一度もございません」


 私は静かに、けれどはっきりと言った。


「侍女が常に同行しておりました。お疑いでしたら、クラリオン家の侍女の勤務記録と照合していただければ確認できます」


 広間の空気が変わった。さざ波が逆流するように、視線がエレノアに集まっていく。


「リゼット。君は――」


「殿下。婚約破棄のご意志は承りました」


 私は殿下の言葉を遮った。無礼だとわかっている。けれど、これ以上この場にいる理由はない。


「ですが、私は無実です。それだけは、はっきりと申し上げます」


 深く一礼した。顔を上げたとき、視界の端でエレノアの表情が強張っているのが見えた。


 ――ほんの一瞬だけ。仮面の下の、冷たい目。


 私はそれを見なかったふりをして、踵を返した。


 大広間を出る。廊下を歩く。足音が石畳に響く。背中に数百の視線が突き刺さっていた。


 中庭に出た。夜風が頬を撫でた。


 掌の記録珠を見る。淡い光がまだ灯っている。


 画面に浮かぶ数字を見て、私は目を見開いた。


 視聴者数、120万。


 ――嘘でしょう。


 白文字のコメントが滝のように流れている。


『え、何これ。婚約破棄の現場?』

『公爵令嬢めっちゃ冷静じゃん』

『聖女、具体的なこと何も言えてなくない?』

『これ王子やらかしてるだろ』


 120万人が、今の一部始終を見ていた。


 私は夜空を見上げた。星が瞬いている。冷たい空気が肺を満たした。


 笑いが込み上げてきた。


 前世では泣いた。今世では笑っている。それだけで、もう十分だった。


 けれど、ここで終わりにするつもりはない。


「さて、と」


 記録珠を握り直す。魔力はまだ残っている。


 私は記録珠に向かって、はっきりと言った。


「ご覧いただいた皆様、初めまして。リゼット・フォン・クラリオンと申します」


 白文字が一瞬止まった。


「婚約破棄された悪役令嬢ですが――明日から、ダンジョンに潜ります」


 コメントが爆発した。


『は?』

『ダンジョン!?』

『公爵令嬢がダンジョン配信!?』

『面白すぎる、絶対見る』


 私は記録珠の光に向かって、にっこりと微笑んだ。


 前世の記憶が教えてくれる。配信は最初のインパクトが全てだと。


 婚約破棄された夜にダンジョン宣言。これ以上のインパクトは、そうそうないでしょう。


 記録珠の魔力残量が減ってきた。今夜はここまで。


「それでは、また明日。おやすみなさいませ」


 記録珠の光が消えた。


 中庭に静寂が戻る。噴水の水音だけが、夜に溶けていく。


 ポケットの中で、記録珠がまだほんのり温かかった。


 明日からが本番だ。この世界で、自分の力で生きていく。聖女より稼いで、あの断罪劇が間違いだったと証明してみせる。


 私は中庭を後にした。


 振り返らなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ